2019年9月17日火曜日

永遠に存在されるキリストは祭司であるお方


したがって、ご自分によって神に近づく人々を、

完全に救うことがおできになります。

キリストはいつも生きていて、

彼らのために、とりなしをしておられるからです。

          ヘブル人への手紙 725



キリストは永遠に存在されるお方です。
そして変わることのない
祭司の務めを持っておられます。
祭司とは、
人を代表して神に祈り、
神にとりなすのです。
旧約時代、祭司が毎日、
神へのいけにえを捧げ、
私たち人間の罪の贖いをしていたのです。

しかし、イエス・キリストがただ一度、
十字架でご自身を捧げられた時、
私たちの罪は完全に赦され、
神に近づくことができ、完全に救われたのです。

そして今もキリストは、祭司として、
私たちのためにとりなしていてくださるのです。
私たち人間は
永遠ではない限りあるこの地上に生きています。
そして、すべての人は必ず死ぬのです。
もちろん死は終わりではなく永遠への始まりです。
イエス・キリストを信じるものは、
キリストによって、
永遠に神と共にいる天の御国で生きることができるのです。

2019年9月16日月曜日

さらにすぐれた希望!

916日(月)

律法は何事も全うしなかったのです。

――他方で、さらにすぐれた希望が導き入れられました。

私たちはこれによって神に近づくのです。

           ヘブル人への手紙719



神が与えてくださった律法、
これは完全ですばらしいものでした。
しかし人間は、
その律法を守ることができないのです。
それゆえ、
その律法によっては人は救われず、
律法は何事も全うしなかったのです。

しかし神は私たち人間を愛しておられます。
そこで神は、なんとかして人間を、
あなたと私を救おうとして、
さらにすぐれた希望を導き入れられたのです。
その希望とはイエス・キリストであり、
キリストの十字架と復活、福音なのです。
私たちはこの希望、
キリストの十字架と復活という福音によって、
神に近づくことができるのです。
なぜなら、自分の罪を悔い改める時、
十字架によって罪が完全に赦され、
キリストを信じるとき、
復活によって勝利が与えられるからです。

あなたも私も、
神に近づき、
神と生きた交わりができるのです。

2019年9月15日日曜日

神がすべてとなってくださる

915日(日)

そういうわけで、あなたがたはだれでも、

自分の財産全部を捨てないでは、

わたしの弟子になることはできません。

        ルカの福音書1433



イエスは言われました。
「塔を築こうとするとき、まずすわって、
 完成に十分な金があるかどうか、
 その費用を計算しない者が、
 あなたがたのうちにひとりでもあるでしょうか。
 基礎を築いただけで完成できなかったら、
 見ていた人はみな彼をあざ笑って
『この人は、建て始めはしたものの、
 完成できなかった。』と言うでしょう。
また、どんな王でも、
ほかの王と戦いを交えようとするときは、
二万人を引き連れて向かって来る敵を、
一万人で迎え撃つことができるかどうかを、
まずすわって、考えずにいられましょうか。
もし見込みがなければ、
敵がまだ遠くに離れている間に、
使者を送って講和を求めるでしょう」と。
そして続けて
「そういうわけで、
 あなたがたはだれでも、
 自分の財産全部を捨てないでは、
 わたしの弟子になることはできません」
と言われたのです。
つまり、財産すべてを捨てないでは
弟子の道を最後まで全うすることは
できないということです。
財産すべてとは、
もちろん、経済的なこと、
つまりお金のことも含みますが、
それと共に、
自分の時間、能力、賜物、体力、心、
すべてを神様の手の中に委ねさい。
捧げなさいと言われているのです。
私がすべてを主イエス捧げ任せるとき、
主イエスご自身が
私のすべてとなってくださいます。
神ご自身が、私のすべてとなって、
支え、助け、導いてくださるのです。
家庭においても、仕事においても、
もちろん教会においてもです。

中国奥地への大きな働きをした
ハドソン・テーラーは、
若き日に上海に行き、
中国人と同じ姿と髪型をして
伝道することを神に導かれ
喜んでそうしました。
でもその結果、
フィアンセを失い、
経済的サポートを失いました。
ところが失意の中にいた彼に、
神にのみ頼って孤児院の働きをしていた
ジョージ・ミューラーから
手紙と献金が届くのです。
奥地に入っていくと、
イギリス人の女性がいました。
その人が彼の妻となりました。

