2021年6月30日水曜日

No. 363 赦されている喜び

赦されている喜び 

 6月30日(水) 赦されている喜び 

私たちの罪をお赦しください。

     ルカ11章4節


イエス・キリストの十字架によって
私たち一人一人の罪は、すでに完全に赦されています。

ですから、
罪人である私たちが、日々犯してしまう罪を
主の前にきちんと告白して悔い改めることは大切です。

悔い改める時、そこで赦しが与えられます。
その時、赦しとともに罪の縄目から解放されるのです。

多くの人が
赦されているにもかかわらず、
罪に縛られています。
それは赦されたことを
しっかりと受け取っていないからです。

まず
自分の罪を悔い改め告白して
赦されていることを、しっかり受け取りましょう。

その時、
神に愛されていることの
深さ素晴らしさが迫ってきて、
喜びと感謝が溢れてきます。


あなたはイエス・キリストに愛されています。

2021年6月29日火曜日

No,362 求める者は何でも与えてくださる。

求める者は何でも与えてくださる。

 6月29日(火) 求める者は何でも与えてくださる。

また、
あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、
父があなたがたにお与えになるためです。

        ヨハネの福音書15章16節


イエス・キリストは弟子たちに
「あなたがたがわたしを選んだのではありません。
 わたしがあなたがたを選び、
 あなたがたを任命したのです。
 それは、あなたがたが行って実を結び、
 そのあなたがたの実が残るためであり」

と言われた後、さらにこう続けて言われました。
また、あなたがたが
 わたしの名によって父に求めるものは何でも、
 父があなたがたにお与えになるためです。」

弟子たちが選ばれたのは、
実を結び、その実が残るためでした。
そして、その実を結び残すために、
主イエスは弟子たちに鍵を与えて下さったのです。

あなたがたがわたしの名によって求めるものは
何でも、父があなたがたにお与えになると。

つまり、
弟子たちがイエス・キリストの名によって
父なる神に求めるなら、何でも
父なる神は与えてくださるということなのです。

弟子たちが祈るなら、神は答えてくださるのです。
だから実を結び、実が残るのです。

私たちも、遣わさ置かれた場所で、
共にイエス・キリストの名によって
父なる神に求め祈るなら、
父なる神は答えて与えてくださいます。

それがイエス・キリストの約束だからです。
主イエスは約束されたことを破られません。
必ず守ってくださいます。

あなたも今、遣わされ置かれた場所で
イエス・キリストの名によって
父なる神に大胆に、ためらうことなく求めましょう。

必ず父なる神は
その求めに答えて与えてくださり、
実を結ばせ、その実を残してくださいます。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年6月28日月曜日

実を結び、実を残すために選ばれた。

6月28日(月) 実を結び、実を残すために選ばれた。

それは、あなたがたが行って実を結び、
そのあなたがたの実が残るためであり、

      ヨハネの福音書15章16節


イエス・キリストは弟子たちに
「あなたがたがわたしを選んだのではありません。
 わたしがあなたがたを選び、
 あなたがたを任命したのです。」

と言われた後、さらに続けてこう言われました。
「それは、あなたがたが行って実を結び、
 そのあなたがたの実が残るためであり」と。

弟子たちを選んだのは、
弟子たちが行って実を結び、
その弟子たちの実が残るためだと言われたのです。

私たちが選ばれたのも実を結び、
その実が残るために選ばれたのです。

あなたが今、その場所に置かれているのは、
あなたがそこにいる方たちとともに実を結び、
その実が残るためなのです。

まだ実が結ばれていないとしたら、
時が、まだ来ていないのでしょう。
実が結ばれる時は必ずきます。
そして、その結ばれた実は必ず残る実となります。

それは、
主イエスがあなたを
そこに遣わされ置かれたからです。

あなたは実を結ぶために選ばれ
そこに遣わされ置かれたのです。


あなたはイエス・キリストに愛されています。

2021年6月27日日曜日

No.360 選んだのではなく選ばれた!

選んだのではなく選ばれた!

 6月27日(日) 選んだのではなく選ばれた!

