2016年11月23日水曜日

11月23日(水) ピラトとイエス④




彼らは激しく叫んだ。「除け。除け。十字架につけろ。」ピラトは彼らに言った。

「あなたがたの王を私が十字架につけるのですか。」

祭司長たちは答えた。

「カイザルのほかには、私たちに王はありません。」

そこでピラトは、そのとき、

イエスを、十字架につけるために彼らに引き渡した。




ヨハネの福音書19章15・16節



人を恐れたピラト



ピラトは、

イエスが無実であり、

祭司長や長老が、

妬みから十字架につけるように

群衆を扇動していることもわかっていました。



実際、イエスと対面し、

いくつかの質問をして、その答えを聞きながら、

ピラトは、この方は全く罪など犯していないことに気づいていたのです。



ですから、彼なりに何とかして、イエスを助けよう、釈放しようとしたのです。

せめて死刑にはならないようにと思いました。

しかし結局、彼は最後には、

イエスを死刑にするために、

しかも、十字架という最も残酷な死刑にするために、

彼らの手に渡してしまうことになるのです。



なぜ、ピラトはイエスが無実だとわかっていながら、

イエスを助けることが出来なかったのでしょうか。

彼には、イエスを十字架につける権威も、釈放する権威もあったのです。

実際、ピラトはイエス様を釈放しようと努力もしました。

しかし、結局だめだったのです。



それはピラトが、神よりも人を恐れ、

自分の立場を守ることに、汲々としていたからでした。

群衆は、こう言ったのです。



「もしこの人を釈放するなら、あなたはカイザルの味方ではありません。  

自分を王とする者はすべて、カイザルにそむくのです。」



カイザルにそむく。

当時のローマ帝国において、これが一番大きな問題でした。

また、カイザルから任されている領地で

暴動や謀反が起こることは、一番厄介でまずい問題でした。



祭司長たちは、群衆が扇動しながら、ピラトの一番痛いところを突いたのです。

それでピラトは自分の立場を守るために裁判の席に着き、

キリストを連れ出して、ユダヤ人たちに、こう言いました。



「さあ、あなたがたの王です。」



すると彼らは、イエスを「十字架につけろ。」と激しく叫びました。



ピラトは彼らに言いました。



「あなたがたの王を私が十字架につけるのですか。」と。



しかし祭司長たちはその時、こう答えたのです。



「カイザルのほかには私たちには王はありません。」



ピラトは、もう答えられませんでした。

彼は自分を守るため、自分の立場を失いたくないために、

永遠に価値あるものを失い、

イエス・キリストを十字架の死に渡す者となってしまったのです。

彼には、総督としての権威がありました。

しかし、それは祭司長たちの思いのままに、用いられてしまったのです。

彼らの妬みの道具として使われてしまったのです。



ピラトが主よりも人を恐れ、

自分のことにとらわれ、

自分の立場を守るために生きたとき、

彼は、イエスがあたえようとしていた命も祝福も失い、

逆にキリストを十字架の死に渡すものとなったのです。

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