2019年12月16日月曜日

律法ではなく、キリストを信じる信仰によって生きる


私はキリストとともに十字架につけられました。

もはや私が生きているのではなく、

キリストが私のうちに生きておられるのです。

いま私が、この世に生きているのは、

私を愛し私のためにご自身をお捨てになった

神の御子を信じる信仰によっているのです。

        ガラテヤ人への手紙220



パウロは神に生きるために、
律法によって律法に死にましたと言いました。
彼はかつて律法を厳格に守り、
律法によって生きていました。
しかし、その律法の行ないによっては
決して義とされることはないことを
パウロ走りました。

ただイエス・キリストを信じる
信仰によってのみ人は義とされるのです。
イエス・キリストが
律法を完全に全うしてくださり、
その上で私たち人間の一人一人の
罪の身代わりとなって
十字架で罰と裁きを受け死んでくださり、
よみに降られたからです。

このキリストの十字架の前で悔い改め、
イエスをキリストと信じるなら、
その信仰によって義とされ、
告白して救われるのです。

パウロは
このキリストの十字架を信じました。
その時、キリスト共に
罪人である自分自身は十字架につけられ、
自分にはもう死んだのでした。
もはやパウロが生きているのではなく、
キリストがパウロの中に生きておられるのです。
パウロを愛し、
パウロのために
ご自身をお捨てになった
神の御子であられるキリストを
信じる信仰によって
パウロは生きているのです。

そして、
それは私もあなたも同じです。
イエス・キリストの十字架を
悔い改めて信じたとき、
あなたも私も自分自身は
十字架につけられ死んだのです。
そしてあなたと私の中に
イエス・キリストが生きておられるのです。

いま、あなたと私が、
この世に生きているのは、
あなたと私を愛し、
あなたと私のために
ご自身をお捨てになった
神の御子を信じる信仰によっているのです。

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