2016年6月7日火曜日

6/7(火) 報われる祈り




あなたは、祈るときには
自分の奥まった部屋に入りなさい。
そして、戸をしめて、
隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。
そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、
あなたに報いてくださいます。
                マタイの福音書6章6節

イエス・キリストは、続いて祈りについても語り始められました。

「また、祈るときには、偽善者達のようであってはいけません。
 彼らは、人に見られたくて
 会堂や通りの四つ角に立って祈るのが好きだからです。
 まことに、あなたがたに告げます。
 彼らはすでに自分の報いを受け取っているのです。」

当時の宗教指導者の祭司長やパリサイ人、律法学者達は、
会堂や通りの四つ角に立って、よく祈っていました。
それは人に見られるため、人に見せるためでした。
自分たちは、こんなに祈っているということを見せるためでした。

神さまの前に祈っているのではなく、施しのときと同じように、
人に見せるために、人前で他人に聞かせるために祈っていたのです。

イエスは言われました。
「彼らはもうすでに自分の報いを受け取っている」と。
つまり、人の賞賛や人からの栄誉を受けている。
だから神さまからの報い、祈りの答えを見ることができないのです。

祈りも施しと同じように、人前で、人に見せるためではなく、
神のみ前に捧げるものなのです。
だから、自分の奥まった部屋に入り、
戸をしめて、今なら鍵をかけるといいかもしれませんね。
神さまと一対一になって、心を注ぎだして祈るのです。

神さまはあなたの隠れている心も行いも全部知っておられて、
あなたが隠れた所で神さまに全部を注ぎだして、
真実に求め願い祈るなら、
あなたの心の叫びに報いて、
豊かに答えてくださるのです。

あなたの祈りは聞かれます。
あなたの叫びは届きます。

神さまは、あなたの祈りに耳を傾け、豊かに報いてくださるのです。
神さまは、あなたの願いに必ず応えてくださるのです。

もちろん、教会で共に祈ることもとても大切です。
そのことについても、いつか書きたいと思います。

教会に集まって共に祈ることと、
密室に入り一人で祈ることとは、
祈りの両輪です。
どちらも、とても大切です。

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