2022年1月31日月曜日

No.578 捨てたものは百倍を受ける。

捨てたものは百倍を受ける。

 131() 捨てたものは百倍を受ける。

その百倍を受けない者はありません。

今のこの時代には、家、兄弟、姉妹、母、子、畑を

迫害の中で受け、後の世では永遠のいのちを受けます。


        マルコの福音書1030

 


ペテロがイエスにこう言い始めました。

「ご覧ください。

 私たちは、何もかも捨てて、

 あなたに従ってまいりました。」


すると、イエスはこう答えられました。

「まことに、あなたがたに告げます。

 わたしのために、また福音のために、

 家、兄弟、姉妹、母、子、畑を捨てた者で、

 その百倍を受けない者はありません。

 今のこの時代には、

 家、兄弟、姉妹、母、子、畑を迫害の中で受け、

 後の世では永遠のいのちを受けます。」



イエスのために、そして福音のために、

家、兄弟、姉妹、母、父、子、畑を捨てた者は、

その百倍を受けると主イエスは語られました。


それらのものを捨てるとき、

誤解や中傷を受け、心が痛んだかもしれません。

しかし、

その痛みや悲しみに、

はるかに勝る喜びと祝福を、

百倍を受ける中で、私たちは見るのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年1月30日日曜日

No.577 子どものように神の国を受け入れる。

子どものように神の国を受け入れる。

 130() 子どものように神の国を受け入れる。

子どもたちを、わたしのところに来させなさい。

止めてはいけません。

神の国は、このような者たちのものです。


      マルコの福音書1014

 


イエスにさわっていただこうとして、

人々が子どもたちを、イエスのみもとに連れて来ました。


ところが、弟子たちは彼らをしかったのです。

するとイエスはそれをご覧になり、

憤って、彼らに言われました。


「子どもたちを、わたしのところに来させなさい。

 止めてはいけません。

 神の国は、このような者たちのものです。

 まことに、あなたがたに告げます。

 子どものように神の国を受け入れる者でなければ、

 決してそこに、はいることはできません。」と。


そしてイエスは子どもたちを抱き、

彼らの上に手を置いて祝福されました。



私たちは、

子どもたちのように素直な心で神のことばを聞き、

神の国を受け入れる者となりましょう。


そのとき、

永遠のいのちをいただき、

神の国に入ることができるのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年1月29日土曜日

No.576 十字架の道は最高の道

十字架の道は最高の道

 129() 十字架の道は最高の道

だれでもわたしについて来たいと思うなら、

自分を捨て、自分の十字架を負い、

そしてわたしについて来なさい。


      マルコの福音書834

 


日本で最初に殉教したと言われている

日本二十六聖人が殉教した西坂の丘に、

この御言葉は

彼らのレリーフと共に書かれています。


確かに彼らの人生は、

この御言葉の成就であり、

この御言葉を生きた証です。


でも、そこにあるのは、

悲壮感や苦しみではなく、

喜び、天の喜びなのです。


自己犠牲からくる痛みではなく、

自分を捨てて、

神の御心に生きた者の命にあふれた歓喜

と言ってもいい希望なのです。


その希望は地上のはかない希望ではなく、

永遠の希望、天国の確信、

いや永遠の天の現実と言ったほうがいいでしょうか。



私たちは、

自分を捨てるとき、神の御心を知り、

自分の十字架を負うとき、

神の使命と召しに生きることができるのです。

そして、それは最高の最善の人生です。


なぜなら、

イエス・キリストは

あなたを最高の愛で愛しておられるからです。



あなたはイエス・キリストに愛されています。

2022年1月28日金曜日

No.575 イエス・キリストのなさることは、みな、すばらしい!

イエス・キリストのなさることは、みな、すばらしい!

 128() イエス・キリストのなさることは、みな、すばらしい!

