2021年7月31日土曜日

No.394 神の愛を知る

神の愛を知る

 7月31日(土) 神の愛を知る


   神は愛です。


ヨハネの手紙 第一4章16節



父なる神さまは

私たち一人一人を愛しておられます。

その愛は永遠の愛であり、

神の愛、アガペーの愛です。

無償の愛、与える愛です。

その無償の愛、与える愛で

愛されていることを信じています。


その神の愛の中にとどまる時、

神さまは、私たちのうちにいてくださるのです。


その神の愛を

私たちに示してくださったのが

イエス・キリストです。


そして

その愛の極みこそ十字架なのです。


イエス・キリストの十字架を信じる時、

私たちに対する神の愛を知ることができます。



イエス・キリストは、あなたを愛しておられます。

2021年7月30日金曜日

神は愛

7月30日(金) 神は愛


愛のない者に、神はわかりません。

なぜなら神は愛だからです。


  ヨハネの手紙 第一4章8節



父なる神さまは

そのひとり子であるイエス・キリストを

この地上に遣わしてくださり、

イエス・キリストの十字架によって

私たちに、

いのちを得させてくださいました。

ここに、

神の愛が私たちに示されたのです。


つまり、

私たちが神を愛したのではなく、

神が私たちを愛し、

私たちの罪のために、

なだめの供え物として

一人子の御子であるイエス・キリストを

遣わされたのです。


ここに愛があるのです。


これほどまでに

神は私たち一人一人を愛しておられます。


神は愛だからです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。 

2021年7月29日木曜日

No.392 乏しくならない秘訣

乏しくならない秘訣

 7月29日(木) 乏しくならない秘訣

主を恐れよ。その聖徒たちよ。

彼を恐れる者には乏しいことはないからだ。


       詩篇34編9節



生ける真の神である主を恐れ、

主を第一にすると、

主は私たちを完全に守り、

すべての必要を満たしてくださいます。

そして最善のもので満たしてくださいます。

決して乏しくなることはありません。


ただ気をつけないと、

私たちは主よりも人や状況を恐れ、

神を第一にしないで

他のものを優先させてしまいやすいのです。


ですから、

朝ごとに主を第一にすることができるように祈り、

聖書のみことばに触れて、

私たちの思いと心を守っていただきましょう。


その時、

必ず、すべての必要は満たされ、

最善にして最高のものを

主は備えてくださいます。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年7月28日水曜日

No.391 賛美の力

賛美の力

 7月28日(水) 賛美の力

私はあらゆる時に主をほめたたえる。

私の口には、いつも、主への賛美がある。


       詩篇34編1節



ダビデはあらゆる時に、主をほめたたえました。

彼の口には、いつも主への賛美がありました。


ダビデの生涯は波乱万丈の人生でした。

でも彼は、いつも主を賛美し続けました。

だからダビデは誰よりも祝福されたのです。


私たちの人生にもいろんなことが起こります。

でもどんな時にも

主イエスをほめたたえ賛美を捧げ続ける時、

神の愛とイエス・キリストの恵みが注がれてくるのです。

聖霊様に満たされて喜びに満ちあふれるのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年7月27日火曜日

No,390 主イエスご自身を求めると喜びがあふれてくる!

主イエスご自身を求めると喜びが溢れてくる!

 7月27日(火) 主イエスご自身を求めると喜びがあふれてくる!

私たちがこれらのことを書き送るのは、

私たちの喜びが全きものとなるためです。


    ヨハネの手紙 第一1章4節



父なる神と御子イエスとの交わりを中心とした

私たちの交わりには喜びが、あふれてきます。


イエスをとおして、私たちはたくさん祝福を受けます。

いやし、奇跡、必要のみたし、

でも一番すばらしいのは

イエス・キリストご自身と深く交わる時、

その愛と命に触れ、喜びが突き上げてあふれてくるのです。


人と人との交わりを中心に置くのではなく、

イエス・キリストとの交わりを中心において、

キリストご自身を求めていく時、

誰も何も奪うことのできない喜びが注がれてきます。


目に見える世界に何の変化がなくてもその時、

喜びが込み上げてあふれてくるのです。


そして、それは見える世界を

全く新しく作り替えていきます。

いやしや奇跡を主イエスがなされて・・・


私たちはイエス・キリストご自身を求め、

イエス・キリストを中心に置いて交わりを持ちましょう。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年7月26日月曜日

