2021年3月31日水曜日

No. 272 主に仕え従いていく

主に仕え従いていく

 3月31日(水) 主に仕え従いていく

わたしに仕えるというのなら、

その人はわたしについて来なさい。

わたしがいる所に、わたしに仕える者もいるべきです。

もしわたしに仕えるなら、父はその人に報いてくださいます。


        ヨハネの福音書12章26節



イエス・キリストの十字架の愛を知って信じたとき、
この方、イエス・キリストの後に
従いていきたいと思うようになります。

そして主イエスのいるところにいつも共にいて、
主イエスに仕えたいと思うのです。
そうすると、父なる神が豊かに報いてくださいます。

では、主イエスに仕え従いていくと、
どこにいくのでしょうか。
それは十字架です。

イエス・キリストのように
誰かの罪の身代わりになることは決してできません。
私たち自身が罪人だからです。

それでも、主イエスに従っていくときに、
本来私たちが引き受けなくてもいいことを
引き受けるように導かれることがあります。
しかも私たちが自分の祝福や恵みを
捨てないと引き受けれないことがあります。
その十字架を受け止めて、
十字架を負ってついていくとき、
素晴らしい神の栄光が現れてきます。

恐るべき主のわざが現れてくるのです。

あなたも主の与えてくださる十字架を
喜んで受け取り負っていきましょう。

必ず、主が栄光を現してくださり、
大きな報いと祝福が待っています。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年3月30日火曜日

No. 271 死ぬとき、豊かな実を結ぶ

死ぬとき、豊かな実を結ぶ

 3月30日(火) 死ぬとき、豊かな実を結ぶ

一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、

それは一つのままです。

しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。


       ヨハネの福音書12章24節



 

イエスは言われました。

「まことに、まことに、あなたがたに告げます。

 一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、

 それは一つのままです。

 しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。」


麦が種のままでいたら、

芽を出すことも実を結ぶこともありません。

麦の種が種の形がなくなり、

その中にある養分のすべてを使い尽くしたとき、

芽が出て茎となり、

やがて豊かな実を結ぶようになるのです。


農家をしている友人が教えてくれました。

麦は一冬を過ごしますが、

そのとき見た目には萎れて

もうこの麦はダメになるのではと思うそうです。

でもそのとき、根が水と養分を求めて、

下に横にと、広く深く根を張って行くそうです。

そして芽が伸び始めると

根が広く深く張っているので

一気に大きく成長し豊かな実を結ぶのです。


イエス・キリストは、全く罪のないお方でした。

罪と何の関わりも関係もなかったのです。


しかし、私たち人間一人一人の罪を

その身におって、十字架にかかり、

罰を受け、裁かれ呪われた者となって

よみに降られたのです。


でもその結果、

人間は悔い改めて信じるなら

救われ神の子とされるのです。


イエス・キリストは

十字架で死なれましたが、

復活し、

今に至るまで、

全世界にたくさんの救いの実、

永遠の命の実を得ておられます。


死ねば豊かな実を結ぶのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年3月29日月曜日

No.270 十字架は栄光!!!

十字架は栄光!!!

 3月29日(月) 十字架は栄光!!!

