2020年1月18日土曜日

頑張るのではなく、恵みによって、強くなる


そこで、わが子よ。

キリスト・イエスにある恵みによって強くなりなさい。

         テモテへの手紙 第二 21



この「強くなりなさい」という言葉は
原文では受け身で「強くされなさい」
「強くしていただきなさい」
もう少し積極的に訳せば
「キリスト・イエスにある恵みがあなたを強くする」
となります。

私たち日本人は、
頑張れ、頑張れと言って励まされ、
頑張るようにと言われてきました。

この手紙を若き牧会者テモテに送ったパウロは、
律法についてはパリサイ人、
責められる(非難される)
ところはないとまで言った人です。
まさに厳格に頑張って生きた人でした。

ところが、ダマスコ途上で
イエス・キリストに出会い、
回心したパウロは、
キリスト・イエスを
知っていることのゆえに、
いっさいのことを損と思っている、
ちりあくたと思っていると言いました。

パウロはキリストに出会って、
人の頑張りの限界を超えて、
はるかに素晴らしい
神の恵みの深さと大きさを知りました。
イエス・キリストの十字架を通して
注がれる神の愛の中で、
彼は赦され、義とされ、
神の子となったことの喜びと平安に満たされ、
その中を生きていたのです。

もちろん、地上に生きている限り、
この世の戦いがあり、
困難や試練、問題はつきものです。

しかしそのような中でこそ、
ますますキリスト・イエスの恵みは
深く大きく現されることも
知っていたのです。

私たちも気づくと、
一生懸命頑張って
自分の力で何とかしよう
としていることはないでしょうか。

私はイエス・キリストが大好きで、
キリストのために一生懸命頑張りました。
そして疲れ果ててしまいました。
今、60歳になって頑張る力が
体力的にも精神的にも
恥ずかしいですが
無くなってしまいました。

ところが信仰は、
キリスト・イエスの恵みによって
強くされている。
強くなっているのです。
不思議です。

だだ、ただ恵みによって、
私自身が
どうすることもできない弱さの中で、
神の恵みの深さ、大きさを知りました。

あなたが今、
もし限界を感じているなら、
もうダメだと思っているなら、
大丈夫です。

キリスト・イエスの恵みが
あなたを強くしてくださいます。

2020年1月17日金曜日

思い煩いから平安へ


何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、

感謝をもってささげる祈りと願いによって、

あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。

そうすれば、

人のすべての考えにまさる神の平安が、

あなたがたの心と思いを

キリスト・イエスにあって守ってくれます。

      ピリピ人への手紙 46



何も思い煩わないでいることは
簡単なことではありません。
いや、それどころか、
難しいというか、
不可能に限りなく近いような気さえします。

でも、
何があってもどんな場合でも、
あなたと私を
愛してくださっている父なる神様に、
感謝をささげ、大胆に自分の願いを
主イエス・キリストに向かって祈るとき、
人のすべての考えにまさる
神の平安が訪れます。

そしてその平安は
あなたと私の心を守ってくれます。

心を定めて、
時間をかけて、
徹底して
今あなたを思いわずらわせている
そのことについて感謝してみましよう。

そして、
素直に大胆に
そのことに関して
あなたの願いを
神に向かって言いましょう。

その時、神様は
今まで体験したことのない
神の平安で満たし、
あなたの心を守って
祝福してくださいます。

2020年1月16日木曜日

あなたを愛している方に思い煩いをいっさいゆだねる


あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。

神があなたがたのことを心配してくださるからです。

         ペテロの手紙 第一 57



私たちは、あれこれと
色々と思い煩いやすいものです。
でも思い煩ったからといって、
何も解決はしません。
むしろ心配や不安、
恐れが生まれてきてしまいます。

その思い煩いを
あなたを愛し、私を愛して
命まで捨てくださった方、
主イエス・キリストにお任せすると、
心が軽くなります。

父なる神に
思い煩いのいっさいを
ゆだねてしまえば
不思議な平安が与えられます。

父なる神も主イエス・キリストも
あなたと私を愛しておられ、
あなたと私のことを、
私たち自身以上に
心配してくださっているのです。

だから、
神である主イエスに、
全てをお任せして、
思い煩うことをやめて
感謝し賛美をささげましょう。

必ず
最高にして最善の解決と導きを
主イエス・キリストは与えてくださいます。

2020年1月15日水曜日

本当に価値ある生き方


なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、

永遠のいのちに至る食物のために働きなさい。

         ヨハネの福音書627



私たちは日々の生活の中で、
糧を得るために働いています。
自分のため家族のために。
それはとても大切なことです。

美味しいものを食べると嬉しいですし、
心が豊かにもなったりします。
でも、それが
いつまでも続くわけではありません。
日々の糧は、食べるとなくなり、
再びお腹は減ってきます。
お腹だけではなく、
私たちの心を
一時的には満たしてくれても、
永遠に満たしてくれることはできません。

