2020年8月28日金曜日

らい病に触れ、らい病のまま愛されたイエス




イエスは深くあわれみ、

手を伸ばして、彼にさわって言われた。

「わたしの心だ。きよくなれ。」


         マルコの福音書1章41節




らい病の人がイエスのもとに来た時、
そのらい病の人に手を伸ばし、
彼にさわり
「わたしの心だ。きよくなれ。」
と言われました。

らい病の人にふれると
ふれた人も汚れると
当時は言われていました。

しかしイエスは、
このらい病に触れられました。

それは、
このらい病の人の真剣さ、必死さ、
そして何よりも、その信仰を見て、
心の深いところから
あわれみが湧き上がってきたからです。

この深く憐れんでというのは、
言語では内臓を引きちぎるような
感情を意味します。

ですから、イエスは本当に、
このらい病人の眼差しを見、
叫びを聞いたとき、
心が沸き立って
放って置けなくなったのでしょう。

思わずも手を伸ばし、
らい病の彼にさわり、そして言われました。

「わたしの心だ。きよくなれ。」と。

イエス・キリストは、
彼に触らなくても、
「わたしの心だ。きよくなれ。」
と言えば直せたのです。
別に触る必要はなかったのです。
でもイエスは触られました

きよくなる前に、
らい病のままの彼に触られました。
「あなたは、そのらいのままで、
 わたしは愛している。
 きよめられて、らいがなくなったら、
 愛するのではなく、
 らいのある今のままで、
 わたしはあなたを愛している。」

そう言われたかったのでしょう。
らい病の人は嬉しかったと思います。
家族でさえ、
触れてはいけないと引き離されていたのに、
イエスは、このらい病の人にさわり、
それから「わたしの心だ。きよくなれ。」
と言われたのです。

イエスが、そう言われた瞬間、
この人のらいはきよめられ、癒されるのです。

イエスは、癒された彼に言われます。
「気をつけて、
 だれにも話さないようにしなさい。
 ただ、人々へのあかしのために、
 行って、自分を祭司に見せなさい。」と。

らい病がきよめられて
直ったことを宣告するのは、
祭司の仕事でした。

「その祭司に見せなさい。」
と言われたのは、
きちんと正しい手続きを踏んで、
正式に清められ、
癒されたことを認めてもらい、
社会復帰するように言われたのです。

イエスは、
このらい病の人をきよめ、
いやして家族の元へ、
社会へ復帰させたのです。

同じように主は、あなたが、
どのような弱さの中にあっても、
たとえ罪の中にあっても、
あなたが
「きっとイエスは赦してくださり、
 いやしてくださる。」
と信じてイエスのみ元にやって来るならば、
主イエスは、その叫びに答えて、
必ずきよめて、いやしてくださるのです。

そして、あなたを家族の所へ、
社会へと戻してくださるのです。

イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

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