2016年9月25日日曜日

9月25日(日)不妊の胎が開かれて⑥





すると、彼は書き板を持って来させて、

「彼の名はヨハネ」と書いたので、人々はみな驚いた。

すると、たちどころに、彼の口が開け、舌は解け、

ものが言えるようになって神をほめたたえた。



   ルカの福音書1章63・64節


懲らしめとは整えの時


私は、ふと思うのです。

もしも、もしも、ザカリヤがおしになっていなかったなら、

もしかすると、

親族や近所の人々に「ヨハネ」とつけるのを反対されたとき、

「ヨハネ」と、この子につけなかったかもしれないと。



そして、彼らが主の言葉に従ったときに、

その懲らしめは終わり、

彼の口から賛美があふれてきたのでした。



主の懲らしめは、私たちに平安な義の実を結ばせます。

そして、私たちに、心からの賛美を与えてくれるのです。

あなたも不信仰のゆえに、

主の懲らしめの中に置かれることが、あるかもしれません。

しかし、それは、主があなたを愛し、子として扱っておられるからです。



主は、たとえあなたが不信仰であったとしても、

あなたに約束されたことは、必ず果たしてくださるのです。



そして、

その成就の時に、

あなたが、それを正しく受け取れるように、

いま、その懲らしめの中で整えてくださっているのです。

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