あなたがたがわたしを選んだのではありません。
わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。

       ヨハネの福音書15章16節前半


イエス・キリストは弟子たちに言われました。
「あなたがたがわたしを選んだのではありません。
 わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。」と。

弟子たちは
自分がイエス・キリストを信じて従いてきた。
自分が選んだと思っていたかもしれません。

しかし、そうではなかったのです。
イエスが、弟子たちを選んでくださったのです。

イエスは、あなたも選んでくださいました。
今あなたが置かれている場所、
家庭、学校、職場、そして教会、
そこに、主イエスがあなたを選ばれて置かれたのです。

あなただけではありません。
そこにいる周りの人も、主イエスが選ばれたのです。
だから、あなたがたを選んだと言われています。

しかも任命したと言われました。
そこに置かれているのは使命があるからです。
ある働きを任され命じられているのです。
それは重荷とはなりません。
喜びです。

主の選びを喜んで受け取り、使命に生きる時、
神の愛、主イエス・キリストの恵み、聖霊の力を
豊かに受け素晴らしい実をつけるができるのです。


イエス・キリストは、あなたを愛しておられます。

2021年6月26日土曜日

No.359 何をしても栄える人

何をしても栄える人

 6月26日(土) 何をしても栄える人

その人は、水路のそばに植わった木のようだ。
時が来ると実がなり、その葉は枯れない。
その人は、何をしても栄える。

     詩篇1篇3節


幸せな人とはどんな人でしよう。

聖書は詩篇の中でこう言っています。

「幸いなことよ。

 悪者のはかりごとに歩まず、

 罪人の道に立たず、

 あざける者の座に着かなかった、その人。

 その人は、水路のそばに植わった木のようだ。

 時が来ると実がなり、その葉は枯れない。

 その人は、何をしても栄える。」


幸いな人とは、

悪者の計画に乗ることなく、

罪の中にとどまらず、

人をあざけることをしない人だというのです。


そういう人は、

主のおしえである聖書のみことばを喜び、

昼も夜も聖書に親しみ、

聖書を読み、みことばに触れ、

そのおしえを声に出して口ずさむからです。


そういう人は、

水路のそばに植わった木のように、

時が来ると実がなり、その葉は枯れないのです。


聖書を読み、

み言葉にいつも触れている人は、

何をしても栄え祝福されます。


これは聖書の約束です。

神からの私たちへの愛の約束です。


あなたも聖書に毎日触れて、

みことばに親しんでください。

必ず祝福されますから・・・!



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年6月25日金曜日

No.358 毎日のあらゆる必要を与えて満たしてくださる方

毎日のあらゆる必要を与えて満たしてくださる方

 6月25日(金) 毎日のあらゆる必要を与えて満たしてくださる方

私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。

       マタイの福音書6章11節

神さまは、
私たちの日ごとの糧を与えてくださる方です。

今の日本では、
祈らなくても日毎の糧には、
普通に仕事をしていれば困ることはないでしょう。

でも日毎の糧というのは、
食物だけではなく、
毎日のいろんな必要、物質も経済も、
内面的な勇気や愛や力、決断や判断力など、
そういうものも含めて
毎日毎日の生活の中での具体的な必要を
神に求めるとき、具体的に与えられるのです。

