2021年8月31日火曜日

No,423 バプテスマ、洗礼の祝福

バプテスマ、洗礼

 8月31日(火) バプテスマ、洗礼の祝福

ところが、イエスは答えて言われた。

「今はそうさせてもらいたい。

 このようにして、すべての正しいことを実行するのは、

 わたしたちにふさわしいのです。」

そこで、ヨハネは承知した。


      マタイの福音書3章15節



イエスは、

ヨハネからバプテスマを受けるために、

ガリラヤからヨルダン川でバプテスマを

授けていたヨハネのところに来られました。

ヨハネは驚いたことでしょう。


ヨハネは悔い改めのバプテスマを授けていたのです。

罪と全く関係がなく、

一度も罪を犯したことのない

イエス・キリストが

バプテスマを受ける必要などないのです。


ですから、

ヨハネはイエスにそうさせまいとして、

言いました。

「私こそ、

 あなたからバプテスマを受けるはずですのに、

 あなたが、私のところにおいでになるのですか。」


ところが、イエスはこう答えらレたのです。

「今はそうさせてもらいたい。

 このようにして、

 すべての正しいことを実行するのは、

 わたしたちにふさわしいのです。」


バプテスマを受けることを

「すべての正しいこと」と言われました。


神であられるのに人となられたイエスは、

人としての全ての正しいことを行われました。


バプテスマ、つまり洗礼も、

その大切な正しいことの一つだったのです。


本来、イエス・キリストは

バプテスマ、洗礼を受ける必要はないはずです。

しかし、人間になられたイエスは

人としてキリストを信じ、

古い今までの罪人の自分に死んで、

キリストの花嫁として新しく復活の命の中を

キリストともに生きる証となるバプテスマ、

洗礼を受けられたのです。


それは私たちの模範となり、

私たちに歩むべき道を示すためでした。


それで、ヨハネは承知しました。

そしてイエス・キリストに

バプテスマを授けました。


あなたも

イエス・キリストを信じて

バプテスマを受けましょう。

その時、愛と奇跡に満ちた

新しい人生みが始まります。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年8月30日月曜日

No. 422 処女降誕

処女降誕

 8月30日(月) 処女降誕

「見よ、処女がみごもっている。

 そして男の子を産む。

 その名はインマヌエルと呼ばれる。」

 (訳すと、神は私たちとともにおられる、

  という意味である。)


    マタイの福音書1章23節



イエス・キリストは

聖霊によって

処女であるマリヤに宿りました。

これを処女降誕といいます。


多くの人は、

処女が妊娠することが

信じられないといいます。

確かに普通に考えるとありえないことです。


でも、もしイエス・キリストが

マリヤとヨセフの間にできた子どもなら、

人間に過ぎません。

人間には人間を救うことはできません。


もちろん、

一時的な助けや奇跡によって

病気を直すことはできる人もいるでしょう。


しかし、

罪の身代わりになることは

人間にはできないのです。


イエス・キリストは

神であられたのに人となり、

人間となってくださったのです。

霊である神が

私たちと同じ肉体を持って

処女マリヤに聖霊によって宿られたのです。


イエス・キリストは

全く罪とは関係のないお方でした。

だからイエス・キリストには

私たちの罪の身代わりとなることができたのです。


イエス・キリストを

救い主と信じている私たちは

処女降誕を信じます。


処女にキリストを宿らせた神は、

この地上のどのような問題も

愛を持って解決し勝利してくださるのです。


父なる神の愛は深く広く大きいのです。

主イエスを信頼し、

聖霊様により頼みましょう。

必ず勝利と祝福に満ちた人生を与えてくださいます。



イエス・キリストは、あなたを愛しておられます。

2021年8月29日日曜日

No.421 主イエスの全き愛!

主イエスの全き愛!

 8月29日(日) 主イエスの全き愛!

