2022年5月16日月曜日

真実な悔い改め

 516() 真実な悔い改め

「私は罪を犯しました。

 しかし、どうか今は、

 私の民の長老とイスラエルとの前で

 私の面目を立ててください。

 どうか私といっしょに帰って、

 あなたの神、主を礼拝させてください。」


       サムエル記 第一1530

 

サウル王は、

サムエルが命じた主の命令に、

聞き従いませんでした。


それでもサウル王が、

もし真実に悔い改めていたなら、

主は彼を赦され、

王として祝福されたことでしょう。


しかし、

サウル王は真実な悔い改めをしなかったのです。

ここが、ダビデと違ったところでした。


サウルはサムエルに言いました。

「私は罪を犯しました。

 しかし、どうか今は、

 私の民の長老とイスラエルとの前で

 私の面目を立ててください。

 どうか私といっしょに帰って、

 あなたの神、主を礼拝させてください。」


サウルが、サムエルと

主を礼拝したかったのは、

イスラエルの民と長老たちとの前で

面目を保つためだったのです。

これは真実な悔い改めではありません。

サウルは退けられました。



私たちも気をつけましょう。

主の恵みによって、

真実な悔い改めを通して赦しをいただき、

主の祝福に豊かに預かるものとなりましょう。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年5月15日日曜日

イエス・キリストがあなたがたを選ばれた

 515() イエス・キリストがあなたがたを選ばれた

あなたがたがわたしを選んだのではありません。

わたしがあなたがたを選び、

あなたがたを任命したのです。

それは、

あなたがたが行って実を結び、

そのあなたがたの実が残るためであり、

また、あなたがたが

わたしの名によって父に求めるものは何でも、

父があなたがたにお与えになるためです。


     ヨハネの福音書1516

 


イエス・キリストは弟子たちに

「あたがたがわたしを選んだのではありません。」

と言われました。


弟子たちは自分がイエスの招きに答えて

すべてを捨てて従ってきたと思っていたので、

自分がイエスを選んだと思っていたことでしょう。


でも、そうではないとイエスは言われたのです。

そして続けて、こう言われました。

「わたしがあなたがたを選び、

 あなたがたを任命したのです。」と。


イエス・キリストが、弟子たちを選ばれたのです。


しかも、1人1人を「あなた」として選んだのではなく、

弟子たちをチームとして、あるいは教会として

「あなたがた」を選んだと言われたのです。


それは

「あなたがたが行って実を結び、その実が残るため」

と言われました。

弟子たちは行って実を結び、

その実が残るとイエスは言われたのです。


残る実を結ぶために弟子たちは選ばれたのです。

そしてその鍵は、

「あなたがたがわたしの名によって父に求める」

ことにあると言われました。


「父に求めるものは何でも、

 父があなたがたにお与えになるため」

という素晴らしい約束を語ってくださったのです。


ここで大切なことは、

あなたが求めるのではなく、

あなたがたが求めるものは、何でもです。


つまり1人で祈ればいいのではなく

弟子たちは共に心を合わせて祈る時、

何でも答えられるのです。


そして、それが残る実を結ぶ鍵なのです。



私たちも、

イエス・キリストに選ばれた

教会で、夫婦で、家族で、

ともに心を合わせて祈る時、

何でも答えられ与えられます。


そして、

いつまでも残る実を結ぶ働きを

ともにしていくことができるのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年5月14日土曜日

人を恐れず、神を恐れる

 514() 人を恐れず、神を恐れる

私は民を恐れて、彼らの声に従ったのです。


         サムエル記 第一1524

 


サウルは、なぜ主の命令を守らず、

羊と牛の良いものを惜しんだのでしょう。


それは、一つは良いものを惜しんだからです。

でもそれだけではありません。

サウルは民を恐れたのです。


サウルは

預言者サムエルによって油注がれた

神に選ばれたイスラエルの王であったにもかかわらず、

イスラエルの民を恐れました。


人を恐れたのです。


その結果、

神の命令を守ることができず、

主の御声に聞き従えなかったのです。


旧約聖書の箴言に書いてある通り、

人を恐れると罠に陥ります。


私たちは人ではなく神を恐れ、

神の御声に聞き従い、

主の命令を守り、

最後まで恵みにすがりながら、

従っていきましょう。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年5月13日金曜日

主の御声に聞き従う

 513() 主の御声に聞き従う

「主は主の御声に聞き従うことほどに、

 全焼のいけにえや、

 その他のいけにえを喜ばれるだろうか。

 見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、

 耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。


      サムエル記 第一1522

 


