2018年10月19日金曜日

十字架を負って

1019

自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、

  わたしにふさわしい者ではありません。

           マタイの福音書1038


イエス・キリストは、あなたを愛して十字架にかかり、
あなたと私の罪の身代わりになって裁かれ神に捨てられて、よみに降られました。

私たちは赦され、救われたのです。
あなたがイエスの愛に感動して、
この方についていきたい、この方に倣いたいと思われると、
あなたの人生の中に小さな十字架が始まります。

誤解されたり、
わかってもらえなかったり、
一生懸命愛して仕えているのに、
冷たくされたり、馬鹿にされたりするようなことが起こります。
孤独の中を通ることもあります。

でも、そんな時、
イエス・キリストの方を向いて、
イエスの十字架にあなたの目を向けて、心を傾けてください。

その十字架を負い続けていくことの出来る愛の力が
イエス様の十字架から注がれてきます。

あなたは知るでしょう。
自分は1人ではないと。
そして、私のことを本当に知り、愛してくださっている方がいることを、
さらに深く深く知ることでしょう。

2018年10月18日木曜日

キリストが全て支払ってくださったので、タダでいい。

1018

あなたがたは、タダで受けたのだから、タダで与えなさい

           マタイの福音書108


宗教は危ない。
変な壺を買わされたり、何やかやとお金を取られ洗脳される。
そう思っている人が、いらっしゃるのではないでしょうか。

本当に宗教こわいですね。
でもイエス・キリストは、ご自分の命を、
私たちのために代価として支払われて、
私たちには何も払えとは言われません。

ただ自分の罪を認めて、
イエス・キリストの十字架を信じればいいのです。

タダほど怖いものはないと言われる方がいるかもしれませんが、
イエス・キリストが、ご自分の命を、あなたの代わりに支払われたのです。
だから、あなたは何も払わなくていいのです。
タダですが、本当はタダでなく、
イエス様が命をかけてあなたを愛し、
全ての病気や悲しみ・怒り等の罪の負債を払ってくださったのです。

だから、タダただなのです。
だから、私たちも人々にタダで伝え与えましょう。

2018年10月17日水曜日

大収獲のために働き人を

1017

 収穫は多いが、働き手が少ない。

 だから、収穫の主に、収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい。

             マタイの福音書92728


今まで日本には、たくさんの国々から多くの方々が
イエス・キリストの福音を携えて宣教に来られました。
ヨーロッパから、
アメリカから、
最近は韓国をはじめとするアジアから・・・

日本では一時的にクリスチャンが増えたことはあっても、
たくさんの人が救われるリバイバルというのは、
戦国の終わりに少しあっただけで、ほとんど起こりませんでした。


世界各地に起こる地震や天災を見ても感じられるように、
今は、終わりの時代です。
神さまは、この終わりの時代に、
日本にもリバイバルを起こし、
たくさんの人々を救い、全世界に遣わそうとされています。

今まで小さくて弱かった教会を通して、
多くの人がイエス・キリストに出会い、救われてくるでしょう。

だから働き人が必要なのです。
そのためにイエスは言われました。
大収穫が来るので、
そのために必要な働き人を
収穫の主に送ってくださるように祈りなさいと。

2018年10月16日火曜日

恐れないで、ただ信じるときに起こる驚くべき奇跡

1016

「恐れないで、ただ信じていなさい。」

                                 マルコの福音書536

ヤイロの12歳の小さい娘が死にかけてましいた。
それでヤイロは、イエスの足元にひれ伏して、言いました。

「どうか来てくださって、娘の上に手を置いてください。
 娘を救って生きれるようにしてください。」

と懇願しました。

イエスは、すぐに一緒に行かれました。
その途中で、12年長血の女の癒しが起こりました。
ところがそのとき、ヤイロの家のものが来て言いました。
「娘さんは亡くなりました。
 もう先生の手を煩わすことはありません。」

ところが、そのとき
イエス・キリストは、ヤイロに向かって、
こう言われたのです。

「恐れないで、ただ信じていなさい。」と。

そして
ペテロとヤコブ、ヤコブの兄弟のヨハネだけを連れて
ヤイロの家に行かれ、
その子の両親とともに、
その子のいるところに入り、
その子の手をとって言われました。

