2016年8月27日土曜日

8月27日(土) 生まれつき盲人③





「行って、シロアム(訳して言えば遣わされた者)の池で

 洗いなさい。」

そこで、彼は行って、洗った。

すると、見えるようになって、帰って行った。


     ヨハネの福音書9章7節


従順がもたらす祝福


生まれつきの盲人は、イエス・キリストから泥を目に塗られて

「行って、シロアムの池で洗いなさい」と言われて、すぐに従いました。



彼は行って、洗ったのです。

すると、どうでしょう。彼の目は見えるようになったのです。



彼はシロアムまでの道を、今までもきっと行ったことがあったでしょう。

けれどもこの日、目に泥をつけながら、少し興奮気味に

シロアムに向かっていく彼を、人々はどんな目で見ていたことでしょう。

中には笑う人も、馬鹿にする人もいたかもしれません。

でも彼は行くことを止めませんでした。

 

彼があまりに急いで行くので、

途中でぶつかってしまう人がいたかもしれません。

でも彼は、そんなことぐらいでくじけませんでした。

彼は生まれてはじめて聞いたことばによって、

今や信仰の人とされていたのです。

シロアムに向かって行ったのです。

でも注意してみて下さい。

シロアムで洗えば目は見えるようになるとも、

目が良くなるとも言ってはいないのです。

ただ、シロアムの池に行って洗いなさい。と言われただけでした。



しかし、この盲人は信じたのです。

そしてイエス・キリストのことばに、ただ従ったのです。

その時、奇跡が起こったのです。



彼がイエス・キリストのことばの通りに従って

シロアムの池に行って、洗ったときに

主の奇跡は起こりました。



この盲人は、生まれて初めて見えるようになりました。

世界には色があってカラーだと知ったのです。

彼の人生に運命とあきらめていたことが、

今、神の奇跡の手によって可能となったのです。



笑われながら、馬鹿にされながら、

人とぶつかり倒れながら通ってきた道を、

今度は踊るようにして、彼は歩いていったのでしょう。

いや走っていたかもしれません。

それとも、見える世界に驚きながら、

何度も、何度も立ち止まっては進んでいったでしょうか。

嬉しくて、嬉しくて仕方なかったでしょう。

見えるものすべてが新しく、

心がはちきれるぐらい感動でいっぱいだったでしょう。



そしてイエス・キリストへの、

ことばに出来ないほどの感謝と賛美が彼の内側からあふれていたことでしょう。



これが私たちの主、イエス・キリストです。

これが聖書に書かれているイエス・キリストの姿です。

イエス・キリストは、この生まれつきの盲人に目を留めて、ことばを与え、

従った盲人の目を開けられたように、

私たちにも目を留めて、ことばを与え、

すばらしい奇跡といやしをなして下さるのです。

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