この方のなさったことは、みなすばらしい。


          マルコの福音書737

 


人々は、耳が聞こえず、口のきけない人を、

イエスのところに連れて来て、

彼の上に手を置いてくださるように願いました。


そこで、イエスは、

その人だけを群衆の中から連れ出し、

その両耳に指を差し入れ、

それからつばきをして、

その人の舌にさわられ、

天を見上げ、深く嘆息して、

その人に「エパタ」すなわち「開け」と言われました。


すると彼の耳が開き、

舌のもつれもすぐに解け、

はっきりと話せるようになったのです。


イエスは、

このことをだれにも言ってはならない、

と命じられましたが、

彼らは口止めされればされるほど、

かえって言いふらしました。

よほど驚き感動したのでしょう。


人々は非常に驚いて言いました。

「この方のなさったことは、みなすばらしい。

 耳の聞こえない者を聞こえるようにし、

 口の聞けない者を話せるようにしてくださった。」


その通りなのです。

イエス・キリストのなされることは

みな、すばらしいのです。



あなたも

イエス・キリストのところに来てください。

そのとき、

この方のなさることは

みな、すばらしいということを

自分自身で体験し知ることができるでしょう。


イエス・キリストは、あなたを愛しておられます。

だから、

あなたに、すばらしいことをなしてくださるのです。



あなたはイエス・キリストに愛されています。

2022年1月27日木曜日

NO.574 隣人を自分自身のように愛する #bible #長崎

隣人を自分自身のように愛する

 127() 隣人を自分自身のように愛する

『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』


        マルコの福音書1231

 

 


律法学者の
「すべての命令の中で、どれが一番たいせつですか。」
という質問に、イエスはまず
「一番たいせつなのはこれです。
『イスラエルよ。聞け。
 われらの神である主は、唯一の主である。
 心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、
 力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』
と答えられた後、続けてこう言われました。
「次にはこれです。
 『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』
 この二つより大事な命令は、ほかにありません。」

まず神である主を愛し、そして隣人を愛する。
自分自身のように隣人を愛する。
これがイエスの言われた最も大切な二つのことです。

私たちは主イエスを愛し、
そして主から愛をいただいて、
隣人を自分自身のように愛しましょう。

妻、子ども、家族、学校や職場の友人、
そして出会う人々、
神さまが導かれる時、いろんな隣人が現れてきます。

神である主を愛し、
主イエスの十字架から流れてくる愛を受けて、
私たちも隣人を愛する恵みの中に生かされていきましょう。
それは大きな祝福をもたらします。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年1月26日水曜日

NO.573「主を愛する」#聖書 #bible #長崎 #愛する#主を愛する

主を愛する

 126() 主を愛する

イエスは答えられた。

「一番たいせつなのはこれです。

『イスラエルよ。聞け。

 われらの神である主は、唯一の主である。

 心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、

 あなたの神である主を愛せよ。』


      マルコの福音書122930

 


律法学者が、イエスに尋ねて聞きました。
「すべての命令の中で、どれが一番たいせつですか。」
すると、イエスはこう答えられたのです。
「一番たいせつなのはこれです。
『イスラエルよ。聞け。
 われらの神である主は、唯一の主である。
 心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、
 力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』

まず唯一の神である主を愛することです。
父なる神。
子なるキリスト、
聖霊なる神である方を、心から愛する、
ただ愛するのではなく、心を尽くして、愛する。
思いを、知性を、力を、尽くして、愛するのです。

旧約聖書に書かれている律法は
神が与えた人を幸せにする素晴らしいものです。

しかし、
神から離れた罪人である人間には、
それを守ることが出来ません。

イエス・キリストは、
その律法をご自身が全うし、
そして、その律法を愛によって解き明かされました。

十戒も愛によって解釈されたのです。
「心を尽くして主を愛せよ。」
そして
「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」と。

私たちは主を愛して、
イエス・キリストと共に歩んでいきましょう。


イエス・キリストは、あなたを愛しておられます。

2022年1月25日火曜日

NO,572  イエスを乗せて歩く人生は祝福に満ちている

イエスを乗せて歩く人生は祝福に満ちている

 125() イエスを乗せて歩く人生は祝福に満ちている

すると、多くの人が、自分たちの上着を道に敷き、

またほかの人々は、

木の葉を枝ごと野原から切って来て、道に敷いた。


          マルコの福音書118

 


