2019年8月18日日曜日

あわれみと恵みに富み満ちておられる方

818日(日)

ですから、私たちは、あわれみを受け、

また恵みをいただいて、

おりにかなった助けを受けるために、

大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。

          ヘブル人への手紙416


私たちの大祭司であるイエス・キリストは、
私たちの弱さに同情できない方ではありません。
決して罪を犯されませんでしたが、
すべての点で、
私たちと同じように試みに会われたのです。
ですから、
私たちの失敗や弱さを見ても裁くのではなく、
同情し憐れんでくださるのです。

また私たちの神は
憐れみと恵みに富んでおられる方です。
恵みとは、
受けるに値しないものが受けるのが恵みです。
全くふさわしくない者が
受けることができるのが恵みなのです。

キリストは私たちを憐れみ、恵みを持って、
おりにかなった、まさに今、
必要な助けを与えてくださる方なのです。

だから大胆に恐れることなく、
この方イエス・キリストの恵みの御座に
近づき祈り求めましょう。

神は必ずあなたに答えて、
恵みとあわれみを惜しみなく注いでくださいます。

2019年8月17日土曜日

御霊の賜物、特に預言は神の愛の現れ!

817日(土)

また御霊の賜物、特に預言することを熱心に求めなさい。

                                      コリント人への手紙 第一 141節後半


「愛を追い求めなさい」に続いて、
「御霊の賜物、
特に預言することを熱心に求めなさい」
と聖書は語ります。
御霊も賜物とは、
知恵のことば、知識のことば、信仰、
いやしの賜物、奇蹟を行なう力、預言、
霊を見分ける力、異言、異言を解き明かす力という9つで、
イエス・キリストを信じ、
聖霊のバプテスマを受けた人々に与えられており、
みんなの益となるために、おのおのに現われてくるのです。

この賜物の働きは、まさに神からのプレゼント、賜物です。
ですから、人の知恵や力ではなく、
神の愛・力・知恵が豊かに現されます。
不可能の壁が崩され、奇跡が起こります。

愛を追い求めるのと同じように、
この御霊の賜物を求めなさいと聖書は言っています。
賜物の現れは神の愛を具体的に現すからです。
特に預言は正しく吟味されたなら、
それは神のことばであり、
神のことばは必ず成就し、
神のことばは人々をいやし解放するのです。
なぜなら神のことばは神の愛であり、
神の力であり、神の命・知恵だからです。
神のことばはサタンを打ち砕き、悪霊を追い出すのです。

聖霊の賜物、
特に預言は、神のアガペーの愛を豊かに現わし、
人々を神の救いへと導きます。
あなたも愛を追い求め、
御霊の賜物、
特に預言することを熱心に求めましよう。

2019年8月16日金曜日

アガペーの愛に生きる


愛を追い求めなさい。

コリント人への手紙 第一 141



ここでいう愛は、
13章に書かれている愛のことです。
つまりこの愛は、寛容で、親切です。
人をねたまず、自慢せず、高慢になりません。
礼儀に反することをせず、
自分の利益を求めず、
怒らず、人のした悪を思わず、
不正を喜ばずに真理を喜びます。
すべてをがまんし、
すべてを信じ、すべてを期待し、
すべてを耐え忍びます。
このアガペーの愛は
決して絶えることがないのです。
これは神の愛、アガペーです。

この愛に生きた方がいます。
イエス・キリストです。
愛を追い求めていくと、
イエス・キリストについていくことになります。
イエス・キリストは
病気の人をいやされ、奇跡を行われました。
そして人々に神のことばを語り、
人々を慰め励まし救われたのです。

愛があれば御霊の賜物はいらないという人がいます。
でもそれは間違いです。
愛があるなら、
つまりアガペーの愛を追い求めていくと、
御霊の賜物が現れてくるのです。
この愛と御霊の賜物、
特に預言することはセットなのです。
あなたも愛を追い求め、
また御霊の賜物、
特に預言することを熱心に求めてください。

2019年8月15日木曜日

神の答えは知恵と愛に満ちている

815日(木)

神のものは神に返しなさい。

  マルコの福音書1217


祭司長や律法学者たちは、
イエスに何か言わせて、わなに陥れようと、
パリサイ人とヘロデ党の者数人を
イエスのところへ送り、言いました。
「先生。私たちは、あなたが真実な方で、
 だれをもはばからない方だと存じています。
 あなたは人の顔色を見ず、真理に基づいて
 神の道を教えておられるからです。
 ところで、
 カイザルに税金を納めることは
 律法にかなっていることでしょうか、
 かなっていないことでしょうか。
 納めるべきでしょうか、
 納めるべきでないのでしょうか。」
イエスは彼らの擬装を見抜いて言われました。
「なぜ、わたしをためすのか。
 デナリ銀貨を持って来て見せなさい」
彼らが持って来ると、彼らに言われました。
「これはだれの肖像ですか。だれの銘ですか」
彼らは「カイザルのです」と答えました。
するとイエスは言われたのです。
「カイザルのものはカイザルに返しなさい。
 そして神のものは神に返しなさい。」
彼らはイエスに驚嘆しました。
イエスを罠に陥れようとした質問に、
イエスは見事な答えを返されました。

