2019年7月4日木曜日

キリストのように不正を受け入れる


そもそも、互いに訴え合うことが、

すでにあなたがたの敗北です。

なぜ、むしろ不正をも甘んじて受けないのですか。

なぜ、むしろだまされていないのですか。

                             コリント人への手紙 第一 67



イエス・キリストは
十字架の上でどんなに嘲られ罵られても
言い返さず黙っておられました。
明らかに不当で、不正な裁判によって
死刑の宣告を受け十字架にかけられましたが、
キリストは、
その十字架を引き受けられたのです。
それは、私たちを愛しておられたからです。
私たちを救うためには、
十字架以外に道はなかったのです。
そのキリストの十字架の愛によって、
私たちは救われ永遠の命を与えられました。

クリスチャンとして歩みだすと、
不当な仕打ちを受けたり、理不尽なことで
訴えられたりすることが許される時があります。
残念ながらクリスチャンからさえ、
そういう不正な対応をされることがあるのです。
そんな時、
私たちは、思わずも言い返したり、
相手を罵ってしまったり、
自分の正しさを主張してしまいます。
でもその時に、
キリストがそうされたように、
主イエス・キリストの恵みの中で、
その不正を甘んじて受け入れ
黙ってだまされることを選ぶ時、
私たちはキリストの弟子となり
神の御業と奇跡を見ることができるのです。

嫌々でもなく、あきらめてでもなく、
主イエスを愛する愛と
相手を赦す主イエスの恵みの力によって
不正を甘んじて受け入れ、
神に感謝と賛美を捧げる時、
必ず神さまは、そのことの中に働き、
あなたのおよびも考えもつかない
勝利と解決を与えてくださいます。

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