愛には恐れがありません。

全き愛は恐れを締め出します。

なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。

恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです。


     ヨハネの手紙 第一4章18節



聖書はいいます。

「愛には恐れがありません。」

それは、全き愛は恐れを締め出すからです。


イエス・キリストが十字架で示された愛は

全き愛、愛の極みでした。

その愛で愛されていることを知った時、

私たちは恐れから解放されます。


でも私たちは恐れを持ちます。

恐れには刑罰が伴っています。

私たちが恐れる時、

私たちの愛は、全きものとなっていないのです。


イエス・キリストの愛を知り、

その愛に触れられ、満たされる時、

また父なる神の愛を知り、

その愛に満たされる時、

私たちは恐れから解放され

喜びと平安に満たされて自由になります。


主イエスの愛は、全き愛だからです。



あなたはイエス・キリストに愛されています。


2021年8月28日土曜日

No.420 暗闇を照らす光

暗闇を照らす光

 8月28日(土) 暗闇を照らす光

暗やみの中にすわっていた民は偉大な光を見、

死の地と死の陰にすわっていた人々に、光が上った。


          マタイの福音書4章16節



イエスは40日40夜の断食の後、

悪魔の試みにあわれ、

神のみ言葉によって悪魔を退けられました。


それからヨハネが捕えられたと聞いて

イエスは、ガリラヤへ立ちのかれ、ナザレを去って、

ゼブルンとナフタリとの境にある、

湖のほとりの町であるカペナウムに来て住まわれました。


これは、

預言者イザヤを通して言われた事が、

成就するためでした。


すなわち

「ゼブルンの地とナフタリの地、湖に向かう道、

 ヨルダンの向こう岸、異邦人のガリラヤ。

 暗やみの中にすわっていた民は偉大な光を見、

 死の地と死の陰にすわっていた人々に、光が上った。」


イエス・キリストは光でした。

その光であるキリストが来られたのです。

暗闇の中にすわっていた民も、

死の地と死の陰にすわっていた人々にも

光が上り与えられたのです。


あなたが今、

どんなに人生のどん底で暗闇にいたとしても、

あなたの愛する人が

死の苦しみの中をさまよっていても、

イエス・キリストは、そこに来てくださり、

あなたに光を与え照らしてくださるのです。



イエス・キリストは、あなたを愛しておられます。

2021年8月27日金曜日

No.420 世界の光

世界の光

 8月27日(金) 世界の光

あなたがたは、世界の光です。

山の上にある町は隠れる事ができません。


     マタイの福音書5章14節



イエス・キリストは言われました。

「あなたがたは、世界の光です。」


私たちは世界の光なのです。

それは、イエス・キリストを

信じた私たち一人一人のうちに、

主イエス・キリストが内住して、

つまり住んでおられるからです。

聖霊様も私たちの内におられ満たしてくださいます。


「私は世界の光です」

と言われたイエス・キリストが

私たちのうちに住んでおられるので、

私たちは世界の光となるのです。


ですから、

私たちの内におられる光である

イエス・キリストを人々の前で輝かせ、

人々が私たちのキリストにある良い行ないを見て、

天におられる私たちの父をあがめるようにしましょう。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年8月26日木曜日

No.419 試練とともにある脱出の道

試練とともにある脱出の道

  8月26日(木) 試練とともにある脱出の道

神は真実な方ですから、

あなたがたを耐えることのできないような試練に

会わせるようなことはなさいません。

むしろ、耐えることのできるように、

試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。


     コリント人への手紙 第一10章13節



私たちの人生には、試練は必ずやってきます。

試練に会うと、

私たちは自分だけが苦しんでいるように

思ってしまいます。


でも、そうではないのです。

試練は誰もが通るのです。

そしてイエス・キリストも

その苦しみを通ってくださったのです。


神は真実な方ですから、

私たちが耐えることのできないような試練には

決して会わせられるようなことはなさいません。


むしろ、

耐えることのできるように、

試練とともに、

脱出の道も備えてくださっています。


私たちが試練のただ中で

主に信頼して忍耐をもって、

感謝し、祈る時、

その脱出の道が開かれてくるのです。


そして私たちは必ず

試練に勝利し、神の栄光に預かります。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年8月25日水曜日

NO.419 「感謝はすべてを最善にかえる!!!」 #bible #長崎 #教会 #感謝

感謝はすべてを最善にかえる!!!

