2020年4月30日木曜日

イエスにさわった人はみな、いやされる!



イエスがはいって行かれると、村でも町でも部落でも、

人々は病人たちを広場に寝かせ、そして、せめて、

イエスの着物の端にでもさわらせてくださるようにと

願った。そして、さわった人々はみな、いやされた。

          マルコの福音書6章56節



イエスが、ガリラヤ湖を渡って、
ゲネサレの地に着き、舟から上がられると、
人々はすぐにイエスだと気がついて、
そのあたりをくまなく走り回り、
イエスがおられると聞いた場所へ、
病人を床に載せて運んで来ました。

イエスがはいって行かれると、
村でも町でも部落でも、
人々は病人たちを広場に寝かせ、
そして、せめて、
イエスの着物の端にでも
さわらせてくださるようにと願いました。

そして、
さわった人々はみな、いやされました。

イエス・キリストのところに来て
さわった人々は全員、いやされたのです。

21世紀の今も
イエス・キリストは生きておられます。

イエス・キリストのところに行けば、
主イエスは、その御手を伸ばして
いやしてくださるのです。

あなたが今、どこにいても、
そこで、インターネットをつなげば、
スマホでもタブレットでも
礼拝ができます。

そして、あなたのところに
イエスは、その御手を伸ばして
触れてくださるのです。

そして主イエス・キリストは
あなたをいやしてくださいます。

どんな病気であっても、
イエス・キリストは
治すことがお出来になります。

さぁ、ためらわずに
イエスのところに来て、
いやしを受けましょう。

2020年4月29日水曜日

今あるもので、あなたも満腹にしてくださる!



するとイエスは、五つのパンと二匹の魚を取り、

天を見上げて祝福を求め、パンを裂き、

人々に配るように弟子たちに与えられた。

また、二匹の魚もみなに分けられた。

人々はみな、食べて満腹した。

                マルコの福音書6章41・42節



弟子たちが、イエスに、
パンが五つと魚が二匹あることを告げると、
イエスは、みなを、
それぞれ組にして
青草の上にすわらせるよう、
弟子たちにお命じられました。

そこで人々は、
百人、五十人と固まって席に着きました。

するとイエスは、
五つのパンと二匹の魚を取り、
天を見上げて祝福を求め、パンを裂き、
人々に配るように
弟子たちに与えられました。
また、二匹の魚もみなに分けられました。

人々はみな、食べて満腹したのです。
パンを食べたのは、男が五千人でした。
女や子どもたちも入れると
数万人はいたと思います。

五つのパンと二匹の魚で
全員が満腹したのです。

イエス・キリストは、
彼らを空腹のままで家に帰らせることも、
イエスの話を聞きにここまで来た彼らに、
自分たちで食べることは何とかしなさい
と言うこともされませんでした。

イエス・キリストは、
彼らを深く憐れみ
放っておくことは出来なかったのです。

イエス・キリストは、
彼らを愛しておられたからです。

五つとパンと二匹の魚で
五千人の男を満腹にされた主イエスは、

あなたに今、
何が必要なのかも知っておられます。

イエス・キリストは、
あなたを放ってはおかれません。

あなたを憐れみ、
あなたにも今あるものを祝福して、
そこから奇跡を行われます。

イエス・キリストは、
あなたを愛しておられるからです。

2020年4月28日火曜日

たりないものにではなく、今、あるものに目を留めて



あなたがたで、あの人たちに何か食べる物を上げなさい。

           マルコの福音書6章37節



イエスが舟から上がられると、
方々の町々から、
そこへ徒歩で駆けつた多くの群衆を
ご覧になられました。
そして彼らが
羊飼いのいない羊のようであるのを
深くあわれみ、いろいろと教え始められたのです。

そのうち、もう時刻もおそくなったので、
弟子たちはイエスのところに来て
「ここはへんぴな所で、
 もう時刻もおそくなりました。
 みんなを解散させてください。
 そして、近くの部落や村に行って
 何か食べる物をめいめいで買うように
 させてください」と言いました。

