2019年10月28日月曜日

真実な悔い改めと偽りの悔い改め


実に、イスラエルの栄光である方は、

偽ることもなく、悔いることもない。

この方は人間ではないので、悔いることがない。

        第1サムエル記1529



イスラエルの初代王であるサウロは、
罪を認めて悔い改め、サムエルに言いました。
「私は罪を犯しました。
 しかし、どうか今は、
 私の民の長老とイスラエルとの前で
 私の面目を立ててください。
 どうか私といっしょに帰って、
 あなたの神、主を礼拝させてください」
それで、サムエルはサウルについて帰り、
サウルは主を礼拝したのです。

しかし、これは真実な悔い改めではありません。
サウロは民と長老たちの前で、
自分の面目を立てて欲しいと行ったのです。
本当に神の前で悔い改め、
心砕かれているのなら、
人の前に自分の面目を立てることに
心を向けて願ったりはしません。
サウロは口先では悔い改めていても、
心は砕かれていず、
神の前の真実な悔い改めとは程遠いものでした。
だから神に退けられました。
サウロが失敗したとしても、
人を恐れ惜しんでしまい、
従い通せず失敗したとしても、
本当に真実に悔い改めて
主にすがっていれば、
神はサウロを憐れみ、赦して従う力を与え、
もう一度建てられたと思います。
実際この後に建てられたダビデは、
姦淫と殺人という十戒に反する
二つの罪を犯したにも関わらず、
真実な悔い改めをしたので、
神はダビデを赦し
王として立て続け豊かに祝福されたのです。
しかしサウロは真実に悔い改めはしなかったのです。

私たちは皆失敗するものです。
人を恐れたり、惜しんでしまったり、
その結果従い通せなかったりしてしまいます。
それでも、神の前に真実に悔い改め、
主イエスの十字架の恵みにすがりつくなら、
憐れみに満ちておられる父なる神は、
何度でも赦し、
立て続けて従う力を与えて下さるのです。

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