2018年11月30日金曜日

イエス・キリストが、いつもともにいる



見よ。わたしは、世の終わりまで、
いつも、あなたがたとともにいます。
マタイの福音書28章20

イエス・キリストが大宣教命令を命じられた時、
最後にこう言われました。
「見よ。わたしは、世の終わりまで、
 いつも、あなたがたとともにいます。」

イエス・キリストを信じた人には
聖霊が内住されます。
つまり
いつもイエス・キリストが共にいてくださるのです。

あらゆる国に出て行って福音を宣べ伝えていると、
その真理が、はっきりと霊の内に分かるようになります。

確かに
「主イエスがともにいてくださる」
ということを、
明確に知り、確信するようになるのです。

2018年11月29日木曜日

全世界に出て行く


あなたがたは行って、
あらゆる国の人々を弟子としなさい。
マタイの福音書28章19

復活されたキリストは、
弟子たちをガリラヤに呼び、
アルベル山で大宣教命令を与えられました。

弟子たちに
「あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい」
と命じられました。

この命令は、今も変わりません。

キリストの弟子は、
あらゆる国、全世界に出て行くのです。
弟子とするために、
なんども繰り返し出て行くのです。

あなたも
イエス・キリストの福音を携えて、
全世界に出て行きましょう。
人々を弟子とするために、
何度もなんども出て行きましょう。

2018年11月28日水曜日

神に捨てられた神


「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」
マタイの福音書2746

イエス・キリストは十字架の上で
「エロイ、エロイ、ラマサバクタニ」と叫ばれました。
これは
「わが神、わか神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」
という意味でした。

神であられた方が、
父なる神に捨てられたのです。
私たち一人一人の罪のために。
あなたと私の罪の身代わりとなって
裁かれ罰せられて、
神に捨てられ、
よみ、つまり地獄に落ちられたのです。

父なる神は、
私たちを愛して、
キリストを捨てて、
あなたと私を救い出されたのです。

私たちは、
永遠に神と共にいることができ、
よみ、つまり地獄に行くことはありません。

2018年11月27日火曜日

むりやり負わされた十字架は祝福の始まり


この人にイエスの十字架を、むりやり背負わせた。
マタイの福音書2732

イエス・キリストが十字架を負って
カルバリの丘、ゴルゴタに向かわれた時、
途中で倒れたキリストの代わりに、
田舎から出てきていたクレネ人シモンが、
十字架を背負いました。

ちょうどその時、そこにいたからです。
断ると殺されてしまうので、
むりやりに背負わされたのです。

でも、それが彼と彼の家族にとって
大きな計り知れない祝福となりました。


あなたも、
むりやり十字架を負わされる時があったなら、
悲しんだり落胆したり、
不運だと嘆かないでください。

きっと、
そのむりやり負わされた十字架を通してしか
見ることのできない神様の栄光と祝福が待っています。

2018年11月26日月曜日

1時間目をさまして祈る


あなたがたは、そんなに、1時間でも、わたしといっしょに目をさましていることができなかったのか。
マタイの福音書2640

ゲッセマネでイエス様は祈られて、
それから弟子たちのところに来られました。

すると弟子たちは眠っていました。
イエスはペテロに言われました。
「あなたがたは、そんなに、1時間でも、
 わたしといっしょに目をさましていることができなかったのか。
 誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。
 心は燃えていても、肉体は弱いのです。」

そして再び祈りに行かれ、
三度同じ祈りをされて、
祈り切られ十字架に向かって行かれます。

私たちも主の恵みをいただいて、
ゲッセマネに行き、
祈り切って十字架を負うものとしていただきましょう。

2018年11月25日日曜日

ゲッセマネの祈り


しかし、わたしの願うようにではなく、
あなたのみこころのように、なさってください。
マタイの福音書2639

イエス・キリストは、
ゲッセマネで祈られる時、ひれ伏してこう言われました。
「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。
 しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってくださ
 い。」と。

イエスは、神であられたのに、
父なる神から捨てられて、神であることを捨てられるのです。
私たち人間には及びもつかない恐れがあったと思います。

イエスでさえ、できれば去らせてくださいと言われたのです。
私たちが十字架を負うとき、
イエスの十字架とは本質的に違いますが、
本当に小さな、あまりにも小さな小さな十字架を負わなければならない時、
できれば過ぎ去らせてくださいと言うことがあるかもしれません。

