2022年2月28日月曜日

自分を救わなかったイエス・キリスト

 228() 自分を救わなかったイエス・キリスト

民衆はそばに立ってながめていた。

指導者たちもあざ笑って言った。

「あれは他人を救った。

 もし、神のキリストで、選ばれた者なら、

 自分を救ってみろ。」


      ルカの福音書2335

 


イエス・キリストが十字架につけられた時、

民衆は十字架のそばに立ってながめていました。

そして指導者たちはあざ笑って、こう言いました。


「あれは他人を救った。

 もし、神のキリストで、選ばれた者なら、

 自分を救ってみろ。」


指導者たちは

イエ・キリストを妬み、あざけっていました。

しかし彼らは言っています。

「あれは他人を救った」と。


イエス・キリストのことを

「あれ」と呼ぶほど敵対し、

あざけっていたにもかかわらず、

イエス・キリストが他人を救ったことを、

彼らは知っていたのです。

認めていたのです。


そうなのです。

イエス・キリストは

他人を、人々を救いました。


病人をいやし、

心を健やかにし、

貧しい人を富ませ、

友なきものの友となられました。


しかし、指導者たちが

「自分を救ってみろ」とあざけっても、

イエス・キリストは、自分を救いませんでした。


自分を救えなかったのではありません。

イエス・キリストにとって、

十字架から降りるぐらい簡単なことでした。


しかし、

十字架から降りれば

罪人である人間に

「永遠のいのち」を与えて

救うことができなくなるのです。


この十字架以外、

人々を永遠に救う道はないのです。


だから

イエス・キリストは

十字架から決して降りることなく、

自分を救わなかったのです。


私たち一人一人を

愛し切られたイエス・キリストは

自分を救わず、十字架から降りず、

私たちの代わりの死を受け取られ、

飲みほされたのです。


これがイエス・キリストです。

ここに愛があります。


この愛で

あなたも、私も、愛されているのです。



あなたはイエス・キリストに愛されています。

2022年2月27日日曜日

神のことばは、堅く立つ

 227() 神のことばは、永遠に堅く立つ

この天地は滅びます。

しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。


          ルカの福音書2133

 


コロナ禍がはじまって、

今まで当たり前だったことが当たり前でなくなり、

まったく生活が変わってしまいました。


マスクをつけているのが

普通の生活になると、

誰が数年前、予想したことでしょう。


今、時代は明らかに終末、

イエス・キリストの再臨に近づいています。


聖書は、はっきりと言います。

「この天地は滅びます」と。


目に見えているものは、目に見えないもの、

つまり、神のことばによって創造されたのです。


今、見えているものは

やがて終わり朽ちていくのです。


しかし、

神のことばは決して滅びることがありません。

永遠に堅く立つのです。


その神のことばに耳を傾け、心を向けて

この終わりの時代を生きていきましょう。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年2月26日土曜日

捜して見つけ、救い出してくださるイエス

 226() 捜して見つけ、救い出してくださるイエス

人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。


           ルカの福音書1910

 


取税人は、当時、

同胞のユダヤ人から嫌われ軽蔑されていました。

本人たちも自分の仕事に誇りを持っていませんでした。


お金はありましたが、心は失っていました。

というのも、

同胞から取り立てて、支配者のローマに納め、

自分も幾らかをピンハネしたりしていたからです。


しかもザアカイは背が低くて、

イエスがエリコの町に来た時も、群衆で見ることが出来ません。

それで、いちじく桑の木に登り

イエス・キリストを一目見ようとしたのです。


ところが

そのイエスが自分を呼んで、

「ザアカイ。急いで降りて来なさい。

 きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから。」

と言われたのです。


当時、取税人は罪人と同じように言われていました。

ですから、人々は

「あの方は罪人のところに行って客となられた。」

と言ってつぶやいたのです。


でもザアカイは

初めて、自分を取税人ではなく、

一人の人間として、

愛し、受け止めてもらえたことが

嬉しくて、嬉しくて、主イエスに言いました。

「主よ。ご覧ください。

 私の財産の半分を貧しい人たちに施します。

 また、だれからでも、

 私がだまし取った物は、四倍にして返します。」


最高の施しの仕方で

彼は自分の財産をささげたのです。


イエスは、彼に言われました。

「きょう、救いがこの家に来ました。

 この人もアブラハムの子なのですから。

  人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」


ザアカイを探している人は誰もいませんでした。

彼は孤独でした。

誰も彼のことなど気に留めていませんでした。


でもイエス・キリストは

彼を捜して見つけ出してくださったのです。



あなたが、今、どこにいても、

どんな孤独の中にいたとしても、


イエス・キリストは、

そのあなたのところに来て下さいます。



あなたはイエス・キリストに愛されています。

2022年2月25日金曜日

救いは家族に

 225() 救いは家族に

きょう、救いがこの家に来ました。


        ルカの福音書199

 


