2019年7月20日土曜日

勝利の鍵は教会のとりなしにかかっている

720日(土)

モーセが手を上げているときは、

         イスラエルが優勢になり、

  手を降ろしているときは、

         アマレクが優勢になった。

                      出エジプト記1711


イスラエルの敵であったアマレクが
レフィデムに来てイスラエルと戦いました。
モーセはヨシュアに
幾人かを選んで出て行き、
アマレクと戦うようにと言いました。
ヨシュアはモーセが言った通りに出て行き
アマレクと戦いました。
そのときモーセは
アロンとフルを連れて丘の頂に登りました。
モーセは丘の頂に立ち
神の杖を手に持って手をあげました。
モーセの手が上がっている時、
イスラエルは優勢になり、
手を降ろしているときは、
アマレクが優勢になりました。
しかし、モーセの手が重くなりました。
アロンとフルは石を取り、
それをモーセの足元に置いたので、
モーセはその上に腰掛けました。
アロンとフルは、
ひとりはこちら側、
ひとりはあちら側から、
モーセの手を支えました。
それで、モーセは日が沈むまで、
しっかりそのまま
手をあげ続けることができました。
ヨシュアは、
アマレクとその民を
剣の刃で打ち破り勝利を取りました。

戦っていたのはヨシュアです。
しかしその勝敗の鍵は、
モーセの手が
上がっているかどうかにかかっていました。
これはモーセのとりなしの祈りを指しています。

モーセは旧約聖書の中に出てくる
最高のとりなし手です。
そのモーセでさえ、
一人では手をあげ続けることは
出来なかったのです。
つまり、一人では
祈り続けることは出来なかったのです。
アロンとフルが石を置き、
腰掛けてアロンとフルに支えられて
モーセはイスラエルが、
ヨシュアによって勝利を取るまで
祈り続けることができたのです。


私たち人間は肉を持つています。
肉は弱いのです。
ゲッセマネでさえ
眠ってしまった弟子たちのように、
聖霊の助けがなければ
とても祈り続けることは出来ないのです。
弟子たちは共に集まって祈っていました。
そこに聖霊が臨んで、
彼らは全く新しく創りかえられました。

新約時代の今、
聖霊の助けの中で、
教会に共に集まって祈る時、
私たちは聖霊の助けと恵みの中で、
約束の成就を見るまで、
祈り続けることができるのです。

戦っている愛する者のために、
教会に集まって
共に戦いの祈りの手をあげ続けましょう。
病気と戦っている人がいます。
社会の中で、孤独の中で、
学校にも職場にも戦っている人がいます。
教会の中にもいるでしょう。
サタンとの戦いの中で
疲れ果てている人もいます。

あなたと私が教会に集い、
祈りの手をあげ共に支え合いながら戦う時、
主イエス・キリストの圧倒的な勝利が与えられるのです。

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