神は彼に経済も妻も
最高にして最善を備えておられたのです。

あなたもあなたのすべてを
主イエスに捧げて弟子となって
主に従っていきましょう。
主イエスが備えてくださる
最善にして最高の恵みを見出し受けることでしょう。

2019年9月14日土曜日

自分の十字架を引き受ける

914日(土)

自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、

    わたしの弟子になることはできません。

            ルカの福音書 1427



イエス・キリストは群衆に向かって
弟子への招きをされ言われました。
「自分の十字架を負って
 わたしについて来ない者は、
 わたしの弟子になることはできません」と。

自分の十字架とはなんでしょう。
それは神があなたに与えてくださる
使命であり、召しの働き、あるいは役割です。
それは一人一人違います。
あなたの十字架とわたしの十字架は違うのです。
自分の十字架をしっかり受け取ると、
主イエスの特別な助けや恵みを
受けることができます。
だから自分の十字架は負いやすく軽いのです。
イエス・キリストが
わたしのくびきは負いやすく軽いと
言われた通りです。
ただサタンがいて、
自分の十字架をしっかりと受け取り、
負わせないように惑わしと偽りを言ってきます。
他の人の十字架の方が
まるで楽でいいかのように、
あなたが負っている十字架を
あなたが負うのはおかしいかのように、
「あの人はいいね、なぜ、あなたばかり、
 そんなことしなきゃいけないんだ、
 あなたもあの人みたいにしたらいいじゃないか」
「こんなことするのはあなたの役割じゃないよ、
 あなたには向いてない、
 だいたいあなたがするのはおかしいよ、
 あの人がすべきですね、
 あなたにはこっちの人のやっていることの方が合ってるよ」と。

私たちは、
惑わされることなく、
サタンに騙されることなく、
神に語られたことを心を定めて、
しっかり受け取りましょう。
自分の十字架を喜んで引き受けましょう。
その時、
主イエスがあなたと共に
その十字架を負って歩いてくださいます。
あなたは弟子になり、
主のみそば近くを
主の息づかいを感じながら共に歩むのです。

2019年9月13日金曜日

神を第一に愛して、イエスの弟子になる

913日(金)

わたしのもとに来て、

自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、

そのうえ自分のいのちまでも憎まない者は、

わたしの弟子になることができません。

        ルカの福音書1426



イエス・キリストは
大ぜいの方に向いて言われました。
「わたしのもとに来て、
 自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、
 そのうえ自分のいのちまでも憎まない者は、
 わたしの弟子になることができません」と。
ヘブルの世界では、二番目にすることを
憎むという表現を使いますので、
これは神を第一に愛して、
自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、
その上自分の命を二番目にしなさい、
ということです。
ただ聖書の世界では、
十戒に「あなたの父と母を敬え」とあるように、
また「キリストが教会を愛されたように、
夫も妻を愛しなさい」と命じられているように、
家族をとても大切にし愛するようにと
命じられています。
だから、二番目にすると言っても、
簡単なことではなく、
憎むほどに強い意志を持って
愛している家族、父や母、妻や子よりも
もっと神を愛しなさいということなのです。
その時、私たちは弟子となります。

イエス・キリストは
私が愛する以上に
父や母、妻や子、兄弟姉妹、
そして私自身を愛してくださっているので、
神を第一にして、
イエス・キリストを誰よりも何よりも
最も強く愛する時に、
実は、父や母、妻や子どもたちに
最高にして最善の愛が注がれ現されるのです。