ろばの子がイエスのところへ引いて来られると、

多くの人々は、自分たちの上着をその上に掛けました。

イエスが乗られるからです。


またほかの人々は、

木の葉を枝ごと野原から切って来て、道に敷きました。

イエスが通られるからです。


ろばというのは荷物を運んだり、田畑の作業に使われます。

よく愚鈍なろばと言われますが、忠実に仕事をします。


でもろばの生涯の中で、

鞍をつけてもらうことも稀なのに、

このろばの子は上着をかけてもらい、

いつも畦道や泥道を歩くろばが、

木の葉を枝ごと切って敷かれている道の上を歩いて行ったのです。

イエス・キリストを乗せていたからです。



私たちも、

イエス・キリストをお乗せして人生を歩む時、

決して体験できない素晴らしい祝福と恵みの中を

歩むことができるのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年1月24日月曜日

No.571 ろばの子を選ばれたイエス

ろばの子を選ばれたイエス

 124() ろばの子を選ばれたイエス

『主がお入用なのです。』


      マルコの福音書113

 


イエスの地上の生涯において、

最も大きなクライマックスは十字架と復活です。


その十字架にかかる週に

イエスは、エルサレムに入場されます。

その時は、まだ人々は

「ホザナ」と言ってイエスを大歓迎するのです。

その最も大切なエルサレム入場の時、

イエス・キリストが乗られたのは、

まだだれも乗ったことのない、ろばの子でした。


二人の弟子を向こうの村に遣わして、

そのろばの子を引いて来させます。

そのとき『なぜそんなことをするのか。』と言う人に

『主がお入用なのです。

 すぐに、またここに送り返されます。』

と言って連れて来させるのです。


イエス・キリストは、

戦いに強い、早く走ることのできる馬を

選ばれませんでした。

また荷物を運び、忠実に仕事をする

経験豊かな親ロバも選ばれませんでした。


ろばの子を選ばれたのです。

乗るとかえって低くなってしまうろばの子、

初めて人を乗せるので、

どうしてよいかわからず、

乗ったイエス・キリストの手綱に任せるしかない

ろばの子を選ばれたのです。


ろばの子に乗ってイエスは、

身を低くしてエルサレムに、王の王として入城されました。


自分の手綱に従うしかないろばの子に乗って

入城されたのです。



私たちも、

この終わりの時代、

イエス・キリストをお乗せして、

身を低くして、

イエスの言われるままに従うろばの子となって、

ついていきましょう。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年1月23日日曜日

No.570 イエスのことばの権威と力

イエスのことばの権威と力

 123() イエスのことばの権威と力

イエスは起き上がって、

風をしかりつけ、湖に「 黙れ、静まれ。」と言われた。

すると風はやみ、大なぎになった。


         マルコの福音書439

 


