2019年10月31日木曜日

自分の足で立つ!!!


起き上がって、自分の足で立ちなさい。

                              使徒の働き26章16節前半


パウロはダマスコに行く途上で、
正午ごろ、天からの光を見、地に倒れて
「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」
と主に語られ回心します。
このとき、主はこう言われました。
「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
 起き上がって、自分の足で立ちなさい。
 わたしがあなたに現われたのは、
 あなたが見たこと、
 また、これから後わたしが
 あなたに現われて示そうとすることについて、
 あなたを奉仕者、
 また証人に任命するためである。
 わたしは、この民と異邦人との中から
 あなたを救い出し、彼らのところに遣わす。
 それは彼らの目を開いて、
 暗やみから光に、
 サタンの支配から神に立ち返らせ、
 わたしを信じる信仰によって、
 彼らに罪の赦しを得させ、
 聖なるものとされた人々の中にあって
 御国を受け継がせるためである」と。


さて、ここで最初に言われたのは
「自分の足で立ちなさい」
ということです。

でもパウロは誰よりも
自分の力で厳格に律法を守り、
パリサイ派の人間として生きていたのです。
自分の足で立ち生きてきた人間なのです。

でもこのとき、
よみがえられた復活の主の光に照らされて
倒れ、目も見えなくなりました。
自分の足で立てなくなったのです。

自分の足で立つとは、
自分の力により頼んで立つということではなく、
神である主イエスに正しくより頼み、
主イエスの恵みと愛の中で、
しっかりと神の言葉に立つことなのです。

2019年10月30日水曜日

神は聖なる方


ただあなただけが、聖なる方です。

     ヨハネの黙示録154



聖書の最後にあるのはヨハネの黙示録です。
その15章でヨハネは、
火の混じった、ガラスの海のようなものを見ます。
そこに獣と、その像と、
その名を示す数字とに打ち勝った人々が、
神の立琴を手にして、
このガラスの海のほとりに立っていました。
彼らは、神のしもべモーセの歌と小羊の歌とを歌って
「あなたのみわざは偉大であり、
 驚くべきものです。
 主よ。万物の支配者である神よ。
 あなたの道は正しく、真実です。
 もろもろの民の王よ。
 主よ。だれかあなたを恐れず、
 御名をほめたたえない者があるでしょうか。
 ただあなただけが、聖なる方です。
 すべての国々の民は来て、
 あなたの御前にひれ伏します。
 あなたの正しいさばきが、
 明らかにされたからです」と言います。

私たちの信じているまことの神は、
唯一のお方です。
そして天と地を創造されたお方。
この方は愛と憐れみに満ちておられますが、
同時に侮られるようなお方ではなく、
そのさばきは正しく恐れられるべきお方です。

神である主は聖なる方なのです。
「聖なる」とはHOLY
ベブル語ではカドシュと言います。
神にのみ使われる言葉です。
私たち人間は俗なるものです。
このお方だけが聖なる方、まさに神であられます。

2019年10月29日火曜日

ああ恵み、十字架の恵み!


私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。

主のあわれみは尽きないからだ。

         哀歌322



私たちの教会は
The Light of Eternal Agape
と言います。

永遠の、神の愛の恵みの光が
満ち溢れている教会です。

私たち人間は、
どんなに良い人でも、
一生懸命生きてきた方でも、
必ず死を迎えます。
そして日本では
この肉体は焼かれて灰になり、
チリに付してしまいます。

しかし、
一人一人の霊は永遠に残るのです。
その霊は本来永遠の滅び、
わかりやすく言えば地獄に行ってしまうのです。
ところが、
私たち一人ひとりを愛してくださつた父なる神は、
ひとり子であるイエス・キリストを、
この地上に送り、
私たち一人一人の罪の身代わりに
呪いと裁きをキリスト負わせ、
十字架につけて殺され
永遠の滅びであるよみ、
地獄に落とされたのです。

あなたが、
私が、
このイエス・キリストの十字架の前で
自分の罪を悔い改め、
イエス・キリストが死に打ち勝って
復活してくださったことを信じ、
主と告白するなら、
私たちは救われ永遠の命を受け、
永遠の滅びではなく、
永遠の命、天国の民となれるのです。