取税人のザアカイという金持ちの人が、いました。


取税人は同胞からは嫌われていました。


ところが、そのザアカイのところに

「きょうは、

 あなたの家に泊まることにしてあるから。」

と言われて、イエス・キリストが来られたのです。


人々はみな驚きました。

「あの方は罪人のところに行って客となられた。」

と言ってつぶやきました。


しかしザアカイは大喜びで、イエスに言いました。

「主よ。ご覧ください。

 私の財産の半分を貧しい人たちに施します。

 また、だれからでも、

 私がだまし取った物は、四倍にして返します。」


これは当時、最高の返還の仕方でした。

ザアカイはイエス・キリストの愛に触れ、

心から悔い改め、

そしてイエスを信じたのです。


イエスは、彼に言われました。

「きょう、救いがこの家に来ました。

 この人もアブラハムの子なのですから。

 人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」


ザアカイだけではなく、

今日、救いがこの家に来ましたと

イエスは言われました。


ザアカイは取勢人なのでお金は持っていました。

しかし人々からは軽蔑され、

自分でも自分を見下げていたことでしょう。


でもイエス・キリストは、

そのザアカイを愛され

ザアカイのところに来てくださったのです。


その時、

ザアカイは心から悔い改め、イエスを信じたのです。


そして彼だけではなく、家に救いが来たのです。

家族も共に救われたのです。



イエス・キリストはあなただけではなく、

あなたの家族も救ってくださるのです。



イエス・キリストは、

あなたも、あなたの家族も愛しておられます。

2022年2月24日木曜日

子どものように

 224() 子どものように

「子どもたちをわたしのところに来させなさい。

 止めてはいけません。

 神の国は、このような者たちのものです。

 まことに、あなたがたに告げます。

 子どものように神の国を受け入れる者でなければ、

 決してそこに、はいることはできません。」


       ルカの福音書181617

 


イエスにさわっていただこうとして、

人々がその幼子たちを、

イエスのみもとに連れて来ました。


ところが、

弟子たちがそれを見てしかったのです。


しかしイエスは、

幼子たちを呼び寄せて、こう言われました。

「子どもたちをわたしのところに来させなさい。

 止めてはいけません。

 神の国は、このような者たちのものです。

 まことに、あなたがたに告げます。

 子どものように神の国を受け入れる者でなければ、

 決してそこに、はいることはできません。」



子どもたちを弟子たちは止めましたが、

イエスは呼び寄せ受け入れられたのです。


子どものように柔らかい素直な心で、

神の国を受け入れなければ

神の国には入れないと言われました。


子どものように、

つまり柔らかな心で、

素直に信じることが大切なのです。


イエス・キリストの語られることを、

柔らかな心で聞き、

聖書に書かれているみことばを、

素直に信じましょう。


その時、神の国、天が開かれ、

神の愛と真実をあなたは具体的に体験するでしょう。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年2月23日水曜日

No.601 必ず勝利し祝福される。

必ず勝利し祝福される。

 223() 必ず勝利し祝福される

目をさまして、感謝をもって、たゆみなく祈りなさい。


          コロサイ人への手紙42

 


目を覚まして、

というのは眠らないでということですが、

同時に、

今の時代が、どういう時代かを、

しっかりと目を覚ましてとらえなさいということです。


その上で、

困難な厳しい時代、

愛が冷める時代であっても、

すべてのことについて感謝をし、

生けるまことの神が、

私たちを愛しておられるので、

すべては必ず益となり、

最善がなされることを信じて、

感謝を持ってたゆみなく祈るのです。


それは現状を見て

あきらめるのではなく、

投げやりになるのでもなく、

主イエスに期待して信仰を持って、

感謝を捧げ祈るのです。


必ず

主イエス・キリストが祝福し、

勝利を与えてくださるからです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年2月22日火曜日

NO,600  本当に価値ある人生

本当に価値ある人生

 222() 本当に価値ある人生

あなたがたは、地上のものを思わず、

  天にあるものを思いなさい。


        コロサイ人への手紙32

 


イエス・キリストを信じた時、
私たちは永遠のいのちが与えられ、
神の国、天国のものとなりました。

この地上で生かされている時も、
天に目をとめ、永遠に心を向ける時、
この地上において、
本当に価値ある人生を歩むことができます。

主イエスは、
私たちの地上での歩みを
豊かに祝福して下さいます。

しかし、
地上での成功と栄華は、
多くの場合、朽ちて行きます。

天に帰るとき、
天に残る永遠の宝とはならないのです。

地上での歩みを、
イエス・キリスと共に、
真に価値あるもの、
天に目を向けて歩みましょう。

その時、
本当の祝福を、あふれるほどに受けるのです。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年2月21日月曜日

