2019年2月17日日曜日

イエス・キリストのところに連れて行けば、赦して、いやして、人生を取り戻してくださる


彼らの信仰を見て、イエスは

「友よ。あなたの罪は赦されました。」と言われた。

                                                ルカの福音書520



ある日のこと、イエスが、主の御力をもって、病気を直しておられました。
するとそこに、男たちが、中風をわずらっている人を、
床のままで運んで来て、何とかして家の中に運び込み、
イエスの前に置こうとしました。
しかし、大ぜい人がいて、
どうにも病人を運び込む方法が見つからないのです。
そこで、彼らはなんと屋上に上って屋根の瓦をはがし、
そこから彼の寝床を、
ちょうど人々の真中のイエスの前に、
つり降ろしたのです。

イエスは、彼らの信仰を見て
「友よ。あなたの罪は赦されました」と言われました。
そしてこの後、中風の人に
「あなたに命じる。起きなさい。
   寝床をたたんで、家に帰りなさい」とイエスが言われると、
彼は、たちどころに人々の前で立ち上がり、
寝ていた床をたたんで、
神をあがめながら自分の家に帰っていったのです。

イエスは、罪を赦し、病をいやされ、奇跡を行われます。
寝たきりの中風の人を癒して立ち上がらせるだけではなく、
その罪を赦し、永遠の命を与え、
人生を取り戻してくださるのです。

あなたも、友を屋根の瓦を剥がしてまで、
イエスのところに連れて行った人たちのように、
あなた自身を、
そして愛する友を、
イエス・キリストのところに連れて行きましょう。

イエス・キリストは、
赦し、いやし、解放して、永遠の命を与え、
その人の本来の人生を取り戻して輝かせてくださいます。

一人になって祈られるイエス


しかし、イエスご自身は、

よく荒野に退いて祈っておられた。

ルカの福音書516


イエス・キリストが
人々をいやし、奇跡を行なっていることのうわさは、
どんどん広がり、ますます広まって行きました。
それで多くの人の群れが、話を聞きに、
また、病気を直してもらいに集まって来ました。

しかし、イエスご自身は、
よく荒野に退いて祈っておられたのです。

イエスは人々の願いと求めには
どんなに忙しく疲れていても答えられました。
しかし、どんなに忙しくても
必ず荒野に退いて静まって
父なる神と交わり祈る時は保たれていました。

それがイエスがアガペーの愛に生き、
奇跡を行われ続けた秘訣でした。

私たちも、どんなに忙しくても
イエス・キリストの名よって
父なる神様のところに行き
聖霊様と深く交わり祈る時を
失わないようにしましょう。

そこに、主イエスと共に愛に生き
奇跡と癒しを見続ける鍵があるのです。

2019年2月16日土曜日

アガペーで愛し癒されるイエス・キリスト


イエスは手を伸ばして、彼にさわり、

「わたしの心だ。きよくなれ」と言われた。

すると、すぐに、そのらい病が消えた。

                                  ルカの福音書513


イエスが、ある町におられたときのことです。
全身らい病の人が、イエスを見ると
「主よ。お心一つで、私はきよくしていただけます」
とひれ伏してお願いしました。

イエスは手を伸ばして、彼にさわり
「わたしの心だ。きよくなれ」と言われました。

すると、すぐに、そのらい病が消えました。

らい病は当時、汚れた病気であり、
ライ病人にふれると、
その人も汚れると言われていました。

イエスは、
らい病の人に手を伸ばして彼にさわり、
それから
「わたしの心だ。きよくなれ」
と命じられたのです。
さわらなくても命じれば、
らい病の人は癒されるのに、
まずさわられました。
それはらい病の人にとっては驚きでした。

らい病のままのあなたを愛している。
わたしは喜んで、あなたのらい病をいやそう。
でも、らい病のあなたのままで愛している。
その上で、あなたの人生を苦しめてきた、
このらい病をきよめ、いやそうと言われたのです。

もしかしたら、
あなたは、
これさえなければ、
これがあるから、
自分はダメなんだと
思っているものがあるかもしれません。
でもイエス・キリストは、
それがあってもなくても、
そのままのあなたを、
そのままで、
愛してくださるのです。
そして、その上で、
あなたの人生をいため苦しめてきた、
それを取り除き、
あるいは与えてくださるのです。