なんという恵みでしょう。
この主の恵みを受けて、
主の憐れみに満ちた愛の中を
日々歩んでいきましょう。

天に帰るその日まで

2019年10月28日月曜日

真実な悔い改めと偽りの悔い改め


実に、イスラエルの栄光である方は、

偽ることもなく、悔いることもない。

この方は人間ではないので、悔いることがない。

        第1サムエル記1529



イスラエルの初代王であるサウロは、
罪を認めて悔い改め、サムエルに言いました。
「私は罪を犯しました。
 しかし、どうか今は、
 私の民の長老とイスラエルとの前で
 私の面目を立ててください。
 どうか私といっしょに帰って、
 あなたの神、主を礼拝させてください」
それで、サムエルはサウルについて帰り、
サウルは主を礼拝したのです。

しかし、これは真実な悔い改めではありません。
サウロは民と長老たちの前で、
自分の面目を立てて欲しいと行ったのです。
本当に神の前で悔い改め、
心砕かれているのなら、
人の前に自分の面目を立てることに
心を向けて願ったりはしません。
サウロは口先では悔い改めていても、
心は砕かれていず、
神の前の真実な悔い改めとは程遠いものでした。
だから神に退けられました。
サウロが失敗したとしても、
人を恐れ惜しんでしまい、
従い通せず失敗したとしても、
本当に真実に悔い改めて
主にすがっていれば、
神はサウロを憐れみ、赦して従う力を与え、
もう一度建てられたと思います。
実際この後に建てられたダビデは、
姦淫と殺人という十戒に反する
二つの罪を犯したにも関わらず、
真実な悔い改めをしたので、
神はダビデを赦し
王として立て続け豊かに祝福されたのです。
しかしサウロは真実に悔い改めはしなかったのです。

私たちは皆失敗するものです。
人を恐れたり、惜しんでしまったり、
その結果従い通せなかったりしてしまいます。
それでも、神の前に真実に悔い改め、
主イエスの十字架の恵みにすがりつくなら、
憐れみに満ちておられる父なる神は、
何度でも赦し、
立て続けて従う力を与えて下さるのです。

2019年10月26日土曜日

人を恐れず、愛の神を恐れる


人を恐れるとわなにかかる。

しかし主に信頼する者は守られる。

        箴言2925


サムエルがサウルにはっきりと
「主は主の御声に聞き従うことほどに、
 全焼のいけにえや、
 その他のいけにえを喜ばれるだろうか。
 見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、
 耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。
 まことに、そむくことは占いの罪、
 従わないことは偶像礼拝の罪だ。
 あなたが主のことばを退けたので、
 主もあなたを王位から退けた」
と言った時、サウルはやっと罪を認め
「私は罪を犯しました。
 私は主の命令と、
 あなたのことばにそむいたからです。
 私は民を恐れて、彼らの声に従ったのです。
 どうか今、私の罪を赦し、
 私といっしょに帰ってください。
 私は主を礼拝いたします」
とサムエルに言いました。


ここでサウロの言葉に注意して欲しいのです。
サウロは王であるにもかかわらず、
民を恐れて、彼らの声に従い、
神の声に従えなかったのです。
箴言には書いてあります。
「人を恐れると罠に陥る」と。
サウロは人を恐れた結果、
神のことばに従えなくなりました。
神よりも人を恐れてしまったのです。

とても恥ずかしい話ですが、
私も説教を語る時、
聴衆の態度や表情が気になってしまい、
それによって説教を最後まで十分
語れなくなってしまったことがあります。
人は人を恐れてしまうのです。

では、どうすればいいのでしょうか。
人ではなく神を恐れ、
神のことばに従い通すためには、
どうすればいいのでしょうか。

祈ることです。

神を恐れ、神のことばに
最後まで従えるように祈ることです。
神を恐れることを教えてくださいと祈り、
神を正しく恐れて主に従えるように、
祈り求めることです。
すると神は時として試練を与えられますが、
それを通して神を恐れることを学びます。
それは尊い信仰の財産となります。

