2016年10月21日金曜日

10/21(金)パソコン版 10月21日(金) ラザロの復活④







そして、そう言われると、大声で叫ばれた。

「ラザロよ。出てきなさい。」




ヨハネの福音書11章43節



はるかに高い神の愛と計画



私たちにも、

主イエスを信じて期待して待ち望んでいたのに、

答えてくださらなかったという経験があるかもしれません。



なぜ、主イエスは、こんなときに黙り続けていらっしゃるのだろう。

どうして、すぐに来てくださらないのだろう。

これで、もうおしまいだ。

そう思えるようなことが、起こるかもしれません。



でも、知って欲しいのです。

父なる神さまのラザロに対する御心はいやしではなく、復活だったのです。



イエス・キリストも人としては、

すぐに飛んで行って、いやしてあげたかったでしょう。

しかしイエス・キリストは、父なる神の御心の中に生きておられました。

イエス・キリストは、

マルタやマリヤ、

そしてラザロよりも、

はるかに高い父なる神の愛と神の計画の中を

生きておられたのです。



マリヤもマルタも、

ラザロのいやしを信じていましたが、

ラザロが復活するなどということは、

考えることすらできなかったのです。



不信仰と言うにはかわいそうです。

彼らにはラザロが、よみがえってくるということなど、

発想さえ出来なかったのです。

しかし、主の御心は、そこにありました。

彼らの信仰よりも、もっと高いところにあったのです。



イエス・キリストの彼らに対する愛は深く、

彼らの信仰よりも、はるかに高かったのです。

主は、彼らのいやしの信仰を越えて働かれ、

彼らの復活の信仰へと、さらにひきあげられたのです。

そして、彼らの主に対する愛をもっともっと強くされたのです。


これが、私たちの信じている主なのです。

これが、主なるイエス・キリストなのです。

彼は決して私たちを裏切ることはないのです。


もしあなたが、かつて祈っていたけど答えられなかった。

もう時は過ぎてしまった、



そう思ってあきらめていることがあるなら、

もう一度、主に目を向けてください。

ラザロに対していやしではなく、

復活を用意されていた主が、

あなたにも復活の奇跡を見せてくださるからです。


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