それがアガペーです。

2019年2月15日金曜日

祈りにかけた弟子たち


この人たちは、

婦人たちやイエスの母マリヤ、

およびイエスの兄弟たちとともに、

みな心を合わせ、祈りに専念していた。

                            使徒の働き114


聖霊のバプテスマを受け聖霊に臨まれると
「全世界に福音を宣べ伝える証人になる」
と語られた弟子たちは、
オリーブ山からエルサレムに戻り、
婦人たちや兄弟と共に祈りに専念します。

イエスから語られ与えられた
全世界への宣教の命令は
とても嬉しかったでしょう。
しかし同時に
その力がないことを
弟子たちは痛いほどわかったいました。

だから、
彼らは約束を待ち望み
信じて祈ったのです。

ユダヤ人たちを恐れていた彼らは
一人でいることはできず、
ともに集まり祈りました。
それほど弱くされていました。
でも、だからこそ彼らは約束を信じ、
その言葉にかけて祈りに専念しました。
そこにしか希望はなかったからです。

そして、
その約束通り聖霊が彼らに臨み、
彼らは恐れずに
福音を大胆に宣べ伝える者に変えらました。

あなたも、弟子たちのように祈りましょう。
たとえどんなに行き詰っても、
もうどうすることができなくなっても、
ともに集まり祈る時、
聖霊が来られて豊かに望まれ、
全てを新しく変えていかれます。

2019年2月14日木曜日

聖霊のバプテスマによって全く新しくなる


しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、

あなたがたは力を受けます。

そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、

および地の果てにまで、わたしの証人となります。

                                               使徒の働き18


イエスは弟子たちに
「聖霊のバプテスマ」とは何かを教えられました。
それは、聖霊が弟子たちの上に臨まれること、
そしてその時、彼らは、
エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、
および地の果てにまで、
キリストの証人となると言われたのです。

この「証人」という言葉は
「殉教者」と訳せることばです。
つまり弟子たちは、
たとえ殺されても
イエスがキリストであると
宣べ伝える証人になると言われたのです。

弟子たちは十字架の時、
怖くて逃げ出した者たちでした。
ベテロは3度知らないといい、
最後は呪いまでかけて誓ったのです。
この時も弟子たちは
怖くて一人でいれないので、
ともに集まって隠れていたのです。

その弟子たちが
命がけでイエスを宣べ伝える人に変わると言われたのです。

そして確かに、
この後、聖霊が臨み
「聖霊のバプテスマ」を受けた弟子たちは、
命をかけてキリストを宣べ伝える者に
変えられて行きました。

あなたがどんなに弱くて、
自分で自分をどうすることもできなくても、
大切な人が、どんなに頑張っても
抜け出せない悪習慣や弱さに苦しみ捉えられていても、
大丈夫です。

聖霊様があなたのところに来られ、
あの人のところに来れば、
私たちは変えられるのです。

聖霊様には、神には不可能はないのです。
神の約束を信じて待ち望みましよう。
聖霊は必ずあなたのところに、
あの人のところに来て、
全く新しくしてくださいます。

2019年2月13日水曜日

イエスが言われるところで、神の約束は成就する


「エルサレムを離れないで、

 わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。

 ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もう間もなく、

 あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。」

             使徒の働き14-5



復活されたイエス・キリストは、
四十日の間、弟子たちに現われて、
神の国のことを語り、
数多くの確かな証拠をもって、
ご自分が生きていることを
使徒たちに示されました。

そして彼らといっしょに
食事をともにしているとき、
イエスは彼らにこう命じられました。
「エルサレムを離れないで、
 わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。
 ヨハネは水でバプテスマを授けたが、
 もう間もなく、
 あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです」と。

エルサレムは神に選ばれた街、
神に愛された特別な町です。
しかしこの時の弟子たちは、
エルサレムにはいたくありませんでした。
それはイエスを捕えて殺した人たちがいたからです。
もし自分たちがイエスの弟子だとわかれば、
自分たちも捕まり殺されるかもしれません。
弟子たちは恐れていました。
早く故郷である田舎のガリラヤに
逃げて行きたかったと思います。

しかし、イエスは言われたのです。
「エルサレムを離れないでいなさい」と。
その時
「父が約束された聖霊のバプテスマ」を受けると。
それが何なのか、
弟子たちは分かっていませんでした。

