2020年6月30日火曜日

死から起き上がったタビタ・ドルカス




「タビタ。起きなさい。」

   使徒の働き9章40節



ヨッパという町に
タビタ(ギリシヤ語に訳せば、ドルカス)
という女の弟子がいました。

この女の弟子は、
多くの良いわざと施しをしていました。

ところが、
彼女は病気になって死んでしまいました。
人々は彼女の遺体を洗って、
屋上の間に置きました。

ヨッパに近いルダの町に、
ペテロがいると聞いたので、
彼らは、人をふたり彼のところへ送って
「すぐに来てください。」と頼みました。

そこでペテロは立って、
彼らといっしょに出かけました。

ペテロが到着すると、
彼らは屋上の間に案内しました。
もめたちはみな泣きながら、
彼のそばに来て、
ドルカスがいっしょにいたころ
作ってくれた
下着や上着の数々を見せるのです。

ペテロはみなの者を外に出し、
ひざまずいて祈り、
それから、その遺体のほうを向いて
「タビタ。起きなさい。」と言いました。

すると彼女は目をあけ、
ペテロを見て起き上がったのです。
ペテロは手を貸して
彼女を立たせました。
そして聖徒たちとやもめたちとを呼んで、
生きている彼女を見せました。

このことがヨッパ中に知れ渡り、
多くの人々が主を信じたのです。


タビタが死んだ時、
みんなが悲しみました。

しかし、ペテロが来た時、
その悲しみは喜びと賛美に変わったのです。

それは
イエス・キリストの御名によって
彼が祈り、
神の言葉を語り命じたからです。

私たちも、とても悲しいことや、
自分にはどうすることも
できないことが起こることがあります。

しかし
イエス・キリストの御名によって祈り、
言葉をいただいて、
その言葉を語り命じる時、
神の愛が流れ、奇跡が起こるのです。

あなたにも必ず起こります。

イエス・キリストは、あなたを愛しておられます。

2020年6月29日月曜日

救いは礎の石であるイエス・キリストの名前だけ




この方以外には、だれによっても救いはありません。

    世界中でこの御名のほかには、

   私たちが救われるべき名としては、

どのような名も、人間に与えられていないからです。


            使徒の働き4章12節



ペテロが生まれつき足のきかない人を
ナザレ人イエス・キリストの名によって
癒し立たせたことで、
大祭司たちに尋問された時、
ペテロは最後に、こう言いました。

『あなたがた家を建てる者たちに捨てられた石が、
 礎の石となった。』というのはこの方のことです。
 この方以外には、
 だれによっても救いはありません。
 世界中でこの御名のほかには、
 私たちが救われるべき名としては、
 どのような名も、
 人間に与えられていないからです。」

ペテロはユダヤ人の指導者たち、
宗教エリートたちが見捨てて、
十字架につけ殺したイエスこそが
「救いの土台石・礎の石」
となったと言いました。

イエス・キリスト以外には
誰によっても救いはないと。

その通りです。

罪の赦し、
そして永遠の命を与え、
天国に私たち人間を
招き入れることができるのは、
イエス・キリスト以外には誰もいません。

宗教家はいるでしょう。
この地上で助けてくれる人も
宗教もあるかもしれません。

しかし、
罪を赦し、
永遠の命を与え、
天国に導き入れることができるのは、
イエス・キリスト以外にはいないのです。

そして、自分の罪を悔い改めて、
イエス・キリストを信じるなら、
誰でも罪赦され、永遠の命を受け、
天国に行くことができるのです。

イエス・キリストはあなたを愛しておられるからです。

2020年6月28日日曜日

‪6月28日(日) ‬‪迫害者サウロが‬‪伝道者パウロに変わる時‬

迫害者サウロが伝道者パウロに変わる時



わたしは、あなたが迫害しているイエスである。


           使徒の働き9章5節



大伝道者パウロは、かつてサウロと言いました。
彼は、主の弟子たちに対する脅かしと
殺害の意に燃えて、大祭司のところに行き、
ダマスコの諸会堂あての手紙を
書いてくれるよう頼みました。

それは、
この道の者であれば男でも女でも、
見つけ次第縛り上げて
エルサレムに引いて来るためでした。

ところが、
その手紙を持って道を進んで行く途中、
ダマスコの近くまで来たとき、
突然、
天からの光が彼を巡り照らしたのです。

彼は地に倒れて
「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか」
という声を聞きました。彼が
「主よ。あなたはどなたですか」と言うと、
お答えがありました。

「わたしは、
 あなたが迫害しているイエスである。
 立ち上がって、町にはいりなさい。
 そうすれば、
 あなたのしなければならないことが
 告げられるはずです。」