でもそのあとにイエスが言われたように、私たちも言いましょう。
「しかし、しかし、わたしの願うようにではなく、
 あなたのみこころのように、なさってください。」と。

その時、主イエスが助けて、十字架を負う恵みを与えてくださいます。

2018年11月24日土曜日

目を覚まして祈る


ここを離れないで、わたしといっしょに目をさましていなさい。
マタイの福音書2638

イエス・キリストは十字架にかかられる前に、
弟子たちを連れて、ゲッセマネというところに行かれました。

そして弟子たちに
「わたしがあそこに行って、祈っている間、
 ここにすわっていなさい。」と言われました。

そしてペテロとヨハネとヤコブの三人だけを連れて、
祈り始められました。
祈り始められると、
イエスは悲しみもだえ始められたのです。
イエスは戦っておられました。
そして彼らに言われたのです。
「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。
 ここを離れないで、わたしといっしょに目をさましていなさい。」と。

イエスはこのあと、祈り切られて十字架に向かわれます。
でも弟子たちは起きていることができず、眠ってしまいました。

弟子たちがイエスが十字架にかかられた時、
逃げてしまったのは、
この時に目をさましていなかったからでしょう。

もし目を覚ましていれば、
イエスを裏切り逃げなくて済んだのでしょう。

でも慰めがあります。
ここで眠り十字架の時に逃げた弟子たちを
イエスは見捨てることなく、
その弟子たちに、のちに聖霊を注ぎ、
彼らを通して福音は全世界に宣べ伝えられるのです。

神様の愛は深く大きいのです。

2018年11月23日金曜日

世の終わりは近づいている


目をさましていなさい。
マタイの福音書25章13節

目をさましていなさい。
これは眠るなということではありません。
説教中に寝ている人がいますが、
その人への注意ということでもありません。

今がどういう時代なのか、
そのことに、しっかり目を向け、
永遠に対して備えていなさい、ということです。

今までなかったような大きな地震が
日本中、世界中で短い期間に次々と起こり、
異常気象や民族紛争にテロ、
ヨーロッパがEUになり、再びローマ帝国の復興を思わせ、
イスラムが猛威を振るい始めるなど、
明らかに聖書に書かれている終末のしるしが起こり現れ始めています。

そのことに、しっかりと目を向けて、
今の時代がどういう時代かを捉えて、
永遠に対して備え、永遠のために生きなさいと
主イエスは言われているのです。

2018年11月22日木曜日

親子より夫婦が土台


人はその父と母を離れて、その妻と結ばれ、ふたりの者が一心同体になるのだ。
マタイの福音書19章4節

日本では、夫婦より親子の絆の方が、強く確かと思われているように思います。
夫婦は他人だけど、親子は血が繋がっているからです。

もちろん、
聖書も父母を敬うこと、
子供を主の教えによって愛を持って育むことを教えています。

しかし、親子の前に「夫婦」がまず土台なのです。
まず最初にアダムとイブが創られ、
それから子どもたちが生まれたのです。

聖書には、結婚する時、
父母を離れ妻と結ばれ、二人のものが一心同体になると書いてあります。
父と母を離れ、妻と一つとなる。
これは、とても大切なことです。
結婚するとき、
それまで親の権威の下で守られていたところから、
妻は夫の権威の中に入るのです。
夫は神さまの権威の下で、妻を守るのです。

2018年11月21日水曜日

神が導かれる結婚


人は、神が結び合わせたものを引き離してはなりません。
マタイの福音書196

結婚は、お互いがお互いを選びあったときに出来る。
そう思っている人が多いかもしれません。
でも聖書では、神さまが二人を選び出したと書いてあります。

夫が妻を選んだのでもなく、
妻が夫を選んだのでもなく、
神さまが、2人を夫と妻として一つにするために選んだのです。
だから、神さまが2人を一つにしてくださるのです。

時間が経つと、いろんな二人の違いが見えてきます。
相手の弱さも、受け入れにくい事も色々とわかってきます。
でも、そんなとき、
主のもとに、主イエスの十字架のところに行くとき、
主の恵みと聖霊の助けの中で、
受け入れ赦し合い、一つにされていくのです。

