2018年10月31日水曜日

キリストのところに持っていけば奇跡が始まる

1031日水曜日 

「それを、ここに持って来なさい。」

        マタイの福音書1418


男だけで5千人の人がお腹をすかせていました。
女性や子どもを加えると、おそらく数万人いたと思います。
ところが、弟子たちには、五つのパンと二匹の魚しかありませんでした。
イエス・キリストは、その五つのパンと二匹の魚を、
ここに、つまりイエスさまのところに持って来なさいと言われたのです。

そこから奇跡が始まりました。
イエスさまは、
そのパンと魚を祝福し感謝して、
弟子たちを通して人々に分け与えられました。
その時、パンも魚も増え、
全員が満腹するほど十分に食べることができました。

どんなに少なくても、
たとえほんのわずかしか才能がなくても、
それをイエス・キリストのところに持って行く時、
イエス様は、そこから奇跡をなさいます。

驚くばかりの恵みを現し、
何倍にも、何十倍にも、何百倍にも、何千倍にもしてくださるのです。


さぁ、あなたの手の中にあるものを、
イエス・キリストのところに持っていきましよう。

そこから奇跡が始まります。

2018年10月30日火曜日

イエスが言われたなら出来る、どんなことだって・・・

1030日火曜日

あなたがたで、あの人たちに何か食べる物を上げなさい。 

                                                マタイの福音書1416




イエス・キリストは、五つのパンと二匹の魚で、
5000人のお腹を空かせた人たちを満腹になさいました。

この驚くべき奇跡なさる前に、弟子たちにこう言われたのです。
「あなたがたで、あの人たちに何か食べるものを上げなさい。」
弟子たちが、そんなことはできないと思ったのも無理はありません。

でも、イエス様が言われたのでした。
もし弟子たちが、イエス様に、
「自分たちにはできないけれど、イエス様、どうしたらいいのですか?」
と聞いていたなら、
きっと弟子たちを通して、
イエス様は、この奇跡をなさったことでしょう。

私たちにも、イエス様はチャレンジされる時があります。
「あなたがたであの人たちを助けてあげなさい。」と。
その時、どんなに不可能に思えても、無理だと思ったとしても、
イエス様が言われたのなら、イエス様に言いましょう。
「わかりました。でも自分たちにはどうしたらいいのかわかりません。
 イエス様、教えてください。
 あなたの言われる通りにすれば、必ずできることを知っていますから」と。

2018年10月29日月曜日

赦しから流れてくる祈りの力

1029

また立って祈っているとき、だれかに対して恨み事があったら、赦してやりなさい。そうすれば、天におられるあなたがたの父も、あなたがたの罪を赦してくださいます。」

           マルコの福音書1125



祈りが答えられるポイントの一つに「赦し」があります。
私たちは、あなたも私も、
イエス・キリストの十字架によって罪が赦され、
神の目に罪を犯したことがない者として見ていただいているのです。
つまり義とされ、神の子とされました。
だから大胆に、私たちは父なる神様に祈ることができます。

イエス・キリストの十字架があるので、
イエス・キリストの御名によって、
大胆に祈り、答えていただくことができるのです。

でも、私たちが誰かを許さず、恨んでいると、
その十字架の恵みの力が流れなくなり、
祈りが届かなくなってしまうのです。

私たちは自分が赦されたのですから、
私たちも、その十字架によって許すとき、
豊かな恵みが溢れ、祈りは豊かに答えられます。

2018年10月28日日曜日

大胆に祈り求め、受けたと信じる。

1028

「だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります。」

           マルコの福音書11章24節


祈って求めるなら、何でもと言われました。
もちろん、その大前提に「主の御心」ならということです。
ただ主の御心というと、とても残念なことですが、
多くの方が、とても狭く小さく考える傾向があるような気がします。

主はとても偉大な方で、主の御心も広く大きいのです。
ですから、とにかくまず、
本当に自分の願っていること、求めてみることを、してください。
主に大胆に祈り求めてください。
そして主が「それはダメですよ」と言われたら、
3度まで主に食い下がってみましょう。
それでも主が
「方向が違います、それはあなたによくありません、違いますよ」
と言われたら、
素直に向きを変え、祈りを変えていきましょう。

