2019年8月31日土曜日

天に名が記されている最高の祝福!


ただあなたがたの名が

天に書きしるされていることを喜びなさい。

                              ルカの福音書10章20節



主イエスに遣わされた70人は喜んで帰って来て、
こう言いまた。
「主よ。あなたの御名を使うと、
 悪霊どもでさえ、私たちに服従します。」
するとイエスはこう答えられました。
「わたしが見ていると、
 サタンが、いなずまのように天から落ちました。
 確かに、わたしは、あなたがたに、
 蛇やさそりを踏みつけ、
 敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けたのです。
 だから、
 あなたがたに害を加えるものは何一つありません。」
でも続けてこうも言われました。
「だがしかし、
 悪霊どもがあなたがたに服従するからといって、
 喜んではなりません。
 ただあなたがたの名が
 天に書きしるされていることを喜びなさい」と。
主イエス・キリストの御名には権威と力があります。
ですから、悪霊どもでさえ、
このイエス・キリストの御名によって命じれば
服従するのです。
この素晴らしい権威を用いることのできる恵みを
主イエスは弟子たちに、そして私たち
イエス・キリストの十字架と復活を信じる者に
与えてくださったのです。

でも、一番大切なことは、
私たちがイエス・キリストによって救われ、
永遠の命が与えられ天に名が記されていること、
永遠のものとされたことです。
これに勝る祝福、喜びはありません。
私たちはこの地上のことにとらわれることなく、
永遠のものとして
永遠に目を留め、天国に思いをはせて、
この地上を主イエスと共に生きていきましよう。

その時、
主が用意された最善の人生、
最高の人生を歩めるのです。

2019年8月30日金曜日

大収穫の主に働き人を祈る


実りは多いが、働き手が少ない。

だから、収穫の主に、収穫のために

働き手を送ってくださるように祈りなさい。

                                  ルカの福音書10章2節



この言葉は、
主イエスが、ある時70人を、
ご自分が行くつもりのすべての町や村へ、
ふたりずつ先にお遣わしになる時に言われたものです。
主イエスはどんな家に入っても
「この家に平安があるように」と言い、
その町の病人を直し、
彼らに「神の国が、あなたがたに近づいた」と
福音宣教をするように命じられました。
でもその時、まず最初に
「実りは多いが働き手が少ない」と言われたのです。
実り、たくさんの人々が救われ
神の栄光を見、癒されていく、
しかしそのための働きをする人が少ない、
足りないと言われました。

だから収穫の主に、
収穫を与えてくださる主に、
働き手を送ってくださるように祈りなさいと。

今、私たちは、
終わりの時代と言う特別な時に生かされています。
世界的な規模で起こる大収穫の時が近づいています。
しかしあの時と同じように、
働き人が少ないのです。
大収穫を与えてくださるのは主ご自身です。
だからその大収穫を与えられる主に
働き人を送ってくださるように祈りましょう。

この祈りは必ず聞かれます。
主ご自身が命じられた御心の祈りだからです。

2019年8月29日木曜日

日々の十字架を通して見る神の栄光と圧倒的な勝利


だれでもわたしについて来たいと思うなら、

 自分を捨て、日々自分の十字架を負い、

  そしてわたしについて来なさい。

        ルカの福音書923



イエスは弟子たち皆に言われました。
「だれでもわたしについて来たいと思うなら、
 自分を捨て、日々自分の十字架を負い、
 そしてわたしについて来なさい」と。
イエス・キリストに従いついていくと
必ず十字架が許されます。
それを引き受けようと思うと、
自分を捨てなければなりません。
つまり自分の考え、やり方、
自分の義、正しいと思うことを捨て、
理解できても出来なくても、
主イエスが言われていると確信できれば、
そこに従っていくのです。
不条理と思えることや、
私がなぜ、
これをしなければいけないのだろう
と思える時もあるでしょう。
でも主の言われることは間違いがありません。
この方は最善以外なさらない愛の方なのです。
主イエス・キリストを愛し、
信じて従っていくのです。

特に、ここでは日々と言われました。
毎日毎日、
生活の中で負うべき十字架があります。
人にはわかってもらえないかもしれません。
でもイエス・キリストは知っておられます。

あなたが負うべき日々の十字架を
喜んで負っていきましょう。
主イエスは、
必ずその十字架を通して、
神様の栄光と祝福を豊かに現してくださり、
圧倒的な勝利をあなたに与えてくださるでしょう。

2019年8月28日水曜日

イエス・キリストのことばには権威がある!


