2019年11月30日土曜日

賜物と召命は変わらないー神の愛と恵みによって


神の賜物と召命とは変わることがありません。

        ローマ人への手紙1129



神はイスラエルを選ばれました。
しかしイスラエルはイエスを拒み
キリストとして受け入れず
十字架につけて殺してしまいました。
しかし、それによって救いが異邦人、
イスラエル民族以外にも及んだのです。
そして、そのことによって
神はイスラエルに妬みを起こさせ
最後の時に
イスラエルもすべて救われて
救いは完成するのです。
ローマ人への手紙11章には、
このことが書いてあります。

神様はあなたを
恵みによって救われ召されました。
あなたが救われたのは
ただただ恵みによります。

そしてそれは
あなたの人生に対する計画、
召しにおいても同じなのです。
神があなたに立てておられる
計画と召しは変わらないのです。

あなたがどんなに失敗し
罪を犯してしまって、
遠回りをしたとしても、
どんなにふさわしくなかったとしても、
神があなたを召されたなら、決して
神はその召しを変えられはしないのです。

神はあなたを愛しておられるからです。

ひとり子イエス・キリストが
あなたのために十字架にかかられ
復活されたからです。

その神の深く大きな愛の中で、
変わることのない賜物と召しを
しっかりと握って
主の恵みの中を歩んでいきましょう。

2019年11月29日金曜日

聖書の最も大切なメッセージ



『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』

という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。

          マタイの福音書2239



パリサイ人たちの質問に
「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、
 あなたの神である主を愛せよ。』
 これがたいせつな第一の戒めです。」と答えられた後、
さらに続けてイエスは、こう言われました。

『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』
という第二の戒めも、
それと同じようにたいせつです。
律法全体と預言者とが、
この二つの戒めにかかっているのです。」と。

神である主を愛するのと同じくらい、
隣人を自分自身のように愛することが大切なのです。
律法全体と預言者とが、
この二つの戒めにかかっている、
つまり聖書で最も大切なことは
この二つの戒めなのです。

自分自身を大切にしてください。
主イエスが、
その命を捨ててまで愛してくださった
あなた自身を大切にして愛してください。
主イエス・キリストが
愛してくださっているのですから。

そして同じように、隣人を愛しましよう。
あなたにとって愛しやすい人もいれば、
とても愛しにくい人もいるでしょう。
でも、その人も主は愛されたのです。
その主イエスに祈り、
主の恵みの中で愛する力をいただいて、
隣人を自分自身のように愛しましょう。

それこそが、
神である主を愛することと共に、
聖書の最も大切なメッセージなのです。

2019年11月28日木曜日

神である主を愛する


『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、

    あなたの神である主を愛せよ。』

         マタイの福音書2237



パリサイ人たちのうちのひとりの律法の専門家が、
イエスをためそうとして、こんな質問をしました。

「先生。律法の中で、たいせつな戒めはどれですか。」

するとイエスは彼に、こう答えられました。

「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、
 あなたの神である主を愛せよ。』
 これがたいせつな第一の戒めです。」と。

そうです。
最も大切なことは神である主を愛すること。
心を尽くして、思いを尽くして、知力を尽くして、
神である主を愛することです。

尽くしてとありますから、
そこそこにではなく、テキトーにでもありません。
尽くすのです。
もうこれ以上はできないと思えるぐらい、
心と思いと知力を主イエスに向け、愛するのです。

それはあなたにとって祝福となり、
多くの人々を祝福することになります。

神である主を愛することにまさる
恵みと祝福に満ちた道はありません。

2019年11月27日水曜日

キリストを信じる者は永遠に生きる


神は死んだ者の神ではありません。

  生きている者の神です。

    マタイの福音書2232



神は生きておられます。
そして生きている者の神です。
死んだ者の神ではありません。

でも、ここで間違えてはいけません。
地上の人生を終え、死んでしまった者は、
もう生きていないのでしょうか。
決してそうではないのです。

確かに、この地上の体は
焼かれ朽ちてしまいます。
チリに帰るのです。
しかし、人には魂と霊があります。
この霊は体が焼かれても生きており、
イエス・キリストを信じる者は
天に上げられ永遠のいのちが
与えられているので生きるのです。