主の恵みにすがり、主のみ声に最後まで従う


主は主の御声に聞き従うことほどに、

全焼のいけにえや、

その他のいけにえを喜ばれるだろうか。

見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、

耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。

       第1サムエル記1522



イスラエルの初代王であったサウロは、
神のアマレクを聖絶せよとの
命令に従えなかったにも関わらず、
サムエルがサウルのところ来た時
「主の祝福がありますように。
 私は主のことばを守りました」と言いました。
それでサムエルが
「では、私の耳にはいるあの羊の声、
 私に聞こえる牛の声は、いったい何ですか」
と言うと、サウルは
「アマレク人のところから連れて来ました。
 民は羊と牛の最も良いものを惜しんだのです。
 あなたの神、主に、いけにえをささげるためです。
 そのほかの物は聖絶しました」
と言い訳をしました。

民が惜しんだと責任逃れをし、
また、主にいけにえをささげるために
最高のものを取っておいたのだと、
実にうまい言い逃れをします。
でも、神が言われたのは
「聖絶せよ」だったのです。
サムエルとサウロのやりとりが繰り返された後、
預言者サムエルは言いました。

「主は主の御声に聞き従うことほどに、
 全焼のいけにえや、
 その他のいけにえを喜ばれるだろうか。
 見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、
 耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。
 まことに、そむくことは占いの罪、
 従わないことは偶像礼拝の罪だ。
 あなたが主のことばを退けたので、
 主もあなたを王位から退けた」と。

そうなのです。
どんなに素晴らしい全焼のいけにえよりも
主のみ声に聞き従うことこそが、
主の喜ばれることなのです。
主の語られたことを、
語られた通りに
最後まで従い全うすることこそ、
最善にして最高のことなのです。

とはいえ、私たちは弱く、
サウロ王と同じように、
なかなか最後まで全うすることができません。

ではどうすればいいのでしょうか。
祈ることです。
イエス・キリストの御名によって、
神にすがり祈り求めるのです。
その時、主の恵みの中で
私たちは最後まで
主のことばに従う力を
主は与えてくださるのです。

2019年10月25日金曜日

惜しまずに主に従い通す


しかし、サウルと彼の民は、アガグと、

それに、肥えた羊や牛の最も良いもの、

子羊とすべての最も良いものを惜しみ、

これらを聖絶するのを好まず、

ただ、つまらない、値打ちのないものだけを聖絶した。

           第1サムエル記159



預言者サムエルは、
イスラエルの初代の王であるサウルに
「今、アマレクに行き、
 そのすべてのもの聖絶するように。
 容赦してはならない」
と万軍の主である神からのことばを語ります。
「男も女も、子どもも乳飲み子も、
 牛も羊も、らくだもろばも殺せ」と。
それは、
イスラエルがエジプトから上って来る途中、
アマレクがイスラエルにしたことに対して罰するためでした。
そこでサウルは、
テライムで二十万の歩兵と一万のユダの兵士を集めて
アマレクに行き、谷で待ち伏せました。
サウルはイスラエルの民が
すべてエジプトから上って来るときに
親切にしてくれたケニ人たちを
アマレク人の中から離れさせて助け、
それからアマレク人たちを打ち、
その民を残らず剣の刃で聖絶しました。
しかしアマレク人の王アガグは
殺さずに生けどりにして連れてきたのです。
しかも、サウルと彼の民は、アガグと、
それに、肥えた羊や牛の最も良いもの、
子羊とすべての最も良いものを惜しみ、
これらを聖絶するのを好まず、
ただ、つまらない、値打ちのないものだけを
聖絶しました。

神の命令に100%従うことは出来なかったのです。
神は全て聖絶せよと言われたのですが、
サウロと民は
アマレクの王アガグを殺さず生け捕りにし、
羊と牛の最も良いものを惜しんで、
値打ちのないものだけを聖絶したのです。

惜しんでしまった結果、
主のことばに従い通せなかったのです。

私たちも、
時間、経済(お金)、能力や賜物、
心を惜しんでしまうとき、
神に従えなくなってしまいます。
主のことばに従い通せなくなってしまいます。

しかし惜しまずに従い通す時、
主の御業と奇跡を見、
驚くべき主の栄光に預かることができるのです。

2019年10月24日木曜日

勇気を出しなさい!


