2020年1月31日金曜日

キリストのとりなし


したがって、ご自分によって神に近づく人々を、

完全に救うことがおできになります。

キリストはいつも生きていて、

彼らのために、とりなしをしておられるからです。

         ヘブル人への手紙 725



私たちは、自分の罪を悔い改めて
イエス・キリストを信じた時、
完全に赦されました。

この完全にということは、
今まで犯してきた罪も、
これから犯してしまう罪も
全て赦されたということです。

もちろん、
悔い改めることは
その度ごとに必要でしょう。

でも完全に赦されたのです。
そこそこにではなく、
ある程度でもなく、
ほぼ完全にでもなく、
全く完全に赦されたたのです。

言い換えれば、
一度も罪を犯したことのない者として
父なるまことの神様から
見ていただけるようになったのです。
一度も罪を犯していない者として、
つまりキリストと同じように
見ていただけるのです。
神の子とされるのです。

それはイエス・キリストが、
あなたを愛して、
私を愛して、
十字架にかかり、
私たちの罪の身代わりとなって
神に捨てられ、
死んでよみである地獄に
行ってくださったからです。

しかも、
神の力によって
三日後に復活された、
今も生きておられます。

イエス・キリストは
二度と死ぬことはありません。
永遠に今も生きておられるのです。

キリストは、
いつも生きておられ
天の右の座で
あなたのために、
私のために、
私たち一人一人のために、
とりなしていてくださるのです。

このとりなしがあるので、
あなたも私も神の愛の中で
完全に赦された神の子として
祝福を受けながら生きていけるのです。

2020年1月30日木曜日

決してあなたを見捨てられないお方


わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。

           ヨハネの福音書1418



いつも周りに人々がたくさんいる人がいます。
でも多くの場合、
立場がある、お金がある、人気がある、
何かがあるので周りに人々が集まっています。

その何かが、
つまり、立場やお金や人気がなくなると、
人々はスーと周りから
消えていなくなってしまいます。

その時に
それでもかたわらに居続けてくれるのは
本当の友達ですね。

あなたや私がどんなに失敗をしても、
全てを失ったとしても、
決してあなたを見捨てることなく、
あなたから離れない方がいます。

それがイエス・キリストです。

この方の愛を知った時、
人は本当に安心して自由になります。

いつも自分のそばにいて、
決して離れることなく、
いつも自分の味方になってくれるからです。

あなたを愛して十字架にまでかかり
あなたを救い出してくださった方、
イエス・キリスト、
この方を信じ
この方と共に歩んで生きましょう。

2020年1月29日水曜日

見ないで信じる!


「信じない者にならないで、信じる者になりなさい。」

ヨハネの福音書20章27節


十二弟子のひとりで、
デドモと呼ばれるトマスは、
イエスが来られたときに、
彼らといっしょにいませんでした。


それで、ほかの弟子たちが彼に
「私たちは主を見た」と言った時、
トマスは彼らに


「私は、その手に釘の跡を見、
 私の指を釘のところに差し入れ、
 また私の手をそのわきに差し入れてみなければ、
 決して信じません。」と言いました。


それから八日後のことです。
弟子たちとトマスがいっしょに
室内にいいたところに
イエスが来られたのです。
戸は閉じられていましたが、
イエスが来て、彼らの中に立って


「平安があなたがたにあるように」


と言われました。


それからトマスに


「あなたの指をここにつけて、
 わたしの手を見なさい。
 手を伸ばして、
 わたしのわきに差し入れなさい。
 信じない者にならないで、
 信じる者になりなさい。」


とイエスが言われると、
トマスは答えてイエスに言いました。


「私の主。私の神。」


イエスは彼に言われました。


「あなたはわたしを見たから信じたのですか。
 見ずに信じる者は幸いです。」


見ないで信じる者になれたのなら、
どんなに多くの祝福を見ていくことでしょう。

2020年1月28日火曜日

奇跡を生み出す教会の祈り


こうしてペテロは牢に閉じ込められていた。

教会は彼のために、神に熱心に祈り続けていた。

         使徒の働き125



ヘロデ王は、
ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺しました。
それがユダヤ人の気に入ったのを見て、
次にはペテロを捕えて牢に入れ、
四人一組の兵士四組に引き渡して監視をさせました。
過越の祭りの後に、
民の前に引き出す考えだったのです。
こうしてペテロは牢に閉じ込められていました。