イエス・キリストを信じたとき、
私たちは、
この永遠のいのちを受けました。

心が満たされ、
永遠に対する希望と勝利を
与えられました。

この永遠の命を
人々に伝えるために、
私たちの地上の時間と人生を使うとき、
私たちは
本当に価値のある充実した
人生を歩むことができるのです。

2020年1月14日火曜日

神が創られた天と地は非常に良かった


神が造られた物はみな良い物で、

感謝して受けるとき、

捨てるべき物は何一つありません。

    テモテへの手紙 第一 44



聖書の神は天と地を創られた神、
創造主(Creator)なのです。

神が天と地を創られたとき、
それは非常に良かった
と聖書に書かれています。

しかし神に似せて創られた人間が
神との約束を守らず罪を犯してしまい、
この世界に罪が入り、
サタンが地上である世を
支配するようになりました。

しかし神は世を、私たちを愛されて
ひとり子のイエス・キリストを
この世に遣わし、
十字架で罪を赦し、
サタンに勝利されました。

本来、
神が造られた物はみな良い物で、
感謝して受けるとき、
捨てるべき物は何一つありません。
神のことばと祈りとによって、
聖められるからです。

私たちは
天と地を創られた
まことの神様に感謝をささげ、
目の前に置かれるものや与えられるものを
受け取っていきましょう。

2020年1月13日月曜日

古いものは過ぎ去り、すべてが新しくなった!


だれでもキリストのうちにあるなら、

その人は新しく造られた者です。

古いものは過ぎ去って、

見よ、すべてが新しくなりました。

   コリント人への手紙 第二 517



私たちはキリストを信じたとき、
今までの古い自分には死んで、
キリスト共に新しく生まれ変わりました。

自分の罪を悔い改めて
イエス・キリストを信じ
心に迎え入れたとき、
すべてが新しくされたのです。

罪に縛られ捕らえられて歩く
罪人としての人生から、
罪を赦され、義とされて、
神の子としてキリスト共に、
キリストの花嫁として、
キリストの愛の中で、
恵みを受け、
勝利と祝福を受ける人生に導かれたのです。

古いものは過ぎ去って、
見よ、すべてが新しくなりました。

2020年1月12日日曜日

ただ一つの救いの道


神は唯一です。

また、神と人との間の仲介者も唯一であって、

それは人としてのキリスト・イエスです。

      テモテへの手紙 第一25



私たちの信じている聖書の神は、
愛の神です。
ですから、
神は、すべての人が救われて、
真理を知り、
真理であるイエス・キリストに出会い、
キリストを信じて救われることを
望んでおられます。
この方以外に救いはないからです。

神は唯一であり、
また、
神と人との間の仲介者も唯一であって、
それは人としてのキリスト・イエスなのです。

神であられるのに人となってくださったお方、
このイエス・キリスト以外に救いはありません。

2020年1月11日土曜日

十字架に出会うとき知る罪


私はその罪人のかしらです。

  テモテへの手紙 第一 115



イエス・キリストは、
私たち罪人を救うために、
神であることを捨て、
人となってくださり、
この地上に来てくださいました。

パウロはこのことを、
「まことであり、
 そのまま受け入れるに値するものです」
と言っています。
パウロは
「自分はその罪人のかしらです。」
と告白したのです。
でも、
パウロは律法についてはパリサイ人、
責められるところはないと言った人です。

そんなに厳格に生きてきたパウロですが、
イエス・キリストに出会った時、
自分がどんなに罪深く、
どうしようもない罪人である
ということに気づいたのです。

人はキリストに出会い、
イエス・キリストの
十字架の愛に触れられる時、
初めて自分の罪に気づき、
その愛を知れば知るほど、
自分の罪深さがわかるようになるのです。

私もあなたも、
パウロと同じように、
その罪人のかしらです。

2020年1月10日金曜日

恵みとまことに満ちているお方


ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。

私たちはこの方の栄光を見た。

父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。

この方は恵みとまことに満ちておられた。

          ヨハネの福音書114



イエス・キリストは、神であり、神のひとり子です。
しかし私たち人間を本当に愛しておられたので、
人となってくださり、
全く私たちと同じように肉を持って生まれ、
私たちの間に、つまりこの地球の上で
人間の社会の中に住まわれ生活されたのです。