まず主イエスを第一にして、
主キリストを心から愛しましょう。

2019年9月12日木曜日

神の言葉に従い、神の栄光を見る


彼は、キリストのゆえに受けるそしりを、

エジプトの宝にまさる大きな富と思いました。

彼は報いとして与えられるものから

目を離さなかったのです。

      ヘブル人への手紙1126



旧約聖書に出てくるモーセは
生まれてから三ヶ月の間、
両親によって隠されていました。
彼らは王の「ヘブル人の男の子は殺せ」
という命令をも恐れませんでした。
そしてモーセは成人したとき、
信仰によって、
パロの娘の子と呼ばれることを拒み、
はかない罪の楽しみを受けるよりは、
むしろ神の民とともに苦しむことを
選び取りました。
「彼は、
キリストのゆえに受けるそしりを、
エジプトの宝にまさる大きな富と思いました。
彼は報いとして与えられるものから
目を離さなかったのです。」
そして「信仰によって、
彼は、王の怒りを恐れないで、
エジプトを立ち去りました。
目に見えない方を見るようにして、
忍び通したからです。
信仰によって、
初子を滅ぼす者が
彼らに触れることのないように、
彼は過越と血の注ぎとを行ないました。
信仰によって、彼らは、
かわいた陸地を行くのと同様に
紅海を渡りました。
エジプト人は、
同じようにしようとしましたが、
のみこまれてしまいました。」

モーセは、
神の言葉を信じて受け取り、
神の言葉に従いました。
その結果、
王子であつた彼が40年間
荒野に羊飼いとしておかれました。
しかし、80歳になったとき、
彼の使命と召しが開かれたのです。
その使命と召しに生きるためには、
荒野の40年は
なくてはならないものでした。
神の言葉にしたがったモーセは
神の栄光を見、
イスラエルの民を
神の導きに従って
出エジプトさせたのです。

私たちも目の前の見える
一時的な繁栄に惑わされることなく、
神の言葉に従い、
永遠に残る神の栄光を見せていただきましょう。

2019年9月11日水曜日

最高の備えは祈り



いつも油断せずに祈っていなさい。

                       ルカの福音書2136



イエス・キリストは、最後の時、
再臨の前に何が起こるかを話された後、
こう言われました。
「この天地は滅びます。
 しかし、わたしのことばは
 決して滅びることがありません」と。
そしてこう続けられました。
「あなたがたの心が、
 放蕩や深酒やこの世の煩いのために
 沈み込んでいるところに、
 その日がわなのように、
 突然あなたがたに臨むことのないように、
 よく気をつけていなさい。
 その日は、
 全地の表に住むすべての人に臨むからです。」
そして一番最後にこう言われたのです。
「しかし、あなたがたは、
 やがて起ころうとしている
 これらすべてのことからのがれ、
 人の子の前に立つことができるように、
 いつも油断せずに祈っていなさい」と。

いつも油断せずに祈る。

これにまさる備えはありません。

2019年9月10日火曜日

忍耐によって、自分の命を勝ち取る

910日(火)

わたしの名のために、みなの者に憎まれます。

         ルカの福音書2117


日本はかつて
キリストを信じ伝える者たちを
激しく迫害する国でした。
歴史を見れば、
むしろ迫害している時の方が長かったのです。
再びこの国が、
イエス・キリストを信じ伝える者たちを
迫害する時が来ないなとどとは誰にも言えません。

イエスは必ず、キリストの故に
捕らえられる時が来ると言われました。
でもそれは証する時になる。
だから「それで、どう弁明するかは、
あらかじめ考えないことに、
心を定めておきなさい。
どんな反対者も、反論もできず、
反証もできないようなことばと知恵を、
わたしがあなたがたに与えます」
と言われました。
しかし、こうも言われています。
「しかしあなたがたは、両親、兄弟、
 親族、友人たちにまで裏切られます。
 中には殺される者もあり、
 わたしの名のために、
 みなの者に憎まれます」
これは重いことばです。

みなのものに憎まれる。
イエス・キリストを信じていると、
みなのものに憎まれる。
そういう時が来るのです。

でも恐れることはありません。
イエスは続けて言われました。
「しかし、あなたがたの髪の毛一筋も
 失われることはありません。
 あなたがたは、忍耐によって、
 自分のいのちを勝ち取ることができます」と。

忍耐を働かせる時、
必ず自分の命を勝ち取る、
救いの日、勝利の日がやってくるのです。

2019年9月9日月曜日

キリストの故に捕らえられる時は証する時!