その夜、主がパウロのそばに立って、

「勇気を出しなさい。あなたは、

 エルサレムでわたしのことをあかししたように、

 ローマでもあかしをしなければならない。」と言われた。

           使徒の働き2311



パウロは初代教会の基礎を築いた神の選びの器です。
そして使徒でした。
しかしパウロも
福音宣教の中で恐れることがあったのです。
主イエスは、そんな時、
パウロを責めるのでも叱責するのでもなく
「勇気を出しなさい」と励まされました。
そして
「エルサレムでもわたしのことをあかししたように、
 ローマでもあかしをしなければならない」
と使命を語られ命じられます。
それはパウロにとって重荷ではなく、
前進していくための大きな力となったことでしょう。

あなたが今、
もし周りの状況や人々の言葉に恐れているなら、
主イエスは、あなたにも語ってくださいます。
「勇気を出しなさい」と。
そして、あなたにも
主からの使命が語られるでしょう。
その主イエスのことばに耳を傾けましょう。

主のことばは、
あなたを強め、励まし、
力強くあなたを立たせ導いてくれるでしょう。

2019年10月23日水曜日

殉教はサタンに打ち勝つ力


兄弟たちは、小羊の血と、

自分たちのあかしのことばのゆえに彼に打ち勝った。

彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。

          ヨハネの黙示録1211




天に戦いが起こって、
ミカエルと彼の使いたちは、
竜とその使いたちと戦い、
この巨大な竜、
すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれて、
全世界を惑わしていた、あの古い蛇は勝つことができず、
天にはもはや彼らのいる場所がなくなり
地上に投げ落とされたのです。
彼の使いどもも彼とともに投げ落とされました。
そのときヨハネは、
天で大きな声が、こう言うのを聞きました。
「今や、私たちの神の救いと力と国と、
 また、神のキリストの権威が現われた。
 私たちの兄弟たちの告発者、
 日夜彼らを私たちの神の御前で
 訴えている者が投げ落とされたからである。
 兄弟たちは、小羊の血と、
 自分たちのあかしのことばのゆえに
 彼に打ち勝った。
 彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった」

巨大な竜である悪魔、サタンに勝つのは、
子羊の血、
つまりイエス・キリストの十字架で流された血潮、
そして自分たちのあかしのことばなのです。
父なる神から受けた恵みと祝福のあかし、
主イエス・キリストの御名によって
祈ったとき答えられた祈りの答え、
主イエスの御名による奇跡といやし、
聖霊様の導きと力強い助けのあかし、
私たちが日々生活のただ中で
与えられるあかしのことばが、
十字架の血潮とともに
サタンに打ち勝つ力なのです。

神の愛とイエスの恵みを知って、
死を恐れず命まで惜しまずに、
主イエスに従う者たちはサタンに打ち勝つのです。
圧倒的な完全な勝利を受けます。

あなたも私も、
主の十字架の恵みの中で、
完全に赦された者として大胆に
主イエス・キリストの名によって祈り、命じ、
神の驚くばかりの証を
豊かに受けていきましょう。

そして神の大きな愛を深く知って、
喜んで死をも恐れずに
主に従っていきましょう。
それがサタンに勝利するカギなのです。

2019年10月22日火曜日

主イエスのためなら命も惜しくない!


けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、

主イエスから受けた、神の恵みの福音を

あかしする任務を果たし終えることができるなら、

私のいのちは少しも惜しいとは思いません。

          使徒の働き2024



大迫害者だったパウロが改心して、
使徒パウロとなり、
命をかけてイエス・キリストの福音を
宣べ伝えるものとなりました。

そのパウロは、
ミレトからエペソに使いを送って、
教会の長老たちを呼び、
彼らが集まって来たとき、送別説教をしました。
「皆さんは、
 私がアジヤに足を踏み入れた最初の日から、
 私がいつもどんなふうに
 あなたがたと過ごして来たか、
 よくご存じです。
 私は謙遜の限りを尽くし、涙をもって、
 またユダヤ人の陰謀により
 わが身にふりかかる数々の試練の中で、
 主に仕えました。
 益になることは、少しもためらわず、
 あなたがたに知らせました。
 人々の前でも、家々でも、
 あなたがたを教え、
 ユダヤ人にもギリシヤ人にも、
 神に対する悔い改めと、
 私たちの主イエスに対する信仰とを
 はっきりと主張したのです。
 いま私は、心を縛られて、
 エルサレムに上る途中です。
 そこで私にどんなことが起こるのかわかりません。
 ただわかっているのは、
 聖霊がどの町でも私にはっきりとあかしされて、
 なわめと苦しみが
 私を待っていると言われることです。
 けれども、
 私が自分の走るべき行程を走り尽くし、
 主イエスから受けた、神の恵みの福音を
 あかしする任務を果たし終えることができるなら、
 私のいのちは少しも惜しいとは思いません」

パウロの説教は続きましたが、
パウロはエルサレムに上れば、
どこの町でも、
なわめと苦しみが待っていることは
わかっていました。
それでも彼は喜んで行きました。
主イエス・キリストから受けた
神の恵みの福音を証しせずにはおれなかったのです。
それが自分の使命であり任務だと
確信していたからです。
そのためには命も惜しいとは思っていませんでした。
主イエス・キリストに出会い、
主イエス・キリストと共に歩く人生は、
命も惜しくないと思えるほど、
喜びと命に満ちているのです。

本当に心から愛しているなら、
その愛する者のために苦しめるのは喜びです。
それほど大きな愛と恵みを
主イエスから受けていたのです。
だから、
その主イエスのために
喜んで命をかけることができのです。

あなたも私も、
パウロと同じように、
主イエスの愛と恵みを受け、
喜んで命をかけて歩める人生を、
生きることができるのです。

2019年10月21日月曜日

神の時は必ず来る!


もはや時が延ばされることはない。

                        ヨハネの黙示録106



これは黙示録に書かれていることばで、
最後の時のことについて言われています。
神の時というのは、
最後の時はもちろんですが、
私たちの人生や導きの中にもあります。

神様が約束してくださったこと、
聖書を通して、
預言を通して、
メッセージを通して
与えられた約束のことば、
祈りのうちに受けたと確信したこと、
明らかに主の御心と信じることの出来ること。
その神の時が来るまで
忍耐して待たなければならないことが、
しばしばあります。
しかし忍耐のための忍耐は決してないのです。
必ず主の時が来て、
そのことばは成就し、約束は全うされます。

その神の時は
「もはや延ばされることはない」
と主イエスが私たちに、
あなたに語ってくださる時があります。
今がその時です。

主のことばの成就を見、
神様の真実をほめたたえましょう。

2019年10月20日日曜日

主のことばには力がある


主のことばは驚くほど広まり、

ますます力強くなって行った。

      使徒の働き1920



パウロは最初、
クリスチャンを激しく迫害していました。
しかし、ダマスコにいるクリスチャンを
迫害に行く途中に、主の光に照らされ、
悔い改めて全く新しく変えられ、
イエス・キリストを宣べ伝えることに
命をかける使徒になりました。

神は、そのパウロの手によって
驚くべき奇蹟を行なわれました。
パウロの身に着けている手ぬぐいや
前掛けをはずして病人に当てると、
その病気は去り、悪霊は出て行きました。
それを見て、諸国を巡回している
ユダヤ人の魔よけ祈祷師の中のある者たちも、
ためしに、悪霊につかれている者に向かって
主イエスの御名をとなえ
「パウロの宣べ伝えているイエスによって、
 おまえたちに命じる」
と言って真似をしたのですが・・・。
そういうことをしたのは、
ユダヤの祭司長スケワという人の
七人の息子たちでした。
すると悪霊が答えて
「自分はイエスを知っているし、
 パウロもよく知っている。
 けれどおまえたちは何者だ」と言って、
悪霊につかれている人は、
彼らに飛びかかり、
ふたりの者を押えつけて、
みなを打ち負かしたので、彼らは裸にされ、
傷を負ってその家を逃げ出しました。