時間が、かかるかもしれません。
でも、そうして愛が育まれていきます。
神様があなた方を選ばれたのです。
神様にすがり、一つとされていきましょう。

2018年11月20日火曜日

砕かれた心は奇跡をもたらす。


「ああ、あなたの信仰はりっぱです。その願いどおりになるように。」
マタイの福音書15:28

娘がひどく悪霊に取り憑かれているカナン人の女が、
イエスのところに来て「憐れんでください」と叫びました。
しかしイエスは、彼女に一言もお答えにならず、
それどころか、こう言われたのです。
「わたしは、イスラエルの家の失われた羊以外のところには遣わされていません。」と。
これは、わたしはユダヤ人のところに遣わされいて、
異邦人であるカナン人のあなたには遣わされていないということを意味します。

それでも、この女はあきらめることなく、
イエスの前にひれ伏して
「主よ。私をお助けください」と言いました。

するとイエスは、それに答えて
「子どもたちのパンくずを取り上げて
 子犬に投げてやるのは良くないことです」
と答えられたのです。
普通ならこれであきらめるか、
あるいは逆に怒り出す人もいるでしょう。

ところが、この女の人は
「主よ。そのとおりです。
 ただ子犬でも主人のパンくずはいただきます。」
と答えます。

すると、そのときイエスは彼女に、こう言われました。
「ああ、あなたの信仰はりっぱです。
 その願いどおりになるように。」
そしてそう言われると、
彼女の娘は、その時から直ったのです。

あなたにも、
全くイエスが祈りを聞いてくださっていないように思えたり、
無視されているように思えることがあるかもしれません。

でも、このカナン人の女のように、
確かに自分は偶像礼をはじめ、罪が溢れている異邦人ですと罪を認め、
それでも、そんな私にも主は憐れみをかけてくださるということを信じて祈るなら、
主は、必ずその信仰に答えてくださるのです。

2018年11月19日月曜日

何でも与えてくださるイエス・キリスト


あなたがたが信じて祈り求めるものなら、何でも与えられます。
マタイの福音書 21:22

イエス・キリストは弟子たちに
「あなたがたが信じて祈り求めるものなら、
 何でも与えられます。」と言われました。

もちろん、主の御心ならば何でもなのですが、
「何でも」というのはすごいですね。
「何でも」与えられるのです。

あなたは「何でも」祈っていますか。
「何でも」祈り求めていますか。
神さまに遠慮していたり、
私なんかが祈ってもと思っていたり、
私が祈っても答えてもらえるかな?
などと思っていませんか。

あなたも私も
神さまに答えていただくには
不十分で全く足りないものです。

でもイエス・キリストの十字架があるので、
大胆に神様に向かって「何でも」祈りましょう。
どんな小さなことも、どんな大きなことも、
不可能と思えることも、あり得ないと思っても、

この方、イエス・キリストに、祈り求めましょう。


その時、与えられるのです。

2018年11月18日日曜日

あなたを必要としくださる


『主がお入用なのです。』
マタイの福音書21章3

イエス・キリストにとっての地上でのクライマックス。
彼は十字架にかかるために、
この世での最後の週にエルサレムに入城されます。

人々は「ホザナ、ホザナ」と大歓迎で迎えます。

その前に、
イエスは弟子の2人を向こうの村に使いに出して、
そこに繋がれているロバの子に
「主がお入り用なのです。」
と言って連れてくるように言いました。

エルサレム入城の時に、
そのロバの子に乗るためでした。
イエス・キリストは
白馬でも黒馬でもなく、
ロバの子を選ばれて乗られました。

弱く小さな愚鈍と言われる
ロバの子を選び乗られたのです。

神さまは、弱く愚かで、
役に立たないような私たちをも用いてくださるのです。

一番大切な時に、必要としてくださるのです。

2018年11月17日土曜日

主イエスに向かって、具体的に大胆に求める

1117日土曜日

「わたしに何をしてほしいのか。」

       マタイの福音書20:32 




イエスがエリコを出て行くと、
群衆がついて来ました。
すると、
道ばたに座っていた2人の盲人が、
イエスに向かって叫び始めました。
「主よ。私たちをあわれんでください。」