主に祈り求めた時に、
主の御心だとわかったなら、
主が、みことばを与えてくださったなら、
受けたと信じましょう。

ここで大事なことは、
受けると信じるのではなく、
受けたと信じることです。
つまり、まだ受けていなくても、
すでに受けたと信じるのです。
御心なら、必ず答えられるからです。
受けたという信仰の表れを一番簡単に示せるのは、
告白すること、つまり言うことです。
「神様は与えてくださった。与えられたことを感謝します。
イエス様、答えてくださって感謝します。
ありがとうございます。」
と先取りの感謝をし、受けたと信じて告白しましょう。

その時、その告白の通りに、主は、栄光を現してくださるのです。

2018年10月27日土曜日

山もを動かす神の言葉

1027

「まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、『動いて、海にはいれ。』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。」

           マルコの福音書1123



山は、動きません。
「動かざるごと、山の如し」と言われるように、動かないものの代表です。
その動かない山に向かって「海に入れ」と言いなさいと、イエスは言われました。
その時、心の中で疑わず、自分の言った通りになると信じるなら、
その通りになると言われたのです。

でも、海に向かって、疑わないで「海に入れ」と言うことができる人がいるでしょうか。
それはほとんど無理なことです。
ということは、これはできないということでしょうか。

いいえ。そうではありません。
山は動いて、海に入るのです。
神には不可能は一つもないからです。

では、どうすれば疑わないでいられるのでしょう。
これは全く疑わないでということではなく、
神様からはっきりと語られたり、神の御心と示された時に、
どんなに不可能に思えても、
その山に向かって、疑いに立たず、神の言葉に立って、
その神の言葉を語り命じるのです。
その時、その言葉を、神ご自身が成就してくださるのです。

もちろん、100%信じれれば、それは一番です。
でもほとんどの場合、それは難しいことでしょう。
でも、どんなに疑いや恐れや不安があったとしても、
神さまに語られたことを語るなら、
その言葉を神様は成就してくださるのです。

2018年10月26日金曜日

聖書の愛なる神は、最善にして最高をなしてくださる。

1026

イエスは答えて言われた。
 「神を信じなさい。」

   マルコの福音書1122



神を信じる。
信仰の秘訣はこの言葉につきます。
では神を信じるとは、どういうことなのでしょうか。

神を信じるとは、
まず泰一に、神の言葉を信じることです。
神の言葉である聖書、神が語られた言葉、
もちろん吟味をしないといけませんが、
確かに吟味し見分け確認できたなら、
その語られた神の言葉を信じることです。

そして次に、その土台ともなることですが、
神を信じるということは、
神が愛の方で、私を愛しておられ、
私に最善にして最高を与えてくださると、
信じることです。
物だけではなく、導きや出会いも含めて、
必ず最善をなしてくださる、
一番良いことをしてくださると、
信じることです。

神さまは、ひとり子のイエス・キリストを、
あなたのために十字架にかけられ、
イエス・キリストは黄泉に降られました。
それほどまでに、あなたを愛されている方が、
あなたに最善をなし、最高の道を用意しないわけがありません。

まず、そのことを信じましょう。
それは本当で真実だからです。

2018年10月25日木曜日

キリストの十字架によって結び合わされた家族

1025

天におられるわたしの父のみこころを行う者は

  だれでも、わたしの兄弟、姉妹、母なのです。 

          マタイの福音書1250



イエスの母と兄弟たちが、
イエスに何か話そうとして、外に立っていると、
だれかがイエスさまに言いました。
「ご覧なさい。あなたのおかあさんと兄弟たちが、
 あなたに話そうとして外に立っています。」と。

