2021年4月10日土曜日

No.282 いつも共にいて祝福してくださる神

いつも共にいて祝福してくださる神

 4月10日(金) いつも共にいて祝福してくださる神

「この場所は、なんとおそれおおいことだろう。

 こここそ神の家にほかならない。ここは天の門だ。」


           創世記28章17節



ヤコブはカランへの旅の途中に夢を見て、

神から約束を語られ励ましを受けます。

ヤコブは眠りからさめると

「まことに主がこの所におられるのに、

 私はそれを知らなかった。」と言って、

恐れおののき、さらにこう言いました。

「この場所は、なんとおそれおおいことだろう。

 こここそ神の家にほかならない。

 ここは天の門だ。」


彼は翌朝早く、

自分が枕にした石を取り、

それを石の柱として立て、

その上に油をそそいで、

その場所の名をベテルと呼びました。


それからヤコブは誓願を立てて

「神が私とともにおられ、

 私が行くこの旅路で私を守ってくださり、

 私に食べるパンと着る着物を賜わり、

 私が無事に父の家に帰ることができ、

 主が私の神となってくださるので、

 私が石の柱として立てたこの石は神の家となり、

 すべてあなたが私に賜わる物の十分の一を

 私は必ずあなたにささげます。」

と言いました。


ヤコブは、神に出会い、

神がいつも共にいて守ってくださり

祝福してくださることを

信じることができたのです。


あなたも神に出会う時、

主イエスがいつも共にいて、

決して見捨てることなく祝福し、

守ってくださることを

信じることができるのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年4月9日金曜日

No. 281 約束を語り守られる神

約束を語り守られる神

 4月9日(金) 約束を語り守られる神

見よ。わたしはあなたとともにあり、

あなたがどこへ行っても、あなたを守り、

あなたをこの地に連れ戻そう。

わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、

決してあなたを捨てない。


        創世記28章15節



ヤコブはベエル・シェバを立って、

カランへと旅立ちました。

その途中、一夜を明かした場所で、夢をます。


一つのはしごが地に向けて立てられており、

その頂は天に届いていて、神の使いたちが、

そのはしごを上り下りしているのです。

見ると、主が彼のかたわらに立っておられ、

こう仰せられたのです。


「わたしはあなたの父アブラハムの神、

 イサクの神、主である。

 わたしはあなたが横たわっているこの地を、

 あなたとあなたの子孫とに与える。

 あなたの子孫は地のちりのように多くなり、

 あなたは、西、東、北、南へと広がり、

 地上のすべての民族は、

 あなたとあなたの子孫によって祝福される。

 見よ。わたしはあなたとともにあり、

 あなたがどこへ行っても、あなたを守り、

 あなたをこの地に連れ戻そう。

 わたしは、

 あなたに約束したことを成し遂げるまで、

 決してあなたを捨てない。」


不安と恐れを抱いていたヤコブに、

神は約束を与え、

彼を励まし強められました。

この約束は、のちの日にこの通り成就します。


あなたも新しい歩みの中で

不安と恐れを抱くことがあるかもしれません。

でも神である主は、

そのあなたに祝福の約束を語り

励まし強めてくださいます。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年4月8日木曜日

No.280 礎の石

礎の石

 4月8日(木) 礎の石

『あなたがた家を建てる者たちに捨てられた石が、

 礎の石となった。』というのはこの方のことです。


          使徒の働き4章11節



中東では家を立てる時、石で建てます。

その家を建てる者たちが

この石は役に立たない、要らないと見捨てた石、

その見捨てられた石が礎の石、つまり土台石、

なくなてはならない石になったという言葉です。


これはイエス・キリストのことを言っています。


ユダヤ人、そしてすべての人々の

