2019年7月9日火曜日

父に捨てられても「父よ」と言われたイエス・キリスト

79日(火)

父よ。わが霊を御手にゆだねます。

      ルカの福音書2346



イエス・キリストが十字架に架けられたとき
「父よ」と祈られました。
その時まで、
いつもイエス・キリストは、父なる神と一体でした。
キリストの傍に、
そこに父なる神はおられたのです。
しかし十字架の上で、
イエス・キリストは、父なる神に見捨てられました。
父なる神は、
あなたを救うために、私に命を与えるために、
イエス・キリストを見捨てられて、
私たちの罪を、
その身に負わせ地獄に落とされたのです。
だからイエス・キリストは
「我が神、我が神」と叫ばれました。
「父よ」とはもう呼べなかったのです。
ところが、十字架の最後の言葉で
イエス・キリストは「父よ」と再び呼びかけられます。
この時、イエス・キリストはまだ復活されておらず、
父なる神に見捨てられていたのです。
それでもイエスは「父よ」と呼ばれました。
「今、私には、あなたは見えない、
 それでも、私はあなたを信頼しています。
 あなたはやはり私の父です。父よ」と、
イエス・キリストは叫ばれました。
私たちも、
父なる神様がわからなくなったり、
まるで神様に見捨てられたかのように
思える時があります。
もちろん、
イエス様の十字架とは本質的に違い、
私たちは決して見捨てられることはありません。
見捨てられたように思ったとしても、
神さまは決して見捨ててはおられません。
あなたを愛して最善をなさろうとされています。
それでも、そう思える時、
十字架のイエス・キリストを見上げてください。
イエスさまは、
父なる神に見捨てられた暗黒の中で、
父よと祈られたのです。
あなたも、その暗闇の中で「父よ」と叫んでください。
きっと父なる神の愛と恵みの御手が動くのを見ることでしょう。

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