イエスが言われて、

向こう岸に向かって舟を出した弟子たちは、

激しい突風に襲われます。


舟は波をかぶり、水で一杯になり、

弟子たちは死んでしまうと恐れます。


ところがイエスだけは、

とものほうで、枕をして眠っておられました。


弟子たちはイエスを起こして言いました。

「先生。私たちがおぼれて死にそうでも、

 何とも思われないのですか。」

するとイエスは起き上がって、

風をしかりつけ、湖に

「黙れ、静まれ。」と命じられたのです。


すると風は即座にやみ、大なぎになりました。


イエスのことばには力があります。

イエスには天においても地において

もいっさいの権威が与えられているからです。


弟子たちは驚きました。

そんな弟子たちにイエスは言われます。

「どうしてそんなにこわがるのです。

 信仰がないのは、どうしたことです。」


そうなのです。

イエスが言われたのだから、

必ず向こう岸に着けるのです。

どんな激しい風が吹こうと、

どれほど大きな波が来ても、

イエスが言われたことばは、必ずそうなるのです。


とはいえ、弟子たちは

ガリラヤ湖のことを知り尽くしていたからこそ、

怖かったのでしょう。


目の前の現実と今までの経験が、

イエスのことばを信じる信仰を失わせてしまったのでしょう。



私たちも、

目の前の現実に振り回され、

自分の経験に立って物事を考えやすい者です。

そして、それは間違いではありません。


しかし、

イエス・キリストが語られたなら、

イエス・キリストのことばがあるなら、

目の前の現実よりも、

どんな経験よりも、

そのイエス・キリストのことばが正しく確かなのです。


そのことば、

主イエスが語られたことばを、信じるのです。

その信仰を通して、

主イエスは奇跡を行われます。

愛の御業、奇跡を行ってくださるのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年1月22日土曜日

No.569 イエスのことばは必ずその通りになる

イエスのことばは、必ず、その通りになる

 122() イエスのことばは必ずその通りになる

「さあ、向こう岸へ渡ろう。」


        マルコの福音書435

 


ある日の夕方になって、イエスは弟子たちに

「さあ、向こう岸へ渡ろう。」と言われました。


そこで弟子たちは、

イエスといっしょに舟に乗り、

向こう岸に向かって舟を出しました。


しばらくすると、激しい突風が起こり、

舟は波をかぶって水でいっぱいになってしまいました。

弟子たちは怖くてたまりません。

ガリラヤ湖を知り尽くしている弟子たちだからこそ、

本当に怖かったのでしょう。


イエスが言われたから、舟を出したのです。

それなのに突風が起こり、舟は沈みそうになっていました。



私たちの人生にも、

主のみことばに従って始めたのに、

うまくいかないで、大変な困難が許されることがあります。


間違いなく主の御心なのに、

どうしてと思いたくなるようなことが起こったりします。


でも、

そこで私たちが、主イエスにより頼み、

主イエスにすがり祈るなら、

それは、

イエス・キリストが

どんなに私たちを愛しておられ、

どんなことでも

おできになる不可能のない方であることを

知る時となるのです。


イエスが言われたことは、必ずそうなります。

成就するのです。


弟子たちは、

ともの方で眠っていたイエスを起こし、

イエスが風に命じられ、

風は静まり、大なぎになり、

主イエスが言われた通り、向こう岸に着いたのです。


イエスが言われたことは、その通りに成就します。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年1月21日金曜日

No.568 子どものように、素直な心で、神の国を受け入れる

子どものように、素直な心で、神の国を受け入れる

 121() 子どものように、素直な心で、神の国を受け入れる

そしてイエスは子どもたちを抱き、

彼らの上に手を置いて祝福された。


    マルコの福音書1016

 


イエスにさわっていただこうとして、

人々が子どもたちを、みもとに連れて来ました。

ところが、弟子たちは彼らをしかったのです。


イエスはそれをご覧になると、

憤って、彼らに言われました。

「子どもたちを、わたしのところに来させなさい。

 止めてはいけません。

 神の国は、このような者たちのものです。

 まことに、あなたがたに告げます。

 子どものように神の国を受け入れる者でなければ、

 決してそこに、はいることはできません。」


そしてイエスは子どもたちを抱き、

彼らの上に手を置いて祝福されました。



人々は、子どもたちが

イエスのところに来ることを叱りました。

騒がしくて、うるさいと思ったのでしょうか。


しかし、イエスはそれを憤られたのです

そして

「子どもたちを、わたしのところに来させなさい」

と言われました。


子どものように

素直な心で

神の国を受け入れる者を

神は受け入れてくださると言われました。


私たちは目に見えることによって

計算し判断して動きやすい者です。


しかし、

主イエス・キリストは、心をご覧になられます。

子どものように、素直な心で神のことばを聞き、

主イエス・キリストのところに行きましょう。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年1月20日木曜日

No.567 二人ではなくひとり

二人ではなくひとり

 120() 二人ではなくひとり

人は、神が結び合わせたものを引き離してはなりません。


           マルコの福音書109

 