人の子が栄光を受けるその時が来ました。

       ヨハネの福音書12章23節


イエスは弟子のピリポとアンデレに

「人の子が栄光を受けるその時が来ました」

と語られました。


「人の子」とは

イエス・キリストご自身のことです。

イエス・キリストは

「神の子」であり「人の子」であられました。


その人の子であるイエス・キリストが、

栄光を受けるその時が来たのです。


これは十字架のことでした。


つまり十字架につけられることは

栄光を受ける時だと、イエスは言われたのです。


十字架というと

受難、悲惨、恥辱、屈辱と思いやすいですが、

イエス・キリストは

栄光を受ける時だと言われました。


イエス・キリストは、十字架で、

すべての人間の罪を、その身に負われました。

私たち一人一人の罪を、身代わりに引き受けて

十字架で呪われた者となり

罰と裁きを受けられたのです。


でもそれによって、

私たちは自分の罪を悔い改め

イエスの十字架を信じるなら、

赦され、永遠の命を受けて、

神の子とされるのです。


それこそが、キリストにとっての栄光でした。


十字架は敗北ではなく、完全な圧倒的な勝利です。

そして十字架は、主イエスの栄光なのです。


この主イエスの十字架によって

あなたも私も赦され、神の子とされたのです。



あなたはイエス・キリストに愛されています。

2021年3月28日日曜日

NO.269 エルサレム入城

エルサレム入城

 3月28日(日)  エルサレム入城

キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、
死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。

           ピリピ人への手紙2章8節


今日は「パームサンデー」
日本語では「棕梠の日曜日」と言われています。

イエス・キリストの
地上での最後1週間が始まった日曜日です。

なぜ棕梠の日曜日かというと、
人々がエルサレムに入城されるイエス・キリストを
棕梠の木の枝を振り「ホザナ」と
主をたたえて大歓迎して迎えたからです。

イエス・キリストが
最もふさわしい栄光を受けられた時です。

でもその時、
イエスは、ロバの子に乗って
エルサレムに入城されました。

人々より低くなり、
戦いには相応しくない
平和を思わせるロバの子に乗られて
入城されたのです。

イエスはこの金曜日には、
自分が十字架にかかることを、
この時すでにご存知だったのです。

どこまでもへり下り
私たち一人一人を
愛し切られたイエス・キリスト、
この方に従(つ)いていきましょう。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年3月27日土曜日

No.278 命をかけて生きる人生

命をかけて生きる人生

3月27日(土) 命をかけて生きる人生

私が自分の走るべき行程を走り尽くし、
主イエスから受けた、
神の恵みの福音をあかしする任務を
果たし終えることができるなら、
私のいのちは少しも惜しいとは思いません。

        使徒の働き20章24節


パウロはミレトで

エペソの長老たちに向かって送別説教をしました。

その中で

「 いま私は、心を縛られて、

 エルサレムに上る途中です。

 そこで私にどんなことが起こるのかわかりません。

 ただわかっているのは、

 聖霊がどの町でも私にはっきりとあかしされて、

 なわめと苦しみが私を待っている

 と言われることです。」

と語った後、続けてこう言いました。

「けれども、

 私が自分の走るべき行程を走り尽くし、

 主イエスから受けた、

 神の恵みの福音をあかしする任務を

 果たし終えることができるなら、

 私のいのちは少しも惜しいとは思いません。」


パウロは厳格に律法を守ろうとして

生きて来た超エリートのユダヤ人でした。


しかし異端と思って迫害していた

イエス・キリストが実は「メシア」

つまり本当の救い主だと知った時、

その主イエスの恵みと愛を伝えることに

命をかけて従うものになったたのです。


彼はどんな苦しみが待っていても、

この主イエスから受けた恵みの福音を

証する任務を果たし終えることができるなら

命も惜しくないと思いました。


それほどに

主の愛に捕らえられていたのです。


パウロには悲壮感ではなく

喜びがあふれていたことでしょう。


あなたがイエス・キリストを信じ、

その愛と恵みの中を生きるなら、

あなたも命をかけて喜びながら

生きる人生を歩くことができます。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。


2021年3月26日金曜日

No. 266 あなたと私を通してなされる、恐るべきわざ

3月26日(金) あなたと私を通してなされる恐るべき主のわざ

 3月26日(金) あなたと私を通してなされる恐るべき主のわざ

あなたとともにいるこの民はみな、主のわざを見るであろう。
わたしがあなたとともに行なうことは恐るべきものである。


          出エジプト記34章10節



私が今、集っている教会では、
先日の3月3日から二泊三日で
白馬スネルゴイオンラインキャンプがありました。

コロナのため白馬では出来なかったのですが、
私たちの教会のセンターである
東京アンテオケ教会から配信されて行われました。

その時、語られた中心のみことばが、
出エジプト記34章10節後半の
あなたとともにいるこの民はみな、
 主のわざを見るであろう。
 わたしがあなたとともに行なうことは
 恐るべきものである。」だったのです。