そして、やがて復活の日に
新しい朽ちることのない完全な体を頂いて
キリストと共に永遠に生きるのです。

ですから、
キリストを信じる者は
死んでも生きており、
死んでもなお神は神なのです。

あなたは永遠の存在として、
神に愛され、神と共に生きるのです。

2019年11月26日火曜日

失った時に、主をほめたたえる



「私は裸で母の胎から出て来た。

 また、裸で私はかしこに帰ろう。

 主は与え、主は取られる。

 主の御名はほむべきかな。」

      ヨブ記121



ウツと言う地にいたヨブという人は、
潔白で正しく、神を恐れ、
悪から遠ざかっていました。

彼には七人の息子と三人の娘が生まれ、
また羊七千頭、らくだ三千頭、
牛五百くびき、雌ろば五百頭、
それに非常に多くのしもべを持つ、
東の人々の中で一番の富豪でした。

ところが、サタンが主の許しの元に働き、
彼の子どもたちやすべての持ち物を
打ち殺し奪うのです。
このとき、ヨブは立ち上がり、
その上着を引き裂き、頭をそり、
地にひれ伏して礼拝し、
そして言いました。

「私は裸で母の胎から出て来た。
 また、裸で私はかしこに帰ろう。
 主は与え、主は取られる。
 主の御名はほむべきかな。」と。

ヨブはこのようになっても罪を犯さず、
神に愚痴をこぼさなかったのです。

私たちは、祝福を受けるために
神の恵みによって救われ、
神の御手の中で祝福され
あらゆる面で豊かにされていきます。

しかし、あえて主の許しの元、
すべてを失ってしまうことがあります。
しかし、それは
その後ろに大きな神の計画があるからなのです。
そのような時に、
この時のヨブのように、
神に愚痴るのではなく、
賛美と感謝を捧げましょう。

「主は与え、主は取られる。
 主の御名はほむべきかな」と。

主はヨブをそうされたように、必
ずあなたを以前にも増して
祝福してくださいます。

2019年11月25日月曜日

応えてくださる主イエス


「わたしに何をしてほしいのか。」

                      マタイの福音書2032



イエスがエリコという町を出て行くと、
道ばたにすわっていたふたりの盲人が、
イエスが通られると聞いて、
叫んで言いました。
「主よ。私たちをあわれんでください。ダビデの子よ」と。

群衆は彼らを黙らせようとして、
たしなめましたが、彼らはますます
「主よ。私たちをあわれんでください。ダビデの子よ」
と叫び立てたのです。
すると、イエスは立ち止まり、
彼らを呼んで言われました。
「わたしに何をしてほしいのか。」
彼らはイエスに言いました。
「主よ。この目をあけていただきたいのです。」
イエスがかわいそうに思って、
彼らの目にさわられると、
すぐさま彼らは見えるようになり、
イエスについて行きました。

イエスに向かって
あなたは叫んでいますか。
いろんな問題や困難の中で、
あきらめてしまう前に、
他人や自分を責める前に、
イエスに向かって叫びましょう。
「主よ。あわれんでください」と。
主はあなたにも言われます。
「何をして欲しいのですか」と。
そのとき、ためらわず遠慮せず、
大胆に具体的に、主に向かって
あなたの願いを言ってください。
「主よ。こうこうして欲しいのです」と。
そのとき、
主はあなたのその願いに
応えてくださいます。
主イエスは、
あなたを愛しておられるからです。

2019年11月24日日曜日

主イエスを追い求めて生きる!


主を求めて生きよ。

   アモス書56



これは旧約聖書にあるアモス書の言葉ですが
「主を求めて生きよ」に続いて
「さもないと、主は火のように、
 ヨセフの家に激しく下り、
 これを焼き尽くし、
 ベテルのためにこれを消す者がいなくなる」
と続きます。

どうしてヨセフの家に激しく下り、
激しく焼き尽くすのかというと、
彼らが公義を苦よもぎに変え、
正義を地に投げ捨てているからです。

主は、彼らのそむきの罪がいかに多く、
彼らの罪がいかに重いかを知っていました。
彼らは正しい者をきらい、
まいないを取り、
門で貧しい者を押しのけていたのです。

主は聖なる義なる方です。
ですから、
彼らの不義と罪を見過ごすことは
できなかったのです。

もちろん、
彼らが悔い改めれば完全に赦され、
さばきではなく
愛と憐れみを受けていたことでしょう。

しかし彼らは悔い改めませんでした。

私たちは、主を求めて生きましょう。
主イエス・キリストを追い求め、
主イエスの足跡に従っていきましょう。
その時、
私たちは主をさらに深く知り、
主の愛と恵みに満たされるでしょう。

2019年11月23日土曜日

神である主イエスを求めて生きる


わたしを求めて生きよ。

    アモス書54



これは、イスラエルの家に
アモスが語った預言です。
神である主はこう仰せられました。
「わたしを求めて生きよ。
 ベテルを求めるな。
 ギルガルに行くな。
 ベエル・シェバにおもむくな。
 ギルガルは必ず捕え移され、
 ベテルは無に帰するからだ」と。