サウルは、主の命令に従わず、

羊と牛の最も良いものを惜しみ、

アマレクを聖絶しませんでした。


しかも、サウルはサムエルに

「私は主のことばを守りました。」と言い、

サムエルに

「では、私の耳にはいるあの羊の声、

 私に聞こえる牛の声は、いったい何ですか。」

と問われるても、

「私は主の御声に聞き従いました。

 民が羊と牛の最も良いものを惜しんだのです。

 それは、あなたの神、主に、

 最上のものをいけにえとしてささげるためです。

 そのほかの物は聖絶しました。」

と言い訳しました。


民のせいにし、

しかも、いけにえのためだと言い訳したのです。

そんなやりとりが2度3度と繰り返されたのち、

サムエルは言いました。


「主は主の御声に聞き従うことほどに、

 全焼のいけにえや、

 その他のいけにえを喜ばれるだろうか。

 見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、

 耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。

 まことに、そむくことは占いの罪、

 従わないことは偶像礼拝の罪だ。

 あなたが主のことばを退けたので、

 主もあなたを王位から退けた。」


サウルは退けられました。

それはサウルが、

主のことばに聞き従わず、

主のことばを退けたからです。



私たちは、主のことばを退けることなく、

主のことばを聞き、その御声にに聞き従いましょう。


神であられる主は、

主のことばを聞き、

その御声に聞き従うものに

豊かな祝福を注ぎ、勝利を現してくださいます。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年5月12日木曜日

天国へのパスポート

 512() 天国へのパスポート

けれども、私たちの国籍は天にあります。


ピリピ人への手紙320

 


数日前、

3年前天に帰られた方の記念会を、

あるご家庭で行いました。


90歳を過ぎておられたお父様は、

最後に奥様の行かれた天に自分も行きたいと病床で洗練を受けて、

それから一月命を伸ばされて、天に帰っていかれました。


お嬢様である牧師の娘から洗礼を受けて

奥様の待っている天に帰っていかれました。

天で記念会をご夫婦で見ておられたことでしょう。


人は必ず死を迎えます。

若くして亡くなることもあり、

長寿を全うして死を迎える方もおられます。


でも、いつか必ずしを迎えます。

誰もこの肉体の死、地上の人生の終わりからは、

逃げることも、のがれることもできないのです。


でも死は終わりではありません。

永遠への始まりです。


イエス・キリストを信じる時、

その天への扉が開かれるのです。


私たち人間には、皆、例外なく罪があります。

人と比べれば差はあるでしょう。


しかし聖なる神の前に出る時、

誰も天国に入れる人などいません。


でもイエス・キリストの十字架の前で、

自分の罪を悔い改めて、

そのイエス・キリストの十字架が、

自分の罪の身代わりであったことを信じるなら、

罪は赦されて、

一度も罪を犯したことのない者

として見ていただくことができ、

永遠の命をいただいて、天国に行けるのです。


天国へのパスポートが与えられます。

天国で再会することができます。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年5月11日水曜日

天国ヘのパスポート

 511() 天国へのパスポート

わたしは、よみがえりです。いのちです。

わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。


       ヨハネの福音書1125

 


先日、ある方のお別れ会をさせていただきました。

93歳で召されたその方は奈良県出身の方でした。

大阪帝国大学を卒業して研究室に勤め、

開発した商品は、今もある超エリートの方でした。


ところが、悪い遊びを覚えてしまい、

家の財産、山、貸家などを売り飛ばし、

放蕩の末、親族から縁を切られ

自殺しようと流れ着いたのが九州の地でした。


そこで、ある薬問屋の方と出会い、

そこで働くようになり、お嬢様と結婚したのです。


還暦を過ぎる頃、

子どもが信じたイエス・キリストの話を聞き、

彼は信じました。


彼の人生にとって、

最晩年が最も充実した時となりました。


いろんな施設に行き、

奥様や娘、孫、そして教会の方々と共に

ゴスペルを歌い、話をする。


もともと話好きだった彼にとって、

それがとても楽しい時間になりました。


彼は化学者でした。

でも、自分の中にある罪を彼は知っていました。

だから、その罪の身代わりになったキリストの話を

素直な心で信じることができたのでしょう。


お別れ会の時に、

隣りで神様を両手をあげて礼拝するお母さんを見ながら、

息子さんがイエス・キリストを信じました。


天国で、お父さんが喜ばれているのが見えるようでした。


イエス・キリストは

あなたのためにも十字架にかかってくださり、

天国へ招き入れてくださいます。


自分の罪を悔い改めて、

この方、イエス・キリストを信じる時、

あなたも天国へのバスポートをいただいて、

この地上を喜びながら、

充実した時間を過ごして

死を迎えることができるのです。



あなたはイエス・キリストに愛されています。

2022年5月10日火曜日

惜しむ時、従えなくなる

 510() 惜しむ時、従えなくなる

しかし、サウルと彼の民は、アガグと、

それに、肥えた羊や牛の最も良いもの、

子羊とすべての最も良いものを惜しみ、

これらを聖絶するのを好まず、

ただ、つまらない、値打ちのないものだけを聖絶した。


    サムエル記 第一159

 