でもイエスのことばを握り信じて
彼らはエルサレムを離れず
祈り待ち望みました。
その時「聖霊のバプテスマ」を受け、
彼らは全く新しくされ、
変えられるのです。

あなたも、
主イエスが言われるところに、
ある時はとどまり、
ある時は遣わされて行くとき、
神の約束は成就し
愛と奇跡のみわざを見ることができるのです。

2019年2月12日火曜日

すぐに何もかも捨てて従って行った弟子たち


彼らは、舟を陸に着けると、

何もかも捨てて、イエスに従った。

                          ルカの福音書511


イエスから
「こわがらなくてもよい。
  これから後、あなたは人間をとるようになるのです」
と言われたシモンはもちろん、
シモンの仲間であったゼベダイの子ヤコブやヨハネも、
舟を陸に着けると、
何もかも捨てて、イエスに従って行きました。

それは、
イエスのことば通りに
深みに漕ぎ出して、網をおろした時に見た
イエスの愛の奇跡に驚いたからでした。

彼らは、
大好きだったガリラヤ湖の漁師の仕事を捨てて、
大切だった家族を置いて、
イエスに従って行ったのです。

すぐについて行ったのです。

2019年2月11日月曜日

イエスからの召命


「こわがらなくてもよい。

 これから後、

 あなたは人間をとるようになるのです。」

             ルカの福音書510


イエスが言われた
「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい」
のことばのとおりにすると、
網が破れそうになるほど、
たくさんの魚が取れました。

別の舟にいた仲間の者たちに助けに来てもらって
魚を両方の舟いっぱいに上げたところ、
二そうとも沈みそうになったほどでした。

シモン・ペテロは、
イエスの足もとにひれ伏して、
「主よ。私のような者から離れてください。
 私は、罪深い人間ですから」と言いました。
あまりの大漁に、ひどく驚いたからです。
それはシモンの仲間であった
ゼベダイの子ヤコブやヨハネも同じでした。
イエスは驚くシモンに、こう言われたのです。
「こわがらなくてもよい。
 これから後、あなたは人間をとるようになるのです」

シモンは、こののちイエスの弟子となり、
ペテロとして人間をとるようになります。

あなたもイエスのことばに従う時、
驚くようなイエスの愛の業にふれることでしょう。
その時、驚くあなたに、きっと主イエスは言われます。
「こわがらなくてもよい。
 これから後、あなたは人間をとるようになるのです」

2019年2月10日日曜日

イエスのことばに従う時に見る愛の奇跡


深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい。

             ルカの福音書54


イエスは、のちのペテロであるシモンに
「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい」と言われました。
シモンが答えて言いました。
「先生。
 私たちは、夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。
 でもおことばどおり、網をおろしてみましょう」
そして、そのとおりにすると、
たくさんの魚がはいり、網は破れそうになったのです。
そこで別の舟にいた仲間の者たちに合図をして、
助けに来てくれるように頼んで、
助けに来てもらいました。
彼らがやって来て、
そして魚を両方の舟いっぱいに上げたところ、
二そうとも沈みそうになりました。
それほどたくさんとれたのです。

イエスのことばに従った時に、
プロの漁師である彼らが一晩しても取れなかった魚が
二そうの舟に、いっぱいになり沈みそうになったのです。

あなたもイエスのことばに従う時、
神の愛と奇跡を体験し、知ることができるのです。

2019年2月9日土曜日

宣教するために町々に遣わされていく主イエス


「ほかの町々にも、

    どうしても神の国の福音を宣べ伝えなければなりません。

 わたしは、そのために遣わされたのですから。」

             ルカの福音書443


イエスは、
みもとに連れて来られたいろいろな病人に、
ひとりひとりに手を置いて、
いやされました。

また、多くの人から悪霊どもを追い出し、
悪霊どもをしかって、
ものを言うのをお許しになりませんでした。

イエスは朝早く起きて、
寂しい所に出て行かれ祈っていました。

群衆は、イエスを捜し回って、
イエスが自分たちから離れて行かないよう
引き止めておこうとしました。
しかしイエスは、彼らにこう言われたのです。
「ほかの町々にも、
 どうしても神の国の福音を宣べ伝えなければなりません。
 わたしは、そのために遣わされたのですから。」

そして、
ユダヤの諸会堂で、福音を告げ知らせ、
他の町々にも福音を宣べ伝えられました。

2019年2月8日金曜日

権威あるイエス・キリストのことば


人々は、その教えに驚いた。

そのことばに権威があったからである。

                                    ルカの福音書432


イエスの教えに人々は驚きました。
当時、教師や律法学者、
指導者はたくさんいましたが、
みな雄弁ではあっても、
その言葉に力を感じることはありませんでした。
宗教家で、理屈ばかりだったのです。