今までにも
私たちはたくさんの主のわざを見てきました。
しかし
これから主が行われる主のわざは
恐るべきものであり、
そのいやし、奇跡、御業を通して
たくさんの人々が救われてくるを
私たちは見るでしょう。

主イエスは、
私たちを通して
主の恐るべき御わざを現してくださいます。

ただただ十字架の恵みのゆえに、
あなたと私を通して
主イエス・キリストご自身を現し、
人々を、おびただしく救い永遠の命を与えて、
いやしと奇跡を行い、
神の愛を現し注いでくださるのです。


あなたはイエス・キリストに愛されています。

2021年3月25日木曜日

No.266 お腹が減っていることまで気を配ってくださる方

お腹が減っていることまで気を配ってくださる方

 3月25日(木) お腹が減っていることまで気を配ってくださる方

すると、娘の霊が戻って、娘はただちに起き上がった。
それでイエスは、娘に食事をさせるように言いつけられた。

          ルカの福音書8章55節


ヤイロに向かって

「恐れないで、ただ信じなさい。

 そうすれば、娘は直ります。」

と言われたイエスは、ペテロとヨハネとヤコブ、

それに子どもの父と母だけを連れて家に入っていかれました。


人々はみな、娘のために泣き悲しんでいました。

イエスは言われました。

「泣かなくてもよい。

 死んだのではない。

 眠っているのです。」


人々は、

娘が死んだことを知っていたので、

イエスをあざ笑っていました。


しかしイエスは、

娘の手を取って、叫んで言われました。

「子どもよ。起きなさい。」

すると、娘の霊が戻って、

娘はただちに起き上がったのです。


それでイエスは、

娘に食事をさせるように言いつけられました。


イエスは娘を生き返らせヤイロの手に返されました。

ヤイロは驚き喜んだでしょう。

そして娘に食事をさせるように言いつけられました。


死にかけ死んでしまった娘は

食事を取っていなかったことでしょう。

お腹はペコペコに減っていたと思います。


イエスは、

この娘のそんなことまで気を配られたのです。


これがイエス・キリストです。


イエス・キリストは愛を持って奇跡を行い、

私たち一人一人ことに気を配り

思いやってくださる方なのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年3月24日水曜日

No. 265 死んだ娘を生き返らせたイエス

死んだ娘を生き返らせたイエス

 3月24日(水) 死んだ娘を生き返らせたイエス

「タリタ、クミ。」

  マルコの福音書5章41節



娘が死にかかっていたヤイロは、
イエスのところにきて、
ひれふして助けを求めました。

イエスはすぐ行かれましたが、
途中で娘は死んでしまいます。
それでも「ただ信じていなさい」と言われ
イエスはヤイロと共に家に行きます。

そして、娘の父と母、
ご自分の供の者たちだけを伴って、
子どものいる所にはいって行かれました。


そして、

その子どもの手を取って

「タリタ、クミ」と言われると、

少女はすぐさま起き上がり、歩き始めたのです。


父と母は驚き喜んだことでしょう。


「タリタ、クミ」と言うのは、

当時使われていたアラム語で

「少女よ。あなたに言う。起きなさい」という意味です。


イエスが語られた時、そのことばは実現します。

成就するのです。

イエス・キリストのことばには

力があり、権威があるからです。


イエス・キリストは

死んだ娘も生き返らせ

父の元に返してくださいました。



今、あなたがどんな不可能を抱えていても、

イエスのところに来て、ひれふして願うなら、

イエスはあなたの願いを聞き、語ってくださいます。


「タリタ、クミ」と。


そして、

その不可能に

愛を持って奇跡を現してくださるのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年3月23日火曜日

No.264 ただ信じる

ただ信じる

 3月23日(火) ただ信じる

「恐れないで、ただ信じていなさい。」

     マルコの福音書5章36節


ヤイロは会堂管理者でした。
でも12歳の娘が病気になり、死にかけていました。
それでイエス・キリストのところに、
娘のところに来て御手を置いて直してほしいと、
ひれふして懇願しました。

