2016年8月14日日曜日

8月14日 不妊の胎が開かれて②








御使いは彼に言った。

「こわがることはない。ザカリヤ。

 あなたの願いが聞かれたのです。

 あなたの妻エリサベツは男の子を産みます。

 名をヨハネとつけなさい。」


       ルカの福音書1章13節






不妊は神のさばきではない



ザカリヤは祭司でした。

彼は妻エリサベツとともに、

まじめに、誠実に忠実に祭司の仕事をしていました。

にもかかわらず、何年も何十年もの長い間、

ずーっと願い続けている子供は与えられなかったのです。



当時の社会では、

子供が与えられないのは神に呪われている、

あるいは裁かれている、

というふうに考えられていました。

きっと彼は心を痛め苦しんでいたことでしょう。



こんなに一生懸命神さまの仕事をしているのに、

何がいけないのだろうか、

どうして神さまは、

私たちに子どもを授けてくださらないのだろうかと。



けれども、これは神の呪いでも裁きでもなかったのです。

主は救い主イエスさまの道備えをするヨハネを、

このふたりに任せる前に、

両親になるための整えと訓練をしておられたのでした。



これを読まれている方の中で、

主に忠実に従っているのに、

物事がなかなかうまくいかないで、

それどころか、逆にとても厳しい試練の中に、

長い期間おかれたりして、

自分は裁かれているのではないか・・

と思っている人がいたなら、

すぐにそれを神の裁きだと判断しないでください。



神さまは私たち人間よりはるかに高く大きなお方です。

しかも愛のお方です。

憐れみと愛に満ち溢れたお方です。



神さまには、

私たちよりはるかに高く大きな計画が

しばしばあるのです。



続く


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