ただ、おことばをいただかせてください。

                                ルカの福音書77



ある百人隊長に重んじられているひとりのしもべが、
病気で死にかけていました。
百人隊長は、イエスのことを聞いて、
みもとにユダヤ人の長老たちを送って、
しもべを助けに来てくださるようお願いしました。
イエスのもとに来たその人たちは、
熱心にお願いしてこう言いました。
「この人は、
 あなたにそうしていただく資格のある人です。
 この人は、私たちの国民を愛し、
 私たちのために会堂を建ててくれた人です」と。
それを聞いてイエスは、
彼らといっしょに行かれました。
そして、百人隊長の家から
あまり遠くない所に来られたとき、
百人隊長は友人たちを使いに出して、
イエスにこう伝えたのです。
「主よ。わざわざおいでくださいませんように。
 あなたを私の屋根の下にお入れする資格は、
 私にはありません。ですから、
 私のほうから伺うことさえ失礼と存じました。
 ただ、おことばをいただかせてください。
 そうすれば、私のしもべは必ずいやされます。
 と申しますのは、私も権威の下にある者ですが、
 私の下にも兵士たちがいまして、
 そのひとりに『行け。』と言えば行きますし、
 別の者に『来い。』と言えば来ます。
 また、しもべに『これをせよ。』と言えば、
 そのとおりにいたします」と。
これを聞いて、イエスは驚かれ、
ついて来ていた群衆のほうに向いて言われました。
「あなたがたに言いますが、
 このようなりっぱな信仰は、
 イスラエルの中にも見たことがありません。」
使いに来た人たちが家に帰ってみると、
しもべはよくなっていました。
この百人隊長は知っていたのです。
権威とはどういうものなのかを。
そしてイエス・キリストには権威があるということを。
だから、ただイエス・キリストのことばを頂ければ、
必ずいやされると信じていました。
そしてその通りにいやされたのです。

イエス・キリストには権威があります。
だからあなたもこの方からことばをいただいてください。
その時、その言葉はどんな重病も、
困難や問題も、癒し解決し
圧倒的な勝利へと導いてくれるでしよう。

2019年8月27日火曜日

父なる神のようにあわれみ深く

827日(火)

あなたがたの天の父があわれみ深いように、

あなたがたも、あわれみ深くしなさい。

          ルカの福音書636


天の父なる神さまは、本当にあわれみ深いお方です。
イエス・キリストも憐れみに富んでおられます。
私たちも同じように憐れみ深くするように、
主イエスは語られました。

では憐れみ深くするとはどいうことでしょう。
それは自分の敵を愛することです。
敵である人によくしてやり、
返してもらうことを考えずに貸すのです。
そうすれば、いと高き方である神の子として、
神はあなたに報いを与えてくださいます。
いと高き方である神は、
恩知らずの悪人にも、あわれみ深いからです。
「あなたがたの天の父があわれみ深いように、
 あなたがたも、あわれみ深くしなさい」
と言われた主イエスのことばに従って、
さばかず、
人を罪に定めないで、
赦し与えるのです。
その時、人々は量りをよくして、
押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、
ふところに入れてくれるでしょう。

2019年8月26日月曜日

敵を愛する

826日(月)

あなたの敵を愛しなさい。

            ルカの福音書627


キリストは愛に生きられました。
イエス・キリストは人々を愛されました。
彼を捕らえ、
裁き殺そうとした人さえも愛されました。
もちろん、あなたも私も愛されています。
命がけで愛してくださっています。
その愛を受けた私たちも、
この愛に生きるように、
主イエスは導かれます。
だから、こう言われるのです。
「あなたの敵を愛しなさい」と。

その愛を示すためにどうすればいいか、
イエスはさらに続けてこう言われました。
「あなたを憎む者に善を行ないなさい。
 あなたをのろう者を祝福しなさい。
 あなたを侮辱する者のために祈りなさい」と。
そして、さらに続けて、
もっと具体的にどうすればいいかを語られました。
「あなたの片方の頬を打つ者には、
 ほかの頬をも向けなさい。
 上着を奪い取る者には、
 下着も拒んではいけません。
 すべて求める者には与えなさい。
 奪い取る者からは取り戻してはいけません。
 自分にしてもらいたいと望むとおり、
 人にもそのようにしなさい」と。