イエスはすぐに立ち上がり彼と共に行かれました。
ところが途中でイエスは立ち止まり、
イエスの衣に触れて、
12年間患っていた長血がいやされた女と
話しておられました。

その時、
ヤイロの家から使いのものが来て言いました。
「お嬢さんは今、亡くなられました。
 もう先生に来てもらい、わずらわせる必要はありません。」

その時イエスはヤイロに言われたのです。
「恐れないで、ただ信じていなさい。」

娘は死んだのです。
もうこれでお終いです。
ヤイロは落胆し、間に合わなかったと
嘆き絶望したでしょう。

しかし、イエスは言われました。
「恐れないで、ただ信じていなさい」と。

終わりではない、
私は死さえ打ち砕き、生き返らせることが出来る、
私を信じていなさい、
ただ信じ続けなさいと言われたのです。

そしてヤイロの家に行き、
娘を生き返らせ、ヤイロに返されました。


あなたにも、もうお終いだ、
そう思いたくなることが許される時があるでしょう。

しかし、イエスは言われます。
「恐れないで、ただ信じていなさい」と。

主イエスは、必ずあなたの願いを聞き、
もうお終いだと絶望してしまう
その向こうから
愛を持って奇跡を現してくださるのです。

恐れないで、信じ続けましょう。
神のことばを、ただ信じるのです。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2021年3月22日月曜日

