2019年9月19日木曜日

サマリヤの女にも注がれた主イエスの愛


サマリヤを通って行かなければならなかった。

          ヨハネの福音書44



主イエスはユダヤを去って、
またガリラヤへ行かれました。
しかし、その時
サマリヤを通って行かなければならなかったのです。
当時ユダヤからガリラヤに行くには
サマリヤを通るのが一番近かったのですが、
ユダヤ人たちは、
サマリヤを避けて遠回りしてガリラヤに行きました。
サマリヤ人が雑婚していたので、
ユダヤ人たちは彼らを見下げ軽蔑していました。
そして、そこを通ろうとはしなかったのです。
しかしイエスは、
そこをあえて通って行かれました。

それはイエス・キリストは
サマリヤの人々をも愛しておられ、
そこに住む人々を救いたいと強く願っておられたからです。
だからサマリヤを通って行かれたのです。
しかも真昼頃に、
砂漠の多いサマリヤを通って行かれたのです。
それは、サマリヤにいる一人の女性を
まず救おうとされていたからです。
主イエスは、まず彼女を救い、
そして町の人々を救おうと思われました。
このサマリヤの女は実は、
人々に見下げられ軽蔑されていた女でした。
しかしイエス・キリストは
この女に目を留め、この女に会うために
昼の暑い時にサマリヤを通って行かれました。

イエス・キリストは
人々に軽蔑され除け者にされているその人に
目をとめられました。
これがイエス・キリストです。

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