しか教会は彼のために、
神に熱心に祈り続けていたのです。

その時、奇跡が起こりました。

主のみ使い、つまり天使が現れ、
ペテロがいた牢に光を照らし、
ペテロを導き助け出したのです。

最初ペテロは幻を見ているのだと思いました。
それほどありえないことが起こったからです。

ペテロを縛っていた鎖は解け、
彼は助け出されます。

あなたの愛する人が、
今どこにいて、
どんな状況であったとしても、
主イエスは、
その人を助けることがお出来になります。

あなたが教会に行き、
教会で共に祈る時、
神のみ手が動き、
愛する人を縛っている
見える鎖も目に見えない鎖も、
くだき解き放って解放してくださるからです。

さぁ恐れず、心配しないで、
教会に集い共に
愛する人のために祈りましょう。

主イエスは、
必ず天から愛と奇跡のみ手を伸ばして
助け出し解放してくださいます。

2020年1月27日月曜日

世に勝った勝利者


あなたがたは、世にあっては患難があります。

しかし、勇敢でありなさい。

わたしはすでに世に勝ったのです。

      ヨハネの福音書1633



私たちはこの地上で生きている限り、
患難があります。
それは私たちが罪人であり、
この世はサタンの支配下にあるからです。

私たちが罪を犯した結果、
私たちに与えられていた
この世での権威がサタンに奪われました。
とは言っても、
父なる神様の権威は、もちろん、
それよりもはるかに高く大きいのです。

イエス・キリストが人となり、
この世で十字架にかかってくださった時、
私たち一人一人の罪が赦されたのと
同時にサタンの枷が砕かれ、
この世でサタンは完全に敗北したのです。

私たちが神により頼み、
イエス・キリストに御名のもとにいる限り、
私たちは圧倒的な勝利者となるのです。

2020年1月26日日曜日

救いの時、十字架の時


父よ。時が来ました。

 ヨハネの福音書171



イエスが「父よ。時が来ました。」
そう言われた時、
それは十字架の時でした。

イエス・キリストは、
初めから死ぬために人となり、
この地上に来られたのです。

神であられるイエス・キリストは
霊であり時間を創造された方です。
そのお方が時間の中に入り
肉を持って人となられたのです。
あなたと私を愛するあまり、
何とかして私たちを救おうとして。

そして罪を犯して自分勝手な道を
歩んでいた私たちを救うために
「十字架」という
誰も考えつかなかった救いの道を
用意してくださったのです。

神であられる方が神から捨てられ、
罪となんの関係もなかった方が
罪人として裁かれる時が。

イエス・キリストは
あなたを愛しておられます。
永遠の愛を持って愛しておられます。

この方に赦しがあり救いがあります。

2020年1月25日土曜日

求めることは何でもしてくださる


またわたしは、

あなたがたがわたしの名によって求めることは

何でも、それをしましょう。

父が子によって栄光をお受けになるためです。

       ヨハネの福音書1413



イエスは弟子たちに
「わたしは、
 あなたがたがわたしの名によって
 求めることは
 何でも、それをしましょう」
と言われました。

イエス・キリストの名によって
求めるなら何でも、
それをしてくださるというのです。
すごい約束のことばです。

それは
「父が子によって栄光を受けるためです」
と続けて言われています。

つまり、
私たちがイエスの名によって
求めることを、
何でも行なってくださることは、
父なる神の栄光になる、

しかも子である
イエス・キリストの名によって
祈り求めるなら、
子であるイエス・キリストによって
父なる神が栄光を受けることになる、
だからわたしの名によって、
つまりイエス・キリストの名によって、
何でも求めなさいと言われているのです。

イエスはこのあと続けて
さらにこう言われました。

「あなたがたが、
 わたしの名によって
 何かをわたしに求めるなら、
 わたしはそれをしましょう」と。

大胆に主イエスの名によって
父なる神に求めましょう。
父なる神はそれをしてくださり、
必ず答えてくださいます。

神ご自身の栄光のために。

2020年1月24日金曜日

信じる者は主イエスよりも大きなわざを行う!