しかし、イエスはそう言っている人に答えて言われました。
「わたしの母とはだれですか。
 また、わたしの兄弟たちとはだれですか。」と。
そしてそれから、イエスは手を弟子たちのほうに差し伸べて、
こう言われたのです。
「見なさい。わたしの母、わたしの兄弟たちです。
 天におられるわたしの父のみこころを行なう者は
 だれでもわたしの兄弟、姉妹、母なのです。」と。


教会は神の家族です。
人の血の繋がりはありませが、
イエス・キリストの十字架で流された血潮によって
つなぎ合わされています。

イエスを心から愛し、
イエスと共に歩み、
キリストの望まれていることを行い、
イエス・キリストについていきたい、
この人の足跡に従いたいと思い、願う人たちは、
神の家族なのです。

2018年10月24日水曜日

キリストは心の中を変えてくださる。

1024

心に満ちていることを口が話すのです。

       マタイの福音書1234




心にもないことを言って・・・とよく言います。
でも心にもないことを、口は話しません、
心に満ちていることが、口から出てくるのです。

あなたは心に何を満たしていますか。
愛ですか。憎しみですか。
赦しですか、恨みですか。
あなたの心に暖かい泉が湧いていますか。
それとも、冷たい凍りつくような氷が張っていますか。

私たち人間の心は残念ながら、
いつも暖かさを溢れさせていることは難しいようです。
でもイエス・キリストを心にお迎えして、
イエス・キリストと共に人生を歩き始めると、
悲しみが喜びに、
憎しみが愛に、
怒りと憤りが赦しに変わることを体験されるでしょう。

心の中にあるものが、
ただただ恵みによって変えられていきます。

あなたにも、その恵みを、是非、体験してください。

2018年10月23日火曜日

手を伸ばしなさい。イエスのことばで萎えた片手が癒された。

1023

彼はいたんだ葦を折ることもなく、

  くすぶる燈心を消すこともない。 

     マタイの福音書1220




安息日に、
イエス・キリストのところに
片手の萎えた人がやってきました。

イエスさまは彼に
「手を伸ばしなさい。」と言われ、
この人の手は伸びて癒されたのです。

ところが、パリサイ人たちは、
安息日に癒したイエスに腹を立て、
どうして滅ぼそうかと考えました。

イエスさまは、この人をいやせば
自分がますます不利になることは知っていましたが、
この人を癒さずにはおられませんでした。
愛しておられたからです。

イエス・キリストは、
いたんだ葦を折ることはなく、
くすぶる燈心を消すことはありません。

もしあなたが痛んでいたら、癒してくださいます。
あなたの心がくすぶっているなら、
その心に温かい愛と憐れみの息吹を吹き込んで、
再び燃え立たせてくださいます。

それが、イエス・キリストなのです。

2018年10月22日月曜日

安息日は誰のためにあるのか?

1022

人の子は安息日の主です。

   マタイの福音書128




イエスの弟子達が安息日に、
麦畑の穂を摘んで食べていると、
当時の宗教エリートのパリサイ人や律法学者達が、
イエス・キリストとその弟子たちを非難しました。

でもイエスさまは、
聖書から彼らの間違いを教えられた後、言われました。
「人の子は安息日の主です。」と。

人の子とは、イエス・キリストご自身のことです。

聖書を形だけ守るのではなく、
主である神を愛し、
隣人を愛することを、しっかりと土台において、
聖書を読み、実践することが大切なのです。

イエス・キリストはまことの神、
安息日のためにイエスが、人が作られたのではなく、
イエスのために、人のために安息日が作られたのです。

2018年10月21日日曜日

魂が安らかになるくびき

1021

わたしのくびきは負いやすく、

 わたしの荷は軽いからです。

     マタイの福音書1130



イエス・キリストは、
「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、
 わたしのところに来なさい。
 わたしがあなたがたを休ませてあげます。」と言われた後、
さらに続けてこう言われました。
「わたしは心優しく、へりくだっているから、
 あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。
 そうすればたましいに安らぎが来ます。」