善を行い、祝福し、祈る。
人が望む通りに、
打つ者に頰を向け、
奪う者に下着も与え、
求める者には全て与える。
まさにキリストが歩まれた道です。
この愛の道を行くことは簡単ではありません。
おそらく限りなく不可能に近いでしょう。

でも、この道を歩んだ者たちがいました。
殉教者たちです。
彼らは、地上ではなく永遠に目を留め、
永遠の価値の中を生きていたのです。
あなたにも敵がいますか。
私にもぶつかってくる人たちはいます。
敵を愛することは
私たちにはできませんが、
天を見上げ、
主イエスに目を向けて祈る時、
聖霊の特別な助けが与えられます。
その聖霊の特別な助けの中で、
私たちも敵を愛することができるのです。
あなたにも私にも、
その恵みが与えられます。
そして敵を愛することができるのです。

2019年8月25日日曜日

出て行く時、しるしが現れる!

825日(日)

全世界に出て行き、

すべての造られた者に、

福音を宣べ伝えなさい。

    マルコの福音書1615


よみがえられた主イエスは、
弟子たちを責められた同じ食卓で、
弟子たちに大宣教命令を語られました。
「全世界に出て行き、
 すべての造られた者に
 福音を宣べ伝えなさい」と。
そしてあなた方が出て行き、
信じるなら、
しるしが伴うと言われたのです。
イエス・キリストの名によって悪霊を追い出し、
新しいことばを語り、蛇をもつかみ、
たとい毒を飲んでも決して害を受けず、
病人に手を置けば病人はいやされると。

弟子たちは、その言葉に従って、
あらゆるところに出て行き、
至る所で福音を宣べ伝えました。
確かに主は彼らとともに働き、
みことばに伴うしるしを豊かに現し、
みことばを確かなものとされたのです。

あなたも出て行って
すべての造られた者に、
福音を宣べ伝えましょう。

しるしと不思議を持って
主が共に働いてくださいます。

2019年8月24日土曜日

主が責められるのは愛のゆえ

824日(土)

イエスは、

その十一人が食卓に着いているところに現われて、

彼らの不信仰とかたくなな心をお責めになった。

それは、彼らが、

よみがえられたイエスを見た人たちの言うところを

信じなかったからである。

          マルコの福音書1614


イエス・キリストの愛は本物です。
復活されたイエスは
弟子たちの着いている食卓に来られました。
そして責められたのです。
彼らの不信仰とかたくなな心を。
それは彼らが
よみがえられたイエスを見た人の言うことを
信じなかったからです。
おそらく、
自分たちが
まだ復活されたイエスに会っていなかったので
信じられなかったのでしょう。
それと、自分より先に、
何故この人に現れたのだろうという思いが、
心をかたくなにさせたのかもしれません。
いずれにしても主イエスは、
弟子たちを責められました。
その不信仰とかたくなな心が
神様の働きと使命を妨げることを教えられたのです。
愛である神は、
時として責められ叱られます。
それは私たちを本当に愛しているからです。
そのままでは、
神が与えようとしている祝福に預かれないと、
また主が託そうとされている召し、
使命を全うすることができないと、
神は愛をもって責め叱られるのです。

主に叱られ責められた時、
弱り果てるのではなく、
悔い改め、
主の前にへり下りましょう。

主は同じその場所で
あなたに生涯にわたる
大切な使命と召しを与えられます。
この時弟子たちは、
この後に大宣教命令を、
同じ食卓で語られたのです。

2019年8月23日金曜日

主のはしためは不可能のない神のみわざに預かる!