No.263 永遠にともにいてくださる方

永遠にともにいてくださる方

 3月22日(月) 永遠にともにいてくださる方

わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。

        ヨハネの福音書14章8節


イエス・キリストは言われました。
「わたしは、あなた方を捨てて孤児にはしません。」と。

また他の聖書の箇所で、
主ご自身がこう言われています。
「わたしは決してあなたを離れず、
 また、あなたを捨てない。」

イエス・キリストは、
自分の罪を悔い改めて、
十字架を信じた者のうちに住んでくださり、
いつまでもともにいてくださるのです。

イエスを信じた者から決して離れることなく、
キリストを信じた者を捨てられないのです。

あなたが、
イエス・キリストを信じたのなら、
永遠に至るまで、
イエス・キリストはあなたとともにいて、
あなたを捨てることなく
離れられることはありません。


あなたはイエス・キリストに愛されています。

2021年3月21日日曜日

助け主である聖霊がいつまでもともにおられる

3月21日(日) 助け主である聖霊がいつまでもともにおられる

わたしは父にお願いします。そうすれば、

父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。

その助け主がいつまでもあなたがたと、

ともにおられるためにです。


       ヨハネの福音書14章16節



イエスは弟子たちのために

父にお願いしてくださいました。

もう一人の助け主が与えられるように。


私たちのためにもキリストは、

同じように父にお願いしてくださっています。

もう一人の助け主が与えれるように。


もう一人の助け主とは、

真理の御霊、聖霊様のことです。


助け主である聖霊様は、

弟子たちといつまでもともにおられ、

私たちともいつまでもともにいてくださいます。


聖霊様は私たちのうちにおられ、

私たちとともに住まわれるのです。


その聖霊様が、

私たちを通して、

弟子たちを通して働かれたように、

働いてくださり、

主イエスがなされたわざ、

さらにそれよりも大きなわざを

成してくださるのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。


2021年3月20日土曜日

No.261 イエスの名によって求める。

イエスの名によって求める。

 3月20日(土) イエスの名によって求める。

あなたがたが、
わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、
わたしはそれをしましょう。

       ヨハネの福音書14章14節



イエスの行ったわざを行い、

さらにそれよりも大きなわざを行う鍵は

信じることです。


イエスを信じ、

イエスのことば、神のことばを信じることです。


では具体的には信じる時どうすればいいのでしょう。


それは、

さらにイエスが続けて言われた言葉に書かれています。

「またわたしは、

 あなたがたが

 わたしの名によって求めることは何でも、

 それをしましょう。

 父が子によって栄光をお受けになるためです。

 あなたがたが、

 わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、

 わたしはそれをしましょう。」


祈るのです。

イエス・キリストの名によって求めるのです。

その時イエス・キリストは、

何でも、それをしてくださいます。



あなたはイエス・キリストに愛されています。

2021年3月19日金曜日

No. 260 イエスを信じる者は、さらに大きなわざを行う。

イエスを信じる者は、さらに大きなわざを行う。

 3月19日(金) イエスを信じる者は、さらに大きなわざを行う。

わたしを信じる者は、わたしの行なうわざを行ない、
たそれよりもさらに大きなわざを行ないます。

            ヨハネの福音書14章12節


イエスは弟子たちに言われました。
まことに、まことに、あなたがたに告げます。
 わたしを信じる者は、わたしの行なうわざを行ない、
 またそれよりもさらに大きなわざを行ないます。
 わたしが父のもとに行くからです。」

「まことに」というのはアーメンというギリシャ語で
大切なことを言う時に、イエスがよく言われた言葉です。
「これからとても大切なことを言うからしっかり聞きなさい」
と言われたのですね。

そして続けてこう言われました。
「わたしを信じる者は、わたしの行うわざを行い、
 またそれよりもさらに大きなわざを行います。」

イエス・キリストがなされたわざ、
いやしや奇跡、悪霊追い出し、
それを行い、さらにそれよりも大きなわざを行う、
何とすばらしい約束でしょう。

では弟子たちが、そして私たちが
それを実際に行うための鍵はどこにあるのでしょう。

それは神である主イエスを信じ、
神のことばを信じることです。
「わたしを信じる者は」とイエスは言われました。

私たちは自分を見ると
全くふさわしくないことに気がつきます。
あまりにも整えられていません。
いかに自分が頼りにならないか、
当てにならないかは、自分が一番知っています。

それでも、イエスの行ったわざ、
さらに大きなわざを行えるのです。

なぜでしょう。
十字架があるからです。
イエス・キリストの十字架があるので、
私たちは赦され贖われ、神の子とされています。
だから、イエスの行ったわざ、
さらに大きなわざを行えるのです。


あなたがそれを信じるなら、行えるのです。
イエスを信じ、
十字架にかかってくださったイエス・キリストを信じ、
神のことばを信じて、
イエスの行われたわざ、
さらに大きなわざを行いましょう。

それをとおして
たくさんのおびただしい人々が救われ、
キリストのもとに、教会に導かれてきます。


イエス・キリストはあなたを愛されています。

2021年3月18日木曜日

No.259 町の中でイエスの愛の奇跡が始まる!

町の中でイエスの愛の奇跡が始まる!

 3月18日(木) 町の中でイエスの愛の奇跡が始まる!

それでその町に大きな喜びが起こった。

        使徒の働き8章8節


迫害の中で、

教会は荒らされ多くの人たちが散らされました。


それで伝道者ピリポは

サマリヤの町に下って行き、

人々にキリストを宣べ伝えました。


群衆はピリポの話を聞き、

その行なっていたしるしを見て、

みんなそろって、

彼の語ることに耳を傾けていました。


 汚れた霊につかれた多くの人たちからは、

その霊が大声で叫んで出て行くし、

大ぜいの中風の者や足のきかない者は

直ったからです。


それでその町に大きな喜びが起こりました。


同じようなことが

これからあなたの住んでいる街にも起こります。


いやしと奇跡、悪霊追い出し、

悪週間や苦しみの縄目に縛られていた人々が

解放されていくのです。


迫害や殉教も許されてくるでしょう。

しかし、その中で福音は広がり、

神の御業は豊かに現されていきます。


そして

あなたも力強く用いていただけるのです。

何という祝福でしょう。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。