イスラエルが神ではなく、
ベテルを求めて、
ギルガルやべエル・シェバに
行くことをするなと言われています。

まことの神である主を求めて生きよ
と言われているのです。

私たちも、神ではなく、
信頼できる人や
人が作り出した宗教に
頼ってしまったり、お金や
自分自身で何とかしようと
したりしてしまいます。

でもそれは
たとえ一時的な解決になる
ことがあったとしても、
本当の解決
人生の勝利には至らないのです。

主であるイエス・キリストのところにき、
主イエスの十字架の前にきて
祈り求める時、
復活の主があなたに生きる力を与え、
永遠の祝福を持って答えてくださるのです。

2019年11月22日金曜日

神を知ることを喜ばれる主


わたしは誠実を喜ぶが、いけにえは喜ばない。

全焼のいけにえより、むしろ神を知ることを喜ぶ。

           ホセア書66



主はいけにえをたくさん捧げることではなく、
誠実に生きること、
神の前に主を愛して誠実に生きること、
そして主イエス・キリストを
もっと深く知ることを喜ばれるのです。

人間関係でも、
本当に信頼し愛し合っている関係は、
物をあげたりもらったりと
やり取りすることよりも、
相手のことをもっと深く知り、
自分のことを
さらに良く知ってもらえると嬉しいのです。

ではどうすれば、
もっと深く主イエスを知ることが
できるのでしょうか。

それは簡単なことです。

まず聖書を読むこと、
ただ頭で読むのではなく、
心で読むことです。

そして祈ること、
目には見えなくても生きておられる
まことの神である主イエス・キリストと
本音で向き合い交わることです。

そして教会にしっかり繋がること、
礼拝に、
そしてあらゆる機会に行き続けるか、
21世紀の今は
オンラインで見続けることです。

その時、あなたは主イエスを
さらに深く知り喜びで満たされるでしょう。
そして、それを主は喜んでくださいます。

2019年11月21日木曜日

主を知ることを切に求める


私たちは、知ろう。

主を知ることを切に追い求めよう。

主は暁の光のように、確かに現われ、

大雨のように、私たちのところに来、

後の雨のように、地を潤される。

                          ホセア書63



主を知る。
ただ知識としてだけではなく、
主イエスの愛を心に感じ、
主イエスの真実に感動する。

主の愛の広さ、長さ、深さを
もっともっと知ることを追い求める。

主は義なる方、聖なる方、真実なお方、
その一つ一つをもっと広く、
もっと強く、もっと深く知ることを
さらに切に追い求める。

主は暁の光のように現れて、
示して教えてくださるでしょう。
大雨のように
私たちのところに来て
恵みを注いでくださるでしょう。
後の雨のように、地を潤し、
リバイバルの嵐の中で、
主ご自身をはっきりと現されるでしょう。

2019年11月20日水曜日

主に立ち返る


さあ、主に立ち返ろう。

主は私たちを引き裂いたが、また、いやし、

私たちを打ったが、また、包んでくださるからだ。

           ホセア書61



私たちはまことの神である主から離れて
自分の好きなように罪の中を
歩いてしまうことがあります。

そんな時、
必ず虚しさを感じるようになり、
生きることに行き詰ってしまいます。

夫婦や親子、友人との関係も
引き裂かれていきます。

愛の神である主イエスは
語ってこられ、迫って来られます。
「私のところに戻って来なさい」と。

ためらわず
主に立ち返りましょう。
主は引き裂かれた関係をいやし、
私たちを神の愛の中で
包んでくださるのです。

2019年11月19日火曜日

神の言葉は真実!


「書きしるせ。これらのことばは、

 信ずべきものであり、真実である。」

      ヨハネの黙示録215節後半



神の言葉は真実であり、
信ずべきものです。
神は約束されたことを守られます。
私たち人間は、
どんなに誠実で守ろうと思っても、
約束した言葉を守れないことがあります。
ですから、誠実な人ほど歳をとると
簡単に約束はしなくなります。

しかし神であられる主は
語られた言葉を破ることができないのです。

神が聖書に書かれた言葉、約束は、
一つも違えることなく成就します。
その言葉に従う時、
約束されている実を
必ず見ることができます。
確かに忍耐が必要な時があります。
しかし忍耐の末に
約束のものを得るのです。