ほんとうに、私は主のはしためです。

どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。

            ルカの福音書138



処女マリヤは、
御使いガブリエルから聖霊によって身ごもり、
男の子を産むので名をイエスとつけなさい
と言われた時、思わずも御使いに言いました。
「どうしてそのようなことになりえましょう。
 私はまだ男の人を知りませんのに」と。
しかし、御使いは
「神にとって不可能なことは一つもありません」
と答えます。
確かに神にとっては
処女であるマリヤを
聖霊によって身ごもらせることも
不可能ではありません。
でもそんなことになれば、
いいなづけのヨセフや周りの人たちは
どう思うでしょう。
聖霊によって身ごもったと言った時、
受け止めてくれるでしょうか。
おそらく信じてはくれないでしょう。
それぐらいマリヤにもわかったと思います。
でもマリヤはこう答えました。
「ほんとうに、私は主のはしためです。
 どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」
この時、マリヤは
人となられたイエス・キリストの母になる
という素晴らしい恵みと使命を受けとると同時に、
誤解と無理解の中で生きるということも
引き受けたのです。
幸いヨセフは夢の中で天使に語られ
結婚することになりましたが、
今に至るまで
マリヤは十字架を負うことになりました。
マリヤのように、低い心で、
主のおことばどおりになりますように
というはしため、しもべがいるなら、
今も主は、
神にとって不可能なことは一つもありません、
という言葉を行い現すことがおできになります。

主イエスは、
しもべとはしためを探し求めておられます。

2019年8月22日木曜日

主が共にいるこれに勝る恵みはない!


「おめでとう、恵まれた方。

 主があなたとともにおられます。」

       ルカの福音書128



天使のガブリエルが処女のマリヤのところに来て言いました。
「おめでとう、恵まれた方。
 主があなたとともにおられます。」と。
マリヤは驚いたでしょう。
一体どういうことなのだろうかと。
それは神の独り子であられるイエスを宿すということでした。
イエス・キリストと共にいることは恵みです。
でもマリヤは、まだ男の人を知りませんでした。
ですから本当に驚きとまどったことでしょう。
でも胎の実は聖霊によって宿された救い主イエスだったのです。
イエス・キリストが共にいる、
ということに勝る祝福、恵みは他にありません。
マリヤはまさに、その恵みに預かったのです。

私たちも自分の罪を悔い改めて、
イエス・キリストの十字架を信じるとき、
復活された主イエス・キリストが
聖霊様と共に私たちの内に住んでくださいます。
この主イエスが内住して下さるという恵みは
大いなる祝福です。

2019年8月21日水曜日

赦して忘れてくださる神の愛


なぜなら、わたしは彼らの不義にあわれみをかけ、

もはや、彼らの罪を思い出さないからである。

                                         ヘブル人への手紙812



神さまは憐れみ深いお方です。
私たちの不義に憐れみをかけてくださり、
私たちが悔い改めたなら、
私たちの罪を完全に赦してくださり、
もう思い出されないのです。

例えば、裏切りや不正、
妬みや敵対心、不品行や汚れ、
いろんな罪を私たちは犯してしまいます。
でも主イエスの前で悔い改めるとき、
イエス・キリストの十字架のゆえに、
完全に赦してくださるのです。
そして神は、
その罪を忘れてくださるのです。
神の赦しは完全です。

私たち人間は、
赦したと言っても、忘れることなく、
何かあるたびに思い出してしまうのです。
でも神はそうではありません。
私たちの不義に憐れみをかけ、
私たちの罪を思い出されないのです。

なんと大きな深い愛でしょう。
これがアガペーの愛。
神の愛です。

2019年8月20日火曜日

忍耐の末に、約束のものを得る

820日(火)

わたしは必ずあなたを祝福し、あなたを大いにふやす。

                                               ヘブル人への手紙614


これは、神さまが、
アブラハムに約束された祝福のことばです。
神さまは、誓われる時、
ご自分よりすぐれたものをさして誓うことがありえないため、
ご自分をさして誓われて、こう言われました。
「わたしは必ずあなたを祝福し、あなたを大いにふやす。」
その通りに、アブラハムは、
忍耐の末に、約束の子イサクが与えられ、
祝福されて、大いにふえ、約束のものを得ました。

私たちにも主イエスは、同じように語られます。
「わたしはあなたを祝福し、あなたを大いにふやす」と。
そして主の約束は必ず成就します。
ただ、忍耐が多くの場合、必要です。
アブラハムが忍耐の末に、約束のものを得たように、
私たちも約束を信じて忍耐をもって待ち望みましょう。
必ず成就の時は来ます。
そして約束のものを得るのです。
神は約束を破らないお方、
真実なお方です。

2019年8月19日月曜日

神はあなたの愛を忘れない

819日(月)