 8月25日(水) 感謝はすべてを最善にかえる!!!

すべての事について、感謝しなさい。

これが、キリスト・イエスにあって

神があなたがたに望んでおられることです。


テサロニケの手紙 第一5章18節



人生には

とても感謝できないようなことが起こります。

神がいたら、神が愛なら

なぜこんなことが許されるんだと

言いたくなるようなことも起こります。


でも聖書は命じています。

「すべてのことを感謝しなさい」と。


そして、すべてのことを感謝することは、

キリスト・イエスにあって神があなた方に、

つまり私たちに望んでおられることなのだ

と言っています。


神は私たち一人一人を本当に愛しておられます。

イエス・キリストは、

私たち一人一人のために

命を捨ててまで愛してくださいました。


聖書は言います。

神を愛する人々には、

神はすべてのことを働かせて、

つまりどんな困難や災と思えることも

理解できないようなマイナスも、

益としてくださる、

つまり最善に変えてくださり、

最高へと導いてくださると約束しているのです。


感謝を捧げましょう。

理解できないことも、

どうしてこんなことが許されたのだと思えることも、

すべて感謝を捧げましょう。

必ず神が、

そのことさえも益として

最善へと変えてくださいます。



イエス・キリストは、あなたを愛しておられます。

2021年8月24日火曜日

No,418 絶えず祈ることが出来る!!!

絶えず祈ることが出来る!!!

 8月24日(火) 絶えず祈ることが出来る!!!

絶えず祈りなさい。


テサロニケ人への手紙 第一5章17節



聖書は命じます。

「絶えず祈りなさい。」

そんなことできるわけがありません。

そう思いますね。


でも、

聖霊のバプテスマを受け

聖霊に満たされて

異言を語ることができるようになると、

運転していても、

テレビやYouTubeで動画を見ていても、

異言で祈ることはできるのです。


寝ながら異言で祈っているという

人の話を聞いたことがあります。

もちろん、

祈りの中心は理解できる言葉、

つまり日本人の私なら日本語です。


でも異言で祈ることによって

霊は強まり、内なる人が強められます。

そして、

何かをしながらでも

祈ることができるのです。


私が言葉で、つまり日本語で祈るなら、

何かをしていたら、とても危険です。

例えば運転しながら日本語で祈っていたら、

気持ちが集中しなくて、事故を起こしかねません。


でも異言なら、

運転に集中しながらでも祈れるのです。


絶えず祈ることができるのです。


神の言葉に従う時、必ず祝福を豊かに受けます。

あなたも聖霊のバプテスマを受け、

異言で祈り始めましょう。


祈りの答え、

主の恵みと祝福を豊かに受けることでしょう。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年8月23日月曜日

No.415 喜ぶ!!!

喜ぶ!!!

 8月23日(月) 喜ぶ!!!

いつも喜んでいなさい。


テサロニケ人への手紙 第一5章16節



「いつも喜んでいなさい。」

聖書はそう私たちに命じています。


でも、いつも喜んでいることなど

できるわけがありません。

そう思いませんか。

では聖書はできないことを

命じているのでしょうか。

そうではないのです。


喜ぶこと、

これは感情の問題ではなく、

喜ぶことを選ぶのです。

悲しくても辛くても、

神さまが私を愛しておられ

最善しかなさらないことを信じて、

どんなに辛く苦しい状況でも、

なぜこんなことが許されているか理解できなくても、

今のその状況を、主イエスにあって喜ぶのです。

聖霊に助けてもらいましょう。


その時、

すべてを益にされる神が働かれるのです。


そして本当に、

その最悪から最善、最高へと導かれていくのです。

喜びましょう。


主イエスがともにいてくださるから、

喜びましょう。

あなたと私を命をかけて

愛してくださっている神がおられるので、

喜びましょう。

聖霊さまは、

あなたと私の内におられ、

私たちを満たして祝福と喜びを豊かに注いでくださるのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年8月22日日曜日