すると、彼らに答えて

「あなたがたで、
 あの人たちに何か食べる物を上げなさい」

とイエスは言われました。
そこで弟子たちは言いました。
「私たちが出かけて行って、
 二百デナリものパンを買って
 あの人たちに食べさせるように、
 ということでしょうか。」
とてもそんなこと出来ませんという
弟子たちの声が聞こえてきそうですね。

するとイエスは彼らに、
こう聞かれたのです。

「パンはどれぐらいありますか。
 行って見て来なさい。」

彼らは確かめて
「五つです。それと魚が二匹です」
と答えました。イエスは
「いくつあれば何とかなる」とか
「いくつたりないんだ」
というようには聞かれませんでした。

たりないものに目を留めて
引き算をするのではなく、
今、あるものに心を向け、
目を留められたのです。

そして、そこから奇跡をなさり
全員のお腹を満腹にさせられます。

あなたにも
自分の力や能力では絶対に不可能
思えることがあるかもしれません。

今の状況では、
どんなに頑張っても
どうしようもないと思えるような
事態に陥っているかもしれません。

でも、イエス・キリストは、
無いもの、足りないものではなく、
今あるものを聞かれます。

ほんのわずかな力しか残っていなくても、
能力があまりにたりなくても、
落胆しないでください。

今あるものに目を留め、
それをイエス・キリストのところに
差し出して感謝しましよう。

そこんからイエスは
奇跡を始められるのです。

そして、
五つのパンと二匹の魚で
五千人を満腹させられたように、
あなたにも驚くような、
主イエスの素晴らしい奇跡を
見せてくださるでしよう。

さぁ、今あるものに目を留めて、
主イエスの前に持っていきましょう。

2020年4月27日月曜日

メンツとプライドが主の御心と神の計画を失わせる



王は非常に心を痛めたが、

自分の誓いもあり、列席の人々の手前もあって、

少女の願いを退けることを好まなかった。

        マルコの福音書6章26節



ヘロデ王は、
バプテスマのヨハネを正しい聖なる人と知って、
彼を恐れ、保護を加えていました。
また、ヘロデはヨハネの教えを聞くとき、
非常に当惑しながらも、
喜んで耳を傾けていました。

しかしヘロデの妻のヘロデヤは
ヨハネを恨み、彼を殺したいと思っていました。
それは、ヨハネがヘロデに
「あなたが兄弟の妻を
 自分のものとしていることは不法です」
と言い張ったからです。

ところが、良い機会が訪れました。
ヘロデの誕生日に、祝宴が設けられたとき、
ヘロデヤの娘がはいって来て、
踊りを踊りました。
ヘロデも列席の人々も大喜びしました。

そこで王は、この少女に
「何でもほしい物を言いなさい。与えよう」
「おまえの望む物なら、私の国の半分でも、
 与えよう」と言って、誓いました。
少女は母親のヘロデヤに
「何を願いましょうか」と相談すると、
母親は「バプテスマのヨハネの首」
と言いました。
そこで少女はすぐに、大急ぎで王の前に行き
「今すぐに、バプテスマのヨハネの首を
 盆に載せていただきとうございます」
と言って頼みました。

ヘロデ王は非常に心を痛めましたが、
自分の誓いもあり、
列席の人々の手前もあって、
少女の願いを退けることを好まず、
すぐに護衛兵をやって、
ヨハネの首を持って来るように命令したのです。

ヨハネは首をはねられました。
ヘロデ王は、
本当はヨハネを殺したくはなかったのです。
彼が神の人だとわかっていました。
けれども、妻のヘロデヤにそそのかされ、
列席した人々、つまり重臣や、千人隊長や、
ガリラヤのおもだった人々の手前、
自分のメンツやプライドを守るため、
神の人、バプテスマのヨハネを殺し
その首をはねて盆に載せて持って来させました。