わたしのくびきを負って、わたしから学びなさいと。
くびきを負うことは、普通は嬉しくないことです。

でもイエスさまは、心優しくへりくだっているので、
イエスのくびきは負いやすく軽いのです。
だから多くのことを学び、魂が安らかになるのです。

あなたもイエス・キリストのところ行き、
イエスのくびきを負ってみましょう。
きっと心に安息が訪れ、魂は安らかになるでしょう。

イエス・キリストのくびきは負いやすく、その荷は軽いからです。

2018年10月20日土曜日

イエスのところに安息がある

1020

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、

わたしのところに来なさい。

わたしがあなたがたを休ませてあげます。                                       

                                マタイの福音書1128


今年の夏に長野県白馬で、
小学生以下の子どもたちのゴスペルの大会がありました。
その時、何人もの子どもたちが
「帰ろう」という歌を心を込めて歌いました。
その歌は『疲れたなら帰ろう』という歌詞で始まります。
私は感動するのと同時に、
今の小学生は疲れているんだな~と驚きを覚えました。

子どもたちから、
成熟したご年配の方々まで、
多くの方が疲れを感じています。

肉体的な疲れはもちろん、
生きることに疲れ、
心を病んでいる人も少なくはありません。

イエス・キリストは、言われました。
「疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。」と。
「わたしがあなたがたを休ませてあげます。」と。

確かにキリストのところには、安息があります。
イエスさまのところに行くと、
PEACE、平安、平和が心にやって来ます。
責められることも咎められることもなく、
せきたてられることもない。
ありのままで受け止め、全てをわかってくださる方、
そして再び生きる力を与えてくださる方。

この方、イエス・キリストのもとに行けば、進んで行く勇気が湧いて来ます。

2018年10月19日金曜日

十字架を負って

1019

自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、

  わたしにふさわしい者ではありません。

           マタイの福音書1038


イエス・キリストは、あなたを愛して十字架にかかり、
あなたと私の罪の身代わりになって裁かれ神に捨てられて、よみに降られました。

私たちは赦され、救われたのです。
あなたがイエスの愛に感動して、
この方についていきたい、この方に倣いたいと思われると、
あなたの人生の中に小さな十字架が始まります。

誤解されたり、
わかってもらえなかったり、
一生懸命愛して仕えているのに、
冷たくされたり、馬鹿にされたりするようなことが起こります。
孤独の中を通ることもあります。

でも、そんな時、
イエス・キリストの方を向いて、
イエスの十字架にあなたの目を向けて、心を傾けてください。

その十字架を負い続けていくことの出来る愛の力が
イエス様の十字架から注がれてきます。

あなたは知るでしょう。
自分は1人ではないと。
そして、私のことを本当に知り、愛してくださっている方がいることを、
さらに深く深く知ることでしょう。

2018年10月18日木曜日

キリストが全て支払ってくださったので、タダでいい。

1018

あなたがたは、タダで受けたのだから、タダで与えなさい

           マタイの福音書108


宗教は危ない。
変な壺を買わされたり、何やかやとお金を取られ洗脳される。
そう思っている人が、いらっしゃるのではないでしょうか。

本当に宗教こわいですね。
でもイエス・キリストは、ご自分の命を、
私たちのために代価として支払われて、
私たちには何も払えとは言われません。

ただ自分の罪を認めて、
イエス・キリストの十字架を信じればいいのです。

タダほど怖いものはないと言われる方がいるかもしれませんが、
イエス・キリストが、ご自分の命を、あなたの代わりに支払われたのです。
だから、あなたは何も払わなくていいのです。
タダですが、本当はタダでなく、
イエス様が命をかけてあなたを愛し、
全ての病気や悲しみ・怒り等の罪の負債を払ってくださったのです。

だから、タダただなのです。
だから、私たちも人々にタダで伝え与えましょう。

2018年10月17日水曜日

大収獲のために働き人を

1017

 収穫は多いが、働き手が少ない。

 だから、収穫の主に、収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい。

             マタイの福音書92728


今まで日本には、たくさんの国々から多くの方々が
イエス・キリストの福音を携えて宣教に来られました。
ヨーロッパから、
アメリカから、
最近は韓国をはじめとするアジアから・・・