99日(月)

それはあなたがたのあかしをする機会となります。

                                           ルカの福音書2113


ある人たちが、
宮がすばらしい石や奉納物で飾ってあると話していました。
するとイエスはこう言われたのです。
「あなたがたの見ているこれらの物について言えば、
 石がくずされずに積まれたまま
 残ることのない日がやって来ます」
彼らは、イエスに質問して聞きました。
「先生。それでは、
 これらのことは、いつ起こるのでしょう。
 これらのことが起こるときは、
 どんな前兆があるのでしょう」
イエスは答えられました。
「惑わされないように気をつけなさい。
 わたしの名を名のる者が大ぜい現われ、
『私がそれだ』とか『時は近づいた』とか言います。
 そんな人々のあとについて行ってはなりません。
 戦争や暴動のことを聞いても、
 こわがってはいけません。
 それは、初めに必ず起こることです。
 だが、終わりは、すぐには来ません」
さらに続けて、
イエスは彼らにこう言われました。
「民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、
 大地震があり、方々に疫病やききんが起こり、
 恐ろしいことや天からのすさまじい前兆が現われます。
 しかし、これらのすべてのことの前に、
 人々はあなたがたを捕えて迫害し、
 会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために、
 あなたがたを王たちや総督たちの前に引き出すでしょう。
 それはあなたがたのあかしをする機会となります」


今は、まさにイエスが言われた
前兆が現れ始めている時代です。
戦争や暴動、大地震、疫病やききん、
キリスト教に対する迫害も世界では続いています。
日本にも再び起こる日がきっと来るのでしょう。

でも、私たちがキリストの故に捕らえられる時、
それは人々に、そして王や総督たちに、
証をする機会となります。

だから何も恐れることはありません。
主イエスが
反論も反証もできないような言葉を
与えてくださるからです。

2019年9月8日日曜日

貧しい女の最高の捧げ物



みなは、あり余る中から献金を投げ入れたのに、

     この女は、乏しい中から、

持っていた生活費の全部を投げ入れたからです。

          ルカの福音書214



イエス・キリストが、
目を上げてご覧になると、
金持ちたちが献金箱に献金を投げ入れていました。
そこへ、ある貧しいやもめがやって来て、
レプタ銅貨二つを投げ入れているのを
ご覧になられました。
そのとき、イエスは言われたのです。
「わたしは真実をあなたがたに告げます。
 この貧しいやもめは、
 どの人よりもたくさん投げ入れました。
 みなは、あり余る中から献金を投げ入れたのに、
 この女は、乏しい中から、
 持っていた生活費の全部を投げ入れたからです」と。
レプタというのは当時の最小単位の貨幣でした。
労働者の1日の賃金が1デナリとすると、
その128分の11レプタです。
2レプタで64分の1ですね。
今のお金にして、
高くて200円から150円ぐらいでしょうか。
でも、この貧しいやもめにとっては
生活費のすべてでした。

この貧しい女は神にすべてを捧げ、
神に自分の生活を任せたのでしょう。

ここで大切なのは金額ではありません。
この女がすべてを捧げて
神に信頼し、神を第一にしたことです。

あなたも私も、神に信頼し、
お金も、心も、時間も、才能や賜物も、
神の手の中に捧げましょう。
神さまは喜んであなたと私を支え、
豊かな恵みの中に導いてくださることでしょう。

2019年9月7日土曜日

あなたは、一枚の銀貨のようになくてはならない存在


あなたがたに言いますが、それと同じように、

ひとりの罪人が悔い改めるなら、

神の御使いたちに喜びがわき起こるのです。

                                           ルカの福音書1510



ある女の人が銀貨を十枚持っていて、
その一枚をなくしたら、
この女はあかりをつけ、家を掃いて、
見つけるまで念入りに捜さないでしょうか。
銀貨1枚はそれほど高価ではありませんでした。
貧しい労働者の1日の賃金でした。
しかし当時、既婚の女の人は、
銀の鎖に10枚の銀貨をつけた髪飾りをしていました。
これは結婚指輪と同じくらい大切なものでした。
借金の返済にも、
これは取り上げれなかったのです。
ですから、
この女の人が必死になって
この銀貨を捜しことは間違いありません。
ですから、銀貨を見つけたら、
友だちや近所の女たちを呼び集めて
「なくした銀貨を見つけましたから、
 いっしょに喜んでください」
と言って大喜びしたことでしょう。

イエス・キリストはここまで話して、
さらにこう言われました。
「あなたがたに言いますが、
 それと同じように、
 ひとりの罪人が悔い改めるなら、
 神の御使いたちに喜びがわき起こるのです」