そして、痛み傷つき、病気に苦しんでいる人々を、
いやし、慰め、励まし、力づけ、
生きる力と希望を与えてくださったのです。

そして私たちを愛されたイエス・キリストは
最後に、十字架にかかり
私たち一人一人の罪の身代わりとなって、
その全ての裁きと呪いと責めを引き受けて、
私たちの代わりに神に捨てられ、死んで
よみである地獄に行ってくださいました。

しかし、キリストは3日後に復活されました。
本来の栄光の姿になられたのです。

この方、
イエス・キリストにこそ、
恵みとまことが満ちています。

イエス・キリストは恵みに満ち、
どこまでも真実な方、
そして真理そのものだからです。

この方、イエス・キリストの元に来て、
あなたも愛をあふれるほどに受け、
癒され解放されて、
新しい人生、
命と喜びに満ちた人生を歩んでください。

2020年1月9日木曜日

いと高き所から力を着せられる時


いつも宮にいて神をほめたたえていた。

           ルカの福音書2453



復活されたイエス・キリストから、
あなた方は証人である
と言われた弟子たちは、
その証人の力を受けるために、
都にとどまっていました。

それはイエスが
「さあ、わたしは、
 わたしの父の約束してくださったものを
 あなたがたに送ります。あなたがたは、
 いと高き所から力を着せられるまでは、
 都にとどまっていなさい。」
と語られ約束されたからです。

イエスは、彼らをベタニヤまで連れて行き、
手を上げて祝福され、
弟子たちを祝福しながら、
彼らから離れて行かれました。

弟子たちは、
非常な喜びを抱いてエルサレムに帰り、
いつも宮にいて
神をほめたたえていたのです。
そこに聖霊が激しく豊かに臨み、
弟子たちは聖霊のバプテスマを受けて、
新しく創り変えられ力強く
イエス・キリストの十字架と復活を
宣べ伝える証人として生きるのです。

私たちも、弱さを覚えるとき、
宮である教会に集まり、
神をほめたたえましょう。

必ず、聖霊を注ぎ、聖霊で満たして、
力強い証人として、
再び私たちを、
主イエスは遣わしてくださいます。

2020年1月8日水曜日

求めれば、誰でも必ず答えて与えられる!


だれであっても、求める者は受け、

捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。

                                ルカの福音書1110



イエス・キリストは言われました。

「わたしは、あなたがたに言います。
 求めなさい。そうすれば与えられます。
 捜しなさい。そうすれば見つかります。
 たたきなさい。そうすれば開かれます。」と。

そしてさらに続けてこう言われたのです。

「だれであっても、求める者は受け、
 捜す者は見つけ出し、
 たたく者には開かれます。」

この「求めなさい」という言葉は
「求め続けなさい」と訳せる言葉で
継続した行動を指しています。
つまり求め続けるなら、
必ず与えられるということです。

もう少し言い換えれば、
誰であっても求めるなら、
必ず与えられるから、
答えが与えられるまで、
求めたものが与えられるまで、
求め続けなさい、ということです。

誰であってもと、
主イエスは言われました。
自分なんかが求めてもダメだ、
などとは思ってはいけません。
それは100%惑わしです。

あなたが誰であろうと、
求めるなら、
求め続けるなら与えられるのです。
必ず与えられます。

だから、
さぁ大胆に
厚かましいぐらい大胆に、
神さまに求め続けましょう。
答えられるまで。
与えられるまで。

2020年1月7日火曜日

厚かましいほどに求める


あくまで頼み続けるなら、

そのためには起き上がって、

必要な物を与えるでしょう。


     ルカの福音書 11章8節



ある時、イエスはこんな話をされました。
戸締りを終えて、
子どもたちも寝て
自分もやっと眠りについたところへ、
友だちがやって来て
「君。パンを三つ貸してくれ。
 友人が旅の途中、私のうちに来たのだが、
 出してやるものがないのだ」
と言いました。
当然、この人は腹を立てながら
「面倒をかけないでくれ、
 起きて、何かをやることはできない」
と答えました。

