2020年9月23日水曜日

神が与えてくださる広くて大きな領域

 9月23日(水) 神が与えてくださる広くて大きな領域

あなたがたの領土は、

この荒野とあのレバノンから、大河ユーフラテス、

ヘテ人の全土および日の入るほうの大海に至るまでである。


          ヨシュア記1章4節



神がヨシュアにヨルダン川を渡り、

カナンの地に足を踏み出し、

踏み込みなさいと言われた時、

神が言われた領域は、

とても広い範囲の領地でした。


荒野からレバノン、

大河ユーフラテスまでの

大イスラエルでだったのです。


神は、

それをヨシュアを通して

イスラエルに与えようとされていました。


今のイスラエルは、

それと比べると

あまりにも小さな国です。



私たちも神が語られた時、

不信仰によって、

神が与えてくださろうとしている

領域ではなく、

小さな範囲で

満足してしまわないように気を付けましょう。


神はあなたの人生に

広くてとても大きな領域を

与えて祝福しようとされているのです。



イエス・キリストはあなたを愛しておられるからです。


2020年9月22日火曜日

No.83 新しい占領の時、約束の成就の時

新しい占領の時、約束の成就の時

 9月22日(火) 新しい占領の時、約束の成就の時

わたしのしもべモーセは死んだ。

今、あなたとこのすべての民は立って、

このヨルダン川を渡り、

たしがイスラエルの人々に与えようとしている地に行け。


         ヨシュア記1章6節



モーセはイスラエルが出エジプトし、

荒野を40年間さまよった時の指導者でした。


イスラエルで最も謙遜な人だったと

神が言われた指導者です。


今でもイスラエルで尊敬されています。

イスラエルの指導者に

モーセのようだというのは

最高の褒め言葉です。


その主のしもべあったモーセが死んで後、

主はモーセの従者、

ヌンの子ヨシュアに告げてこう仰せられます。


「わたしのしもべモーセは死んだ。

 今、あなたとこのすべての民は立って、

 このヨルダン川を渡り、

 わたしがイスラエルの人々に

 与えようとしている地に行け。

 あなたがたが足の裏で踏む所はことごとく、

 わたしがモーセに約束したとおり、

 あなたがたに与えている。」と。


「モーセは死んだ」というのは、

モーセは素晴らしい最高の指導者でしたが、

そのモーセの時代は終わりました。


荒野でのモーセの使命と役割は終わり、

これからは、カナン占領という

新しい使命のある時代が始まる。


そのためにヨシュアは任命されたのです。


だから、ヨルダン川を渡り、

約束の地、カナンの地に足を踏み出し、

踏み込んで行きなさい。

と主である神は言われたのです。


モーセには約束が与えられていましたが、

それを実際に成し遂げ

カナンを占領するのは

ヨシュアの使命であり役割だったのです。


足の裏が踏む所は

ことごとくと言われました。

実際にそこに行き、

その足で踏みなさいと言われたのです。


モーセは素晴らしい指導者だった。

しかし、

その過去に囚われることも、

縛られることもない。

新しい時代が始まる。

だから約束の言葉を信じて

足を踏み出し進んで行きなさい

と主は言われたのです。



私たちの人生にも

モーセの時のように、

荒野をさまよい、

忍耐と訓練の時があります。


もちろん、

その時も神の愛は注がれており、

神の力ある奇跡をたくさん見ることができます。


しかし、

その時は、約束の地、カナンは

1ミリとして与えられてはいないのです。


つまり約束はあるけれど

何も起こらない時、

ひたすら待ち望む時があります。


しかし時が来るとヨシュアのように、

ヨルダン川を渡って

約束の地に足を踏み入れる時が来るのです。


神様はあなたにも語られます。


忍耐の時は終わり、

約束の成就に向かって

信仰の足を踏み出しなさいと。


恐れずに、大胆に、

足を踏み出していきましょう。


神は必ず

あなたに約束されたことを成就し

最高のものを与え、最善をなしてくださいます。



イエス・キリストはあなたを愛しておられるからです。


2020年9月21日月曜日

No.82 福音と主イエスのために働く

福音と主イエスのために働く

 9月21日(月) 福音と主イエスのために働く

「収穫は多いが、働き手が少ない。

 だから、収穫の主に、

 収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい。」

       マタイの福音書9章37・38節



イエスは、
すべての町や村を巡って、
会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、
あらゆる病気、
あらゆるわずらいを直されました。

