2020年9月30日水曜日

No.91 従う人が見ることのできる奇蹟

従う人が見ることのできる奇跡

 9月30日(水) 従う人が見ることのできる奇跡

イエスは彼らに言われた。

「さあ、今くみなさい。

 そして宴会の世話役のところに持って行きなさい。」

彼らは持って行った。


      ヨハネの福音書2章8節




イエスが招かれた婚礼で

ぶどう酒がなくなった時

「あの方が言われることを、

 何でもしてあげてください。」

母マリヤは

手伝いの人たちに言いました。


あの方とは

イエス・キリストのことです。


そこには、

ユダヤ人のきよめのしきたりによって、

それぞれ八十リットルから

百二十リットル入り

石の水がめが六つ置いてありました。


イエスは彼らに

「水がめに水を満たしなさい。」

と言われます。


彼らは水がめを縁までいっぱいにしました。


すると続けて、イエスは彼らに


「さあ、今くみなさい。

 そして宴会の世話役のところに

 持って行きなさい。」と言われました。


彼らは言われた通りに持って行きました。


すると、その水がめの水は

ぶどう酒に変わっていたのです。


宴会の世話役は、

ぶどう酒になったその水を味わって

思わずも花婿を呼んで言いました。

「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、

 人々が十分飲んだころになると、

 悪いのを出すものだが、

 あなたは良いぶどう酒を

 よくも今まで取っておきました。」


世話役たちは、

それがどこから来たのか、

知らなかったのです。


しかし、

水をくんだ手伝いの者たちは知っていました。


手伝いの人たちは、

イエスの言葉に従ったのです。

水がめに水をみたし、

世話役に持っていきました。


おそらく、この時は

まだ水に変わっていなかったでしょう。

もし水のままだったとしたら、

世話役に怒鳴られ、

大変なことになってしまいます。

それぐらい

手伝いの人たちも分っていたはずです。


でも、持っていきました。

イエスが持っていきなさい

と言われたからです。


彼らはイエスの言葉に従ったのです。


イエスの言葉に従う人がいる時、

奇跡が起こります。



あなたも私もイエスの言葉に従い、

イエスの言われることは

何でもしましょう。


その時、

従う者だけが知ることのできる

奇跡を見ることができるのです。



あなたは、イエス・キリストに愛されています。

2020年9月29日火曜日

No. 90 イエスの言われることを、何でもする

イエスの言われることを、何でもする

 9月29日(火) イエスの言われることを、何でもする

母は手伝いの人たちに言った。

「あの方が言われることを、何でもしてあげてください。」


              ヨハネの福音書2章5節



イエスが招かれていた婚礼の時に

ぶどう酒がなくなりました。


母マリヤは

イエスにそのことを伝えると、

イエスは

「わたしの時はまだ来ていません」

と言われました。


しかしイエスの母は手伝いの人たちに、

こう言いました。

「あの方が言われることを、

 何でもしてあげてください。」


あの方、

イエスの言われることは

何でもしてあげてください。

そうすれば必ずぶどう酒を、

イエスは用意してくださると

母は信じていました。


マリヤは

イエスを息子としてではなく、

神の器、しもべとして、

あの方と言い、

信頼し信じていました。


そして

イエスの言うことは

何でもしてあげてくださいと

手伝いに言い、

イエスの言葉に従えば

必ず奇跡が起こり、

ぶどう酒は備えられると

信じていたのです。


この信仰が大きな鍵でした。


イエスは必ず

ぶどう酒を用意してくださる、

だから

イエスの言うことは何でもする。

イエスの言葉に従う。

ここに大きなポイントがありました。



私たちもイエスは必ず祈りに答え、

必要は必ず満たしてくださると信じて、

イエスの言葉に従うなら、

この時起きたような

水がぶどう酒に変わる奇跡、

しるしと不思議を見ることができるのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられるからです。

2020年9月28日月曜日

No.89 あなたの願いを聞かれるイエス

あなたの願いを聞かれるイエス

 9月28日(月) あなたの願いを聞かれるイエス

すると、イエスは母に言われた。

「あなたはわたしと何の関係があるのでしょう。

 女の方。わたしの時はまだ来ていません。」


       ヨハネの福音書2章4節




ガリラヤのカナで婚礼が、

