2020年3月13日金曜日

十字架のイエスに触れ、自分の罪に気づいた犯罪人


われわれは、自分のしたことの

報いを受けているのだからあたりまえだ。

だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。

          ルカの福音書2341



イエス・キリストが十字架に架けられた時、
右と左に犯罪人が一緒にかけられていました。

彼らは群衆とともに
「あなたはキリストではないか。
 自分と私たちを救え」と言って、
イエスをあざけっていました。

ところが、
どんなにあざけっても
ののしっても言い返さず、
苦しみの極限の中で、
人々を赦し祈っておられる
イエスの姿を見ているうちに、
犯罪人の一人は気付いたのです。

この方は、罪など犯していない。
この方は救い主だと。

それで、
イエスに向かって悪口を
言った犯罪人をたしなめて、
彼はこう言ったのです。

「おまえは神をも恐れないのか。
 おまえも同じ刑罰を受けているではないか。
 われわれは、自分のしたことの報いを
 受けているのだからあたりまえだ。
 だがこの方は、
 悪いことは何もしなかったのだ。」

この犯罪人は気がついたのです。
隣で十字架に架けられながら、
どんなに罵られても決して罵り返さず、
父に向かって
人々の赦しを祈っておられる
イエスから流れてくる愛に
触れられたのです。

今まで散々悪いことばかりして、
十字架刑になる極悪犯罪人だった彼は、
人間の汚さ、醜さ、自分勝手さを
自分も含めて嫌というほど見てきました。

でも、この十字架の上で、
はじめて本当にきよい聖なるものにふれ、
真実な愛を知ったのです。
生まれて初めて本物に出会ったのです。
本当の愛などない、
みんなウソとゴマカシで生きていると
思っていたこの世の中に、
本物の愛、真実な愛があったのです。

彼はその真実な愛に触れ、
自分の罪がわかりました。

私たちも、
この十字架で示された
主イエスの愛に触れる時、
自分の罪に気づき
赦された愛の大きさに心が震えるのです。

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