2016年7月25日月曜日

7/25(月) 彼らを恐れてはいけません。





だから、彼らを恐れてはいけません。

おおわれているもので、現わされないものはなく、

隠されているもので知られずに済むものはありません。




      マタイの福音書10章26節





イエスは言われました。



「弟子はその師にまさらず、しもべはその主人にまさりません。

 弟子がその師のようになれたら十分だし、

 しもべがその主人のようになれたら十分です。」



イエスは、弟子たちに対して、

師である自分のようになれたら、それで十分で、

まさることはできないし、そんな必要もないと言われました。



また、主であるイエスのようになれれば、

しもべである弟子たちは、それで十分だよと言われました。



そして、こう続けて言われました。



「彼らは家長をベルゼブルと呼ぶぐらいですから、

 ましてその家族のことは、なんと呼ぶでしょう。」



ベルゼブルというのは、悪霊の頭サタンの名前のようなものです。

彼らは、イエス・キリストのことを、

悪霊の頭であるベルゼブルと呼んでいたのです。



イエスは、ご自分のことを、ここでは家長と言われています。



神の家族である教会の頭でもあるイエス・キリストは、

まさに弟子たちの家長でした。

その家長のことをベルゼブルと呼ぶぐらいですから、

弟子たちのことを悪く言うのは当然です。



そんな悪口や批判を恐れることはない。

彼らを恐れることはないと、イエスは言われたのです。



「だから、彼らを恐れてはいけません。

 おおわれているもので、現わされないものはなく、

 隠されているもので知られずに済むものはありません。」



今はおおわれていて隠されていても、

必ず現され知られるようになる。

隠されたまま知られずに済むことは決してない、



だから、恐れずに、

わたしがあなたがたに語った福音を大胆に語り続けなさい。



暗闇でわたしがあなたがたに話すことを、

みんなのいる明るみで言いなさい。

わたしが耳元であなたにささやき語ったことを、

屋上に行って、みんなに聞こえるように言い広めなさい。



イエスは、そう言われました。



私たちも私たちのことを悪く言う人を恐れることなく、

イエス・キリストの福音を語り続けていきましょう。

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