2016年6月16日木曜日

6/16(木) 神の国と神の義を第一にすれば、すべては与えられる。


 「神の国とその義とをまだ第一に求めなさい。
 そうすれば、
 それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」
        マタイの福音書633

ふたりの主人に仕えることはできない。
つまり神にも仕え、富にも仕えることはできない。
と言われた後、イエスはこう続けられました。

「だから、わたしはあなたがたに言います。
 自分のいのちのことで、
 何を食べようか、何を飲もうかと心配したり、
 また、からだのことで、
 何を着ようかと心配したりしてはいけません。
 いのちは食べ物よりたいせつなもの、
 からだは着物よりたいせつなものではありませんか。」

何を食べるか、何を飲むか、と食べ物のことを心配したり、
何を着るかと着物のことを心配したりする必要はありません。
とイエスは言われるのです。
つまり毎日生活し、生きていくために、
どうしても必要な物のために心配する必要はないと言われるのです

その理由を、イエスは続けて言われます。

「空の鳥を見なさい。
 種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。
 けれども、
 あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。
 あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。

種蒔きも刈り入れも倉に収めることもしない空の鳥でさえ、
天の父なる神さまは養ってくださるのです。
まして私たち人間を、
イエス・キリストを信じて神の子とされた私たちを、
どうして養ってくださらないわけがあるでしょうか。

神さまは必ず私たちを養って,
飢えず乾かず、お腹いっぱいにしてくださるのです。

そのことを信じればいいのです。
信仰を働かせればいいのです。

さらにイエスは、続けて語られます。

「あなたがたのうちだれが、心配したからといって,
 自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。」

どんなに心配しても、
私たちは、自分のいのちを伸ばすことは、できないのです。
神さまを信じ、神さまにより頼んで生きることが
一番確かで、確実な生き方なのです。

イエスの言葉は続きます。
今度は、着物のことについても語られました。

「なぜ着物のことで心配するのですか。
 野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。
 働きもせず、紡ぎもしません。
 しかし、わたしはあなたがたに言います。
 栄華を窮めたソロモンでさえ、
 このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。
 きょうあってもあすは炉に投げ込まれる野の草さえ、
 神はこれほどに装ってくださるのだから、
 ましてあなたがたによくしてくださらないわけがありましょうか。
 信仰の薄い人たち。

着物のことも神さまは、
私たちに何が一番ふさわしいか、よく似合うかご存知で
本当に良いものを備えてくださるのです。

野に咲くゆりの花でさえ、
神さまは、本当に美しく装ってくださっているのです。
その美しさは、栄華を究めたソロモンのときにも勝るのです。
まして、私たち人間に
イエス・キリストが、よくしてくださらないわけはないのです。

そのことを信じて、信仰を働かせれば、
神さまの完全な愛の守りと助けが与えられるのです。
イエス・キリストが支えてくださるから、大丈夫なのです。

何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って
心配する必要はないのです。

こういうものはみな、
まことの神さまを知らない異邦人が切に求めているものです。
しかし、私たちの信じている天におられるまことの神さまは、
それがみな私たちに必要であることを知っておられます。

だからイエスは最後に、こう言われました。

「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。
 そうすれば、それに加えて、これらのものは全て与えられます。
 だから、あすのための心配は無用です。
 あすのことはあすが心配します。
 労苦はその日その日に、十分あります。」

神の国とその義とを第一に求める。
つまり、神さまの完全なご支配と神さまの完全な正しさを
第一に、何にも増して求める。
わかりやすく言えば、
神の御心を求める。
神さまの御心、つまり神の導きに従って行き、
神さまの願っておられることをすることを、
本当に求め、そこに生きるなら、すべての必要は満たされるのです。
食べ物も飲むものも、着るものも、
一番ふさわしい最善にして最高のものを、
神さまは備えてくださるのです。

だから、明日のことをあれこれ心配する必要はないのです。
明日のことは明日になって心配すればいいのです。
今日1日を主イエスを愛し、主イエスに従って、
主の御心を求めて、誠実に生きればいいのです。

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