わたしを信じる者は、

わたしの行うわざを行い、

またそれよりもさらに大きなわざを行います。

                                ヨハネの福音書1412



イエス・キリストは
弟子たちに言われました。

「わたしを信じる者は、
 わたしの行うわざを行い、
 またそれよりもさらに大きなわざを行います」と。

イエス・キリストを信じると、
イエスがなされた多くの奇跡やいやし、
悪霊追い出しを行えるようになるだけでなく、
それよりも、
つまり主イエスがなされたよりも、
さらに大きなわざを行うと言われました。

それは、
イエス・キリストが父のもとに、
天に行くからですと。

主イエスは私たちを愛して十字架にかかり、
私たちを赦し贖い救い出してくださいました。
そして死に打ち勝って復活され、
サタンにも、この世にも完全に勝利されました。
主イエスは今、
天の右の座で父なる神のみそばにおられます。

父なる神と主イエスは、
私たち一人一人に、
聖霊様を与えてくださり、
その圧倒的な勝利の力を、
信じる私たちのうちに
注いでくださっているのです。

だから
私たち一人ひとりを通して、
イエス・キリストがなされたよりも
さらに大きなわざを
私たちを通してなされるのです。

なんという恵み、
なんという祝福でしょう。

さぁ大胆にあなたも、
主イエスを信じて踏み出してください。

2020年1月23日木曜日

イエス・キリストが道・真理・いのち!


わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。

わたしを通してでなければ、

だれひとり父のみもとに来ることはありません 

          ヨハネの福音書146



イエスは言われました。
「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。
 わたしを通してでなければ、
 だれひとり父のみもとに来ることはありません」と。

わたしの教えがと言われたのでもなく、
わたしのやり方や方法がと
言われたのでもありません。

もちろん、イエスの教えは真理ですし、
イエスのやり方や方法は最善です。

でもイエス・キリストは
わたしがと言われました。

つまりイエス・キリストご自身が
道であり、真理であり、いのちなのです。

まことの神さまへの
唯一の道がイエス・キリストです。

真理はひとつです。
それはイエス・キリストご自身です。

そしていのち、永遠のいのちは
イエス・キリストの中にあります。

この方、イエス・キリストを
信じる時に
あなたはまことの神に出会い、
真理を知り、
いのちを受けるのです。

そして神の愛の深さ、高さ、大きさに驚くことでしょう。

2020年1月22日水曜日

主イエスの恵みによって互いに愛し合う


あなたがたに新しい戒めを与えましょう。

あなたがたは互いに愛し合いなさい。

わたしがあなたがたを愛したように、

そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。

                                 ヨハネの福音書1334



イエス・キリストは
弟子たちの足を洗われました。
旅でよごれ、
けがれきっている汚い足を洗われたのです。

そして弟子たちに言われました。
「わたしがあなたがたを愛したように、
 そのように、
 あなたがたも互いに愛し合いなさい」と。

お互いの中にある優れたこと、
美しいもの、
感動できること、
素晴らしいものを愛することは、
そんなに難しくはないでしょう。

でも、お互いの中にある
目を背けたくなるようなところ、
醜いところ、
汚い部分、
そんなところを愛することは
簡単にはできません。

でもイエス・キリストは、
そこをお互いに愛し合いなさい
と言われたのです。

どうすればいいのでしょう。

主イエス・キリストに祈ることです。

主イエスの前に出て、
相手のことを丁寧に感謝し、
イエスが愛されたように
愛することができるように
求めることです。

その心が与えられるように願い求めるのです。

すぐにで出来る時もあれば、
時間がかかることもあります。

でも主イエスは、
恵みを持って互いに愛し合うことができるように
導いてくださいます。

2020年1月21日火曜日

多くの実を結ばれたイエス・キリスト


一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、

それは一つのままです。

しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。

        ヨハネの福音書1224



一粒の麦が地に落ちると、
その麦は自分の形を失い、
タネはなくなつてしまいます。

でもそのとき芽を出し成長し、
やがて多くの実をつけるようになります。

ところが麦が
タネのままでいたいと言って死ななければ、
一粒の麦のままです。

一粒の麦が死ねば実を結ぶのです。

イエス・キリストは
神であられた方なのに、
神のあり方を
捨てることはできないと考えず、
人としてこの地上に来てくださり、
罪と全く関係ないお方であったのに、
罪そのものとなって罰と裁きと呪いを
その身に引き受けて十字架にかかり、
私たちの身代わりになって
死んでくださったのです。