けれども
この友だちの人は諦めることなく、
あくまで頼み続けたのです。

すると
この人は真夜中であるにも関わらず、
起き上がって、
必要な物を友人に与えたのです。

私たちも神さまに対して、
厚かましいぐらい大胆に、
大切な人のために、自分のために、
求めましょう。

神さまは、
真夜中でも起き上がって、
あなたに必要なものを与え、
必ず答えてくださいます。

2020年1月6日月曜日

神の愛、アガペーの愛


そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。

愛は結びの帯として完全なものです。

      コロサイ人への手紙314



私たちは、神に選ばれた者であり、
キリストを信じたとき、
聖なる者とされました。

神に愛されている者だからです。

ですから、深い同情心、
慈愛、謙遜、柔和、寛容を、
主の恵みの中で、
主イエスからいただいて
身に着けることができます。

そして、互いに忍び合い、
だれかがほかの人に
不満を抱くことがあっても、
互いに赦し合うことが
できるようになります。

主が私たちを
赦してくださったように、
私たちもそうするのです。

そして、
これらすべての上に、
愛を着けるのです。
愛は結びの帯として
完全なものだからです。

神の愛、アガペーの愛を
たくさん主イエスから受けて、
神の恵みの中で
その愛を人々に流していくのです。

2020年1月5日日曜日

地上のものを思わず、天にあるものを思う


こういうわけで、もしあなたがたが、

キリストとともによみがえらされたのなら、

上にあるものを求めなさい。

そこにはキリストが、神の右に座を占めておられます。

           コロサイ人への手紙31



私たち人間は、
どうしてもこの地上にあるもの、
目に見えるものに
目を止めやすいものです。

そして気がつくと
目に見える地上のものやことに
心を奪われています。

しかしキリストの十字架を信じ、
復活された主イエスを
心に迎え入れた私たちは、
主イエスと共によみがえらされ、
復活の命、永遠の命を与えられました。

だから永遠である天、
上のものを求めなさい、
と命じられています。

そこにはキリストがおられ、
神の右の座、
権威の座についておられるからです。

2020年1月4日土曜日

心の中に光を迎えて


光はやみの中に輝いている。

やみはこれに打ち勝たなかった。

       ヨハネの福音書15



光であられるキリストは
やみの中に輝いています。
そして、
やみは光に打ち勝つことができません。

光がある時、やみは存在できないのです。
光であるキリストを
あなたが心に迎え入れる時、
あなたの心に光が差し込み、
光が、いつも
あなたの心の中にあるようになります。
すると、
心の中にあるやみは
そこに存在できなくなり、
消えていくのです。

あなたが自分の罪を悔い改めて、
イエス・キリストを信じるとき、
この光が
あなたの心の中に
来てくださるのです。

光である方、
イエス・キリストを信じて
心の中にお迎えしましょう。

2020年1月3日金曜日

キリストはいのち、人の光!


この方にいのちがあった。

このいのちは人の光であった。

    ヨハネの福音書14



この方、
つまりイエス・キリストに
いのちがありました。
このいのちは人の光でした。

イエス・キリストは
あなたにいのちを与えてくれます。
いのちは生きる力、
命があると生かされます。
あなたの人生にいのちを与え、
輝きを与えてくれるのが
イエス・キリストです。

このいのちであるキリストは人の光です。
光があれば闇は消えます。
闇は存在できません。
イエス・キリストは
あなたにいのちを与え、
光の中を歩ませてくれるのです。

このキリストを信じ、
キリスト共にこの年も歩みましょう。

光の中をいのち輝かせて !!!

2020年1月2日木曜日

すべての初めは神からはじまる


初めに、ことばがあった。

ことばは神とともにあった。

ことばは神であった。

    ヨハネの福音書11



初めに、というのは一番最初、
全く初めの初め、ということです。
始めに、というのは
一度終わって再び始まることですが、
この初めにというのは、
本当に何もないところに
全く新しく始まるということです。

ことばというのは
ギリシャ語でロゴスと言います。
ここでは「イエス・キリスト」
のことを指しています。

ですから、全ての一番最初に
「イエス・キリスト」がおられた、
ということです。

そして「イエス・キリスト」は
父なる神と共におられ
「イエス・キリスト」ご自身も
神であったということです。

父なる神は神であられ、
イエス・キリストは
神のひとり子なので神です。
神が二人いるのではなく
聖霊さまとともに
三位一体の唯一の神であられます。

2020年1月1日水曜日

創造主であるまことの神


初めに、神が天と地を創造した。

       創世記11



聖書のまことの神さまは、
まず初めに、天と地を創造されました。

その時「光よ。あれ。」と仰せられて、
神のことばを持って創造され、
続けて6日間かけて創造されました。

私たちの信じている神は、
木や石で作られた神ではなく、
木や石はもちろん、
地球を創造し、宇宙を創造された
創造主であられます。

神さまがお造りになった天と地は
すべて非常によかったのです。

しかし人間が
神に逆らって罪を犯した結果、
多くの問題や混乱が
地上では起こるようになります。

それゆえ神さまは
イエス・キリストを遣わして
十字架において勝利し解決されたのです。

ですから、私たちが
このイエス・キリストの
十字架の恵みによって、
この天地を創造された
まことの神に祈り求める時、
主は十字架の恵みのゆえに、
この地上における事柄には
何でもお答えになることができるのです。