「タリタ・クミ。」
「少女。あなたに言う。起きなさい。」と。

すると少女は起き上がり、歩き始めたのです。
人々は口がきけなくなるほど非常に驚きました。


あなたも、もうダメだ。
祈りは答えられなかった、
もうタイムリミットを過ぎた。
と思うことがあるかもしれません。
でもイエスは言われます。

「恐れないで、ただ信じていなさい。」

神の時は、私たちの時とは違うのです。
あなたには遅く思えても、
最善のときに必ず
イエス・キリストは答えてくださるのです。

2018年10月15日月曜日

着物に触われば直る!そう信じて直った12年間婦人病だった女性

1015

「娘よ。しっかりしなさい。

 あなたの信仰があなたを直したのです。」

           マタイの福音書922


12年間長血(婦人病)だった女がいました。
今まで、どの病院に行っても、
どんな名医のお医者さんにかかっても直りませんでした。

でもイエス・キリストのことを聞いた時、
彼女はキリストの着物に触れることができれぱ、
きっと直ると信じました。
そしてイエスの後ろに来て、その着物のふさに触りました。
その瞬間、イエスは振り向いて、彼女を見て言われました。
「娘よ。しっかりしなさい。あなたの信仰があなたを直したのです。」
すると、その時から、全く直ったのです。

イエス・キリストには不可能はありません。
あなたがイエスはきっと直してくださる。
キリストはきっと答えて解決してくださる。
そう信じてイエス・キリストに近づき、
その衣のふさに触れる時、
あなたにも奇跡と癒しが起こり救いがやって来ます。


さあ、今、イエスさまを信じて、キリストのところに近づきましょう。

2018年10月14日日曜日

罪人を招き、病人をいやすため来られてイエス

1014

「わたしは憐れみを好むがいけにえは好まない。」

           マタイの福音書913


イエス・キリストは、
家で取税人や罪人たちとともに
食卓に着いて食事をしておられました。
律法にうるさいパリサイ人たちは、
それを見て、弟子たちに言いました。
「なぜ、あなたがたの先生は、
 取税人や罪人たちと一緒に食事をするのですか」と。

イエスはこれを聞いて、こう言われました。
「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。
『私は憐れみは好むがいけにえは好まない』
 とはどういう意味か、行って学んで来なさい。」
そしてこう続けられました。
「わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」

イエスさまは、
わたしたちが立派だから、
きちんと律法を守っているから、
助け救ってくださるのではなく、

律法を守れない罪人の弱い私たちを救い、
ミスばかりする失敗だらけのあなたとわたしを
憐れみ、助けて、真実な愛で愛してくださるのです。

2018年10月13日土曜日

イエスに従って、お金から解放されたたマタイ

1013

「わたしについて来なさい。」

     マタイの福音書99


イエスは、収税所に座っているマタイをご覧になり
「わたしについて来なさい。」と言われました。

マタイは、
今まで同胞のユダヤ人からローマへの税金を取る
みんなの嫌われ者の収税人でした。
お金はたくさん持っていましたが、
みんなから軽蔑され、罪人と同じように言われていました。

そのマタイに、イエス様は声をかけられたのです。
マタイは嬉しかったでしょう。
彼はすぐに立ち上がり、イエスについて行きました。

イエス・キリストは、人のうわべを見ません。
人は仕事や立場やお金や評判で噂し色々と判断します。
でもイエス・キリストは、
その人の心の中にあるものを、見てくださるのです。

そして、あなたにも言われます。
「わたしについて来なさい。」と。

2018年10月12日金曜日

罪を赦し、病気を癒す権威のあるイエス・キリスト

1012

「子よ。しっかりしなさい。あなたの罪は赦された。」

        マタイの福音書92


人々が中風の人を床に寝かせたまま、イエスのみもとに運んで来ました。
イエスは、彼らの信仰を見て言われました。
「子よ。あなたの罪は赦された。」と。

これを聞いた律法学者たちは、罪を赦すことは神にしか出来ないと思い、
心の中で、『イエスは神を汚している。』とつぶやいていました。
それでイエス・キリストは、この中風の人に
「起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい。」と言われました。

すると彼は起きて家に帰ったのです。
群衆はそれを見て恐ろしくなり、こんな権威を与えた神をあがめました。

イエス・キリストは神のひとり子で生けるまことの神から遣わされた方でした。
イエス・キリストには罪を赦す権威があったのです。
ですから、肉体の病、病気に対しても権威を持っておられました。
だから、癒すことがおできになったのです。

イエス・キリストは、あなたの罪を赦し、病気を癒してくださいます。

2018年10月11日木曜日

十字架で治らない病気はない!