No.599 アガペーの愛は結びの帯

アガペーの愛は結びの帯

 221() アガペーの愛は結びの帯

そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。

愛は結びの帯として完全なものです。


       コロサイ人への手紙314

 


愛は結びの帯としては完全なものです。


愛があれば、

夫婦も親子も友とも、

赦しあって一つとなれるのです。


しかし、

私たちのうちにある愛は

神の愛、アガペーではなく

エロスの愛です。


この愛は、完全ではありません。

このエロスの愛では

許し合うことができなくなり、

一つになれないのです。


神の愛、アガペーだけが

私たちを一つにしてくれる本物の愛です。

赦し合うことが出来るようになる愛です。


この愛は、

私たち人間の中からは出てきません。

イエス・キリストの十字架から

流れ出てくるのです。


私たち一人一人が

イエス・キリストの十字架の前で

真実に悔い改め、

イエス・キリストに求める時、

この十字架の愛が私たちのうちに注がれて、

私たち一人一人をとおして流れ出すのです。


その時、私たちは、赦し合い、

この愛によって結び合わされるのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年2月20日日曜日

No.598 あふれるばかり感謝する。

あふれるばかり感謝する

 220() あふれるばかり感謝する。

キリストの中に根ざし、また建てられ、

また、教えられたとおり信仰を堅くし、

あふれるばかり感謝しなさい。


   コロサィ人への手紙27

 


あふれるばかり感謝することは、

主の命令です。


この命令は、

主の祝福を受ける近道です。


私たちがすべてのことに感謝し、

丁寧に、具体的に

あふれるばかり感謝する時、

主は喜んで、

私たちの信仰を堅くしてくださり、

キリストの中に根ざし、

建てられた者としてくださるのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年2月19日土曜日

NO,597 すでに受けたと信じる

すでに受けたと信じる

 219() すでに受けたと信じる

だからあなたがたに言うのです。

祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。

そうすれば、そのとおりになります。


      マルコの福音書1124

 


イエス・キリストは言われました。

「祈って求めるものは何でも、

 すでに受けたと信じなさい。

 そうすれば、そのとおりになります。」


祈って求めるなら、神は必ず答えてくださるのです。

だから、もうすでに受けたと信じるのです。


もちろん、何でもという言葉の大前提には

「主の御心ならば」と言うことがあります。

罪を願っても答えられはしません。

ただ主の御心は、

そんなに狭く小さくないので、大胆に求め祈って下さい。


心から真剣に祈り求めたなら、

それが主の御心であることが

みことばを通して確認でき確信したならば、

すでに受けたと信じましょう。



ここで大切なことがあります。

それは、

これから受けると信じるのではなく、

すでに受けたと信じることです。


例えば、

いやしのために祈って、

神から「いやす」と語られたなら、

今は、まだ目の前には症状が残っていても

「すでにいやされた」と信じるのです。


これからいやされると信じるのではなく、

すでにいやされて直ったと信じるのです。

そして、

いやされたことを感謝し告白するのです。


その時、神のいやしの御業が現れてきます。



あなたはイエス・キリストに愛されています。

2022年2月18日金曜日

No. 596 祈りと断食によって勝利する

祈りと断食によって勝利する

 218() 祈りと断食によって勝利する

ただし、この種のものは、

祈りと断食によらなければ出て行きません。


         マタイの福音書1721

 


からし種の信仰を用いて、告白し、宣言していくと、

見えない敵であるサタンの激しいぶつかりや攻撃を受けます。


ある場合は思索や感情に、

サタンは攻撃し、

そんなことは起こるわけがない、

こんなことを言ったらバカと思われるかもしれない、

もしそうならなかったらどうしよう

という疑いや不安、恐れを入れてきます。


また、ある場合は肉体に対して攻撃がきて、

体調を崩したり

事故に遭いそうになったりすることもあります。


そんな時、

そこで告白や宣言を

やめたり引いたりしてはいけません。

主のことばと約束を語り続けるのです。

その時必ず、そのことば通りに約束は成就し、

解放といやし、勝利と救いが訪れます。


しかし、それを語り続けるためには、

霊的な戦い、霊的な力が必要です。

それは私たちのうちにはありません。


だから祈り断食をするのです。


食事は聖書の中では

旧約においても新約においても、とても大切なものです。


主は十字架にかかる前、最後の晩餐をされました。

復活された時、弟子たちの食卓に現れて

全世界に出て行って、

すべての造られた者に福音を宣べ伝えなさいと

「大宣教命令」を与えられました。


その大切な食事をささげて祈るのです。


その時、主の力が注がれ、

主のことばと約束を語り続ける力と愛が与えられます。

そして、主の勝利、約束の成就を見るのです。



あなたはイエス・キリストに、とてもとても愛されています。