この神の言葉に耳を傾け、
神の言葉である
主イエスの言葉に従っていきましょう。

2019年11月18日月曜日

そこにいると見ることができる


御座に着いておられる方が言われた。

「見よ。わたしは、すべてを新しくする。」

                         ヨハネの黙示録215節前半


御座についておられる方、
それはイエス・キリストです。
イエス・キリストが
すべてを新しくしてくださいます。
私たちはそれを見るのです。

「見よ。」と言われていますが、
私たちがそれを見るためには、
そこいなければなりません。

21世紀の今なら、そこではなくても、
それを映像で見ることのできる場所に
いなくてはいけません。

それは神の言われる場所、
神が置かれた場所です。
主イエスが導かれた教会、
職場、学校、
主イエスが与えてくださった家族、
友人、仲間、
時には逃げ出したくなることも
あるかもしれません。
もうやめたいと思うこともあるでしょう。

でも、そこにいるなら、
主イエス・キリストご自身が、
あなたを愛して、
あなたのために、
すべてを新しくしてくださるのです。

2019年11月17日日曜日

イエス・キリストが土台


私が植えて、アポロが水を注ぎました。

 しかし、成長させたのは神です。

    第一 コリント人への手紙36



ねたみや争いは
肉なる人間のいるところには残念ですが、
必ず存在します。

クリスチャンになっても、
ただの肉に属している人のように歩んでいると、
ねたみや争いが起こります。

コリントの教会の中には、
ある人が「私はパウロにつく」と言い、
別の人は「私はアポロに」と言う。
そういうことが起こっていました。
パウロは言います。
アポロとは何でしょう。
パウロとは何でしょう。
あなたがたが信仰にはいるために
用いられたしもべであって、
主がおのおのに授けられたとおりのことを
しただけなのですと。

パウロが植えて、アポロが水を注ぎました。
しかし、成長させたのは神なのです。

たいせつなのは、
植える者でも水を注ぐ者でもありません。
成長させてくださる神なのです。

そして土台はイエス・キリストです。
このイエス・キリストという土台のほかに、
ほかの土台を据えることは出来ません。

私たちは、
このイエス・キリストという土台の上に
建てられたいます。
そのためにいろんな方が用いられるでしよう。
でも成長させてくださるのは神ご自身であり、
イエス・キリストなのです。

2019年11月16日土曜日

イエス・キリストのところに行けば病気を直してくださる


イエスは舟から上がられると、多くの群衆を見られ、

彼らを深くあわれんで、彼らの病気を直された。

         マタイの福音書1414



イエスはバプテスマのヨハネが
牢で殺されたことを聞かれると、
舟でそこを去り、
自分だけで寂しい所に行かれました。
すると、群衆がそれと聞いて、町々から、
歩いてイエスのあとを追ってきました。
イエスは舟から上がられると、
多くの群衆を見られ、
彼らを深くあわれんで、
彼らの病気を直されました。

イエスは一人になりたかったのでしょう。
それでも自分を追いかけて
自分のところに来た病人たちを
放っておくことはできませんでした。
彼らを深くあわれまれたのです。
病気のままで帰らせることなど
できなかったのです。
イエスは癒されました。
彼らを全員癒されたのです。

これがイエス・キリストです。

あなたも
イエス・キリストのところに
来てください。

イエス・キリストは
あなたの体の病気も心の病も
直して癒してくださいます。

どこにキリストはおられるのでしょう。
教会にイエス・キリストが満ちておられます。

2019年11月15日金曜日

聞いて悟るとは?


ところが、良い地に蒔かれるとは、

みことばを聞いてそれを悟る人のことで、

その人はほんとうに実を結び、あるものは百倍、

あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結びます。

                                        マタイの福音書1323



良い地に蒔かれると百倍、
六十倍、三十倍の実を結ぶ
と主イエスは言われました。

では良い地とはどんな地かというと、
それはみことばを聞いて
それを悟る人のことだと
主イエスは言われました。
「みことばを聞いて」
つまり聖書を開き、
神に心を向けてみこばを読み、
みことばに耳を傾けるのです。
必ず主である神は、
あなたに語りかけてくださいます。
そして、そのみことばを悟るのです。
「悟る」とは、理解し、
心にしっかり受けとめて、
そのみことばに従うことです。

例えば「すべてに感謝しなさい」
というみことばが心に響いたなら、
そのみことばに従って、
すべてのことを感謝するのです。
どんなことでも感謝します。
そのときに、
神の愛と恵みが現れてきます。
そして「すべてが益になる」という
みことばの実を見ることができるのです。

2019年11月14日木曜日

律法は神の愛の現れ


安息日に良いことをすることは、正しいのです。

        マタイの福音書1212



イエスが会堂にはいられると、
そこに片手のなえた人がいました。
そこで、パリサイ人たちはイエスに質問して
「安息日にいやすことは正しいことでしょうか」
と聞きました。
これはイエスを訴えるためでした。

