2015年12月31日木曜日

最後まで日本の魂を求めてーペテロ・バプチスタ

26人の殉教者たちは、殉教する日の前日、
つまり2月4日に、彼杵の港で、しばし休憩の時間をとりました。
京都から続いた殉教への旅もいよいよ終わろうとしていました。
目の前には大村湾が広っがっていました。

美しい穏やかな大村湾を眺めながら、
26人のリーダーであるペテロ・バプチスタ神父は、
岩に腰掛けながら静かに黙想をしていました。

京都のらい病院に残してきた患者たちの食べる米がないことを、
ふと思い出しました。

仲間たちとしてきた、この国、日本での開拓の働きはどうなるのだろう。
日本のキリシタンたちは、これからどうなるのだろう。
いろいろと思いめぐらすうちに彼の目から涙がこぼれ溢れてきました。
バプチスタ神父の目から涙がとめどなく流れてきたのです。

「今、自分は死地へ向かっている。
 イエス・キリストを伝えたがために殺されようとしている。
 そのことはこの上もない喜びである。
 しかし、この国の宣教は、始まったばかりなのに、
 ともに戦ってきた仲間たちも、
 受け継ぐべき同僚たちまでもが殺されようとしている。
 この国の宣教の働きはどうなるのだろう。
 この国のキリシタンたちは、これからどんな苦難な道を歩むのだろう。
 そしてまだたくさんいるキリストを知らないこの国の人たちは、
 どうなるのだろう。」

そう思うと、
バプチスタの目から涙がとめどなく流れてきて止めることができなくなりました。

彼は自分のために泣いたのではありません。
自分の国、イスパニアのために泣いたのでもありません。
そこに残してきた家族、両親や兄弟たちのために泣いたのでもありません。

私たちの国、この日本の将来を想って泣いたのです。
これから日本のキリシタンたちが通るであろう苦難と迫害を思い泣いたのです。
日本のまだ救われていない魂のことを思うと、
彼の頬を涙がとめどなく流れて止まらなくなったのです。

しかしバプチスタ神父の泣いている姿を
遠くでニヤニヤしながら見ている人たちがいました。
役人たちでした。

彼らは珍しい神父の涙を見ながら、
死ぬのが怖くて泣いていると誤解して、皮肉笑いを浮かべて噂し合っていました。
神父はそのことを知りませんでした。

それを見ていた武士出身のパウロ三木が、
バプチスチ神父に近づいて頼みました。

「バプチスタ神父。
 私にはあなたの涙の意味がわかります。その気持ちもわかります。
 しかし役人たちは、あなたが死ぬのが怖いので泣いていると曲解し、
 あなたのことをなじっています。
 どうか、彼らの前では涙を見せないでください。
 誤解されてしまいますから・・」

そう言われてバプチスタ神父は涙を止めました。
まだキリストを知らない信じていない役人たちにつまずきを与えてはならないと、
冷静さを取り戻し、彼は涙を止めたのです。

私は、ペテロ・バプチスタ神父が、
日本の将来を思って思わずも涙し泣いたのを見て感動を覚えます。
しかし、それにも増して、
まだキリストを知らない人につまずきを与えてはいけないと
その涙を止めたことに、もっと深い感動を覚えます。

これど宣教師魂。
ミッショナリースピリット。
この終わりの時代の宣教を戦っていくために、
彼が持っていたこの魂への情熱を
私たちも主からいただけるようにと、祈らずにはいられません。

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