あなたはメンツのために、
神の御心を失ってはいけません。

自分のプライドのゆえに、
神の計画を退けてはいけません。

気をつけましょう。
私たちは弱いのです。

イエス・キリストの御名によって、
父なる神に祈りましょう。
「自分のプライドやメンツであなたの御心を
 失うことがないようにさせてください。
 神の計画を捨ててしまわないように守ってください」と。

神様はその時、
あなたが御心を行い、
神の計画に生きれるように
導いて、守ってくださいます。

イエス・キリストは
あなたを愛しておられるからです。

2020年4月26日日曜日

休みなさいと言ってくださるイエス・キリスト



「さあ、あなたがただけで、寂しい所へ行って、

 しばらく休みなさい。」

         マルコの福音書6章31節



イエスは、十二弟子を呼び、
彼らに汚れた霊を追い出す権威をお与えになって、
ふたりずつ遣わされました。

彼らは出て行き、悔い改めを説き広め、
悪霊を多く追い出し、
大ぜいの病人に油を塗っていやしました。

使徒たちは、帰ってくると、
イエスのもとに集まって来て、
自分たちのしたこと、
教えたことを残らずイエスに報告しました。

それを聞いたイエスは彼らに

「さあ、あなたがただけで、
 寂しい所へ行って、しばらく休みなさい」

と言われました。
人々の出入りが多くて、
ゆっくり食事する時間さえなかったからです。

そこで彼らは、舟に乗って、
自分たちだけで寂しい所へ行きました。

イエス・キリストは、
私たちがこの地上で肉体を持っており、
心を持っていることを知っておられます。

無理をして働け、働け、
と言われる方ではありません。

疲れる時
「しばらく休みなさい」
と言ってくださる方です。

追い詰められそうになった時
「寂しい所に行って、
 一人でしばらく時間を過ごしなさい」
と気遣って下さる方です。

あなたは今、疲れていませんか。
心が張り詰め緊張した時間を長く過ごして、
心が壊れそうになっていませんか。

イエス・キリストは、
あなたに無理強いをしたり、
こうしないと裁くぞと脅迫したり、
これが出来ないとダメだなんてことを
言われる方では決してありません。

安心して、休んでください。
しばらく一人になって、休みましょう。

一週間に1日は安息日を取るように
神様は十戒で命じておられます。

イエス・キリストは
誰よりもあなたのことを気遣って、
あなたを愛しておられるお方です。

「さあ、あなたがただけで、
 寂しい所へ行って、しばらく休みなさい。」

2020年4月25日土曜日

恐れないで、信じていなさい




「タリタ、クミ」と言われた。

    マルコの福音書5章41節



会堂管理者のひとりでヤイロという人が、
イエスのところに来て、
その足もとにひれ伏し、
いっしょうけんめい願ってこう言いました。

「私の小さい娘が死にかけています。
 どうか、おいでくださって、
 娘の上に御手を置いてやってください。
 娘が直って、助かるようにしてください」と。

そこですぐ、
イエスは彼といっしょに出かけられましたが、
途中、会堂管理者の家から人がやって来て
「あなたのお嬢さんはなくなりました。
 なぜ、このうえ先生を煩わすことがありましょう」
と言いました。

イエスは、その話のことばを
そばで聞いておられましたが、
呆然とする会堂管理者にこう言われました。

「恐れないで、ただ信じていなさい」

そして、
ペテロとヤコブと
ヤコブの兄弟ヨハネだけを連れて、
会堂管理者の家に行かれました。

着いてみると、人々は、取り乱し、
大声で泣いたり、わめいたりしていました。
イエスは彼らをご覧になり、
こう言われたのです。

「なぜ取り乱して、泣くのですか。
 子どもは死んだのではない。
 眠っているのです」
人々はイエスをあざ笑いました。
しかし、イエスはみんなを外に出し、
ただその子どもの父と母、
それにご自分の供の者たちだけを伴って、
子どものいる所へはいって行かれたのです。

そして、その子どもの手を取って

「タリタ、クミ」と言われました。

これは
「少女よ。あなたに言う。起きなさい」
という意味です。
すると、少女はすぐさま起き上がり、
歩き始めました。
十二歳にもなっていたからです。
彼らはたちまち非常な驚きに包まれました。