同行していた人たちに手を引いてもらい、
サウロはダマスコへ行きました。

彼は三日の間、目が見えず、
また飲み食いもしませんでした。
その時、
アナニヤという人が神に示されて、
サウロのいる家に来て、
サウロの上に手を置いてこう言いました。
「兄弟サウロ。
 あなたが来る途中でお現われになった
 主イエスが、私を遣わされました。
 あなたが再び見えるようになり、
 聖霊に満たされるためです。」

するとただちに、
サウロの目からうろこのような物が落ちて、
目が見えるようになったのです。

彼は立ち上がって、
バプテスマを受け、
食事をして元気づきました。

そしてただちに、諸会堂で、
イエスは神の子であると
宣べ伝え始めたのです。

キリストに敵対し、
クリスチャンを迫害していたサウロが
キリトに捕らえられ、
命をかけてキリストを宣べ伝える
伝道者となり使徒となりました。

神はあなたの愛する者が、
今、キリストを信じないで
あなたを迫害していたとしても、

その人にも現れて、
その人を捉え、
全く新しい人生を与えることがおできになるのです。

主イエス・キリストに期待し信じましょう。

イエス・キリストはあなたを愛しておられるからです。

2020年6月27日土曜日

‪6月27日(土) ‬‪イエス・キリストの御名に‬‪救いと癒しがある!‬

イエス・キリストの御名に救いと癒しがある!



この人が直って、あなたがたの前に立っているのは、

     あなたがたが十字架につけ、

   神が死者の中からよみがえらせた

 ナザレ人イエス・キリストの御名によるのです。


             使徒の働き4章10節



ペテロとヨハネが、
イエス・キリストの名によって、
生まれつき足のきかない男を立たせると、
たちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、
おどり上がってまっすぐに立ち、
彼は歩きだました。

そして歩いたり、はねたりしながら、
神を賛美しつつ、
たりといっしょに
宮にはいって行きました。

人々はみんな驚きました。
歩きながら、
神を賛美しているのが、
施しを求めるために
宮の「美しの門」に
すわっていた男だとわかると、
驚き、あきれたのです。

しかし、
そのことをともに喜ばないで、
むしろ不愉快に思う人々もいたのです。


それは民の指導者、長老、学者たちです。
彼らは、
翌日エルサレムに集まりました。
大祭司アンナス、
カヤパ、ヨハネ、アレキサンデル、
そのほか大祭司の一族もみな出席しました。

彼らは使徒たちを真中に立たせて
「あなたがたは何の権威によって、
また、だれの名によって
こんなことをしたのか。」と尋問しました。

そのとき、
ペテロは聖霊に満たされて、
彼らに言いました。
「民の指導者たち、ならびに長老の方々。
 私たちがきょう取り調べられているのが、
 病人に行なった良いわざについてであり、
 その人が何によっていやされたか、
 ということのためであるなら、
 皆さんも、
 またイスラエルのすべての人々も、
 よく知ってください。
 この人が直って、
 あなたがたの前に立っているのは、
 あなたがたが十字架につけ、
 神が死者の中からよみがえらせた
 ナザレ人イエス・キリストの御名によるのです。

人々は、
まるでペテロとヨハネの信仰深さが
立たせたように言いましたが、
彼らははっきりと言いました。
ユダヤ人をはじめとする人々に
十字架につけられて殺され、
神によってよみがえらされた、
ナザレ人イエス・キリストの御名
癒し立たせたのだと大胆に、
はっきりと語ったのです。

イエス・キリストの御名に
救いがあり癒しがあります。

イエス・キリストは、あなたを愛しておられます。

2020年6月26日金曜日

‪6月26日(金) ‬‪生まれつき足のきかない人が‬‪立ち上がり歩き出す‬

生まれつき足のきかない人が立ち上がり歩き出す



金銀は私にはない。

しかし、私にあるものを上げよう。

ナザレのイエス・キリストの名によって、

               歩きなさい。


             使徒の働き3章6節



ペテロとヨハネが祈りのため宮に上る時、
そこに生まれつき足のきかない男が運ばれてきました。

この男は、
毎日「美しの門」という名の宮の門に
置いてもらっていたのです。
というのは、
そこで宮にはいる人たちから施しをもらい、
その施しで生きていたからです。

彼は、ペテロとヨハネが
宮にはいろうとするのを見て、
施しを求めました。

ペテロは、ヨハネとともに、
その男を見つめて
「私たちを見なさい。」と言いました。

男は何かもらえると思って、
ふたりに目を注ぎました。
きっとこの人は、
たくさんくれるのだろうと
期待を持ってみたと思います。
もしかしたら千円札、
いや万札をくれるかもしれない・・・と。