ところが、イエスの教えは違ったのです。
そのことばには、権威があり、力があったのです。

イエスが語ることばは、その通りになるのです。
イエスが語り命じると、
病気はいやされ、悪霊は出て行きました。

今もイエスの言葉には権威と力があります。
このイエス・キリストのことばに、耳を傾け聞きましょう。

2019年2月7日木曜日

バプテスマの時に語られる神の言葉


「あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ。」

             ルカの福音書322



イエスさまは、罪とは関係のなかったお方です。
でも、イエスさまもバプテスマ、洗礼をお受けになりました。
私たち人間が通るべき道を通ってくださったのです。
イエスさまが洗礼を受けられた後、祈っておられると、
天が開け、聖霊が、鳩のような形をして、
ご自分の上に下られるのをご覧になられました。
その時、天から声がしたのです。
「あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ」と。

イエス・キリストは、父なる神の愛する子であり、
洗礼を受けられたことを、父なる神様は喜ばれました。

同じように、あなたが自分の罪を悔い改めて
イエス・キリストの十字架を信じて、
バプテスマ、洗礼を受ける時、
あなたはキリストの花嫁となり、
父なる神の子どもとなります。

そして、イエスさまと同じように
父なる神は、あなたにも言われます。
「あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ」と。

2019年2月6日水曜日

地上では旅人であり寄留者


これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。

約束のものを手に入れることはありませんでしたが、

はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。

             ヘブル人への手紙1113


私たちの教会のお墓が、長崎市石神町にあります。
その墓石に、この聖書の言葉が記されています。

リバイバルの約束を信じて、
魂の大収穫を見る前に
信仰の人々として死ぬ、天に帰る人々がいる。
でも彼らは、この地上では
旅人であり寄留者であることを告白して、
信仰の目で、リバイバルの働きを見て喜んで、天に帰る。
そして、ある者は殉教し、天のエルサレムに帰っていく。
そういうことが示されています。
私は、その示しを信じています。

天国、天のエルサレムは確かな存在で、
私たちは永遠の存在なのです。
死は終わりではありません。
その彼方に永遠があるのです。
地上はあくまで通過点、
私たちは旅人であり寄留者なのです。

そのことを、分からなくさせているのが罪です。
その自分の罪を悔い改めて、
イエス・キリストを信じる時、
永遠のいのちが与えられ、天が見えてくるのです。
永遠がわかり開かれてきます。

あなたも、
イエス・キリストの愛を受け取り、
自分の罪を悔い改めて、
十字架と復活を信じて、
永遠のいのちをいただきましょう。

そこから
地上のものにとらわれない、
旅人として、寄留者としての新しい人生、
永遠に向かって、
真に価値あるもののために生きる人生が始まります。

2019年2月5日火曜日

私たちの故郷は、永遠である天の故郷、つまり天のエルサレム


しかし、事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、

すなわち天の故郷にあこがれていたのです。

          ヘブル人への手紙1116


イエス・キリストを信じたとき、永遠の命が与えられます。
天の御国、つまり天国の住民となります。

聖書では、
天国のことを「天のエルサレム」と言われています。
私たちは、この地上に生まれ故郷があります。
でも、イエス・キリストを信じた人の故郷は、
天の故郷である天国、つまり「天のエルサレム」なのです。

かつて長崎の西坂の丘で、
キリストを信じ宣べ伝えたので殺された26人の人たちがいました。
日本26聖人と言われています。
彼らは、殉教するときでさえ、とても喜んでいました。
死は終わりではなく、
永遠への旅立ちであり、
天の故郷である「天のエルサレム」が、
自分たちの本当の故郷であることを知っていたからです。
彼らは、京都と大阪で捕らえられてから西坂の丘まで、
ほとんど歩かされました。
ですから肉体は弱くされていましたが、
彼らは輝いてとても喜んでいました。
それは彼らが永遠、
天のエルサレムに目を向け、心を向けていたからです。

私たちも移り変わる
この地上のものに目を奪われず、
天のエルサレムの住民として、
永遠に目を向け、
永遠に価値あることのために生きましょう。

それだけが永遠の天に持っていけるのですから・・・

2019年2月4日月曜日

最も祝福された幸いな人


主によって語られたことは

必ず実現すると信じきった人は、

何と幸いなことでしょう。

                   ルカの福音書145


聖霊によってイエスを身ごもったマリヤは、
ザカリヤの家に行って、
エリサベツにあいさつしをしました。

エリサベツがマリヤのあいさつを聞いたとき、
子が胎内でおどり、
エリサベツは聖霊に満たされ、
大声をあげて言いました。
「あなたは女の中の祝福された方。
   あなたの胎の実も祝福されています。
 私の主の母が私のところに来られるとは、
 何ということでしょう。ほんとうに、
 あなたのあいさつの声が私の耳にはいったとき、
 私の胎内で子どもが喜んでおどりました。

