2019年10月10日木曜日

見つけ走り寄って抱きしめてくださる父なる神の愛!


こうして彼は立ち上がって、

自分の父のもとに行った。

ところが、まだ家までは遠かったのに、

父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、

走り寄って彼を抱き、口づけした。

         ルカの福音書1520



聖書の中には「放蕩息子」というとても有名なお話があります。
そのお話というのは、こんなお話しです。

ある人に息子がふたりいました。
弟が父に「おとうさん。私に財産の分け前を下さい」
と言います。まだ父は元気なのに・・・
今でこそ生前分与というのがありますが、
当時は生きているときに財産を分けてくれ
と言うのは「早く死ね」と言っているのと同じで、
どんでもないことでした。
ところが父は、
怒りもせず身代をふたりに分けてやりました。
本当に優しいお父さんですね。
分けてもらった弟は、
それから、幾日もたたぬうちに、
何もかもまとめて遠い国に旅立って行きました。
どうしてかと言うと、
遠い国だと父のことを気にせず
自分の好き放題にできるからです。
案の定、彼はそこで放蕩して
湯水のように財産を使ってしまいました。
何もかも使い果たしたあとに、
何とその国に大ききんが起こり、
彼は食べるにも困り始めたのです。
それで、その国のある人のもとに
身を寄せたのですが、
その人は彼を畑にやって、
豚の世話をさせました。
豚の世話は素晴らしいお仕事です。
ただ当時、旧約聖書のユダヤ人にとって
豚は汚れた動物だったので、
これは最悪の仕事という意味です。
彼は豚の食べるいなご豆で
腹を満たしたいほどでしたが、
だれひとり彼に与えてはくれませんでした。
そのとき、やっと彼は、我に返ったのです。
「父のところには、
 パンのあり余っている雇い人が
 大ぜいいるではないか。
 それなのに、私はここで、飢え死にしそうだ。
 立って、父のところに行って、こう言おう。
『おとうさん。私は天に対して罪を犯し、
 またあなたの前に罪を犯しました。
 もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。
 雇い人のひとりにしてください。』」
こうして彼は立ち上がって、
自分の父のもとに行きました。
ところが、まだ家までは遠かったのに、
父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、
走り寄って彼を抱き、口づけしたのです。

父は毎日毎日、
弟が帰ってくるのを待っていました。
「世の中、そんなに甘くない。
 きっと大変な目に遭うことだろう。」
そう思って彼が出て行った方を見ながら、
毎日毎日、
彼が帰ってくるのを待つていたのです。
そこに出て行った時とは全く姿の変わった弟が、
遠くの方に見えました。
よたよたと歩きながら帰ってきます。
父は気がついたら走り出していました。
そして父の方から息子に駆け寄って
ボロボロの服を着て臭いのする息子を
抱きしめたのです。

これが父の愛です。

父なる神様は、
あなたのことも私のことも、
このように愛してくださっています。

私たちがどんなに父から離れて
失敗してボロボロになっても、
自分勝手な生き方をして、
心と体が傷つき痛んでいても、
父なる神は、
悔い改めて父のもとに帰ろうと
歩き出した私を見つけ出し、
あなたに走り寄ってきて、
私を、あなたを、
抱きしめてくださるのです。

続く

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