そして霊的な糧、
朝ごとに夜ごとに、
聖書を通して神は語ってくださり、
命の糧であるみことばを与えてくださるのです。

イエス・キリストの御名によって
大胆に、私たちは父なる神に
毎日のあらゆる面での必要を、日毎に求めましょう。

神は必ず答えてくださいます。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年6月24日木曜日

No.357 イエス・キリストによって実現した。

イエス・キリストによって実現した。

6月24日(木) イエス・キリストによって実現した。

律法はモーセによって与えられ、恵みとまことは
イエス・キリストによって実現したからである。


        ヨハネの福音書1章17節



律法というのは、広く言えば聖書ですが、

普通はモーセが書いたモーセ5書、

その中でも「十戒」のことを言います。


そこには「してはならない」

「しなければならない」と命令が書かれています。

人はその命令を完全に守ることはできません。

神からずれてしまった罪人だからです。


しかし、

イエス・キリストが来られ、

その律法をすべて全うして、

十字架に私たちの罪の身代わりとなって

かかってくださいました。


私たちが自分の罪を悔い改めて、

この方の十字架を信じる時、

私たちは赦され

一度も罪を犯していない者と見ていただき、

神の子となる恵みを受けることができます。


そして罪が赦されるだけではなく、

今までできなかった私たちに

「あなたにはできる」と

神は語ってくださるのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年6月23日水曜日

NO. 356 弱さを通して強くなる恵み

弱さを通して強くなる恵み

 6月23日(水) 弱さを通して強くなる恵み

そこで、わが子よ。
キリスト・イエスにある恵みによって強くなりなさい。

       テモテへの手紙 第一2章1節


私たちは自分で何とかしようと思いやすいものです。
でも何とかできないことが、しばしばあります。

特に弱さを感じる時、
その弱さを何とか克服しようとして努力し、
その弱さと戦うのです。

でも弱さと戦ってはいけません。
弱さを認めて
神である主イエスのところにいくのです。
そして主イエスの御手に委ねるのです。

そのとき、
主ご自身が、その弱さを通して働かれます。
自分で強くなるのではなく、
キリスト・イエスにある恵みによって強くされるのです。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年6月22日火曜日

No,355 サタンの惑わしに勝利するには?

サタンの惑わしに勝利するには?

 6月22日(火) サタンの惑わしに勝利するには?

みこころが天で行なわれるように地でも行なわれますように。


マタイの福音書6章10節



天では御心がいつも完全に行われいます。

では地では、どうでしょうか。


地上では御心が行われない時があるのです。

それは御心でないことを

私たちがしてしまうからです。


なぜ御心でないことを、してしまうのでしょう。

私たちのうちに罪があり、

そこにサタンが働くからです。


でもサタンは惑わすことは出来ても、

御心を行えないようには出来ません。

右に行くことが御心の時に、

右はよくないと偽りを言い、

左がいいよと惑わし誘惑します。

しかし、左に無理やり行かせることは出来ません。

左に行くとしたら、

それは私たちがその言葉に惑わされ

左に行くことを選んでしまうからです。


どうすれば御心である方を、右を選べるのでしょうか。

それは神の言葉と祈りです。

神の言葉に耳を傾け、

神の言葉を聞く時

私たちはサタンの誘惑を退けることができます。


また祈る時、

神の言葉に立ち従う力が与えられるのです。

ひとりで祈れない時、教会と共に祈りましょう。

教会で共にみことばに触れましょう。

その時、私たちは御心を行い

地でも御心が行われるようになります。



あなたはイエス・キリストに愛されています。

2021年6月21日月曜日

No.354 真実なる方

真実なる方

 6月21日(月) 真実なる方

私たちは真実でなくても、彼は常に真実である。

彼にはご自身を否むことができないからである。


      テモテへの手紙 第二2章13節



私の名前は牧師がつけてくれました。

「真」と言います。

実は、この聖書の箇所からつけてくださったのです。


私はこの名前が、とても気に入っています。

私たち人間は、

どんなに誠実に生きようとしても真実にはなれません。


しかし彼、つまり父なる神、

主イエス・キリスト、

そして聖霊様は常に真実なのです。


どんなに私たちが不真実であったとしても、

主は真実なお方で

真実を持って答えてくださいます。


私は自分の人生を通して、そのことを見てきました。


あなたも、この真実なる神である

主イエス・キリストを信じて歩む時、

主イエスの真実によって

祝福と恵みを受けることができるのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年6月20日日曜日

No.353 バプテスマ、洗礼

バプテスマ、洗礼

 6月20日(日) バプテスマ、洗礼

私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、
キリストとともに葬られたのです。
それは、キリストが御父の栄光によって
死 の中からよみがえられたように、
私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。