 主によって語られたことは
 必ず実現すると信じきった人は、
 何と幸いなことでしょう」と。

最も祝福されている人とは
「主によって語られたことは必ず実現する」
と信じきった人なのです。

2019年2月3日日曜日

聖霊によって身ごもった処女マリヤ


神にとって不可能なことは一つもありません。

                                     ルカの福音書137


キリスト教の最も大切な真理の一つ、
それは処女マリヤから
イエス・キリストがお生まれになったことです。

多くの信じない人々が、このことでつまずきます。
でも神には不可能なことはないのです。

御使いガブリエルが、
神から遣わされてマリヤのところに来て、
イエスを身ごもると伝えた時、
マリヤは、とまどい御使いに言いました。
「どうしてそのようなことになりえましょう。
 私はまだ男の人を知りませんのに。」
すると御使いは答えます。
「聖霊があなたの上に臨み、
 いと高き方の力があなたをおおいます。
 それゆえ、生まれる者は、
 聖なる者、神の子と呼ばれます。
 ご覧なさい。
 あなたの親類のエリサベツも、
 あの年になって男の子を宿しています。
 不妊の女といわれていた人なのに、今はもう六か月です。
 神にとって不可能なことは一つもありません。」
マリヤはこれを受け取り
「ほんとうに、私は主のはしためです。
 どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」
と答えて、
処女マリヤはイエスを聖霊によって身ごもるのです。

神にとって不可能なことは一つもありません。

2019年2月2日土曜日

神が語られたことばは、時が来れば必ず実現する


私のことばは、その時が来れば実現します。

                                         ルカの福音書120


御使いが来て、ザカリヤに男の子が与えられると語られた時、
彼はそれを信じることができずに、御使いに言いました。
「私は何によってそれを知ることができましょうか。
 私ももう年寄りですし、妻も年をとっております」
すると御使いが答えました。
「私は神の御前に立つガブリエルです。
 あなたに話をし、この喜びのおとずれを伝えるように遣わされているのです。
 ですから、見なさい。
 これらのことが起こる日までは、
 あなたは、おしになって、ものが言えなくなります。
 私のことばを信じなかったからです。
 私のことばは、その時が来れば実現します。」

あまりにも長く待ちすぎて
年を取っていたザカリヤは信じられなかったのです。
それでも主は、約束を違えず
「私のことばは、その時が来れば実現します」
と言われその通りになりました。
ただ、この約束の子が生まれ
み使いの言われた通りヨハネと名付けるまで、
ザカリヤはおしになって、
ものが言えなくなりましたが・・・

神様が語られたことばは、
その時が来れば実現するのです。
確かに信じられない時があるかもしれません。
信じきれなくて、
試練や懲らしめを通されるかもしれません。
しかし、神が語られたことばなら、
そのことばは、
時が来れば必ず実現し、成就するのです。

2019年2月1日金曜日

神の時が来れば、あなたの願いは聞かれます


あなたの願いが聞かれたのです。

      ルカの福音書113


ザカリヤとエリサベツという
とても忠実な祭司の夫婦がいました。
ふたりとも、
もう年をとっていましたが、
彼らには子がいませんでした。

ザカリヤが祭司職の当番の時、 
主の神殿にはいって香をたくことになり、
香をたいていると、
主の使いが彼に現われて、言いました。
「こわがることはない。
 ザカリヤ。
 あなたの願いが聞かれたのです。
 あなたの妻エリサベツは男の子を産みます。
 名をヨハネとつけなさい」と。

もう、とても子どものできる年では
二人ともあませんでしたが、
御使いはそう言ったのです。
そして実際、その後、
妻エリサベツはみごもりました。

エリサベツは
「主は、人中で
 私の恥を取り除こうと心にかけられ、
 今、私をこのようにしてくださいました。」
と喜びました。

イエス・キリストは、あなたにも言われます。
「あなたの願いが聞かれたのです」と。

もう不可能だ、
今さら無理だと、あなたは思うかもしれません。
しかし、神様には不可能はありません。
神の時が来れば、
主イエスは、
あなたの願いを聞いて答えてくださるのです。