2020年5月18日月曜日

イエス・キリストを信じる者には、どんなことでもできる



「できるものなら、と言うのか。

 信じる者には、どんなことでもできるのです。」

          マルコの福音書9章23節



人々はイエスのところに
口をきけなくする霊につかれた
その子を連れて来ました。

その子がイエスを見ると、
霊はすぐに彼をひきつけさせたので、
彼は地面に倒れ、あわを吹きながら、
ころげ回りました。

イエスはその子の父親に
「この子がこんなになってから、
 どのくらいになりますか。」
と尋ねられると、父親は答えました。
「幼い時からです。
 この霊は、彼を殺そうとして、
 何度も火の中や水の中に投げ込みました。
 ただ、もし、おできになるものなら、
 私たちをあわれんで、お助けください。」

イエスは言われます。

「できるものなら、と言うのか。
 信じる者には、
 どんなことでもできるのです。」

するとすぐに、
その子の父は叫んで言いました。
「信じます。
 不信仰な私をお助けください。」

イエスは、
群衆が駆けつけるのをご覧になると、
汚れた霊をしかって言われました。

「おしとつんぼの霊。
 わたしが、おまえに命じる。
 この子から出て行きなさい。
 二度と、はいってはいけない。」

するとその霊は、叫び声をあげ、
その子を激しくひきつけさせて、
出て行きました。

するとその子が
死人のようになったので、
多くの人々は、
「この子は死んでしまった。」
と言いました。

しかし、イエスが、
彼の手を取って起こされると、
その子は立ち上がりました。
話せなくなっていたこの息子を
イエスは悪霊から解放し、
話せるようにされました。

この子はもちろんですが、
父親も本当に嬉しかったと思います。

でも最初父親は
「おできるものなら」
と言ってイエスに願いました。

イエスはそれを不信仰と嘆かれ
「信じる者には、
 どんなことでもできる」
と答えられました。

父親は今まで、
何をしても、どんなにしても、
息子は解放されず、
弟子たちにもできなかったので、
無理かもしれないという思いが
どこかにあったのでしょう。

でも
イエス・キリストには
不可能はないのです。

頭では
わかっていたのかもしれません。
でも、長く待たされたり、
何をしてもうまく行かないと、
いつの間にか、
もう無理かもしれないと
私たちは思い始めてしまいます。

しかし
イエス・キリストには
不可能はないのです。
イエス・キリストの愛は、
その不可能を可能にするのです。
イエス・キリストの十字架で
解決できない問題など、
この地上にはありません。

イエス・キリストを信じ、
イエス・キリストの十字架を信じて、
その愛に期待しましょう。

信じる者には
どんなことでもできるのです。

イエス・キリストは
あなたを愛しておられるからです。

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