その十字架を信じて
自分の罪を悔い改めて、
イエス・キリストを信じると
救われ永遠のいのちが与えられるのです。

こうしてイエス・キリストは
多くの実を結ばれました。

2020年1月20日月曜日

イエス・キリストのことばは死に打ち勝つ


もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る

           ヨハネの福音書1140



イエスが愛しておられたラザロという人が
病気にかかって死んでしまいました。
イエスがそこに来られた時には、
もう死んで4日経っていました。
イエスは、
ラザロが葬られている墓に来られました。
墓はほら穴であって、
石がそこに立てかけてありました。

イエスはそこで言われたのです。

「その石を取りのけなさい。」と。

死んだ人の姉妹マルタは言いました。

「主よ。もう臭くなっておりましょう。
 四日になりますから。」

するとイエスは彼女に言われました。

「もしあなたが信じるなら、
 あなたは神の栄光を見る、
 とわたしは言ったではありませんか。」

そこで、彼らは石を取りのけました。
イエスは目を上げて
「父よ。わたしの願いを
 聞いてくださったことを感謝いたします。
 わたしは、あなたがいつも
 わたしの願いを聞いてくださることを
 知っておりました。しかしわたしは、
 回りにいる群衆のために、
 この人々が、
 あなたがわたしをお遣わしになったことを
 信じるようになるために、こう申したのです。」
と言われさらに続けて、
イエスは大声で叫ばれました。

「ラザロよ。出て来なさい。」と。

すると、死んでいたラザロが、
手と足を長い布で巻かれたままで
出て来たのです。
彼の顔は布切れで包まれていました。

イエスは彼らに言われました。
「ほどいてやって、帰らせなさい。」

イエスがなさったことを見た多くのユダヤ人が、
イエスを信じたのです。

イエス・キリストは、
死んで4日経っていた腐ったラザロを
よみがえらされました。

これがキリストの力、神の力です。

「ラザロよ。出て来なさい」
と語られ命じられた時、
ラザロはよみがえり出て来たのです。
キリストのことばには力があり、
イエス・キリストが命じられると
そうなるのです。

これが神のことばです。
イエス・キリストは
あなたにも、あなたの前にある
腐ってしまったような問題や事柄にも、
命じてくださいます。

「出て来なさい」と
勝利を語ってくださいます。

2020年1月19日日曜日

良い牧者は羊のためにいのちを捨てる


わたしは、良い牧者です。

良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。

       ヨハネの福音書1011



イエス・キリストは言われました。

「わたしは、良い牧者です。
 良い牧者は羊のためにいのちを捨てます」と。

さらに続けてこう言われたのです。
「牧者でなく、
 また、羊の所有者でない雇い人は、
 狼が来るのを見ると、
 羊を置き去りにして、逃げて行きます。
 それで、狼は羊を奪い、また散らすのです。
 それは、彼が雇い人であって、
 羊のことを心にかけていないからです。」

イエス・キリストは
羊のことを心にかけてくださる牧者です。
羊のためにいのちを捨ててくださる良い牧者です。

私たち一人ひとりのことを
深くよく知っておられ、
私たちもイエス・キリストの愛の深さ、
恵みの大きさを知っています。

イエス・キリストは
私のために、
そしてあなたのために
命を捨ててくださるお方です。

2020年1月18日土曜日

頑張るのではなく、恵みによって、強くなる


そこで、わが子よ。

キリスト・イエスにある恵みによって強くなりなさい。

         テモテへの手紙 第二 21



この「強くなりなさい」という言葉は
原文では受け身で「強くされなさい」
「強くしていただきなさい」
もう少し積極的に訳せば
「キリスト・イエスにある恵みがあなたを強くする」
となります。