救いのために来たイエス・キリストを

人々は要らないと言って

十字架につけて殺してしまいました。


しかし、

その十字架が人間の救いへの道、

永遠への道を開いたのです。


あなたがもし、

見捨てられた石のように

今、なっていたとしても、

そのあなたを主はこの時代に、

なくてはならない大切な礎の石として

救い育み建てあげて用いてくださるのです。


イエス・キリストの十字架を信じ、

この方の愛と恵みの中を、

主イエスと共に歩んでいきましょう。



あなたはイエス・キリストに愛されています。

2021年4月7日水曜日

No. 279 十字架を見る

十字架を見る

 4月7日(水) 十字架を見る

「ほんとうに、この人は正しい方であった。」


        ルカの福音書23章47節



イエス・キリストが十字架に付けられた時、

その姿を最初から最後まで見ていた人がいました。

それは百人隊長です。

彼は役人として見届けなければいけませんでした。


百人隊長は、

イエスの十字架を見届けた時、神をほめたたえ

「ほんとうに、この人は正しい方であった。」

と言いました。


神を信じていなかった

全くの異邦人であった百人隊長も、

イエス・キリストの十字架を見た時、

この方が救い主だと気づいたのです。



あなたもイエス・キリストの十字架を見上げる時、

この方は全く正しい救い主であることに

気づくでしょう。


そしてイエス・キリストの愛に心が震えるでしょう。



あなたはイエス・キリストに愛されています。

2021年4月6日火曜日

No. 278 奇跡はまず神への感謝から

奇跡はまず神への感謝から

 4月6日(火) 奇跡はまず神への感謝から

「父よ。

 わたしの願いを聞いてくださったことを感謝いたします。」


         ヨハネの福音書11章41節



死んだラザロをよみがえらされた時、

イエスは「石を取りとけなさい」と命じられ、

彼らがそれに従って石を取りのけた時、

イエスは目を上げて、まずこう言われたのです。


「父よわたしの願いを

 聞いてくださったことを感謝いたします。」


いきなり

「ラザロよ、出てきなさい」

とは言われませんでした。


まず神に感謝されました。


それからラザロに命じられ、

ラザロは生き返ってきます。


イエスはラザロを愛していました。

そして父なる神を信じておられました。

神が必ずラザロを

よみがえらしてくださると信じていたのです。

だから、

まず父なる神に感謝されたのです。


私たちも奇跡が起こる前に、

神を信じ、イエスを信じて、

まず神に感謝しましょう。

その時主は奇跡を現してくださいます。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年4月5日月曜日

No.277 石をとりのける

石を取りのける

 4月5日(月) 石を取りのける

そこで、彼らは石を取りのけた。


     ヨハネの福音書11章41節前半



ラザロの墓の前に来てイエスは言われました。

「その石を取りのけなさい。」

ラザロの姉であるマルタは言いました。

「主よ。もう臭くなっておりましょう。

 四日になりますから。」


しかしイエスは彼女に言われたのです。

「もしあなたが信じるなら、

 あなたは神の栄光を見る、

 とわたしは言ったではありませんか。」


そう言われて彼らは石を取りのけたのです。

その時、奇跡が起こりました。

ラザロが墓から出てきました。

ラザロは生き返ったのです。


信じるとは、従うことです。

イエスの言葉を信じて、

そのイエスの言葉に従うことです。


その時に神のわざ、

恐るべきわざが起こるのです。


あなたが主イエスに語られる時、

そんなことをして

何になるのだろうと思ったとしても、

イエスを信じるなら、

そのイエスの言葉に従うのです。

その時、奇跡が起こります。

神の恐るべきわざを見るのです。



あなたはイエス・キリストに愛されています。

2021年4月4日日曜日

No.276 信じるなら、今、よみがえる !

信じるなら、今、よみがえる !

 4月4日(日) 信じるなら、今、よみがえる !