そのとき、群衆を見て、
羊飼いのない羊のように
弱り果てて倒れている彼らを
かわいそうに思われたのです。

そして、弟子たちに言われました。

「収穫は多いが、働き手が少ない。
 だから、収穫の主に、
 収穫のために働き手を
 送ってくださるように祈りなさい。」

今も同じです。

これから時代は
終末の厳しい時代になっていきます。

人々の愛が冷め、
大量死の時代となるでしょう。

だからこそ、
イエス・キリストの福音を伝え、
多くの人々を主イエスは救い、
永遠の命の祝福を与えようとされています。

そのために、
喜んで人生をささげ、
福音のために用いる人々が必要なのです。

それは最も祝福された人生です。
共にそのために祈りましょう。

あなたも主イエスは招いておられます。


エス・キリストはあなたを愛しておられるからです。

2020年9月20日日曜日

No.81 話せるようになった口が聞けなかった人

話せるようになった口がきけなかった人

 9月20日(日) 話せるようになった口がきけなかった人


こんなことは、イスラエルでいまだかつて見たことがない。


         マタイの福音書9章33節



イエスが人々をいやし

奇跡を行われているのを見て、

悪霊につかれて口がきけない人が、

イエスのみもとに連れて来られました。


イエスが悪霊を追い出すと、

その人はものを言い始めました。


群衆は驚いて

「こんなことは、

 イスラエルでいまだかつて見たことがない」

と言いました。


しかし、パリサイ人たちは

「彼は悪霊どものかしらを使って、

 悪霊どもを追い出しているのだ」

言ったのです。


せっかくイエスによって

口がきけなかった人が話せるようになったのに、

そのことを喜ぶよりも、

イエスの悪霊追い出しによる奇跡に

ケチをつけたのです。


それでもイエスは、

人々をいやし悪霊を追い出すことを

やめられませんでした。


それから、イエスは、

すべての町や村を巡って、

会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、

あらゆる病気、

あらゆるわずらいを直されたのです。


イエスは、

人々が病気で苦しみ、

悪霊に人生を破壊されているのを

見過ごすことはできませんでした。


イエス・キリストは

人々の悲しみや痛みを

放っておけなかったのです。


イエス・キリストは、

彼らを本当に愛しておられたからです。



あなたが、あなたの愛する者が、

もし今、病気で苦しんでいるなら、

悪霊に悩まされているなら、

イエス・キリストは

いやし解放してくださいます。



イエス・キリストはあなたを愛しておられるからです。


2020年9月19日土曜日

No. 80 永遠の安息

永遠の安息

9月19日(土) 永遠の安息


『今から後、主にあって死ぬ死者は幸いである。』


         ヨハネの黙示録14章13節



先日、癒されることを

信じて祈っていた方が召されました。


わたしは、主に祈り聞きました。

「どうして癒されず、

 天に召されたのでしょうか。」


すると

黙示録の14章13節のみ言葉が、

はっきりと示され語られたのです。


「また私は、

 天からこう言っている声を聞いた。

「書きしるせ。『今から後、

 主にあって死ぬ死者は幸いである。』」

 御霊も言われる。

「しかり。彼らはその労苦から

 解き放されて休むことができる。

 彼らの行ないは

 彼らについて行くからである。」と。


その召された方は

イエス・キリストを信じている

クリスチャンでした。


主イエスは私に

「主にあって死ぬ死者は幸いである」

と語られ、さらに続けて

「その労苦から解き放されて休むことができる」

と言われました。


この方は

10年間の長い苦しい闘病生活でした。


今、天で病気からも、

この肉体からも解放されて、

主のもとで、安息し休んでいるのです。


私の思いよりも

主の思いは高かったのです。


そして天国で、

本人も喜んで大好きな

イエス・キリストと

共に賛美をしていることでしょう。


それがわかったとき、

私の心には

天の喜びが注がれてきました。


イエス・キリストを信じていることは、

本当に素晴らしいことです。


死は終わりではなく、

永遠への始まりです。

希望なのです


あなたも主イエスを信じて、

永遠の祝福を受けてください。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2020年9月18日金曜日

No 79 死は終わりではない 永遠の希望

死は終わりではないー永遠の希望

 9月18日(金) 死は終わりではないー永遠の希望

私たちの国籍は天にあります。


    ピリピ人への手紙3翔20節



先日10年間闘病生活を続けた後、

68歳で天に召されたご夫人の告別式を

司式させていただきました。


奥様を看病し介護しながら、

自分のお仕事を家でするようにして

