2016年6月24日金曜日

6/24(金) 天におられる父のみこころを行う





「私に向かって、 『主よ、主よ。』と言う者が  
みな天の御国に入るのではなく、  
天におられる  
わたしの父のみこころを行う者が入るのです。」


        マタイの福音書7章21節



イエス・キリストは、言われました。

わたしに向かって、『主よ、主よ。』と言ったからといって、

天の御国に入れるわけではないと。



これはどういうことでしょうか。

『主よ』と祈っても無駄なのでしょうか。

もちろん、そういうことではありません。

こう言われた後に続けて、

「わたしの父のみこころを行う者が入るのです。」

と言われています。



では、みこころを行わないと入れないのでしょうか。

もし、みこころを間違えてしまったらどうなるのでしょう。

真面目に誠実に歩んでいるクリスチャンほど、

自分はみこころを行っているだろうかと

不安になってしまうかもしれません。



でも、ここは、

この後に、さらにイエスが言われた話にポイントがあります。



「その日には、大ぜいの者がわたしに言うでしよう。

 『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言をし、

 あなたの名によって悪霊を追い出し、

 あなたの名によって奇蹟をたくさん行ったではありませんか。』

 しかし、その時、わたしは彼らにこう宣告します。

 『わたしはあなたがたを全然知らない。

 不法をなす者ども。わたしから離れて行け。』」



イエス・キリストの名によって、

預言をし、悪霊を追い出し、奇蹟を行ったと言った人に、

イエスはこう答えられています。

「わたしはあなたがたを全然知らない」と。

これは普通ありえない答えです。



私のこどもが私のところに来た時、全然知らないとは言いません。もちろん、怒ったり戒めたりすることはあるでしょう。

しかし、全然知らないとは言いません。

つまり、この人たちは、イエス・キリストの名を使っていても実は、

キリストを信じてはいない人たちなのです。

だからイエス・キリストは、『全然知らない。』と言われ、

奇蹟や悪例追い出しをしたのに、

『不法をなす者ども。わたしから離れていけ。』と言われたのです。



つまり、キリストを信じていないので、

当然、『主よ。』と祈っていても、

それは本当の主、つまりキリストには向かってはいないのです。

ですから当然、主の御心がわかりませんし、

主のみこころを行うことはできないのです。



イエス・キリストを信じている私たちは、

『主よ。』と祈る時、主イエスに心を向けて祈ります。

そして主から語りかけを受け、主の言葉を頂くのです。

もちろん、すぐには従えないこともあるでしょう。

でも主にすがりながら、主の導きに従って行く時、

私たちは、主の御心の中を歩めるのです。

主の恵みによって、主のみこころを行わせていただくのです。



だから、私たちは天の御国に入ることができます。



なせなら、イエス・キリストを信じているので、

私たちのうちに御霊が住まわれているので、

みこころを行わせてくださるからです。

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