あなたも、あなたの大切な人も、
この銀貨のようになくてはならない
大切な大切な存在なのです。

あなたが悔い改めたとき、
御使たちが大喜びしました。
あなたの心に聖霊が語りかけて
誰かのところに導かれたら、
その導きに従いましょう。
手紙でも、電話でも、メールでも、
そして訪問でもいいので、
主イエスの促しに従いましょう。
神さまが、銀貨のように、
その大切な人を探し出し
救い出そうとされているのです。

その人が自分の罪を悔い改めて救われたなら、
この銀貨が見つかったように、
教会中に喜びが沸き起こり、
天使たちも喜びが湧き上がるでしょう。

2019年9月6日金曜日

1人の罪人が悔い改める時、天で喜びが湧き上がる!


あなたがたに言いますが、それと同じように、

ひとりの罪人が悔い改めるなら、

悔い改める必要のない

九十九人の正しい人にまさる喜びが天にあるのです。

            ルカの福音書157



99匹の羊を野原である荒野に残しても、
いなくなり迷子になった羊を捜して
見つけるまで歩き回る羊飼いのように、
父なる神さまは、あなたを愛して、
イエス・キリストという羊飼いを送り、
あなたを捜して見つけてくださいました。
そしてあなたが、
イエスの十字架と復活を信じて救われたことを、
大喜びしてくださったのです。

同じように、
まだイエス・キリストを信じていない
あなたの大切なあの人も、
かたくなで、なかなか信じようとしない
祈り続けているこの人も、
神さまは愛しておられて、
イエス・キリストを、
その方のところに遣わして、
必ずその人を主イエスは見つけ出し、
救い出してくださるのです。
そのとき、
天で大いなる喜びがわきあがります。

あなたも、
その天から注がれてくる永遠の喜びに
満たされ喜びにあふれることでしょう。

2019年9月5日木曜日

迷いし1匹の羊を見つけるまで探して喜んでくださる


あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、

そのうちの一匹をなくしたら、

その人は九十九匹を野原に残して、

いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。

            ルカの福音書154



取税人や罪人たちが、
イエスの話を聞こうとして、
みもとに近寄って来ていました。
当時、取税人は、
同胞のユダヤ人から税金を取り、
支配されているローマに税金を納める仕事でした。
しかもその時に手数料だけではなく、
ピンハネをしていたのです。
ですから、
人々から軽蔑され嫌われていました。
そんな取税人や罪人たちが
イエスのまわりに来て話を聞いていたのです。
すると、
パリサイ人や律法学者たちは、
つぶやいてこう言いました。
「この人は、罪人たちを受け入れて、
 食事までいっしょにする。」
その時、イエスは、
彼らにこのようなたとえを話されました。
「あなたがたのうちに
 羊を百匹持っている人がいて、
 そのうちの一匹をなくしたら、
 その人は九十九匹を野原に残して、
 いなくなった一匹を見つけるまで
 捜し歩かないでしょうか。
 見つけたら、
 大喜びでその羊をかついで、
 帰って来て、
 友だちや近所の人たちを呼び集め、
『いなくなった羊を見つけましたから、
 いっしょに喜んでください』と言うでしょう」と。
羊はいつも群れをなして行動しています。
それを羊飼いが草のあるところへと
導きながら連れて行くのです。
すぐに群れから外れてしまい
一匹になつてしまうことがあるので、
羊飼いが絶えず、
群れから離れないようにと追い立てます。
また羊はとても弱いので、
オオカミなどの動物がきたら
食べられてしまうので、
羊飼いが戦います。
時としては命をかけて戦います。
まさに羊飼いは
イエス・キリストのみ姿なのです。
100匹いた羊の群れから
1匹迷子になってしまいいなくなったら、
羊飼いは他の99匹を野原に残して、
他の羊飼いに託して、
どこまでもいなくなった
一匹を探し歩くのです。
見つかるまで探します。
そして見つかったら大喜びで担いで来て、
隣り近所の人を集めて一緒に喜ぶのです。
あなたはこの羊と同じように、
群れである教会から離れて、
神様を見失ってしまったら、
イエス・キリストが
あなたを探して歩き回り
そして、あなたのことを
責めたり怒られたりするのではなく、
あなたを喜んでくださるのです。
しかもあなたを見つけたことを大喜びして、
教会みんなで喜んでくださるのです。
あなたは、
それほど大切な愛されている存在なのです。