「もしあなたが信じるなら、

 あなたは神の栄光を見る、

 とわたしは言ったではありませんか。」


     ヨハネの福音書11章40節



ラザロが死んで四日たった時、イエスは来られました。

ラザロの姉であったマルタもマリヤも、

イエスがいてさえくれれば

死ななかったのにと心を痛めていました。

イエスは、その時言われたのです。


「もしわたしを信じるなら、

 あなたは神の栄光を見る」と。


彼女たちは信じていました。

ラザロが終わりの日によみがえることを。


でもイエスは、

今、信じるならよみがえると言われ

墓の「石を取りなさい」と命じられました。


死んで四日経っていたので

臭くなっていると人々は思いました。

でもイエスを信じて、

その言葉に従った時、

ラザロは墓の中から生き返ってきたのです。


私たちも、

自分の考えではもうお終いだと思ったとしても、

イエスが言われる時、

どんなに不可能であっても信じるなら、

よみがえりを見ることができます。


死に打ち勝って復活された

イエス・キリストを信じているなら、

死にさえ勝利するのです。


不可能はありません。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年4月3日土曜日

No.275 イエスの最後の叫び

イエスの最後の叫び

 4月3日(土) イエスの最後の叫び

イエスは大声で叫んで、言われた。

「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」

こう言って、息を引き取られた。


    ルカの福音書23章46節



イエスが十字架につけられた時は朝の9時でした。

ところが昼の12時ごろから

全地が真っ暗になり3時まで続きました。

太陽は光を失っていました。


そのとき、神殿の幕は真二つに裂けたのです。

イエスは大声で叫んで、言われました。

「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」

こう言って、息を引き取られました。


神殿の幕は

聖所と至聖所の間にあるとても分厚い幕です。

至聖所は神の臨在されているところです。

その幕が真二つに裂けたのは、

いつでもどこでも、

イエス・キリストの十字架を通して、

私たち人間が、

神の臨在の中に入れるようになったことを

意味します。


罪人である私たち人間に救いの道、

神の臨在の中に入り、

神とともにいる永遠の天への道が開かれたのです。


イエスは最後に大声で叫んで言われました。


「わが霊を御手にゆだねます。」


この地上での使命を全うされた主イエスは、

神の御手の中に、

すべてをゆだね任せられたのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年4月2日金曜日

No. 274 あなたは天国に行ける。

あなたは天国に行ける。

 4月2日(金) あなたは天国に行ける。

「まことに、あなたに告げます。

 あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」


         ルカの福音書23章43節



イエスが「どくろ」と呼ばれている

カルバリの丘で十字架につけられたとき、

犯罪人も、ひとりは右に、ひとりは左に、つけられました。


その犯罪人のひとりはイエスに悪口を言い、

「あなたはキリストではないか。

 自分と私たちを救え。」と言いました。

ところが、もうひとりのほうが答えて、

彼をたしなめて言ったのです。

「おまえは神をも恐れないのか。

 おまえも同じ刑罰を受けているではないか。

 われわれは、自分のしたことの

 報いを受けているのだからあたりまえだ。

 だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。」


彼も最初は一緒にイエスを嘲っていたのです。

でもイエスが

十字架の上で祈られている姿を見、

その祈りを聞き、彼はわかったのです。


この方は救い主だと。


イエスと同じ十字架につけられて、

その苦しみと痛みの極限の中で、

イエスの最も近くにいた彼は、

イエスから流れてくる愛、温かさに触れたのです。


彼は続けて言いました。

「イエスさま。

 あなたの御国の位にお着きになるときには、

 私を思い出してください。」


その瞬間、間髪を入れずにイエスは彼に言われました。

「まことに、あなたに告げます。

 あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」


この人は、

自分が犯してきた罪の深さに

イエスに出会って気づいたのです。


イエスさまに、

自分も天国に連れて行ってくださいとは

とても言えませんでした。だから、

「イエスさま。

 あなたの御国の位にお着きになるときには、

 私を思い出してください。」と言ったのです。


しかしイエスさまは、その瞬間、彼に

「あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」

と言われました。


「きょう」という言葉は、今とも訳せる言葉です。

この瞬間から、あなたは天国の者とになりました。

この十字架の苦しみの中でさえ、

あなたは天国の者として、天の喜びを知るでしょう。

そう言われたのです。



主は、あなたにも言われます。

「あなたはきょう、この瞬間から、

 わたしと共にパラダイス、天国にいます。

 もう天国の者として永遠の命の中を、

 喜びを持って生きれるのです。」と。



あなたはイエス・キリストに愛されています。

2021年4月1日木曜日

No.273 あなたは赦されている。

あなたは赦されている。

 4月1日(木) あなたは赦されている。

「父よ。彼らをお赦しください。
 彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」

        ルカの福音書23章43節


イエスは十字架の上で7つの言葉を語られました。
最初に語られたのは祈りでした。

「父よ。彼らをお赦しください。
 彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」

そう祈られたのです。

そのとき、ローマ兵たちは、
くじを引いて、イエスの着物を分けていました。
民衆はそばに立ってながめ、
指導者たちはあざ笑って
「あれは他人を救った。
 もし、神のキリストで、選ばれた者なら、
 自分を救ってみろ。」と言っていたのです。

しかしイエスは何度も祈られたのです。
「父よ。彼らを赦したまえ」と。
「わたしが彼らのすべての罪を引き受けます。
 その罰と裁きを受けます。
 だから彼らを赦してください。
 彼らは自分が何をしているのかわかっていないのです」

イエスのこの祈りが、
あなたを赦し、私を救ってくれたのです。

この祈りが、すべての人の前に、
永遠への救いの扉を開いたのです。

このイエスの十字架の前で、
自分の罪を悔い改めて、
イエス・キリストを信じるなら、
あなたの罪は赦されます。

そして
イエス・キリストを信じるとき、
永遠の命が与えられるのです。


あなたはイエス・キリストに愛されています。