2016年10月14日金曜日

10月14日(金) マリヤとヨセフ③




マリヤは言った。「ほんとうに私は主のはしためです。

あなたのおことばどおりこの身になりますように。」

こうして御使いは彼女から去って行った




ルカの福音書1章38節



神の言葉を信じて十字架を引き受けたマリヤ




マリヤにとって、

イエス・キリストの母になるということは、

すばらしいことでした。



まさに、それは恵みというほかありません。

確かにそうです。

しかし、実のところマリヤは、

このとき十字架を背負ったのです。

十字架を引き受けたのでした。



よく考えてみてください。

このとき御使いは、マリヤにだけ現れたのです。



どうして、ほかの人々が、

マリヤの胎の身を、 聖霊によるものと信じることができるでしょう。



まして、 いいなづけのヨセフは、

いったいどう思うでしょうか。



実際、ヨセフは、このことで苦しんだのでした。



マリヤは誰にも理解されず、

誤解と白い目で見られたに違いありません。

マリヤは、

そうなることぐらい予測できたはずです。



しかし、

マリヤはそのことも、

その身に引き受けたのでした。



神の言葉が、

すべて自分に成就することを、

マリヤは、

十字架とともに、

喜んで引き受けたのです。



神が、

この小さな田舎町の

ひとりの名も知られない処女を、

イエスの母として選ばれた理由が、

ここにありました。



マリヤは、

特別にきよくて、

罪がなかったからではありません。



彼女も私たちと同じ罪人だったのです。



しかし、

マリヤは神の言葉の前に、

真実に謙遜でした。

神の言葉を、

そのまま受け取る

本当のへりくだりを持っていました。



例えその結果、

十字架を負うとしても、

誤解や中傷の中に置かれるとしても、

マリヤは神の言葉に、

自分をゆだねるこのできる生きた信仰を、

持っていたのです。



これこそ、神の恵みでした。  



そしてマリヤは、

神ご自身の手によって、

夫となるヨセフの誤解が解かれ、

ヨセフと結婚し、

神さまの愛の真実を見るのです。



「神にとって不可能なことは一つもありません」





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