No.389 命の交わり

命の交わり

 7月26日(月) 命の交わり

私たちの見たこと、聞いたことを、

あなたがたにも伝えるのは、

あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。

私たちの交わりとは、

御父および御子イエス・キリストとの交わりです。


      ヨハネの手紙 第一1章3節



ヨハネは私たちの見たこと、

聞いたことを、

あなたがたにも伝えると言いました。


ヨハネが伝えたかったのは、

イエス・キリスト、

そしてキリストを信じる者に与えられる永遠の命です。


ヨハネはイエス・キリストを実際に肉眼で見、

また耳でイエス・キリストのことばを聞いたのです。


それを人々に伝え、

人々と交わりを持つようになることを願いました。


そして、その交わりとは、

人と人との単なる交わりではなく、

イエス・キリストの十字架を中心とした

御父である神と御子であるイエス・キリストとの交わりです。


私たちもイエス・キリストを信じる時、

キリストの声を聞き、キリストに触れられるのです。


イエス・キリストの臨在の中で、

私たちはいやしと愛を受け、

キリストのことばは

私たちを強め励まし生かすのです。



あなたはイエス・キリストに愛されています。


2021年7月25日日曜日

No.388 賛美の中にご臨在する主

賛美の中にご臨在する主

 7月25日(日) 賛美の中にご臨在する主

けれども、あなたは聖であられ、

イスラエルの賛美を住まいとしておられます。


       詩篇22編3節



7月20日から私たちの教会では、

白馬のホテルでキャンプが開催されました。


21日には

「J-ゴスペルコンテスト」のファイナルがもたれ、

長崎エルサレム教会からもチームが出場しました。


若者たち四人のチームで

「国籍は天にあり」という賛美を

日本語・英語・中国語で賛美しました。


彼らが主に向かって賛美し始めると、

とても深い主のご臨在が現れ、

涙を流す人たちもいました。


賛美の中に、

主は、ご臨在を現わして

私たち一人一人に触れてくださいます。



イエス・キリストは、

今も生きて働いておられ、

あなたを愛しておられます。


2021年7月24日土曜日

No.387 強いられる十字架は祝福への道

強いられる十字架は祝福への道

 7月24日(土) 強いられる十字架は祝福への道

そこへ、アレキサンデルとルポスとの父で、シモンというクレネ人が、いなかから出て来て通りかかったので、

彼らはイエスの十字架を、むりやりに彼に背負わせた。


        マルコの福音書15章21節



人生には、

なぜ自分がこんなことをしなければいけないのか、

と思いたくなるようなことがあります。


否応なく、

受け取らなければいけないことや

せざるをえなくこともあります。


クレネ人シモンはまさに、そういう状況でした。

田舎から祭りを見に都のエルサレムに登ってくると、

人だかりがするので、来てみると、

ちょうど人をかき分けて前にて出た時に

目の前に十字架の木が転がってきました。


そしてローマ兵に言われるのです。

それをイエスの代わりに「担いで運べ」と。

断ると殺されます。

彼はし仕方なく十字架を担ぎ運び出します。


でも、それが

彼がイエス・キリストに出会い、信じ、

彼とその家族が救われる最善の方法で主の導きでした。


私たちも無理やりに

強いられて背負う十字架があります。

でも、それは神の祝福を豊かに受ける近道なのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年7月23日金曜日