イエス・キリストは、

夫が妻を離別することは許されるかどうかと質問された時、

答えて言われました。


「モーセは、あなたがたの心がかたくななので、

 離婚状を書いて妻を離別することを許しました。

 しかし、創造の初めから、

 神は、人を男と女に造られたのです。

 それゆえ、人はその父と母を離れて、

 ふたりの者が一心同体になるのです。

 それで、もはやふたりではなく、ひとりなのです

 こういうわけで、

 人は、神が結び合わせたものを引き離してはなりません。」



多くの男性は思っています。

私がこの人を妻に選んだと、

そして女性も思っています。

私がこの人を夫に選んだのだと。

確かにお互いに選んで結婚するのです。


しかしイエスは、

聖書の中で、こう言っています。


私があなたがたを選んだのだと。

つまり、

夫が妻を選んだのではなく、

妻が夫を選んだのでもなく、

生ける真の神が、

夫と妻を夫婦として選んだのです。

この二人をひとりとして選ばれたのです。


だから、これ以上一緒には、おれない、

もう離婚するしかないと言うときには、

選んでくださった神に、祈りすがればいいのです。


そのとき、

これ以上愛せないと思った人を、

もっと深く愛する愛を

主イエスが与えて注いでくださるのです。


二人では、

どうすることも出来ないことを、

主イエスは

十字架の力によって勝利させてくださり

二人で越えさせてくださるのです。


そして二人ではなく、

ひとりだということを

深く深く知るようになるのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年1月19日水曜日

NO.566「祈りは、悪霊を追い出す」 #聖書 #bible #長崎 #祈り

祈りは、悪霊を追い出す

 119() 祈りは、悪霊を追い出す

すると、イエスは言われた。

「この種のものは、祈りによらなければ、

 何によっても追い出せるものではありません。」


          マルコの福音書929

 


イエスが悪霊を追い出されて、

家にはいられると、

弟子たちがそっとイエスに尋ねました。

「どうしてでしょう。

 私たちには追い出せなかったのですが。」


すると、イエスは言われました。


「この種のものは、祈りによらなければ、

 何によっても追い出せるものではありません。」


悪霊を追い出すのに、

弟子たちは議論していたのです。

議論していても悪霊は追い出せないのです。


真実に、神により頼み、

生ける真の神を信じて祈るのです。


イエス・キリストの十字架の恵みに寄り頼み、

死に打ち勝ち、復活されて、

今も生きておられるイエス・キリストにすがって祈るのです。


主は愛のお方、

必ずその祈りに答えて、

悪霊を追い出し、

いやして解放してくださいます。



イエス・キリストはあなたを愛ししておられます。

No,565  イエスが命じると悪霊は出て行く

2022年1月18日火曜日

イエスが命じれば悪霊は出ていく

 118() イエスが命じれば悪霊は出ていく

イエスは、群衆が駆けつけるのをご覧になると、

汚れた霊をしかって言われた。

「おしとつんぼの霊。

 わたしが、おまえに命じる。

 この子から出て行きなさい。

 二度と、はいってはいけない。」


      マルコの福音書925

 


イエスは、

群衆が駆けつけるのをご覧になると、

汚れた霊をしかって言われました。


「おしとつんぼの霊。

 わたしが、おまえに命じる。

 この子から出て行きなさい。

 二度と、はいってはいけない。」


するとその霊は、叫び声をあげ、

その子を激しくひきつけさせて、出て行きました。


するとその子が死人のようになったので、

多くの人々は「この子は死んでしまった」と言いました。


しかし、イエスは、彼の手を取って起こされました。

するとその子は立ち上がったのです。


イエスはことばを持って悪霊に命じ、

この子を汚れた霊から解放されたのです。


イエスが語られ命じられたなら、

悪霊は出ていくしかないのです。

イエスのことばには権威と力があるからです。



あなたの愛する者が悪霊につかれてしまったら、

イエス・キリストのところに連れて行き、

イエスに命じてもらうのです。


長く苦しんできた人も、

決してあきらめないでください。

イエス・キリストが満ちておられる教会にいき、

神のことばを聞き、

教会のかしらであるイエス・キリストから

命じていただき、ことばを受けましょう。。


ある時は預言を通して、知恵知識の言葉を通して、

またメッセージを通して、神は語ってくださいます。


そして、あなたの愛する者を解放してくださいます。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

No.564 信じる者にはどんなことでもできる!