つまり結婚式がありました。


その婚礼に、

イエスも弟子たちと一緒に、招かれました。


そこにはイエスの母もいました。


当時のガリラヤでの結婚式は

何日も続きます。

長い時には1週間、2週間

続くことさえありました。


それで、ぶどう酒が

なくなってしまいました。


そのとき、

母はイエスに向かって

「ぶどう酒がありません。」

と言いました。


何とかしてくれない

イエスに頼り願ったのでしょう。


すると、

イエスは母に言われたのです。


「あなたはわたしと

 何の関係があるのでしょう。

 女の方。

 わたしの時はまだ来ていません。」と。


なんて冷たい、と思われませんか。


でもそうではありません。

「女の方」と言うのは

「婦人よ」とも訳されていますが、

これは母に対して言う言葉ではなく、

女性に対して

尊敬を込めた呼び方です。


皇帝アウグストが

クレオパトラに言った言葉と同じです。


つまり、

イエスは母マリヤに対して、

母と子という親子関係ではなく、

一人の人間の女性として

尊敬を込めて応答されたのです。


「わたしの時はまだ来ていません」

というのは、

心配しなくても大丈夫です。

その時が来れば

わたしが何とかしますから、

安心していてください。

と言われたのです。


母マリヤには

それはわかったようです。

母だからというのではなく、

一人の人間として、

イエスは聞かれました。



私たちもイエスのところに行けば、

イエスにお願いすれば、

イエスは聞いてくださるのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられるからです。

2020年9月27日日曜日

No 88 黙って従われたイエス・キリスト

黙って従われたイエス・キリスト

 9月27日(日) 黙って従われたイエス・キリスト

それでも、イエスは何もお答えにならなかった。


        マルコの福音書15章5節



イエスはピラトが

「あなたは、ユダヤ人の王ですか。」

と尋ねると

「そのとおりです。」と答えられました。


そこで、

祭司長たちは

イエスをきびしく訴えました。


しかし

イエスは何を言われても

一言も答えられませんでした。


ピラトはもう一度

イエスに尋ねて言いました。

「何も答えないのですか。

 見なさい。

 彼らはあんなにまで

 あなたを訴えているのです。」


それでも、

イエスは何も

お答えにならなかったのです。

それにはピラトも驚きました。


イエスは

すでにゲツセマネで祈って

「十字架」を受け止めていました。


ですから

何もお答えにはならなかったのです。


どんな誹謗中傷も悪口雑言にも、

十字架を受け取られたイエスは

弁解や反論をされませんでした。


そして十字架に

まっすぐに向かわれたのです。

私たちを愛して、

あなたと私を救うために。



私たちも、

イエスのみあとに従って、

自分の十字架を負って、

黙って従っていきたいものですね。


祈りましょう。


主イエスの恵みと愛の中で

聖霊の助けがあるならば、

あなたにも私にも出来るのです。



あなたを愛しておられる

イエス・キリストがおられるからです。


2020年9月26日土曜日

2020年9月26日

どこに行っても主イエスは共にいる

 9月26日(土) どこに行っても主イエスは共にいる

強くあれ。雄々しくあれ。

恐れてはならない。おののいてはならない。

あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、

あなたとともにあるからである。


     ヨシュア記1章9節



神はヨシュアにこう言われました。


「わたしはあなたに命じたではないか。

 強くあれ。雄々しくあれ。

 恐れてはならない。

 おののいてはならない。

 あなたの神、主が、

 あなたの行く所どこにでも、

 あなたとともにあるからである。」


ヨシュアがどこに行っても、

神はヨシュアと共におられると

約束されました。


神、共にいます。

これに勝る祝福はありません。


カナンの地には、敵がいます。

しかし敵がどんなに強くても、

神が共にいるなら、必ず勝利できます。

約束があるなら、

必ず、約束の地、カナンは占領できます。


だから、強く、雄々しく、

恐れずにヨルダン川を渡って、

約束の地、カナンを

占領しに進んでいくのです。



私たちの人生にも、

主のことばに従って歩む時、

どこに行ったとしても、

必ず主イエスが共にいてくださいます。


そして圧倒的な勝利を与えてくださいます。

だから、