日本では一時的にクリスチャンが増えたことはあっても、
たくさんの人が救われるリバイバルというのは、
戦国の終わりに少しあっただけで、ほとんど起こりませんでした。


世界各地に起こる地震や天災を見ても感じられるように、
今は、終わりの時代です。
神さまは、この終わりの時代に、
日本にもリバイバルを起こし、
たくさんの人々を救い、全世界に遣わそうとされています。

今まで小さくて弱かった教会を通して、
多くの人がイエス・キリストに出会い、救われてくるでしょう。

だから働き人が必要なのです。
そのためにイエスは言われました。
大収穫が来るので、
そのために必要な働き人を
収穫の主に送ってくださるように祈りなさいと。

2018年10月16日火曜日

恐れないで、ただ信じるときに起こる驚くべき奇跡

1016

「恐れないで、ただ信じていなさい。」

                                 マルコの福音書536

ヤイロの12歳の小さい娘が死にかけてましいた。
それでヤイロは、イエスの足元にひれ伏して、言いました。

「どうか来てくださって、娘の上に手を置いてください。
 娘を救って生きれるようにしてください。」

と懇願しました。

イエスは、すぐに一緒に行かれました。
その途中で、12年長血の女の癒しが起こりました。
ところがそのとき、ヤイロの家のものが来て言いました。
「娘さんは亡くなりました。
 もう先生の手を煩わすことはありません。」

ところが、そのとき
イエス・キリストは、ヤイロに向かって、
こう言われたのです。

「恐れないで、ただ信じていなさい。」と。

そして
ペテロとヤコブ、ヤコブの兄弟のヨハネだけを連れて
ヤイロの家に行かれ、
その子の両親とともに、
その子のいるところに入り、
その子の手をとって言われました。

「タリタ・クミ。」
「少女。あなたに言う。起きなさい。」と。

すると少女は起き上がり、歩き始めたのです。
人々は口がきけなくなるほど非常に驚きました。


あなたも、もうダメだ。
祈りは答えられなかった、
もうタイムリミットを過ぎた。
と思うことがあるかもしれません。
でもイエスは言われます。

「恐れないで、ただ信じていなさい。」

神の時は、私たちの時とは違うのです。
あなたには遅く思えても、
最善のときに必ず
イエス・キリストは答えてくださるのです。

2018年10月15日月曜日

着物に触われば直る!そう信じて直った12年間婦人病だった女性

1015

「娘よ。しっかりしなさい。

 あなたの信仰があなたを直したのです。」

           マタイの福音書922


12年間長血(婦人病)だった女がいました。
今まで、どの病院に行っても、
どんな名医のお医者さんにかかっても直りませんでした。

でもイエス・キリストのことを聞いた時、
彼女はキリストの着物に触れることができれぱ、
きっと直ると信じました。
そしてイエスの後ろに来て、その着物のふさに触りました。
その瞬間、イエスは振り向いて、彼女を見て言われました。
「娘よ。しっかりしなさい。あなたの信仰があなたを直したのです。」
すると、その時から、全く直ったのです。

イエス・キリストには不可能はありません。
あなたがイエスはきっと直してくださる。
キリストはきっと答えて解決してくださる。
そう信じてイエス・キリストに近づき、
その衣のふさに触れる時、
あなたにも奇跡と癒しが起こり救いがやって来ます。


さあ、今、イエスさまを信じて、キリストのところに近づきましょう。

2018年10月14日日曜日

罪人を招き、病人をいやすため来られてイエス

1014

「わたしは憐れみを好むがいけにえは好まない。」

           マタイの福音書913


イエス・キリストは、
家で取税人や罪人たちとともに
食卓に着いて食事をしておられました。
律法にうるさいパリサイ人たちは、
それを見て、弟子たちに言いました。
「なぜ、あなたがたの先生は、
 取税人や罪人たちと一緒に食事をするのですか」と。

イエスはこれを聞いて、こう言われました。
「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。
『私は憐れみは好むがいけにえは好まない』
 とはどういう意味か、行って学んで来なさい。」
そしてこう続けられました。
「わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」