        ローマ人への手紙6章4節


バプテスマ、洗礼を受けるということは、

キリスト共に古い自分、

罪に縛られていた自分に死んで葬られ、

キリスト共によみがえり、

新しい命に生きる歩みをするということです。


キリストは

私たちの罪も病気も

すべてを引き受けて十字架にかかり、

死んで葬られよみに、

つまり地獄に降られたのです。


私たちが自分の罪を悔い改めて、

このキリストの十字架を信じる時、

罪が赦され義とされて

神の子どもとなれるのです。


バプテスマ、洗礼は

そのキリストにつぎ合わされて、

キリストの死と同じようになり、

キリストの復活とも同じようになるのです。


つまり私たちの古い人は

キリストとともに十字架につけられ、

罪のからだが滅びて、

私たちがもはやこれからは

罪の奴隷でなくなったのです。


キリスト共に死んで

罪から解放 されているからです。


そして私たちは

キリストとともに死んだのであれば、

キリストとともに生きることにもなるのです。


バプテスマは私たちのお葬式であり、

キリストの花嫁となる結婚式です。

永遠にキリストの花嫁として生きるのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年6月19日土曜日

No.352 十字架によって義とされる素晴らしさ

十字架によって義とされる素晴らしさ

 6月19日(土) 十字架によって義とされる素晴らしさ

『主は私たちの正義。』


  エレミヤ書23章6節



私たちの神は義なる方です。

全く正しいお方です。

一つの不義も間違いもありません。


私たちは不義なる者です。

私たちがどんなに正しいと主張しても

人間の義は神の義を実現できるものではありません。

人を建てあげ成長させることは出来ないのです。


しかし神は義なる方でした。

義なる方であるイエス・キリストが十字架にかかり、

私たちの不義の全てを引き受けて身代わりとなって、

その裁きと呪いを受けてくださったのです。


だから私たちが自分の不義を認め、

悔い改めて十字架を信じる時、

私たちはイエス・キリストの義を受けて、

義なる者とされるのです。

一度も罪を犯したことのない者と

見ていただけるのです。


義とされる、この恵みは計り知れません。

義なる者として、

生ける神と交わることができるようになり、

神の御前に出て大胆に祈り、

その答えを受けることができるのです。



イエス・キリストは、あなたを愛しておられます。

2021年6月18日金曜日

No.351 いつもどんな時も決して見捨てることなく共にいてくださる方

いつもどんな時も決して見捨てることなく共にいてくださるお方

 6月18日(金) いつもどんな時も決して見捨てることなく共にいてくださる方

ギデオンはそこに主のために祭壇を築いて、
これをアドナイ・シャロムと名づけた。


       士師記6章24節



主イエスは私たちに

どんな状況の中でも平安を与えてくださいます。


この平安というのは、神が共にいる平安です。


何があろうと何が起ころうと、

主イエスが共におられるから大丈夫という

揺るぎない神への信仰、信頼から来る平安・安心です。


ギデオンはミデヤン人からのがれて、

酒ぶねの中で小麦を打っていました。

そこへ主の使いが来て

「勇士よ。主があなたといっしょにおられる」と言って、

恐れるギデオンを

「あなたのその力で行き、

 イスラエルをミデヤン人の手から救え。

 わたしがあなたを遣わすのではないか」

と遣わされるのです。


ギデオンは恐れ、

神に本当に神が語られたという確認としるしを求めます。


すると神はそのギデオンの願いに答え

確認としるしを与えられるのです。


その時、恐れていたギデオンに

「シャローム」神ともにいる平安が与えられ、

たった300名でミデヤン人に勝利するのです。


神である主イエスはあなたを離れることなく、

見捨てることも裏切ることも決してありません。


いつも、どんな時も

あなたと共にいてくださるお方なのです。

だから恐れることはありません。

主が共にいるから大丈夫

「シャローム」が与えられます。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年6月17日木曜日

No.350 主が戦ってくださる

主が戦ってくださる

 6月17日(木) 主が戦ってくださる

モーセは祭壇を築き、それをアドナイ・ニシと呼び、

「それは『主の御座の上の手』のことで、

主は代々にわたってアマレクと戦われる。」と言った。


         出エジプト記17章15・16節



主は圧倒的な勝利者です。