神は正しい方であって、

あなたがたの行ないを忘れず、

あなたがたがこれまで聖徒たちに仕え、

また今も仕えて神の御名のために示した

あの愛をお忘れにならないのです。

         ヘブル人への手紙610


人は残念ですが、多くの場合、
人から受けた愛よりも、
人から受けた嫌なことや不愉快なことを覚えています。
もちろん、そうでないこともあるでしょう。
本当に暖かい愛で守られたり、助けられたことは
覚えているものです。

神さまは、
あなたが主イエスのために示した愛を、
決して忘れることはありません。
あなたは、もしかすると、
失敗や罪も犯したかもしれません。
でも真実に悔い改めたなら、
神さまは赦して忘れてくださいます。
覚えていないのです。

でも、あなたが人々に仕え、
労したことは
覚えてくださっているのです。
そして、その愛の行いに、
必ず豊かに報いてくださるのです。
あなたにとって一番必要な最善の時に、
その報いを与えてくださるのです。

2019年8月18日日曜日

あわれみと恵みに富み満ちておられる方

818日(日)

ですから、私たちは、あわれみを受け、

また恵みをいただいて、

おりにかなった助けを受けるために、

大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。

          ヘブル人への手紙416


私たちの大祭司であるイエス・キリストは、
私たちの弱さに同情できない方ではありません。
決して罪を犯されませんでしたが、
すべての点で、
私たちと同じように試みに会われたのです。
ですから、
私たちの失敗や弱さを見ても裁くのではなく、
同情し憐れんでくださるのです。

また私たちの神は
憐れみと恵みに富んでおられる方です。
恵みとは、
受けるに値しないものが受けるのが恵みです。
全くふさわしくない者が
受けることができるのが恵みなのです。

キリストは私たちを憐れみ、恵みを持って、
おりにかなった、まさに今、
必要な助けを与えてくださる方なのです。

だから大胆に恐れることなく、
この方イエス・キリストの恵みの御座に
近づき祈り求めましょう。

神は必ずあなたに答えて、
恵みとあわれみを惜しみなく注いでくださいます。

2019年8月17日土曜日

御霊の賜物、特に預言は神の愛の現れ!

817日(土)

また御霊の賜物、特に預言することを熱心に求めなさい。

                                      コリント人への手紙 第一 141節後半


「愛を追い求めなさい」に続いて、
「御霊の賜物、
特に預言することを熱心に求めなさい」
と聖書は語ります。
御霊も賜物とは、
知恵のことば、知識のことば、信仰、
いやしの賜物、奇蹟を行なう力、預言、
霊を見分ける力、異言、異言を解き明かす力という9つで、
イエス・キリストを信じ、
聖霊のバプテスマを受けた人々に与えられており、
みんなの益となるために、おのおのに現われてくるのです。

この賜物の働きは、まさに神からのプレゼント、賜物です。
ですから、人の知恵や力ではなく、
神の愛・力・知恵が豊かに現されます。
不可能の壁が崩され、奇跡が起こります。

愛を追い求めるのと同じように、
この御霊の賜物を求めなさいと聖書は言っています。
賜物の現れは神の愛を具体的に現すからです。
特に預言は正しく吟味されたなら、
それは神のことばであり、
神のことばは必ず成就し、
神のことばは人々をいやし解放するのです。
なぜなら神のことばは神の愛であり、
神の力であり、神の命・知恵だからです。
神のことばはサタンを打ち砕き、悪霊を追い出すのです。

聖霊の賜物、
特に預言は、神のアガペーの愛を豊かに現わし、
人々を神の救いへと導きます。
あなたも愛を追い求め、
御霊の賜物、
特に預言することを熱心に求めましよう。

2019年8月16日金曜日

アガペーの愛に生きる


愛を追い求めなさい。

コリント人への手紙 第一 141



ここでいう愛は、
13章に書かれている愛のことです。
つまりこの愛は、寛容で、親切です。
人をねたまず、自慢せず、高慢になりません。
礼儀に反することをせず、
自分の利益を求めず、
怒らず、人のした悪を思わず、
不正を喜ばずに真理を喜びます。
すべてをがまんし、
すべてを信じ、すべてを期待し、
すべてを耐え忍びます。
このアガペーの愛は
決して絶えることがないのです。
これは神の愛、アガペーです。