群衆は彼らを黙らせようとたしなめましたが、
彼らはやめるどころか、
ますます叫び立てたのです。
「主よ。私たちをあわれんでください。
 ダビデの子よ」と。

するとイエスは立ち止まって、
彼らを呼んで言われました。
「わたしに何をして欲しいのか」
2人の盲人は言いました。
「主よ。この目をあけいただきたいのです」

イエスが、
かわいそうに思って、
彼らの目に触られると、
すぐさま彼らの目は見えるようになりました。

イエスに向かって
あなたも大胆に叫びましょう。
主の憐れみを求めて。
主はあなたを呼び、こう言われます。
「わたしに何をして欲しいのか」と。

この盲人たちのように、
あなたも
主イエスに向かって
具体的に求めましょう。

その時、
はっきりとその祈りに
主イエスが答えてくださるのを見ることでしょう。

2018年11月16日金曜日

イエス・キリストのところに行けば解放され癒される

1116日金曜日

その子をわたしのところに連れて来なさい。

          マタイの福音書17:17   



てんかんで、
たいへん苦しんでいた息子がいました。

お父さんは、
イエスの弟子のところに彼を連れてきましたが、
弟子たちは直すことができませんでした。

その時、イエスは言われたのです。
「その子をわたしのところに連れて来なさい。」と。

そしてイエスが、
その子をお叱りになると、
悪霊はこの子から出て行き、
この子はこの時から直りました。


イエスのところに連れてくると、
主イエスご自身が悪霊から解放し、
どんな病気も直してくださるのです。

2018年11月15日木曜日

終末の混乱の時代に、人に惑わされないために

1115日木曜日

「人に惑わされないように気をつけなさい。」

           マタイの福音書24:4   




日本だけではなく、
世界各地で今までなかったような地震が頻発し、
台風や大雨などの自然災害や異常気象が続きます。
明らかに世界は今、
終末、世の終わりに向かっていることを感じさせます。

そのような中で、
いろんな人たちが自分こそがキリスト、
つまり、この危機的な状況から救うことの出来る者だと
人々の不安と恐れにつけ込んで惑わし混乱させてくる事でしょう。

しっかりと私たちは神の言葉である聖書に触れ、
イエス・キリストの名によって祈り、
賛美し生きた交わりを、主イエスと持つことによって、
そのような惑わしにだまされ惑わされないようにしましょう。

聖書の言葉に触れ続け、祈り、教会にしっかりと繋がりとどまって、
この混乱と惑わしの終わりの時代に備えておきましょう。

2018年11月14日水曜日

断食の祝福

1114日水曜日

ただし、この種のものは、

祈りと断食によらなければ出て行きません。

         マタイの福音書17:21   




私はご飯が大好きで、断食が好きではありません。
正直に言うと苦手です。
でも、どうしても抜けない悪習慣や、
どんなに伝道しても開かないかたくなな心に出会う時、
人間の力では、
どうすることもできない闇の力、悪の力を強く感じることがあります。

そんな時、確かに断食することによって、
その目に見えない力が砕かれ、
今まで開かなかった扉が開くことがあります。

神様に示され、主イエスに導かれるときは断食をしましょう。
そのときはきつくても、
終えたあとに素晴らしい勝利と喜びが待っています。

2018年11月13日火曜日

神のことばは永遠(とこしえ)に立つ

1113日火曜日

この天地は滅び去ります。しかし、

わたしのことばは決して滅びることがありません。

            マタイの福音書24:35




この地上のものは、
どんなに反映し栄華をきわめても、
やがて滅んで消え去っていくきます。
それを永遠に、天の御国に持っていくことはできません。

しかし、神のことばは、永遠に変わることがありません。
神のことばは、とこしえに立つのです。

目に見えるものに、
この世のものに振り回されることなく、
永遠に価値あるものであり、
とこしえに変わることのない神のことばに目を留めて、
神のことばによって歩んでいきましょう。
永遠の存在として。

2018年11月12日月曜日

選ぶ人が選ばれる!

1112日月曜日 

招待される者は多いが、選ばれる者は少ないのです。

            マタイの福音書22:14



神は、えこひいきをなさいません。
あなたも私も祝福しようと招いてくださっています。
イエス・キリストも、
私たち一人ひとりを愛して、救いに癒しに招いてくださっています。

ところが、多くの人が、
その主の招きを無視したり、拒んだり、応答しないで、
主イエスよりも他の人や物を選びます。


だから、
招かれるものは多いのに選ばれるものは少なくなります。
イエス・キリストのところに行けば無試験で、
どんなに赤点だらけでも選んでくださり、
そこから主の大きな愛で、
私たちを引き上げてくださいます。

十字架のもとに、主イエスを選んで生きましょう。
そして選ばれる者になりましょう。