イエス・キリストの十字架によって

サタンは打ち砕かれました。


死に打ち勝って復活された主イエスは、

今も生きて働かれ、

私たちの生活のただ中で

主イエスの勝利を現してくださいます。


主ご自身が戦ってくださるのです。

私たちの戦いを、神が戦ってくださるのです。



イスラエルがアマレクが戦った時、

モーセが手をあげて祈っている時は、

ヨシュアを通してイスラエルはアマレクに勝利しました。


モーセの手があげられている時、

神である主ご自身がアマレクと戦われたからです。


私たちの人生においても、

主イエスを信じて主に委ね任せる時、

主イエスご自身が戦ってくださり、

圧倒的な勝利を与えてくださいます。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。


2021年6月16日水曜日

No. 349 いやして回復して下さる主

いやして回復してくださる方

 6月16日(水) いやして回復してくださる方

わたしは主、あなたをいやす者である。

      出エジプト記15章26節


主イエスはいやし主です。

イエス・キリストは十字架の上で
私たちの罪の身代わりとなられましたが、
その時、
私たちの病気も引き受けてくださったのです。

イエス・キリストに直せない病気はありません。

また主は身体をいやして下さるのは、
もちろんですが心や精神も癒してくださいます。
壊れた人間関係に和解をもたらし、
夫婦や親子、家族を一つとしてくださいます。
そして私たち一人一人に本来の人生、
輝きを取り戻してくださる方なのです。

つまり、
主イエスは回復してくださる方なのです。
十字架にはその力と愛、恵みがあるのです。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年6月15日火曜日

No,348 備えてくださる方。

備えてくださる方

 6月15日(火) 備えてくださる方。

そうしてアブラハムは、
その場所を、アドナイ・イルエと名づけた。
今日でも、
「主の山の上には備えがある。」と 言い伝えられている。

         創世記22章14節


主は備えてくださる方、

私たちの父なる神は、

私たちのために、

最善のものを、最高の時に、

最も良い場所で備えてくださる方です。


アブラハムが神から約束の子、

イサクを捧げるように言われた時、

アブラハムは主に従い、

イサクを捧げほふろうとしました。


そのとき、

主の使いが天からアブラハムを呼び、

殺すことを止められて、

一頭の雄羊を備えてくださり

イサクは助かるのです。


アブラハムは、その場所を、

アドナイ・イルエと名づけます。

これは「主の山の上には備えがある。」

と言い意味です。



主は必ず私たちを助け、

必要なものを備えてくださるのです。


あなたの将来に対して、

学校、職場、家庭、伴侶、

主はあなたに最善な場所と時を

備え用意しておられます。

そして最高のものを与えてくださるのです。


「アドナイ・イルエ」「主は備え主」なのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年6月14日月曜日

No.347 主の祈り

主の祈り

 6月14日(月) 主の祈り

父よ。御名があがめられますように。御国が来ますように。


          ルカの福音書11章2節



イエスはある所で祈っておられました。

それを見ていた弟子の一人が、

イエスが祈り終わると、

「主よ。ヨハネが弟子たちに教えたように、

 私たちにも祈りを教えてください。」と言いました。


するとイエスは弟子たちに、こう言われたのです。

「祈るときには、こう いなさい。

 『父よ。御名があがめられますように。

  御国が来ますように。

  私たちの日ごとの糧を毎日お与えください。

  私たちの罪をお赦しください。

  私たちも私たちに 負いめのある者をみな赦します。

  私たちを試みに会わせないでください。』」と。


これが有名な「主の祈り」です。

この祈りは実にコンパクトに

しかし、大切なことがしっかり入っている祈りです。


これを、朝ごとに夜ごとに

心を込めて噛みしめながら祈りましょう。

それだけで、

あなたの人生に神の祝福が始まります。


私の母は、いつも祈ると最後に

「主の祈り」と言って、大きな声で

この祈りを心を込めて祈っていました。


母は神の恵みの中で祝福された人生を送りました。


あなたも、この主の祈りを毎日祈りましょう。

神の恵みが注がれ、必ず祝福されます。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。