この愛に生きた方がいます。
イエス・キリストです。
愛を追い求めていくと、
イエス・キリストについていくことになります。
イエス・キリストは
病気の人をいやされ、奇跡を行われました。
そして人々に神のことばを語り、
人々を慰め励まし救われたのです。

愛があれば御霊の賜物はいらないという人がいます。
でもそれは間違いです。
愛があるなら、
つまりアガペーの愛を追い求めていくと、
御霊の賜物が現れてくるのです。
この愛と御霊の賜物、
特に預言することはセットなのです。
あなたも愛を追い求め、
また御霊の賜物、
特に預言することを熱心に求めてください。

2019年8月15日木曜日

神の答えは知恵と愛に満ちている

815日(木)

神のものは神に返しなさい。

  マルコの福音書1217


祭司長や律法学者たちは、
イエスに何か言わせて、わなに陥れようと、
パリサイ人とヘロデ党の者数人を
イエスのところへ送り、言いました。
「先生。私たちは、あなたが真実な方で、
 だれをもはばからない方だと存じています。
 あなたは人の顔色を見ず、真理に基づいて
 神の道を教えておられるからです。
 ところで、
 カイザルに税金を納めることは
 律法にかなっていることでしょうか、
 かなっていないことでしょうか。
 納めるべきでしょうか、
 納めるべきでないのでしょうか。」
イエスは彼らの擬装を見抜いて言われました。
「なぜ、わたしをためすのか。
 デナリ銀貨を持って来て見せなさい」
彼らが持って来ると、彼らに言われました。
「これはだれの肖像ですか。だれの銘ですか」
彼らは「カイザルのです」と答えました。
するとイエスは言われたのです。
「カイザルのものはカイザルに返しなさい。
 そして神のものは神に返しなさい。」
彼らはイエスに驚嘆しました。
イエスを罠に陥れようとした質問に、
イエスは見事な答えを返されました。

神は知恵に満ちておられます。
私たちも人を恐れず、
大胆にイエス・キリストを信じて、
その御足の後についていきましょう。

2019年8月14日水曜日

主イエスの前にへり下るものが高くあげられる

814日(水)

 主の御前でへりくだりなさい。そうすれば、主があなたがたを高くしてくださいます。

              ヤコブの手紙410


最もへりくだった方は、イエス・キリストでした。
神であり、神の一人子であるイエス・キリストは、
霊的存在であり、
時間にも場所にも本来制約されないお方です。
ところが、
イエス・キリストは神であることを
捨てることができないとは考えないで、
人と同じ姿をとり、全く人と同じようになって、
この地上に来られ、
世の時間の中に入ってきてくださったのです。

しかも全く罪と何の関係もなかったのに、
罪の罰と裁きを引き受け、
呪いと病を、その身に負われ、
十字架にかけられ殺されたのです。

この方の前に、私たちも自分の身を低くするとき、
神の恵みが注がれてくるのです。
この方に近づき、神に従うのです。
そして悪魔に立ち向かうなら、
悪魔は逃げ去っていきます。
そして、神の恵みの中で私たちは勝利を与えられます。
神は、私たちを高く引き上げてくださるのです。

2019年8月13日火曜日

苦いねたみと敵対心に勝利する


しかし、上からの知恵は、

第一に純真であり、

次に平和、寛容、温順であり、

また、あわれみと良い実とに満ち、

えこひいきがなく、見せかけのないものです。

                                ヤコブの手紙317



私たちは、とても残念ですが、
心の中に、苦いねたみと敵対心が
多かれ少なかれあるのではないでしょうか。
でもそれは、上から来たものではありません。
地に属し、肉に属し、悪霊に属するものなのです。
実際、ねたみや敵対心のあるところには、
秩序の乱れや、
あらゆる邪悪な行ないがあるからです。
その苦いねたみと敵対心の罪を悔い改め、
神さまの恵みと愛を求めましょう。
その時、主は上からの知恵をくださいます。
その上からの知恵とは、
第一に純真であり、
次に平和、寛容、温順であり、
また、あわれみと良い実とに満ち、
えこひいきがなく、見せかけのないものなのです。
イエス・キリストの十字架を信じ、
心から悔い改めて、
復活された主に求めるなら、
聖霊さまが心を満たしてくださって、
良い実で満たしてくださいます。