1011

「彼が私たちのわずらいを身に引き受け、

 私たちの病を背負った。」

          マタイの福音書817


イエス・キリストが十字架にかかられた時、
彼は、私たち一人一人の罪とともに、
全ての病、病気をもその身に引き受けてくださいました。

キリストが十字架で死なれた時、
罪も病気も悪霊からも、
私たちを解放し癒してくださったのです。

ですから、私たち一人一人が、
自分の罪を認めて悔い改め、
イエス・キリストの十字架を信じるなら、
罪が赦されて救われるのとともに、
全ての病、どんな不治の病であっても、心の病気であっても、
何かわからない力に縛られていても、
必ず癒され解放されるのです。

2018年10月10日水曜日

大丈夫! あなたは必ずいやされ解放される。

1010

イエスはみことばをもって霊どもを追い出し、

また病気の人々をみないやされた。 

                                            マタイの福音書816


人々は、イエス・キリストのところに、たくさんの病人や悪霊に憑かれた人を連れて来ました。

イエス・キリストは、その一人一人のうちから、
みことばをもって霊どもを追い出され、また病気の人もすべて癒されました。
イエス・キリストは、彼らを放って置けませんでした。
彼らを愛しておられたので、憐れまずにはいられなかったのです。

イエスさまは、あなたも、あなたの大切な人も愛しておられます。
あなたやあなたの大切な人が、
悪霊としか思えないようなひどい状況の中にいたとしても、
不治の重い病気であったとしても、大丈夫です。

イエスさまのところに連れて行きましょう。

イエスさまは、必ず解放し、いやして直してくださいます。

2018年10月9日火曜日

権威あるキリストのことばは成就する

109

「さあ行きなさい。

 あなたの信じたとおりになるように。」

          マタイの福音書813節 


「さあ行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」
この言葉が、しもべを直してもらいに来た、百人隊長にイエスさまが言われたことばでした。
百人隊長はその言葉を信じて家路に着きました。

すると、まさにイエス・キリスストが
「さあ行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」
と言われたその時間に、しもべはいやされていたのです。


イエス・キリストのことばは、虚しく帰りません。
必ず言われた通りになるのです。

イエス・キリストには権威があるからです。

2018年10月8日月曜日

必ずそうなるイエス・キリストの権威あることば

108

ただ、おことばをください。

そうすれば、私のしもべは直ります。 

         マタイの福音書88


ローマの百人隊長しもべが中風で苦しんでいました。
彼はイエスさまのところに、しもべを直して欲しいと頼みに来ました。
イエスさまは「行って直してあげよう。」と言われました。

ところがこの百人隊長は
「私にはあなたを屋根の下にお入れする資格はありません。
 ただ、おことばをください。そうすれば、私のしもべは直ります。」と答えました。

イエス・キリストは驚かれて
「イスラエルのうちに、このような信仰を見たことはない。」とほめられました。

イエス・キリストのことばには、力と権威があることを、百人隊長は知っていたのです。


確かに、イエス・キリストのことば、神の言葉には
力と権威があり、必ずそのようになるのです。

2018年10月7日日曜日

そのままで愛してくださるイエス・キリスト

10月7日

「わたしの心だ。きよくなれ。」

       マタイの福音書8章3節


 当時、ツァラト(らい病)は、汚れた病気と言われていました。
そのツァラト(らい病)に冒されていた人が、イエスさまのみもとに来て言いました。
「主よ。お心一つで、わたしをきよくしていただけます。」
イエスは手を伸ばして、彼にさわり、
「わたしの心だ。きよくなれ。」と言われたのです。

ツァラト(らい病)に触れると、その人も汚れると言われていました。
ですから、誰も触れることはもちろん、近づくこともしませんでした。
ところがイエス・キリストは、この人のツァラト(らい病)に触れられたのです。

イエスさまならツァラト(らい病)に触れなくても、
「きよくなれ。」と言えば、完全にツァラト(らい病)は消えて治ったはずです。
ところが、イエスさまはこの人に触れ、それから言われたのです。
「わたしの心だ。きよくなれ。」と。
すると、すぐに、この人のツァラト(らい病)は、癒されきよめられました。

イエス・キリストは、この人をツァラト(らい病)のままで愛しておられました。
ツァラト(らい病)が直ったから、愛するのではなく、
ツァラト(らい病)のままで、そのままで愛しておられたのです。

だから、そのツァラト(らい病)に手を触れられて、それから言われたのです。
「わたしの心だ。きよくなれ。」と。

イエス・キリストは、あなたを愛しておられます。
そのままのあなたを愛しておられます。
病気であっても、弱さがあっても、足りなくても、失敗だらけでも、
そのままで、あなたを愛しておられます。
 そして、そのあなたを、いやして、きよめて、強くしてくださるのです。

イエス・キリストの愛は完全です。

2018年10月6日土曜日

求めなさい。そうすれば与えられます。

106

求めなさい。そうすれば与えられます。

マタイの福音書77


「求めなさい。そうすれば与えられます。」
この聖書の言葉はとても有名なことばで、祈りの原点と言われています。
子どもがお父さんやお母さんに素直に求めるように、
遠慮せず本当に欲しいもの、必要なものを求める時、
父なる神さまは答えてくださるのです。