サウルは、預言者サムエルを通して、神から

「今、行って、アマレクを打ち、そのすべてのものを聖絶せよ。

 容赦してはならない。

 男も女も、子どもも乳飲み子も、牛も羊も、らくだもろばも殺せ。」

と命じられた時、

すぐに民を呼び集め、アマレクの町に行って、谷で待ち伏せて、

アマレク人を打ち、その民を残らず剣の刃で聖絶しました。


サウルは主に従っていったのです。


しかし、サウルと彼の民は、

アガグと、それに、肥えた羊や牛の最も良いもの、

子羊とすべての最も良いものを惜しみ、

これらを聖絶するのを好まず、

ただ、つまらない、値打ちのないものだけを聖絶し、

主のことばに従い通しませんでした。


サウルと民は惜しんだのです。

その結果、主に従い通すことができなくなり、

サウルは後の日に、王から退けられることになります。


神の語られたことば、命令に従い通さなかったからです。


私たちも時間を惜しみ、

お金を惜しみ、

能力や賜物を惜しんでしまう時、

主の語られたことばに

従い続けることが難しくなることがあります。


命をかけて愛してくださった主は

私たちに最善以外なさいません。


私たちには惜しく思えても、

主の言葉に従い通す時、

豊かな祝福と報いが必ずあるのです。


惜しまずに、主の愛を信じて、主の言葉に従いましょう。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年5月9日月曜日

主と隣人に示した親切を忘れない主

 59() 主と隣人に示した親切を忘れない主

「さあ、あなたがたは

 アマレク人の中から離れて下って行きなさい。

 私があなたがたを彼らといっしょにするといけないから。

 あなたがたは、

 イスラエルの民がすべてエジプトから上って来るとき、

 彼らに親切にしてくれたのです。」


         サムエル記 第一156

 


イスラエルの王サウルは、

預言者サムエルを通して、

神からアマレクを聖絶するように命じられます。


そこですぐに民を集め、

アマレクの町へ行って、谷で待ち伏せました。


その時、サウルはケニ人たちに、こう言いました。

「さあ、あなたがたは

 アマレク人の中から離れて下って行きなさい。

 私があなたがたを彼らといっしょにするといけないから。

 あなたがたは、

 イスラエルの民がすべてエジプトから上って来るとき、

 彼らに親切にしてくれたのです。」


そこでケニ人はアマレク人の中から離れて行きました。

ケニ人たちは助かったのです。


神さまは、

ケニ人たちの親切を忘れないで、

助けられたのです。


主はあなたが示した主イエスへの愛、

隣人への親切を決して忘れられません。

そして、必ず報いてくださるのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2022年5月8日日曜日

人ではなく、神を思う。

 58() 人ではなく、神を思う。

「下がれ。サタン。

 あなたはわたしの邪魔をするものだ。

 あなたは神のことを思わないで、

      人のことを思っている。」


      マタイの福音書1623

 


イエス・キリストが、

この地上に人なって来てくださったのは、

私たちを救うためでした。


私たち一人一人を愛しておられるイエスは、

私たち一人一人の罪の罰と裁き、呪いを

その身におって、

私たち一人一人の身代わりとなって

十字架にかかってくださったのです。

そしてそれが救いへの道だったのです。


その一番大切な十字架のことを

初めて弟子たちに語られた時、

ペテロはイエスを引き寄せて、いさめて

「主よ。神の御恵みがありますように。

 そんなことが、あなたに起こるはずはありません。」

と言ったのです。


イエスは振り向いて、ペテロに言われました。


「下がれ。サタン。

 あなたはわたしの邪魔をするものだ。

 あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」


ペテロはイエスを愛していました。

大好きでした。

どこまでもついていきたいと思っていました。


しかし、自分や人間を中心に考えていたのです。

だから、

唯一の救いの道である十字架を語られた時、

わからなかったのです。


神を中心に、第一に置かずに、

人を中心に考えると

サタンに惑わされてしまいます。


私たちは、聖書を繰り返し読み、

私たちを愛しておられる神を第一にしましょう。

その時、正しく主イエスの導き、

語りかけを聞くことが出来るようになるのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。