イエスは彼らに言われました。
「あなたがたのうち、だれかが一匹の羊を持っていて、
 もしその羊が安息日に穴に落ちたら、
 それを引き上げてやらないでしょうか。
 人間は羊より、はるかに値うちのあるものでしょう。
 それなら、安息日に良いことをすることは、
 正しいのです」
こう言ってから、イエスはその人に
「手を伸ばしなさい」と言われました。
彼が手を伸ばすと、手は直って、
もう一方の手と同じようになったのです。

イエスは、
見せかけだけの形式宗教を嫌われました。
律法は大切なものです。
しかし、それは本来、神の愛の現れなのです。
言葉の表面だけを守って
その最も大切な愛を見失ってしまうとき、
律法主義となり、本当の神の願い、
律法の目的を見失うのです。

イエスは愛をもって律法を全うされ成就されました。

2019年11月13日水曜日

紅海はわれる!


恐れてはいけない。しっかり立って、きょう、

あなたがたのために行なわれる主の救いを見なさい。

あなたがたは、きょう見るエジプト人を

もはや永久に見ることはできない。

主があなたがたのために戦われる。

あなたがたは黙っていなければならない。

         出エジプト記14章13, 14



出エジプトしたイスラエルの民を、
主はモーセを通して紅海の前に導かれます。
すると、エジプトのパロは
イスラエル人が迷っていると思い、
戦車を整え、自分でその軍勢を率い、
えり抜きの戦車六百とエジプトの全戦車を率いて
イスラエル人を追跡してきました。
そして紅海の海辺に宿営している
イスラエルに追いついたのです。

イスラエル人は非常に恐れて、
主に向かって叫び、モーセに向かって言いました。
「こんなことになるなら、
 この荒野で、死んでしまうぐらいなら、
 エジプトにいてエジプトに仕えていればよかった」
そう言ってつぶやいたのです。

しかしモーセは民に言いました。
「恐れてはいけない。
 しっかり立って、きょう、
 あなたがたのために行なわれる主の救いを見なさい。
 あなたがたは、きょう見るエジプト人を
 もはや永久に見ることはできない。
 主があなたがたのために戦われる。
 あなたがたは黙っていなければならない」
主はモーセに仰せられます。
「なぜあなたはわたしに向かって叫ぶのか。
 イスラエル人に前進するように言え。
 あなたは、あなたの杖を上げ、
 あなたの手を海の上に差し伸ばし、
 海を分けて、イスラエル人が
 海の真中のかわいた地を進み行くようにせよ。
 見よ。
 わたしはエジプト人の心をかたくなにする。
 彼らがそのあとからはいって来ると、
 わたしはパロとその全軍勢、戦車と騎兵を通して、
 わたしの栄光を現わそう」と。

モーセが主の言われた通り、
手を海の上に差し伸ばすと、
主は一晩中強い東風で海を退かせ、
海を陸地とされるのです。
あの有名な紅海がわれるシーンです。
イスラエル人は海の真中のかわいた地を、
進んで行きました。
水は彼らのために右と左で壁となったのです。

エジプト人も追いかけて来て、
パロの馬も戦車も騎兵も、
みな彼らのあとから海の中にはいって行きました。
しかし彼らの陣営をかき乱され
「イスラエル人の前から逃げよう。
 主が彼らのために、
 エジプトと戦っておられるのだから」
と言いますが、このとき主はモーセに
「あなたの手を海の上に差し伸べ、
 水がエジプト人と、
 その戦車、その騎兵の上に返るようにせよ」
と言われ、モーセが手を海の上に差し伸べたると、
夜明け前に、海がもとの状態に戻り
エジプト人は全員、
海の真中に投げ込まれ死んでしまいます。
全滅したのです。

主は、こうしてイスラエルを
エジプトの手から救われました。
イスラエルは
主がエジプトに行なわれた
この大いなる御力を見たので、
民は主を恐れ、
主とそのしもべモーセを信じました。

主はあなたにも同じようにしてください。
目の前に紅海、後ろにエジプト軍、
絶体絶命になったイスラエルのように、
あなたの目の前にも病気や負債、
後ろには困難と問題、
もうどうすることもできない
絶体絶命が許されるかもしれません。

でも神が戦ってくださいます。
神のことばに耳を傾けてください。


手を海に向かって差し伸べてモーセのように、
神のことばに従って、
あなたの手を海に向かって差し伸ばしましょう。

その時紅海が割れたように、
主の奇跡があなたにも始まるのです。