2019年8月24日土曜日

主が責められるのは愛のゆえ

824日(土)

イエスは、

その十一人が食卓に着いているところに現われて、

彼らの不信仰とかたくなな心をお責めになった。

それは、彼らが、

よみがえられたイエスを見た人たちの言うところを

信じなかったからである。

          マルコの福音書1614


イエス・キリストの愛は本物です。
復活されたイエスは
弟子たちの着いている食卓に来られました。
そして責められたのです。
彼らの不信仰とかたくなな心を。
それは彼らが
よみがえられたイエスを見た人の言うことを
信じなかったからです。
おそらく、
自分たちが
まだ復活されたイエスに会っていなかったので
信じられなかったのでしょう。
それと、自分より先に、
何故この人に現れたのだろうという思いが、
心をかたくなにさせたのかもしれません。
いずれにしても主イエスは、
弟子たちを責められました。
その不信仰とかたくなな心が
神様の働きと使命を妨げることを教えられたのです。
愛である神は、
時として責められ叱られます。
それは私たちを本当に愛しているからです。
そのままでは、
神が与えようとしている祝福に預かれないと、
また主が託そうとされている召し、
使命を全うすることができないと、
神は愛をもって責め叱られるのです。

主に叱られ責められた時、
弱り果てるのではなく、
悔い改め、
主の前にへり下りましょう。

主は同じその場所で
あなたに生涯にわたる
大切な使命と召しを与えられます。
この時弟子たちは、
この後に大宣教命令を、
同じ食卓で語られたのです。

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