このことがエペソに住むユダヤ人と
ギリシヤ人の全部に知れ渡ったので、
みな恐れを感じて、
主イエスの御名をあがめるようになりました。
そして、信仰にはいった人たちの中から
多くの者がやって来て、
自分たちのしていることを
さらけ出して告白しました。
また魔術を行なっていた多くの者が、
その書物をかかえて来て、
みなの前で焼き捨てました。
その値段を合計してみると、
銀貨五万枚にもなりました。

彼らは今まで隠れてしていた罪を告白し
神の忌み嫌われる魔術を止め、
その本もすべて焼き捨てました。
本当に悔い改めたのです。

こうして、
主のことばは驚くほど広まり、
ますます力強くなって行ったのです。

同じことが、
これからこの時代に必ず起こってきます。
クリスチャンの中に、
真実な悔い改めが起こされ、
真に主イエスに従いたいと思う弟子たちが増え、
偶像礼拝や占いから離れ、
まことの神だけを礼拝するようになるでしょう。

2019年10月19日土曜日

1つの石で圧倒的な勝利を!


こうしてダビデは、

石投げと一つの石で、このペリシテ人に勝った。

ダビデの手には、一振りの剣もなかったが、

このペリシテ人を打ち殺してしまった。

         第1 サムエル記1750



ゴリヤテは盾持ちを先に立て、
ダビデのほうにじりじりと進んで来、あたりを見おろして、
ダビデに目を留めたとき、彼をさげす見ました。
ダビデが若くて、紅顔の美少年だったからです。
ゴリヤテはダビデに言いました。
「おれは犬なのか。杖を持って向かって来るが」
そう言って自分の神々によってダビデをのろい、
ダビデに言いました。
「さあ、来い。
 おまえの肉を空の鳥や野の獣にくれてやろう」
ダビデはゴリヤテに
「おまえは、剣と、槍と、投げ槍を持って、
私に向かって来るが、
私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、
万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。
きょう、主はおまえを私の手に渡される。
私はおまえを打って、おまえの頭を胴体から離し、
きょう、ペリシテ人の陣営のしかばねを、
空の鳥、地の獣に与える。
すべての国は、
イスラエルに神がおられることを知るであろう。
この全集団も、
主が剣や槍を使わずに救うことを知るであろう。
この戦いは主の戦いだ。
主はおまえたちをわれわれの手に渡される」
と言いました。
ゴリヤテは、立ち上がり、
ダビデを迎え撃とうと近づいて来ました。
ダビデもすばやく戦場を走って行き、
ゴリヤテに立ち向かっていきました。
ダビデは袋の中に手を差し入れ、
石を一つ取り、石投げでそれを放ち、
ペリシテ人の額を打ちました。
石は額に食い込み、
彼はうつぶせに倒れてしまいました。
こうしてダビデは、石投げと一つの石で、
ゴリヤテに勝ったのです。
ダビデの手には、一振りの剣もなかったが、
ゴリヤテを打ち殺してしまいました。
ダビデは走って行って、
ゴリヤテの上にまたがり、
彼の剣を奪って、さやから抜き、
とどめを刺して首をはねました。
ペリシテ人たちは、
彼らの勇士が死んだのを見て逃げました。

戦いの戦士であった大男のゴリヤテ、
イスラエルの王も全ての人も恐れていたゴリヤテ、
しかしダビデは生ける神の陣をなぶったゴリヤテには
必ず神が助けてくださるので勝てると信じていました。
ゴリヤテは紅顔で美少年のダビデが立ち向かってきた時、
彼をさげすみました。
しかしダビデは
いつも羊飼いとして用いている投石袋と石で、
ゴリヤテを倒し、
神の完全な圧倒的な勝利を見、手にするのです。
たった一つの石でダビデは勝ちました。