イエス・キリストは
ヤイロの願いに応えてくださったのです。
愛する娘がなくなった時、
間に合わなかったと落胆したと思います。

でも主イエスは言われたのです。
「恐れずに信じていなさい」と。

あなたにも
主イエスに心から叫んだのに、
応えられなかった、
遅すぎたと思われる時があるかもしれません。

でも、待ってください。
主イエスはあなたにも
「恐れないで、ただ信じていなさい」
と言っておられませんか。

主イエスを最後まで信じて期待しましょう。

イエス・キリストは、
あなたの願いを聞いてくださる方です。

イエス・キリストは
あなたを愛しておられるからです。

2020年4月24日金曜日

イエスのところに行けば・・・何とかなる!!!



彼女は、イエスのことを耳にして、群衆の中に紛れ込み、

うしろから、イエスの着物にさわった。

        マルコの福音書5章27節



十二年の間長血をわずらっている女がいました。
この女は多くの医者からひどいめに会わされて、
自分の持ち物をみな使い果たしてしまいました。

しかし何のかいもなく、
かえって悪くなる一方でした。
彼女は絶望していました。

その時、 
彼女は、イエスのことを耳にしたのです。

この方は、貧しい者や病気の人を訪ね、
愛と憐れみを持っていやし慰めておられると。
それを聞いた時、
彼女はこの人ならいやしてくださる
と希望を持ち、信仰が湧いてきました。

それで群衆の中に紛れ込み、
うしろから、イエスの着物にさわりました。
「お着物にさわることでもできれば、きっと直る」
と考えていたからです。

すると、すぐに、血の源がかれて、
ひどい痛みが直ったことを、
からだ中に感じました。
イエスも、すぐに、
自分のうちから力が外に出て行ったことに
気づいて、群衆の中を振り向いて
「だれがわたしの着物にさわったのですか」
と言って、それをした人を知ろうとして、
見回しておられました。

それで女は恐れおののき、
自分の身に起こった事を知り、
イエスの前に出てひれ伏し、
イエスに真実を余すところなく打ち明けました。

その時、イエスは彼女にこう言われたのです。

「娘よ。
 あなたの信仰があなたを直したのです。
 安心して帰りなさい。
 病気にかからず、すこやかでいなさい。」

あなたが今、
長い間苦しんでいる問題があるなら、
それが病気であっても心の病であっても、
こじれ切った人間関係、
親子や夫婦の問題であっても、
どんな問題であっても、

この女のように、
うしろからそっと
イエスの着物に触ることさえできれば
この方、イエス・キリストなら癒してくださる、
直してくださると信じて期待して触るなら、
その時、イエス・キリストから
あなたに愛の力が注がれてきます。
主イエスから恵みが、あふれ流れてきます。

そして、あなたは癒され、解放され、
問題に対する解決と勝利を見るでしょう。

今まで何をしてもダメだった。
もう何もない、
どうすることもできないなら、
あなたは準備ができました。

主イエスの元に来てください。

イエス・キリストが癒してくださいます。
イエス・キリストが解決し勝利と祝福を与えてくださいます。

2020年4月23日木曜日

あなたの家、家族のところに帰りなさい


あなたの家、あなたの家族のところに帰り、

主があなたに、

どんなに大きなことをしてくださったか、

どんなにあわれんでくださったかを、知らせなさい。

         マルコの福音書5章19節



イエスは、ゲラサ人の地で、
汚れた霊につかれて
墓場に住みついていた人を解放しました。

彼はだれも、鎖をもってしても、
つないでおくことができなかった人でした。
彼には「レギオン」
という名の大ぜいの悪霊がいました。
その悪霊どもを、
そこの山腹に飼われていた
二千匹ほどの豚の群れに乗り移らせ、
豚は険しい崖を駆け下り、
湖へなだれ落ちて、おぼれてしまいました。