No.386. 赦す時祈りは聞かれる

赦す時祈りは聞かれる

 7月23日(金)) 赦す時祈りは聞かれる

また立って祈っているとき、

だれかに対して恨み事があったら、赦してやりなさい。

そうすれば、天におられるあなたがたの父も、

あなたがたの罪を赦してくださいます。


      マルコの福音書11章25節



「赦し」なぜか祈りのことを言われる時、

イエス・キリストは、しばしば赦しのことを語られました。


それは、罪人である私たちは本来、

父なる神に祈る資格は全くないからです。


十字架の赦しと恵みによって私たちは完全に赦され、

一度も罪を犯したことのないものと認められ、

大胆に父なる神に祈り求めることができるようになったのです。


だから私たちも赦すことが必要なのです。

自分自身を赦し、他の人を赦すのです。


その時、祈りは怖いほど聞かれ、

奇跡を見ることができるのです。



あなたはイエス・キリストに愛されています。

2021年7月22日木曜日

No.385 不可能を可能にする祈り

不可能を可能にする祈り

 7月22日(木) 不可能を可能にする祈り


祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。

そうすれば、そのとおりになります。


       マルコの福音書11章24節



祈りの原点は

「求めなさい。そうすれば与えられます」

つまり求めることです。


そして、

さらに奇跡を見る祈り、

不可能を可能にする祈りは

「受けたと信じて祈る祈り」

「カラシ種の信仰を用いる祈り」です。


祈って求めた時、

まだ見た目に何も起こっていなくても、

主の御心にかなうと聖書から確認できた時、

神からはっきりとことばをいただいた時、

すでに受けたと信じるのです。


これから受けるのではなく、

すでに受けたと信じるのです。


今、目の前に

何も変化が起こっていなかったとしても、

すでに主の手の中で与えられたと信じるのです。


その時、

そのことばは成就し、

約束のものは与えられ、

不可能が可能となります。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。


2021年7月21日水曜日

No.384 恐れてはならない。語り続けなさい。

恐れてはならない。語り続けなさい。

 7月21日(水) 恐れてはならない。語り続けなさい。

ある夜、主は幻によってパウロに、

「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。

 わたしがあなたとともにいるのだ。

 だれもあなたを襲って、危害を加える者はない。

 この町には、わたしの民がたくさんいるから。」と言われた


          使徒の働き18章9・10節



パウロは使徒であり、

彼は力強く大胆に福音を語っていた伝道者

というイメージがあると思います。


しかしパウロにも恐れはあったようです。


パウロは安息日ごとに、

ユダヤ人とギリシヤ人を承服させようと

ユダヤ教の会堂シナゴーグで論じました。

特に、

シラスとテモテがマケドニヤから下って来ると、

パウロはみことばを教えることに専念し、

イエスがキリストであることを、

ユダヤ人たちにはっきりと宣言したのです。


しかし、彼らはパウロに反抗し、暴言を吐いたのです。

パウロは着物を振り払って

「あなたがたの血は、あなたがたの頭上にふりかかれ。

 私には責任がない。

 今から私は異邦人のほうに行く」と言って、そこを去り、

神を敬うテテオ・ユストという人の家に行き宣教をしました。


会堂管理者クリスポは、一家をあげて主を信じ、

また、

多くのコリント人も聞いて信じ、

バプテスマを受けました。


とはいえ、

やはりパウロにも恐れはあったようです。

主イエスはそれを知っておられ

ある夜パウロに幻によって語って来られます。

「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。

 わたしがあなたとともにいるのだ。

 だれもあなたを襲って、危害を加える者はない。

 この町には、わたしの民がたくさんいるから。」と。


パウロはこの言葉を聞き、

一年半ここに腰を据えて、

彼らの間で神のことばを教え続けたのです。


幻の中で語られた主イエスのことばが

パウロを強くし語り続ける力を与えたのです。


私たちも恐れることがあります。

しかし主イエスが語られ、

そのことばを聞くと、力が湧いてくるのです。

それは聖霊の力、神の愛の力です。

神のことばによって語り続け

豊かな身をつける者としていただきましよう。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。


2021年7月20日火曜日

No,383 十字架は赦しとともにいやしてくれる。

十字架は赦しとともにいやしてくれる。

 7月20日(火) 十字架は赦しとともにいやしてくれる。

そして自分から十字架の上で、

私たちの罪をその身に負われました。

それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。

キリストの打ち傷のゆえに、