私たち日本人は、
頑張れ、頑張れと言って励まされ、
頑張るようにと言われてきました。

この手紙を若き牧会者テモテに送ったパウロは、
律法についてはパリサイ人、
責められる(非難される)
ところはないとまで言った人です。
まさに厳格に頑張って生きた人でした。

ところが、ダマスコ途上で
イエス・キリストに出会い、
回心したパウロは、
キリスト・イエスを
知っていることのゆえに、
いっさいのことを損と思っている、
ちりあくたと思っていると言いました。

パウロはキリストに出会って、
人の頑張りの限界を超えて、
はるかに素晴らしい
神の恵みの深さと大きさを知りました。
イエス・キリストの十字架を通して
注がれる神の愛の中で、
彼は赦され、義とされ、
神の子となったことの喜びと平安に満たされ、
その中を生きていたのです。

もちろん、地上に生きている限り、
この世の戦いがあり、
困難や試練、問題はつきものです。

しかしそのような中でこそ、
ますますキリスト・イエスの恵みは
深く大きく現されることも
知っていたのです。

私たちも気づくと、
一生懸命頑張って
自分の力で何とかしよう
としていることはないでしょうか。

私はイエス・キリストが大好きで、
キリストのために一生懸命頑張りました。
そして疲れ果ててしまいました。
今、60歳になって頑張る力が
体力的にも精神的にも
恥ずかしいですが
無くなってしまいました。

ところが信仰は、
キリスト・イエスの恵みによって
強くされている。
強くなっているのです。
不思議です。

だだ、ただ恵みによって、
私自身が
どうすることもできない弱さの中で、
神の恵みの深さ、大きさを知りました。

あなたが今、
もし限界を感じているなら、
もうダメだと思っているなら、
大丈夫です。

キリスト・イエスの恵みが
あなたを強くしてくださいます。

2020年1月17日金曜日

思い煩いから平安へ


何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、

感謝をもってささげる祈りと願いによって、

あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。

そうすれば、

人のすべての考えにまさる神の平安が、

あなたがたの心と思いを

キリスト・イエスにあって守ってくれます。

      ピリピ人への手紙 46



何も思い煩わないでいることは
簡単なことではありません。
いや、それどころか、
難しいというか、
不可能に限りなく近いような気さえします。

でも、
何があってもどんな場合でも、
あなたと私を
愛してくださっている父なる神様に、
感謝をささげ、大胆に自分の願いを
主イエス・キリストに向かって祈るとき、
人のすべての考えにまさる
神の平安が訪れます。

そしてその平安は
あなたと私の心を守ってくれます。

心を定めて、
時間をかけて、
徹底して
今あなたを思いわずらわせている
そのことについて感謝してみましよう。

そして、
素直に大胆に
そのことに関して
あなたの願いを
神に向かって言いましょう。

その時、神様は
今まで体験したことのない
神の平安で満たし、
あなたの心を守って
祝福してくださいます。

2020年1月16日木曜日

あなたを愛している方に思い煩いをいっさいゆだねる


あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。

神があなたがたのことを心配してくださるからです。

         ペテロの手紙 第一 57



私たちは、あれこれと
色々と思い煩いやすいものです。
でも思い煩ったからといって、
何も解決はしません。
むしろ心配や不安、
恐れが生まれてきてしまいます。

その思い煩いを
あなたを愛し、私を愛して
命まで捨てくださった方、
主イエス・キリストにお任せすると、
心が軽くなります。

父なる神に
思い煩いのいっさいを
ゆだねてしまえば
不思議な平安が与えられます。

父なる神も主イエス・キリストも
あなたと私を愛しておられ、
あなたと私のことを、
私たち自身以上に
心配してくださっているのです。

だから、
神である主イエスに、
全てをお任せして、
思い煩うことをやめて
感謝し賛美をささげましょう。

必ず
最高にして最善の解決と導きを
主イエス・キリストは与えてくださいます。