悪霊につかれていた人、
すなわちレギオンを宿していた人は、
着物を着て、
正気に返ってすわっていました。
完全に癒され解放されたのです。

人々は恐ろしくなり、
イエスに、
この地方から離れてくださるよう願いました。

それでイエスが舟に乗ろうとされると、
この悪霊につかれていた人が、
お供をしたいとイエスに願ったのです。

しかしイエスは、お許しにならないで

「あなたの家、
 あなたの家族のところに帰り、
 主があなたに、
 どんなに大きなことをしてくださったか、
 どんなにあわれんでくださったかを、
 知らせなさい」

と言われたのです。
そこで、彼は立ち去り、
イエスが自分に
どんなに大きなことをしてくださったかを、
デカポリスの地方で言い広め始めました。
人々はみな驚きました。

イエスは、この人には
「あなたの家と家族のところに帰りなさい」
と言われました。

きっとこの家族は彼のことで、
長い間心を痛めていたのでしょう。
彼と共に
家族も痛み苦しんでいたと思います。

その家族のところに帰るようにと
言われたのです。
完全に癒され解放された彼を見たとき、
家族の人たちは、驚き、
そしてどんなに嬉しかったことでしょう。
父も母もきっと驚きのあまり
涙を流しながら父なる神をほめたたえ
イエス・キリストを信じたことでしょう。

あなたが苦しみ痛んでいる時、
あなたのことを愛して
心配している人がいます。

主イエスはあなたをいやし解放して、
その愛する人のところに
あなたを帰してくださるのです。

2020年4月22日水曜日

愛があれば忍耐できる



ヤコブはラケルのために七年間仕えた。

ヤコブは彼女を愛していたので、

それもほんの数日のように思われた。

        創世記29章20節



ヤコブは、
ラケルと結婚するために7年間、
その父であるラバンに仕えました。

7年というのは長いと思いますが、
ほんの数日のように思われたとあります。

ヤコブは
本当にラケルを愛していたので、
ラケルと結婚できるという
希望があったので、
それもほんの数日のように
短く感じたのでしょう。

私たちにも希望があるとき、
長く思える忍耐の時も
あっという間に過ぎていきます。

愛する心があるなら、
忍耐を持って待てます。

神様はあなたに確かな希望、
幻を与えてくださり、
神の愛の中で、
主イエスが命をかけて
愛してくださった愛に
あなたが気づく時、
主イエスを愛する心を
あなたに与えてくださいます。

その幻と愛があるなら、
私たちは忍耐を
働かせることができるのです。

そして約束の成就幻が
実現するのを見るのです。

2020年4月21日火曜日

祝福してくださる神



「私はあなたを去らせません。

 私を祝福してくださらなければ。」

       創世記32章26節



ヤコブは、
母に言われて父イサクはをだまし、
長男のエサウの祝福を
横取りしてしまいました。
その結果、エサウは、ヤコブを恨み、
父の喪の日がくれば、
弟ヤコブを殺そうとたくらみました。
それで母のリベカは弟ヤコブを
自分の実家に逃したのです。

そして20年の歳月が過ぎました。
ヤコブは妻と子供たち、
そして大きな財産を得て、
生まれ故郷へ帰って行きます。

まず最初に
兄のエサウに使者を送ります。
すると兄は
400人を連れてやってくると聞きました。
ヤコブは昔のことを思い出し、
非常に恐れ、心配しました。
兄が、まだ自分を許していない
のではないかと思ったからです。

ヤコブはいっしょにいる人々や、
羊や牛やらくだを二つの宿営に分けて、
たとえ一つを奪われても
一つは逃れられるようにしました。
そして祈りました。

でも、まだ恐れがあります。
それで兄エサウへの贈り物を選び、
雌やぎ二百頭、雄やぎ二十頭、雌羊二百頭、
雄羊二十頭、乳らくだ三十頭とその子、
雌牛四十頭、雄牛十頭、雌ろば二十頭、
雄ろば十頭、その贈り物を一群れずつ、
それぞれしもべたちの手に渡し、
自分が行く前にエサウに贈り、
この贈り物によってエサうをなだめ、
それから、彼の顔を見れば、彼も私を
快く受け入れてくれるかもわからない、
と思いました。