神が置かれた場所で、
いつも羊飼いとして忠実に仕えていたことが
勝利の大きなポイントでした。

彼は毎日の生活の中で
神の真実と力を体験し神の愛を知っていたのです。
だから、どんなに強い大男のゴリヤテをみても、
動じなかったのです。
この神の陣をなぶる、
このお方を侮るものに負けることはないと
知っていたのです。
私たちも、
今置かれている場所で、
そこが職場でも、バイト先でも、家庭でも、
あるいは学校や教会でも、
その場所で感謝と賛美を捧げ、
求め祈り、
信仰の告白をし、
聖霊の助けの中で
主イエスのみ声に聞き従っているならば、
そこで神の愛を知り、
主の助けを受け、
神の奇跡を見るのです。

そしてそれが、
大きな問題や困難にぶつかり直面した時に、
あなたを助ける武器となります。
必ず神はあなたにも
圧倒的な完全な勝利を与えられます。

2019年10月18日金曜日

いつも使っている武器で必ず勝てる!


ダビデは言った。「獅子や、熊の爪から

私を救い出してくださった主は、

あのペリシテ人の手からも

私を救い出してくださいます。」

サウルはダビデに言った。

「行きなさい。

 主があなたとともにおられるように。」

 

         第1 サムエル記1737



イスラエルに敵対して立ち向かってきたペリシテ人の大男ゴリヤテ、
彼は生ける神の陣であるイスラエルの陣を40日間なぶり続けました。
サウル王とイスラエルは恐れ逃げました。
しかしダビデは
生ける神の陣をなぶったゴリヤテは
神が倒されると言ったのです。
そのダビデが言ったことを人々が聞いて、
それをサウル王に知らせたので、
サウルはダビデを呼び寄せました。
ダビデはサウルに言います。
「生ける神の陣をなぶったのですから」
さらに続けて、ダビデは言いました。
「獅子や、熊の爪から私を救い出してくださった主は、
あのペリシテ人の手からも私を救い出してくださいます」
それを聞いて、サウルはダビデに言いました。
「行きなさい。主があなたとともにおられるように」
そう言って、サウルは
ダビデに自分のよろいかぶとを着させ、
頭には青銅のかぶとをかぶらせ、
身にはよろいを着けさせました。
ダビデは、そのよろいの上に、サウルの剣を帯び、
思い切って歩いてみました。
慣れていなかったからです。
それから、ダビデはサウルに言いました。
「こんなものを着けては、歩くこともできません。
慣れていないからです」
ダビデはそれを脱ぎ、自分の杖を手に取り、
川から五つのなめらかな石を選んできて、
それを羊飼いの使う袋、投石袋に入れ、石投げを手にして、
あのペリシテ人に近づいていきました。
ダビデは、その投石袋と1つの石で
ゴリヤテを倒してしまいます。
彼はサウル王のよろいやかぶとを
こんなものと言って脱ぎ捨てました。
そしていつも羊飼いとして使っていた杖と投石袋と5つの石で立ち向かったのです。

どんな大きな問題や困難であろうと、
特別な武器や慣れない武具を使う必要はないのです。
いつも日常の生活の中で用いている信仰の武器を、
その大きな問題や困難の時に用いて行く時、
神の助けと奇跡を見るのです。
そうです。
感謝と賛美、求めの祈り、信仰の告白、
聖霊の賜物、癒しや預言、
私たちが毎日の生活の中で
神が与えてくださった信仰の武器を用いているなら、
それが大きな問題や困難な時も
力強く生かされ用いられるのです。

「あの男のために、だれも気を落としてはなりません。
このしもべが行って、あのペリシテ人と戦いましょう」
サウルはダビデに言いました。
「あなたは、あのペリシテ人のところへ行って、
あれと戦うことはできない。
あなたはまだ若いし、
あれは若い時から戦士だったのだから」
ダビデはサウルに言いました。
「しもべは、父のために羊の群れを飼っています。
獅子や、熊が来て、群れの羊を取って行くと、
私はそのあとを追って出て、それを殺し、
その口から羊を救い出します。
それが私に襲いかかるときは、
そのひげをつかんで打ち殺しています。
このしもべは、獅子でも、熊でも打ち殺しました。
あの割礼を受けていないペリシテ人も、
これらの獣の一匹のようになるでしょう。