2020年5月1日金曜日

イエスの十字架は心の内側をきよめる



外側から人にはいって、

人を汚すことのできる物は何もありません。

人から出て来るものが、人を汚すものなのです。

          マルコの福音書7章15節



あるとき、 イエスは群衆を呼び寄せて、こう言われました。

「みな、わたしの言うことを聞いて、悟るようになりなさい。
 外側から人にはいって、
 人を汚すことのできる物は何もありません。
 人から出て来るものが、人を汚すものなのです。」と。

イエスが群衆を離れて、家にはいられると、
弟子たちは、このたとえについて尋ねました。
するとイエスは弟子たちに

「あなたがたまで、そんなにわからないのですか。
 外側から人にはいって来る物は人を汚すことができない、
 ということがわからないのですか。
 そのような物は、
 人の心には、はいらないで、腹にはいり、
 そして、かわやに出されてしまうのです。」

と言われました。
つまり、イエスは、すべての食物をきよいとされたのです。
さらに続けて言われました。

「人から出るもの、これが、人を汚すのです。
 内側から、すなわち、人の心から出て来るものは、
 悪い考え、不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、
 よこしま、欺き、好色、ねたみ、
 そしり、高ぶり、愚かさであり、
 これらの悪はみな、内側から出て、人を汚すのです。」

イエスが言いたかったことは、
どんなに外側を繕って、
形をよくして見せかけをよくしても、
心の内側がきよくならなければ、
内側から悪いものが出て行き、
人を汚してしまうというということです。

まさにその通りですね。
でも私たちには
自分で内側をきよくすることはできませんね。

イエスが言われた、
悪い考え、不品行、盗み、殺人、姦淫、
貪欲、よこしま、欺き、好色、ねたみ、
そしり、高ぶり、愚かさ、
これらの悪の中の一つも自分にはない
という人はいますか。
中には全部ある、いっぱいある
という人もいるかもしれません。

どうすればいいのでしょう。

イエスのもとに来ることです。
イエスの十字架の下にきて、
自分の罪、内側の汚れ、
つまり自分の罪を認めて悔い改めるのです。

そしてイエスの十字架を信じるのです。

その時、
イエスの十字架の血潮によって、
私たちの内側の罪、けがれは
赦され、きよめられるのです。

十字架を信じ、
その愛を信じて受け取る時、
私たちの内側がきよめられていきます。
ここに希望があります。

主イエスのところに行きましょう。
イエス・キリストの十字架を見上げ、
この十字架を信じて
その愛を豊かに受けましょう。

イエス・キリストは、あなたを愛しておられます。

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