2019年9月4日水曜日

忍耐を持って確信に立ち続ける


あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。

それは大きな報いをもたらすものなのです。

あなたがたが神のみこころを行なって、

約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。

                                ヘブル人への手紙103536



主イエス・キリストが与えてくださった約束を信じ、
そのことばはを固く握りしめる時与えられる確信、
それは約束の成就という
とても大きな報いをもたらします。
神の約束が成就する時、
私たちは、
神が私たちの願い思っていた以上の大いなることを
成してくださるのを見て、驚き感動することでしょう。
神の愛の大きさ、深さ、高さを、その中で知るのです。
でも、多くの場合、
その成就を見るまでには忍耐が必要です。

神の御心を行い続けながら、
忍耐をもって、主を待ち望むのです。

主イエスは、
遅れることなく、
主の最善の時に、
必ず約束を成就してくださるのです。

2019年9月3日火曜日

主の約束のことばは成就する!


   約束された方は真実な方ですから、

     私たちは動揺しないで、

しっかりと希望を告白しようではありませんか。

         ヘブル人への手紙1023



私たちの信じているまことの神さまは、
約束されたことを必ず守られます。
私たちがどんなに不真実であっても
主イエス・キリストは真実な方です。
ですから、
神さまが語られたなら、
必ずその通りになります。
主イエスが約束してくださったことは、
時が来れば、その約束は成就するのです。

私たちは罪人なので、
待たされたり、
見える状況が約束と逆のようになると、
不安や恐れを感じて
動揺してしまいやすいものです。
サタンも否定的な思いを
私たちの心と思いに入れてきます。
でも、だまされてはいけません。
忍耐を持って主を待ち望み、
しっかりと
主イエスの約束してくださったことばを
告白しましょう。
主が与えられた希望は
決して虚しく終わることはないのです。

私たちが
約束された方である主イエスを見上げて、
与えられたことばを信じて
希望を告白し続けていくなら、
必ず、主は約束を成就してくださるのです。

2019年9月2日月曜日

イエスのことばに聞き入る


どうしても必要なことはわずかです。

    いや、一つだけです。

                          ルカの福音書10章42節



イエス・キリストがある村にはいられると、
マルタという女が喜んで家にお迎えしました。
マルタはとても気の利く人で、
イエスのために、
あれこれと接待をして、もてなしをしていました。
ところが、彼女にはマリヤという妹がいましたが、
彼女は、主イエスの足もとにすわって、
みことばに聞き入っていました。
マルタは、
いろいろともてなしのために気が落ち着かなくなり、
イエスのみもとに来て思わずも言いました。
「主よ。妹が私だけにおもてなしをさせているのを、
 何ともお思いにならないのでしょうか。
 私の手伝いをするように、
 妹におっしゃってください。」
すると主は答えて言われたのです。
「マルタ、マルタ。
 あなたは、いろいろなことを心配して、
 気を使っています。
 しかし、どうしても必要なことはわずかです。
 いや、一つだけです。
 マリヤはその良いほうを選んだのです。
 彼女からそれを取り上げてはいけません」と。

マリヤは、あまり気がきかなかったのでしょう。
でも一番大切なこと、
主イエス・キリストのことばに
聞き入るということを、マリヤはしていたのです。
マルタがイエスさまを愛して、
色々ともてなしていたことは、すばらしいことです。
でも、その結果、
イエスさまご自身が見えなくなり、
イエスさまのことばが聞こえなくなり、
そこにいる妹のマリヤにまで腹を立ててしまったのは、
本末転倒でした。

私たちも気をつけないといけませんね。
イエスさまのことばを聞きながら、
イエスさまの眼差しを見て喜びながら、
マリヤのことを受け入れ、
後でマリヤにゆっくりイエスさまの話を
教えてもらおうと思える心のゆとり、
大人になりたいですね。

いっしょに主イエスの足元にすわって、
その話に聞き入るのもいいかもしれません。

イエス・キリストの話に聞き入り、
イエス・キリストのことばを
受けることにまさる恵みはないのですから。