2019年8月9日金曜日

十字架で赦された私たちは赦すことができる


互いに赦し合いなさい。

  エペソ人への手紙432節後半



今日は長崎に原爆が落とされた日です。
その原爆のあと戦争は終わりました。
長崎、特に浦上の人々の死は、
戦争を終わらせ、
もうそれ以上には、
戦争で人が死ぬことを許さなかったのです。

赦すことは簡単なことではありません。
愛するものを誰かに奪われた時、
その奪ったものに復讐を果たす。
恨みを晴らすというのは
悲しいことですが、よくあることです。
以前、必殺シリーズがテレビで、
とても長い人気で高視聴率を上げていました。
また毎年、
年末になると赤穂浪士の仇討ちが
繰り返し放映されます。

あなたにも赦せない人がいるかもしれません。
しかし聖書は言います。
赦しなさいと。
赦し合いなさいと。

イエス・キリストが
十字架であなたと私の罪の全てを
身代わりになって引き受け赦してくださった、
その大きな愛を受けたあなたと私。
その愛の中で、あなたも私も赦すのです。
私たちにはできなくても、
この十字架の愛を信じて受け入れる時、
私たちも赦すことができるようになります。

日本26聖人の中のパウロ三木は、
自分に死刑を命じた太閤秀吉を赦し、
その執行人である旧友の寺沢半三郎を赦し、
自分に槍を向け殺そうとしている役人を赦しながら、
彼は殉教し天国に帰って行きました。
イエス・キリストに赦された喜びを知っていたからです。

あなたも私も
その赦された喜びの中を生き、
赦しながら喜んで生きていきましょう。
天国人として。

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