目の前の敵や状況に惑わされることなく、

強く、雄々しく、恐れずに、

主イエスに従っていきましょう。


必ず約束は成就し、

あなたも私も

主イエス・キリストは

祝福してくださるのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられるからです。


2020年9月25日金曜日

No 86 聖書を読み、神のことばに触れるとき繁栄し栄える

聖書を読み、神の言葉に触れる時、繁栄し栄える

 9月25日(金) 聖書を読み、神の言葉に触れる時、繁栄し栄える

この律法の書を、あなたの口から離さず、

昼も夜もそれを口ずさまなければならない。

そのうちにしるされている

すべてのことを守り行なうためである。

そうすれば、あなたのすることで繁栄し、

また栄えることができるからである。


      ヨシュア記1章8節




神はヨシュアに

あなたを見放さず見捨てないと言われ、

さらに続けてこう言われました。


「ただ強く、雄々しくあって、

 わたしのしもべモーセが

 あなたに命じたすべての律法を守り行なえ。

 これを離れて右にも左にもそれてはならない。

 それは、あなたが行く所ではどこででも、

 あなたが栄えるためである。

 この律法の書を、あなたの口から離さず、

 昼も夜もそれを口ずさまなければならない。

 そのうちにしるされている

 すべてのことを守り行なうためである。

 そうすれば、あなたのすることで繁栄し、

 また栄えることができるからである。」と。


律法の書というのは、

ここではモーセ五書、

つまり創世記、出エジプト記、

レビ記、民数記、申命記です。


しかし新約時代に生きる

私たちにとっては、新旧約聖書です。


つまり昼も夜も聖書を読み、

聖書のみことばに触れ続けているなら、

あなたのすることで繁栄し

栄えることができると言われたのです。


聖書の言葉は神の言葉です。

神のことばには力があり、

命と愛があります。


この神の言葉である

聖書に触れ続けるなら、

あなたは必ず

神のことばに従う力が与えられます。


神の言葉そのものに、

私たちが従う力があるからです。


そして神のことばに従う時、

必ず祝福され、繁栄するのです。


ですから、

サタンは私たちが聖書を読み、

神のことばに触れるのを

あらゆる方法で妨害してくるのです。


心を定めて聖書を読み、

神の言葉に触れましょう。


その時、

あなたも私も必ず祝福され、

豊かに繁栄します。



イエス・キリストはあなたを愛しておられるからです。


2020年9月24日木曜日

No.84 神ともにいる人生は圧倒的な勝利と祝福

神ともにいる人生は圧倒的な勝利と祝福

9月24日(木) 神ともにいる人生は圧倒的な勝利と祝福


あなたの一生の間、

だれひとりとしてあなたの前に立ちはだかる者はいない。

わたしは、モーセとともにいたように、

あなたとともにいよう。

わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。


        ヨシュア記1章5節




神はヨシュアにヨルダン川を渡り、

カナンの地を占領するように命じられました。

その時ヨシュアに向かって言われたのです。


「あなたの一生の間、

 だれひとりとして

 あなたの前に立ちはだかる者はいない。

 わたしは、

 モーセとともにいたように、

 あなたとともにいよう。

 わたしはあなたを見放さず、

 あなたを見捨てない。

 強くあれ。雄々しくあれ。

 わたしが彼らに与えると

 その先祖たちに誓った地を、

 あなたは、

 この民に継がせなければならないからだ。」と。


モーセの従者ヨシュアは知っていました。

いつもモーセには神が共におられ、

困難のたびに、

しるしと不思議、奇跡が起こり

助けられ勝利してきたことを。


それと同じように、

神がいつも共にいて、

あなたを見放さず、

見捨てないと言われたのです。


一生の間、だれひとりとして

ヨシュアの前に立ちはだかる者はいない

と語られたのです。


だから強く雄々しくあって

イスラエルの民を神が約束された地、

カナンを継がせなければならないと。


そしてヨシュアは神に従い、それをなします。

神が共におられ約束を成就されたのです。



あなたにも神が共にいてくださいます。


イエス・キリストは

決してあなたを離れず見捨てないのです。


あなたの人生には

この方、イエス・キリストが

共におられるので、

どのような困難や戦いが許されても、

圧倒的な勝利が現され、

あふれる祝福が注がれてくるのです。



あなたはイエス・キリストに愛されています。