2016年7月18日月曜日

7/18(月) シャローム、主の平安がありますように。






その家に入るときには、平安を祈るあいさつをしなさい。



       マタイの福音書10章12節



弟子たちが宣教に行くとき、

イエスは、どんな町や村に入っても、

そこでだれが適当な人かを調べて、

その人のところに留まるように言われました。



イエス・キリストは、

2人ずつ1組にして遣わされましたが、

同じ家にとどまって、

その家を宣教の拠点として、宣教をしなさいと言われました。



その町を立ち去るまでは、

一つの家にとどまって宣教するように言われたのです。



さらに、

「その家に入るときには、平安を祈るあいさつをしなさい。」

と言われました。



この平安を祈るあいさつは「シャローム」というヘブル語です。



これは形だけの祈りではなく、

神さまからの真の平安がありますように、

という意味のある実質の伴った祈りなのです。



イスラエルでは、朝でも、昼でも、夜でも、この言葉でいいのです。



「その家がそれにふさわしい家なら、

 その平安はきっとその家に来るし、

 もし、ふさわしい家でないなら、

 その平安はあなたがたのところに返ってきます。」



とイエスは言われました。

弟子たちのとどまった家が、

その主イエスからの平安を受けるにふさわしいなら、

つまり弟子たちのメッセージを素直に受け入れ、

その宣教の働きを心から助け、共に戦うなら、

神さまからの平安、シャロームが、その家に注がれ留まるのです。



しかし、その平安の祝福に、ふさわしい家でないなら、

つまり、弟子たちのメッセージを素直に受け入れず、

宣教の働きを共ににない助けることをしないなら、

その平安、シャロームは弟子たちのところに返ってきて、

他の家に持っていくことになるのです。

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