しかしペテロは
「金銀は私にはない。
 しかし、私にあるものを上げよう。
 ナザレのイエス・キリストの名によって、
 歩きなさい。」と言って、
彼の右手を取って立たせたのです。

この男の期待していたお金を
彼らは持っていませんでした。

けれども、
彼の人生を苦しめ蝕(むしばん)んでいる
根本の原因を治す、変えることのできる
イエス・キリストと共にいたのです。

そして、
そのイエス・キリストの名によって、
生まれつき足のきかない男を
立たせ歩けるようにしたのです。

イエス・キリストを信じると
お金持ちになるとは限りません。

でもイエス・キリストは
信じる者の内に住まわれ、
決して捨てることなく
離れられないのです。

そして、
そのイエス・キリストの名には
癒しと奇跡を行う力があります。

ペテロとヨハネは
それを知っていました。
そして、
それを用いたのです。

私たちも、
イエス・キリストを信じて
その名の権威と力を
もっと大胆に用いていきましょう。

イエス・キリストは、あなたを愛しておられます。

2020年6月25日木曜日

6月25日(木) ‬‪奇跡をもたらす、祈りの習慣‬

奇跡をもたらす祈りの習慣



ペテロとヨハネは

午後三時の祈りの時間に宮に上って行った。

         使徒の働き3章1節



キリストの弟子であるペテロとヨハネは、
当時の祈りの習慣で、
午後三時の祈りの時間に宮に上って行きました。

すると、丁度そこへ
生まれつき足のきかない男が運ばれて来ました。

この2人を通して、
この男の人は、
立ち上がり歩けるようになりました。
もちろん、
ペテロとヨハネがしたのではなく、
イエス・キリストの御名によって
歩かせたのですが・・・

なぜ、ペテロとヨハネには、
そんな奇跡を行うことができのでしょう。

この時2人は宮に祈りに行く途中でした。
宮に入って祈る直前に奇跡が起こりました。

かつてイエス・キリストが
ゲッセマネで祈られていた時、
すぐそばにいながら寝ていた二人でしたが、
この時は、
祈りの生活が身についていたのです。

祈ることが生活の一部となる時、
私たちを通して
イエス・キリストは、
その御名の権威と力を豊かに、
ご自由に現されて、奇跡を行われるのです。

あなたを通しても
主イエスは働かれます。

ともに教会に行き祈りましょう。
奇跡が始まります。

イエス・キリストは、あなたを愛しておられるからです。

2020年6月24日水曜日

‪6月24日(水) ‬‪もうやめよう、‬‪他人のことばかり気にするのは・・・‬

もうやめよう、他人のことばかり気にするのは・・・



あなたは、わたしに従いなさい。

     ヨハネの福音書21章22節



イエスに3度「わたしを愛しますか」
と質問されたペテロは
主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。
 あなたは、私があなたを愛することを
 知っておいでになります。」と3度答えます。

するとイエスは

「わたしに従いなさい。」

ペテロに言われました。

つまり、愛することは従うことなのです。

ペテロは「はい。従います」とは答えないで、
思わずも振り向いて
「主よ。この人はどうですか。」と聞くのです。

この人とは、
イエスが愛された弟子、
つまりヨハネのことです。

ヨハネはあの晩餐のとき、
イエスの右側にいて
「主よ。あなたを裏切る者はだれですか。」
と言った者です。

ペテロは、
いつも彼のことが気になっていたようです。
イエスはペテロに言われました。
「わたしの来るまで彼が生きながらえるのを
 わたしが望むとしても、
 それがあなたに何のかかわりがありますか。
 あなたは、わたしに従いなさい。」

つまり、
ヨハネのことが
気になって仕方ないペテロに対して、
彼のことは気にしなくていい、
彼はあなたと関係ないではないか、
あなたはわたしに従いなさいと言われたのです。

私たちも、
主イエスから使命や言葉を与えられた時、
素直にそれを受け取って
感謝できればいいのですが、
ともすれば、
あの人はどうなのだろう。
この人はどんな使命なのだろうかと
周りの人のことが気になり、
その人と比較したり
競い合ってしまうことがあります。

でもそれは
サタンに隙を与えつけ込まれるだけです。

イエスは言われました。

「あなたはわたしに従いなさい」と。

この「あなたは」の「は」が大切なのです。
周りの人との競争や比較から解放されて、
あなたを愛して十字架にまでかかり、
よみがえられたイエス・キリストのことばに、
素直に、まっすぐに、従っていきましょう。

イエス・キリストは、
命をかけて、あなたを愛しておられるのだから・・・