No.416 創造する神のことば

創造する神のことば

 8月22日(日) 創造する神のことば

神が「光よ。あれ。」と仰せられた。すると光ができた。


           創世記1章3節



聖書は

「初めに、神が天と地を創造した。」

から始まります。


神がいるかいないかを論じてはいません。

神が天と地、つまり全世界、

全宇宙を創造したと宣言して始まるのです。


神が「光よ。あれ。」と仰せられます。

すると光ができるのです。


神はことばによって、天地万物を創造されました。


神のことばには

無から有を生み出す力、創造の力があるのです。


私たちは

この神のことばに触れ、

神のことばを聞き、

神のことばを語りましょう。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年8月21日土曜日

No.415 神の力にささえられる信仰

神の力にささえられる信仰

 8月21日(土) 神の力にささえられる信仰

そして、私のことばと私の宣教とは、

説得力のある知恵のことばによって行なわれたものではなく、

御霊と御力の現われでした。


       コリント人への手紙 第一 2章4節




パウロはコリントの教会に行った時、

弱さを覚え、恐れおののいていました。


パウロは、彼らの間で、イエス・キリスト、

すなわち十字架につけられた方のほかは、

何も知らないことに決心し、キリストを伝えたのです。


パウロのことばと宣教は、

説得力のある知恵のことば

によって行なわれたものではなく、

御霊と御力の現われでした。


パウロは聖霊に満たされ、

聖霊の御力によって

福音を宣べ伝えたのです。


それは、

コリントの人たちの持つ信仰が、

人間の知恵にささえられず、

神の力にささえられるためでした。


私たちも、イエス、キリスト、

すなわち十字架につけられた方を宣べ伝えましょう。

説得力のある知恵のことばによってではなく、

御霊と御力の現れによって語りましょう。

その時、人間の知恵ではなく、

神の力にささえられる生きた信仰を持つ人々が

生み出されてくるのです。



あなたはイエス・キリストに愛されています。

2021年8月20日金曜日

キリストは神の力、神の知恵

 8月20日(金) キリストは神の力、神の知恵

神の愚かさは人よりも賢く、

神の弱さは人よりも強いからです。


     コリント人への手紙 第一1章25節



聖書には、こう書かれています。

「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、

 賢い者の賢さをむなしくする。」


神は、この世の知恵、

つまり人間の知恵を愚かなものとされました。

実際、この世は、つまり人間は

自分の知恵によっては神を知ることが出来ないのです。

それは神の知恵なのです。

神は人間より遥かに高いお方だからです。


それゆえ、神はみこころによって、

人が神を知り体験できるように、

宣教のことばの愚かさを通して、

信じる者を救おうと定められました。


当時、ユダヤ人はしるしを要求し、

ギリシヤ人は知恵を追求していました。

しかし、それでは神を知ることはできないのです。


私たちは

十字架につけられたキリストを宣べ伝えます。

ユダヤ人にとってはつまずき、

異邦人にとっては愚かでしょうが、

しかし、ユダヤ人であってもギリシヤ人であっても、

召された者、救われる者にとっては、

キリストは神の力、神の知恵だからです。


神の愚かさは人よりも賢く、

神の弱さは人よりも強いからです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年8月19日木曜日

No.413 十字架のことばは救いの神の力

十字架のことばは救いの神の力

 8月19日(木) 十字架のことばは救いの神の力

十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、

救いを受ける私たちには、神の力です。


      コリント人への手紙 第一1章18節



キリストの使徒であるパウロは、

学識も立場もある人でした。

しかし彼は、キリスト・イエスを

知ることの素晴らしさのゆえに、

それらのものをちりあくたと思うと言いました。


そして彼は

イエス・キリストの福音、

つまり十字架を宣べ伝えたのです。


しかも

キリストの十字架がむなしくならないために、

ことばの知恵によらず語り伝えました。

パウロは知恵を持って語ることは出来ました。

しかし人間の知恵によっては

あえて語らなかったのです。


パウロは知っていたからです。

 十字架のことばは、

滅びに至る人々には愚かであっても、

救いを受ける私たちには、神の力だということを。


私たちもキリストの十字架を宣べ伝えていきましょう。


このキリストの十字架によって救われ、

神の子とされて、

祝福を受け継ぐものとされたのですから。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。