イエスさまは、
わたしたちが立派だから、
きちんと律法を守っているから、
助け救ってくださるのではなく、

律法を守れない罪人の弱い私たちを救い、
ミスばかりする失敗だらけのあなたとわたしを
憐れみ、助けて、真実な愛で愛してくださるのです。

2018年10月13日土曜日

イエスに従って、お金から解放されたたマタイ

1013

「わたしについて来なさい。」

     マタイの福音書99


イエスは、収税所に座っているマタイをご覧になり
「わたしについて来なさい。」と言われました。

マタイは、
今まで同胞のユダヤ人からローマへの税金を取る
みんなの嫌われ者の収税人でした。
お金はたくさん持っていましたが、
みんなから軽蔑され、罪人と同じように言われていました。

そのマタイに、イエス様は声をかけられたのです。
マタイは嬉しかったでしょう。
彼はすぐに立ち上がり、イエスについて行きました。

イエス・キリストは、人のうわべを見ません。
人は仕事や立場やお金や評判で噂し色々と判断します。
でもイエス・キリストは、
その人の心の中にあるものを、見てくださるのです。

そして、あなたにも言われます。
「わたしについて来なさい。」と。

2018年10月12日金曜日

罪を赦し、病気を癒す権威のあるイエス・キリスト

1012

「子よ。しっかりしなさい。あなたの罪は赦された。」

        マタイの福音書92


人々が中風の人を床に寝かせたまま、イエスのみもとに運んで来ました。
イエスは、彼らの信仰を見て言われました。
「子よ。あなたの罪は赦された。」と。

これを聞いた律法学者たちは、罪を赦すことは神にしか出来ないと思い、
心の中で、『イエスは神を汚している。』とつぶやいていました。
それでイエス・キリストは、この中風の人に
「起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい。」と言われました。

すると彼は起きて家に帰ったのです。
群衆はそれを見て恐ろしくなり、こんな権威を与えた神をあがめました。

イエス・キリストは神のひとり子で生けるまことの神から遣わされた方でした。
イエス・キリストには罪を赦す権威があったのです。
ですから、肉体の病、病気に対しても権威を持っておられました。
だから、癒すことがおできになったのです。

イエス・キリストは、あなたの罪を赦し、病気を癒してくださいます。

2018年10月11日木曜日

十字架で治らない病気はない!

1011

「彼が私たちのわずらいを身に引き受け、

 私たちの病を背負った。」

          マタイの福音書817


イエス・キリストが十字架にかかられた時、
彼は、私たち一人一人の罪とともに、
全ての病、病気をもその身に引き受けてくださいました。

キリストが十字架で死なれた時、
罪も病気も悪霊からも、
私たちを解放し癒してくださったのです。

ですから、私たち一人一人が、
自分の罪を認めて悔い改め、
イエス・キリストの十字架を信じるなら、
罪が赦されて救われるのとともに、
全ての病、どんな不治の病であっても、心の病気であっても、
何かわからない力に縛られていても、
必ず癒され解放されるのです。

2018年10月10日水曜日

大丈夫! あなたは必ずいやされ解放される。

1010

イエスはみことばをもって霊どもを追い出し、

また病気の人々をみないやされた。 

                                            マタイの福音書816


人々は、イエス・キリストのところに、たくさんの病人や悪霊に憑かれた人を連れて来ました。

イエス・キリストは、その一人一人のうちから、
みことばをもって霊どもを追い出され、また病気の人もすべて癒されました。
イエス・キリストは、彼らを放って置けませんでした。
彼らを愛しておられたので、憐れまずにはいられなかったのです。

イエスさまは、あなたも、あなたの大切な人も愛しておられます。
あなたやあなたの大切な人が、
悪霊としか思えないようなひどい状況の中にいたとしても、
不治の重い病気であったとしても、大丈夫です。

イエスさまのところに連れて行きましょう。

イエスさまは、必ず解放し、いやして直してくださいます。