奥様に寄り添われてきたご主人、

東京からお母さんの介護のために、

帰ってきたご長男、

思い出を語ってくださいました。


「4年前、

 母が癒されるまでと思って

 帰ってきましたが、

 私の思いと神様の思いは違ったようで、

 神様のタイミングで

 一番良い時に母は召されました。

 神のなさることは時にかなって美しい」


と涙ながらに語られた時、

とても深い愛が流れてきて感動しました。


喪主でもあるご主人が

最後の遺族あいさつで

分かち合ってくださった

奥様が好きだった御言葉


「主は与え、主は取られる。

 主の御名はほむべきかな。」


途中で涙で語れなくなりましたが、

最後まで語られた時、

天国への希望と確信とともに、

とても深い感動がありました。


奥様が10年の闘病を終え、

今、天国で休んでおられる、

そして必ず再会できる。

その希望と喜びが

地上での別れの悲しみを

覆っていくのがわかりました。



イエス・キリストを

信じていることの素晴らしさ、

それは死を迎えた時に

はっきりとわかります。

死は終わりではありません。


死の永遠への始まりです。


自分の罪を悔い改めて、

イエス・キリストを信じた時、

永遠の命が与えられます。

そして天国の民となります。


私たちの国籍は天にあります。


あなたも

この素晴らしい喜びと希望を

イエス・キリスト信じて

いただいてください。



イエス・キリストは

あなたを命をかけて愛してくださっています。

2020年9月17日木曜日

砕かれた低い心を喜ばれるイエス

 9月17日(木) 砕かれた低い心を喜ばれるイエス


わたしは正しい人を招くためではなく、

 罪人を招くために来たのです。


     マタイの福音書9章13節



イエスが家で食事の席に着いておられると、

取税人や罪人が大ぜい来て、

イエスやその弟子たちといっしょに

食卓に着いていました。


すると、

これを見たパリサイ人たちが、

イエスの弟子たちに言いました。


「なぜ、あなたがたの先生は、

 取税人や罪人といっしょに食事をするのですか。」


イエスはこれを聞いて言われました。


「医者を必要とするのは

 丈夫な者ではなく、病人です。

『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない。』

 とはどういう意味か、行って学んで来なさい。

 わたしは正しい人を招くためではなく、

 罪人を招くために来たのです。」と。


イエスは当時、

見下げられていた収税人や罪人たちと

一緒に食卓につき、食事をされました。


イエスは彼らが

自分の罪を悔い改め、

イエスを信じて、

ついてくると受け入れられました。


彼らの心が砕かれていたからです。

彼らの心は低かったのです。



イエスはどんな失敗をしても、

罪を犯しても、

砕かれた低い心で悔い改め、

イエスを信じて従っていくなら、

喜んで受け入れてくださいます。


自分の正しさ、義を主張し、

高い心の者を主は退けられます。



あなたも私も低い砕かれた心で

主イエスの前に出て行きましょう。


主イエス・キリストは

あなたと私を受け入れ、

主の食卓に招いてくださいます。


あふれるほどの祝福と恵みを、

あなたと私の上に

豊かに注いでくださいます。



イエス・キリストはあなたを愛しておられるからです。

2020年9月16日水曜日

No. 77 自分の十字架を抱きしめる時に見る神の栄光と神の愛

自分の十字架を抱きしめる時に見る神の栄光と神の愛

9月16日(水) 自分の十字架を抱きしめる時に見る神の栄光と神の愛

だれでもわたしについて来たいと思うなら、

 自分を捨て、日々自分の十字架を負い、

  そしてわたしについて来なさい。

         ルカの福音書9章23節


イエスについて行きたいと思い、
ついていくと、
神の語りかけを受け、
神の声が聞こえてきます。

その神の声と導きに、
自分を捨てて従っていく時、
自分の負うべき十字架がわかってきます。

自分の負うべき十字架とは、
神が与えてくださる使命であり、
役割です。

それは重荷とはなりません。
もしあなたがその自分の十字架を
しっかりと受け止め、
喜んで十字架を引き受けてついていくなら、
必ず主の深い愛を知り、
主の助けと奇跡を見ていくことでしょう。


でも気をつけてください。
サタンが、隣の芝生は青いぞと、
あなたを惑わし、
自分の十字架ではなく
周りの人の十字架の方がいいなと
思わせてきます。

それはサタンの巧妙な惑わしです。

イエス・キリストが
あなたに与えてくださる十字架は、
あなたにとって最高の祝福、
最善の道なのです。

しっかりと
その自分の十字架を抱きしめて
主イエスについて行きましょう。

その十字架の道を行く時、
主イエスは
あなたを豊かに祝福してくださいます。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。