あなたがたは、いやされたのです。


     ペテロの手紙 第一2章24節



イエス・キリストが十字架にかかられた時、

私たちのすべての罪をその身に背負われました。

そして呪われた者となって、

私たち一人一人の罪の贖いをなしてくださったのです。


イエス・キリストは同時に私たちの病気も

十字架の上でその身に引き受けて死んでくださったのです。


それは、

その十字架で流された打ち傷の故に

私たちがいやされるためです。


自分の罪を悔い改めて

イエス・キリストの十字架を信じる時、

すべての罪が完全に赦され義とされます。


つまり

一度も罪を犯したことのない者として

見ていただけるのです。

さらに、それだけではなく、

あらゆる病気も完全に癒されるのです。



あなたはイエス・キリストに愛されています。

2021年7月19日月曜日

No.382 聖書の純粋なみことばの乳は宝物。

聖書の純粋なみことばの乳は宝物。

 7月19日(月) 聖書の純粋なみことばの乳は宝物。

生まれたばかりの乳飲み子のように、

純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。

それによって成長し、救いを得るためです。


     ペテロの手紙 第一2章2節



生まれたばかりの乳飲み子は、

母の母乳を飲みながら、

体も心も健やかにぐんぐん成長していきます。


それと同じように、私たちも

神のことばである聖書のみことばに触れ続ける時、

救いを受け、イエス・キリストに対する信仰が

健やかに成長していくのです。


この世界では、いろんな言葉が飛び交っています。

もちろん、

助けになる言葉も励まされる言葉も

たくさんあるでしょう。


しかし純粋な聖書のみことばは、

私たち人間にとって、まさに霊の糧であり、

信仰を育み、成長させる純粋な乳なのです。


聖書はあなたと私を救い、

信仰を建て上げてくれます。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年7月18日日曜日

No.381 使命に生きる!

使命に生きる!

  7月18日(日) 使命に生きる!

ですから、兄弟たちよ。ますます熱心に、

あなたがたの召されたことと選ばれたこととを

確かなものとしなさい。

これらのことを行なっていれば、

つまずくことなど決してありません。


      ペテロの手紙 第二1章10節



イエス・キリストは、

私たちを救い選ばれた時、一人一人に

召し、つまり使命を与えてくださっています。


その召しと選びに生きるとき、

つまずくことはないのです。


神が与えてくださった使命、

その使命に生き、

心を定めて使命の中を歩む時、

私たちは主イエスの祝福と恵みの中を歩むことができます。


どんな試練や困難がやって来ても

主イエスの恵みの中で守られ

勝利することができるのです。


主イエスの与えてくださった使命に生き、

召しと選びの中を歩みましょう。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。


2021年7月17日土曜日

No.380 聖書は知恵と救いを与えてくれる。

聖書は知恵と救いを与えてくれる。

 7月17日(土) 聖書は知恵と救いを与えてくれる。

聖書はあなたに知恵を与えて

キリスト・イエスに対する信仰による救いを

受けさせることができるのです。


    テモテの手紙 第二3章15節



聖書は永遠のペストセラーと言われていますが、

その聖書の中心テーマは

イエス・キリスト、

そして「救い」です。


聖書は

その言葉に耳を傾ける者たちに知恵を与え、

イエス・キリストによる救いを

もたらしてくれます。


聖書のことばに触れ続ける時、

キリスト・イエスに対する信仰が与えられ、

救いを受けることができるのです。


聖書は神のことばであり、

真の神さまからの愛のメッセージ、

ラブレターなのです。


あなたもこの聖書にぜひ耳を傾けて、

そのみことばに触れてください。


神の知恵が与えられ、

救われて、

永遠のいのちを受けることができます。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年7月16日金曜日

No.379 信じるものは解放される。

信じるものは解放される。

 7月16日(金) 信じるものは解放される。

モーセの律法によっては

解放されることのできなかったすべての点について、

信じる者はみな、この方によって、 解放されるのです。


         使徒の働き13章39節



イエス・キリストは、復活された神。

死に勝利された方です。


神がよみがえらせた方であり、朽ちることがありません。


人は、どんなに善行をしても、

モーセの律法のような

完全な律法を守ろうとしても出来ないのです。

それでは

救われることも

解放されることもないのです。


しかし

自分の罪を悔い改めて、

イエス・キリストの十字架を信じる者はみな、

罪が赦され、この方によって、 解放されるのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。