2016年6月20日月曜日

6/20(月) 求めなさい。そうすれば与えられます。





求めなさい。そうすれば与えられます。
捜しなさい。そうすれば見つかります。
たたきなさい。そうすれば開かれます。
だれであれ、求める者は受け、
捜す者は見つけ出し、
たたく者には開かれます。
     マタイの福音書7章7・8節

今日のみことばは、祈りの原点ともいうべき有名なみことばです。
「求めなさい。そうすれば与えられます。」
これは、求め続けなさい。と訳せることばです。
つまり、求め続けるなら、必ず答えられる。与えられる。
ということです。

祈るとき重要なことは、まず願うことです。
願いがあるかどうかというのは、
祈りにおいて、とても大切なことです。

もちろん、願うことさえ出来ないくらい弱められる時や、
求める力さえ、無くなってしまうときもあります。
しかし神さまの恵みの中で、
私たちのうちに願いが与えられるのです。
その願いを求める時、神さまは答えて与えてくださるのです。

ただ、すぐに与えられる時もありますが、
すぐには答えられず、求め続けなければならない時があります。
その求め続ける中で、本当にそれを願い、
神さまが与えてくださると信じるかという試しを通るのです。
信仰が試され忍耐が問われるのです。

神さまは求め続ける時、必ず答えて与えてくださいます。
もちろん主の御心にかなうなら、という大前提がありますが。

ただ主の御心というと、
とても狭く、もうダメだと思ってしまう方が多いような気がします。主の御心はそんなに小さくありません。
私たちの信じている聖書の神さま、
真の神様は、そんなに小さな方ではありません。
天地万物を創造されたた偉大なお方です。

イエス・キリストは、愛と憐れみに満ちたお方です。

だから大胆に、ためらわずに、
あなたの願いを、主の前に注ぎだして求めてください。
もしも御心に叶わないなら、
あなたの心を変え、御心にかなう願いを与えてくださいます。

さらにイエスは言われました。

「あなたがたも、自分の子がパンを下さいという時に、
 だれが石を与えるでしょう。
 また、子が魚を下さいと言うのに、だれが蛇を与えるでしょう。
 してみると、あなたがたは、悪い者ではあっても、
 自分の子どもには、良い物を与えることを知っているのです。
 とすれば、なおのこと、天におられるあなたがたの父が、
 どうして、求める者たちに
 良いものを下さらないことがありましょう。」

この例えは面白いですね。
子どもがパンを下さいと言う時に石を与えるだろうか、
子どもが魚を下さいと言う時に、蛇を与えるだろうか。と、
パンと石、魚と蛇、が出てきますが、
これはあまりにも違いすぎる例えです。
大げさに言うことによって、わかりやすくしているのだと思います。

それとともに、異邦の神を信じている人たちは、
神さまに求める時に、多くの場合は、
下手なことをいうと、祟りが怖いと思っていたりするのです。
日本の諺に「触らぬ神に祟りなし」と言うのがありますが、
まさに異邦の神、つまり悪霊に対してはそうなのでしょう。

しかし、私たちの信じている真の神さまは違います。
パンを求めれば、
一番美味しい最高のパン与えてくださるのです。
魚を下さいと頼めば、
今、一番旬の最高の魚を与えてくださるのです。

親が子どもに一番良い物を与えるように、
父なる神さまも最善にして最高の物を、与えてくださるのです。

だから、素直に、大胆に、ためらわずに、厚かましいほどに、
主に求めましょう。 

あなたが与えられるには自分はふさわしくない、と思ったとしても、
遠慮せず、大胆に求めてください。
ふさわしくない物が受けるのを「恵み」と言います。
私たちの信じている神さまは、恵みに満ちているお方なのです。

だから、イエス・キリストの名によって、大胆に主に求めましょう。
答えられるまで、求め続けましょう。
与えられるまで、信じて祈り続けましょう。

主イエス・キリストは、必ず答えてくださいます。
父なる神さまは、最善にして最高のものを必ず与えてくださいます。

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