でも恐れは消えません。
ヤコブは宿営地で夜を過ごし、
眠れないので、起きて、
ふたりの妻と、ふたりの女奴隷と、
十一人の子どもたちを連れて、
ヤボクの渡しを渡りました。

最後に ヤコブはひとりだけ、
あとに残りました。
すると、ある人が
夜明けまで彼と格闘したのです。
その人が、
ヤコブのもものつがいを打ったので、
その人と格闘しているうちに、
ヤコブのもものつがいがはずれました。
その人は
「わたしを去らせよ。夜が明けるから」
と言いましたが、
ヤコブは「私はあなたを去らせません。
私を祝福してくださらなければ」と答えます。

その人はヤコブに
新しい「イスラエル」という名前を与え、
その場で彼を祝福しました。
ヤコブは勝利したのです。

あなたも、
どんなに努力しても頑張っても、
どうしようもない恐れや不安、
もうこれ以上は
どうすることもできない時を
通ることがあるでしょう。

しかしそれは、
神のくださった神の愛を深く知り、
神の奇跡と勝利に預かる絶好のチャンスです。

なぜなら、
あなたが自分では
どうしようもなくなったからです。
準備はできました。

さぁ、神の前に出て、神に祈りましょう。
すがりましょう。
神は必ずあなたを祝福し
勝利を与えてくださる方なのです。

だから神様のところに行き、
この方にすがり、
この方により頼みましょう。
神はあなたを必ず祝福してくださいます。
どんな困難や問題にも勝利を与えてくださいます。

2020年4月20日月曜日

主の祝福を受けるかぎは、密室で祈る



 あなたは、祈るときには

自分の奥まった部屋にはいりなさい。

そして、戸をしめて、

隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。

そうすれば、

隠れた所で見ておられるあなたの父が、

あなたに報いてくださいます。

      マタイの福音書6章6節



イエス・キリストを十字架につけてまで、
私たち一人一人を愛してくださった父なる神は、
あなたを、私を、
祝福で満たしたいと思っておられます。

その主の祝福をあふれるほど受ける鍵(カギ)、
ポイントはいくつかあります。

その中の一つは祈ることです。

祈りには
二人以上で祈る教会の祈りと、
一人で祈る密室での祈りがあります。
どちらも車の両輪のように、とても大切です。

一人で祈る祈りのことを
「密室での祈り」とよく言われます。
それは奥まった部屋に入って、
隠れたところで見ておられる
父なる神に祈るからでしょう。

他の人がいると
祈りにくいこともあるでしょう。
でも密室では、
あなたの人には言えない本当の願い、
人には聞かせたくない心の叫びを、
素直に、大胆に、遠慮なく、気兼ねなく、
祈り叫び、求めていいのです。

父なる神は、
しっかりとあなたの叫び願い、
時には言葉にならない心の呻きを
受け止めて、
それに必ず答えてくださいます。

最高の報い、
最善の答えを
与えてくださいます。

あなたを愛しておられるからです。

さぁ、父なる神の前に、
主イエスと共に出て行きましょう。

どんなに、
主が、あなたを愛しておられ
すばらしい方かを知り、
あなたは驚くことでしょう。

2020年4月19日日曜日

十字架だけが誇り



しかし私には、

私たちの主イエス・キリストの十字架以外に

誇りとするものが決してあってはなりません。

この十字架によって、

世界は私に対して十字架につけられ、

私も世界に対して十字架につけられたのです。

       ガラテヤ人への手紙6章14節



律法を守ることを
誇りにしていた人たちがいました。
わかりやすく言えば
良い行いをしていることを
誇りにしていた人がいました。

確かに良い行いをすることは
良いことです。
しかし、
それは信仰の中心ではありません。
あくまで、信仰の結果なのです。

信仰の中心は
イエス・キリストの十字架の前で悔い改め、
十字架を信じて、
この十字架を誇りとして生きることです。

十字架の主イエスにより頼みながら、
どうしようもない罪人である
私を赦してくださり、助けてくださり、
きよめてくださる
イエス・キリストにより頼んで、
十字架を誇り
十字架の主により頼んで
歩み生きることです。

