2015年12月29日火曜日

少年トマス小崎ー親子での殉教

26人の殉教者の中に親子で、つまり父子で殉教した者がいます。
それが少年トマス小崎と父のミカエル小崎です。
父のミカエル小崎は伊勢生まれの弓師でした。

殉教した時、息子のトマスが15歳、父のミカエルが48歳でした。

この父と子は京都で捕らえられ、戻り橋を渡って、兵庫、明石、姫路、岡山、尾道と旅を続け、
殉教する長崎の西坂の丘まで惹かれて行きました。
その途中の三原に着いた1597年1月19日の深夜に、
三原城の牢獄で、15歳の少年トマスは見張りの目を盗みながら母への手紙を書きました。
涙ながらに母マルタに宛てて書いていたかもしれません。

「母上様、神のみ恵みに助けられながら、この手紙をしたためます。
 ・・・略・・・
 どうか私のことも、父ミカエルのことも何一つ心配なさらないでください。
 パライソなる天国で、母上様とすぐにお会いできるとお待ちしいます。
 臨終には罪とがを熱心に悔い改め、
 イエス・キリストの幾多の恵みを感謝なされば救われます。
 ・・・略・・・
 どうか、2人の弟、マンショとフィリポを、よろしくお願いいたします。
 彼らの信仰を育み、決して異教徒に渡すことのないように、頼みます。
 私は母上様のことを主にお願し、お委ねいたします。
 母上から私の知っている人たちに、よろしく伝えてください。
 母上様、罪とがを日々悔い改めることを忘れぬよう、再び重ねて申し上げます。
 なぜなら悔い改めだけが、唯一の重大字なことですから。
 アダムは神に背き、罪を犯しましたが、悔い改めと贖いによって救われました。
                            陰暦12月2日 
                              安芸国三原城の牢獄にて」

日々悔い改めて、主イエス・キリストにすがるなら、必ずパライソなる天国に行ける。
そして再び、母とも弟たちとも会うことができる。
15歳の少年は、そのことを知っていました。

真夜中に牢獄で手紙を書きながら、
15歳の少年は天で再び母と弟たちに会える日を思いながら、
この手紙を書いたことでしょう。

この手紙を書き終えると、父のミカエルに渡しました。
囚人として連行されている彼には届けるすべがなかったのです。
しかし父ミカエルにも、この手紙を出すすべがなく、
自分の肌着の下に身に付けて、しっかりと隠し持っていました。

西坂で26人が十字架につけられて殉教したあとに、
十字架から降ろされた時、父ミカエルの懐から血に染まったこの手紙が出てきました。

母がこの手紙を目にすることはなかったようです。
しかし今、天で母は2人の弟と共に兄のトマスや父ミカエルと共に
主イエス・キリストの傍で主を賛美していることでしょう。

そしてこの国、日本のリバイバルのために祈っていることでしょう。

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