二番目や三番目ではなく、
一番欲しいもの、一番必要なものを大胆に求めましよう。
ためらうことなく、父なる神さまに求めましょう。


イエス・キリストの御名によって祈る時、必ず答えられます。

イエス・キリストの十字架があるので、
私たちは、どんなにふさわしくなくても、
神さまから答えていただくことができるのです。



2018年10月5日金曜日

自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。

105

自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。

マタイの福音書544


敵を憎むことは誰にでも出来ます。
でもイエスさまは、
「敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」と言われました。

敵を愛することは、私たちには出来ません。
でもイエス・キリストを信じて
聖霊を与えられた私たちには、赦し愛することができます。

それは、イエス・キリストが十字架にかかって、
私たちを赦し、私たちの間にある憎しみを打ち砕いてくださったからです。
その大きな神様の愛の力の中で、敵を赦し、愛することができるるのです。

交通事故にあって四肢が全て動かなくなってしまつた18歳の青年とその家族は、
自分を轢いた青年とその家族を許せませんでした。
でもある牧師を通してキリストを信じた彼とその家族は、
聖書を学び神の言葉に触れるうちに、
轢いた青年とその家族を許し、愛するようになりました。

まさにこれは奇跡です。

今ではともに主を信じて礼拝し働くようになっています。
十字架にはこのような和解の力、許しの力があるのです。

2018年10月4日木曜日

まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。

104

まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。

                            マタイの福音書524


誰かと喧嘩をしたり、仲違いをしてしまうことはありませんか。
意見が違ったり、自分を認めてくれないと
私たちは腹を立てたり、ムカついたりしてしまいます。

でも、そのまま相手を許さないままでいると
相手に対してというより、自分自身が祝福されません。
相手を許して、和解することが大切です。
時には、間違いを認めて謝ることも必要でしょう。
でも、そんなに簡単にできることではありません。

どうすればいいのでしょう。

イエス・キリストに目を向け、彼に祈ることです。


イエス・キリストは罪とは何の関係もなかったのに、
罪の裁きと責めと呪いの全てを
私たちの身代わりに引き受けて十字架にかかられ、
神であられた方が神に捨てられてよみ、地獄に行かれました。
あなたを、私を愛しておられたからです。

この十字架を見上げる時、私たちに許す力が出てきます。
この方に祈る時、若いする力、許す力、謝る力が湧いてきます。

2018年10月3日水曜日

あなたがたは、世界の光です。

103

あなたがたは、世界の光です。

   マタイの福音書514


私たちがイエス・キリストを信じる時、
私たちのうちに聖霊が宿られます。
イエス様が私たちの内に住んでくださるのです。

これを聖霊の内住、キリストの内住と言います。

キリストは、どんな暗闇の中でも輝く光そのものです。
私たちがどんなに暗くても、
キリストがうちに住んでおられるので、
あなたも私も世の光、世界の光となれるのです。


世界が暗くなればなるほど、
キリストを信じる私たちは、
世の光、世界の光となって輝くのです。

2018年10月2日火曜日

『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる』

102

イエスは答えて言われた。

「『人はパンだけで生きるのではなく、

  神の口から出る一つ一つのことばによる』と書いてある。」

               マタイの福音書44節 


私たち人間はパン、つまり食物を食べないと死んでしまいます。
パンは必要なのです。

でもパンだけ食べていれば心や霊も生かされるのでしょうか。
美味しいものをたくさん食べ、
お腹がいっぱいになっている人が必ずしも幸せであるとは限りません。


私たち人間には、心と霊があります。

神の口から出ることばは、その心の糧であり、霊の食べものです。
それが書かれているのが聖書です。

聖書を読み、聖書に触れ続ける時、
私たちの心は豊かになり、霊は強められ、
本当の幸せと生きがいのある人生を見いだすことができます。

2018年10月1日月曜日

101日月

「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」

            マタイの福音書3章2節


  悔い改めと聞くと、懺悔を連想して暗いイメージを持つ人が多いようです。
  
  でも「悔い改め」というのは「向きを変える」ということです。
  つまり「方向転換」するのです。
 
  神さまを気にせず、自分の考えで、自分のしたいままに生きてきた人生から、
  命をかけてあなたを愛してくださったイエス・キリストを信じて、
  神さまとともに歩く人生に向きを変えることです。

  今まで神さまに背を向けていたことを認めて、
  悔い改めて、つまり向きを変えて、
  神様を信じて神様の方に向いて、神さまの愛と光の中を歩く人生を生きることです。

祈りましょう。
  「神様、私は今まで確かに神様に背を向けて自分で歩いてきました。
   でも今悔い改めて、イエス・キリストを信じて神様の方を向き、
   神様の愛と光の中を生きたいです。

   私の今までの罪を赦して、新しい人生を新しい命をください。」