その時、神の恵みの中で、
愛するという最高の律法を
私たちは全うし、
たくさんの実を結ぶことが出来るのです。

2020年4月18日土曜日

愛によって働く信仰



キリスト・イエスにあっては、

割礼を受ける受けないは大事なことではなく、

愛によって働く信仰だけが大事なのです。

      ガラテヤ人への手紙5章6節



ユダヤ人クリスチャンの中には、
割礼を受けなければならない
という人たちがいました。

割礼とは生まれて8日目に
包皮の一部を切除することです。
旧約聖書の律法により定められています。
律法に書かれているから
キリストを信じたものも受けるべきだ
という人たちがいました。

それに対してパウロは、
それは大事なことではない、と言いました。

もし割礼を受けるなら、
他のすべての律法も守らなければならないと。

そして、それは人間には出来ないのです。
だからイエス・キリストが、
人となり律法を完全に全うして、
十字架の上で
私たちの罪の身代わりとなり、
贖いを完了し、
私たち一人一人の救いを
成し遂げてくださったのです。

ですから、私たちは、
そのキリストを悔い改めて信じるなら、
救われます。

キリストを信じる信仰、
キリストを愛し、
キリストが愛された人々を愛する信仰こそが
大事なのだとパウロは言いました。

律法を守ることではなく、
律法を全うしてくださった
イエス・キリストを信じること、
この方、イエス・キリストを愛して
従っていくことこそが大切なのです。

その時、
キリストを信じる信仰の恵みによって、
私たちは律法を全うすることができるのです。

2020年4月17日金曜日

あなたのために備えてくださるイエス・キリスト



「さあ来て、朝の食事をしなさい。」

       ヨハネの福音書21章12節



復活されたイエスはテベリヤの湖畔で、
もう一度ご自分を弟子たちに現わされ、
漁に出た7人の弟子たちが、
何もとれない夜を過ごした後、
岸べから
「舟の右側に網をおろしなさい。
 そうすれば、とれます」
と声をかけられました。

弟子たちが
その言葉の通りに網をおろすと、
おびただしい魚のため網を
引き上げることが出来なくなるぐらいでした。
百五十三匹の大きな魚でいっぱいでした。
それほど多かったにもかかわらず、
網は破れませんでした。

その魚でいっぱいになった網を引いて、
陸地に上がったとき
「あなたがたの今とった魚を
 幾匹か持って来なさい」
とイエスは彼らに言われました。

彼らが行くと、
そこには炭火とその上に載せた
魚と、パンがあるのを見たのです。
イエスは彼らに言われました。

「さあ来て、朝の食事をしなさい」

と。
そしてイエスは来て、パンを取り、
彼らにお与えになりました。
また、魚も同じようにされたのです。

弟子たちは、
生活の糧を得るために漁に出たのです。
ガリラヤ湖の専門家であった彼らは、
それで何とかなると思ったのです。
でも一匹も取れませんでした。

イエスの言葉に従ったとき大漁になり、
その魚を持って行くと、
すでにイエスが炭火で
魚とパンを焼いておられました。

イエス様が焼かれた炭火焼の魚とパン、
私も食べてみたいですね。
この魚は今とってきたものではありません。
イエス・キリストが
彼らのために備えてくださったものです。

弟子たちが心配しなくても、
イエスは、
弟子たちの朝ごはんのことを
きちんと考えてくださっていました。

主イエスは備えてくださる方なのです。

あなたも心配していませんか。
何を食べるか、何を着るかと・・・

でもイエス・キリストは
あなたのために、
最高にして最善のものを
必ず備えておられます。

このお方、
イエスを信頼し、従いていきましょう。

主はあなたを愛しておられます。