2022年1月17日月曜日

信じる者にはどんなことでもできる!

 117()信じる者にはどんなことでもできる!

「できるものなら、と言うのか。

 信じる者には、どんなことでもできるのです。」


          マルコの福音書923

 


人々はイエスのところに、

おしの霊につかれたその子を連れてきました。

その子がイエスを見ると、

霊はすぐに彼をひきつけさせたので、

彼は地面に倒れ、あわを吹きながら、ころげ回りました。

イエスは、その子の父親に尋ねられました。

「この子がこんなになってから、どのくらいになりますか。」

父親は言いました。

「幼い時からです。

 この霊は、彼を滅ぼそうとして、

 何度も火の中や水の中に投げ込みました。

 ただ、もし、おできになるものなら、

 私たちをあわれんで、お助けください。」


するとイエスは言われたのです。


「できるものなら、と言うのか。

 信じる者には、どんなことでもできるのです。」


するとすぐに、その子の父は叫んで言いました。

「信じます。不信仰な私をお助けください。」



長い間、

愛する息子が苦しい目に遭い続けていた父親は

信じることができなくなっていました。

まして弟子たちには出来なかったのです。

ですから、思わずも言ってしまったのでしょう。

「できるものなら・・」と。


でもイエスは言われたのです。

「できるものなら、と言うのか。

 信じる者には、どんなことでもできるのです。」と。


信じる者をとおして、

主イエス・キリストはどんなことでもしてくださるのです。


私たちにはできないことがたくさんあります。

しかし私たちの信じている

主イエス・キリストには不可能はないのです。


この愛なる神である主イエス・キリストを信じて、

信じる者にしていただきましょう。

そして、

主イエスに奇跡といやしをしていただきましょう。



イエス・キリストは、あなたを愛しておられます。

No.563 解放の鍵は、イエスのところに連れていく。

2022年1月16日日曜日

解放の鍵は、イエスのところに連れていく。

 116() 解放の鍵は、イエスのところに連れていく。

「ああ、不信仰な世だ。いつまであなたがたと

 いっしょにいなければならないのでしょう。

 いつまであなたがたに

 がまんしていなければならないのでしょう。

 その子をわたしのところに連れて来なさい。」


          マルコの福音書919

 


イエスが、弟子たちのところに来てみると、

その回りに大ぜいの人の群れがいて、

律法学者たちが弟子たちと論じ合っていました。


群衆はみな、イエスを見ると驚き、

走り寄って来て、あいさつをしました。


イエスは彼らに

「あなたがたは弟子たちと何を議論しているのですか。」

と聞かれました。

すると群衆のひとりが、イエスに答えて言いました。

「先生。おしの霊につかれた私の息子を、

 先生のところに連れてまいりました。

 その霊が息子に取りつきますと、

 ところかまわず彼を押し倒します。

 そして彼はあわを吹き、歯ぎしりして、

 からだをこわばらせてしまいます。

 それでお弟子たちに、

 霊を追い出ししてくださるようにお願いしたのですが、

 お弟子たちにはできませんでした。」


イエスは答えて 言われました。


「ああ、不信仰な世だ。

 いつまであなたがたと

 いっしょにいなければならないのでしょう。

 いつまであなたがたに

 がまんしていなければならないのでしょう。

 その子をわたしのところに連れて来なさい。」


弟子たちには出来なかったのです。

イエスのところに、

すぐに連れて行けばよかったのです。


弟子たちが議論せず

イエスのところに連れて行けば、すぐに治ったのです。

あるいは弟子たちが、議論せず祈り求め、

主にすがっていれば、追い出せたのです。


しかし弟子たちは議論していました。

議論しても何も変わりません。

何も起こりません。


イエス・キリストのところに行き、

イエス・キリストに、すがり祈り求めましょう。

その時、主イエスは奇跡をなし、

悪霊からも解放してくださいます。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。