神は知恵に満ちておられます。
私たちも人を恐れず、
大胆にイエス・キリストを信じて、
その御足の後についていきましょう。

2019年8月14日水曜日

主イエスの前にへり下るものが高くあげられる

814日(水)

 主の御前でへりくだりなさい。そうすれば、主があなたがたを高くしてくださいます。

              ヤコブの手紙410


最もへりくだった方は、イエス・キリストでした。
神であり、神の一人子であるイエス・キリストは、
霊的存在であり、
時間にも場所にも本来制約されないお方です。
ところが、
イエス・キリストは神であることを
捨てることができないとは考えないで、
人と同じ姿をとり、全く人と同じようになって、
この地上に来られ、
世の時間の中に入ってきてくださったのです。

しかも全く罪と何の関係もなかったのに、
罪の罰と裁きを引き受け、
呪いと病を、その身に負われ、
十字架にかけられ殺されたのです。

この方の前に、私たちも自分の身を低くするとき、
神の恵みが注がれてくるのです。
この方に近づき、神に従うのです。
そして悪魔に立ち向かうなら、
悪魔は逃げ去っていきます。
そして、神の恵みの中で私たちは勝利を与えられます。
神は、私たちを高く引き上げてくださるのです。

2019年8月13日火曜日

苦いねたみと敵対心に勝利する


しかし、上からの知恵は、

第一に純真であり、

次に平和、寛容、温順であり、

また、あわれみと良い実とに満ち、

えこひいきがなく、見せかけのないものです。

                                ヤコブの手紙317



私たちは、とても残念ですが、
心の中に、苦いねたみと敵対心が
多かれ少なかれあるのではないでしょうか。
でもそれは、上から来たものではありません。
地に属し、肉に属し、悪霊に属するものなのです。
実際、ねたみや敵対心のあるところには、
秩序の乱れや、
あらゆる邪悪な行ないがあるからです。
その苦いねたみと敵対心の罪を悔い改め、
神さまの恵みと愛を求めましょう。
その時、主は上からの知恵をくださいます。
その上からの知恵とは、
第一に純真であり、
次に平和、寛容、温順であり、
また、あわれみと良い実とに満ち、
えこひいきがなく、見せかけのないものなのです。
イエス・キリストの十字架を信じ、
心から悔い改めて、
復活された主に求めるなら、
聖霊さまが心を満たしてくださって、
良い実で満たしてくださいます。

2019年8月12日月曜日

信仰の行いは神の愛を流していく

812日(月)

信仰も、もし行ないがなかったなら、

 それだけでは、死んだものです。

        ヤコブの手紙217


信仰の父と呼ばれているアブラハムは、
「生まれ故郷父の家を出て、私が示す地に行きなさい。
そうすればあなたを祝福する」
と言われた時、
神を信じ、神のことばを信じて出て行きました。
また、
約束の子、イサクを捧げるように言われた時も、
翌朝早く、
イサクを伴って捧げるために出かけて行きました。
アブラハムは信じて従ったのです。
それゆえ祝福され、
信仰の父と言われるようになりました。
これが信仰の行いです。

立派なことをするということではありません。
もちろん、律法を守ることは大切ですが、
私たちは自分の力では律法を守れません。
イエス・キリストの十字架を信じて、
祈る時、聖霊の助けを受けて、
神の愛の中で律法を守り生きれるようになります。


例えば、
誰かが毎日の食べ物にもこと欠いているようなときに
「安心して行きなさい。
 暖かになり、十分に食べなさい」と言っても、
実際にからだに必要な物を与えないなら、
何の役にも立ちません。
孤児院の働きは、
まさにそういう子どもたちを助ける働きです。
神様のことばに従い信仰を行うとき、
生ける神の愛の働きに預かることができるのです。
それは本当にすばらしい喜びに満ちたものになります。

2019年8月11日日曜日

神の憐れみは尽きない


あわれみは、さばきに向かって勝ち誇るのです。

                                               ヤコブ213



神は憐れみに満ちておられます。
あなたは自分が失敗してしまったり、
自分のせいでうまくいかなかった時、
自分を責めていませんか。
自分の罪が原因なら、
もちろん、悔い改めることは大切です。
でも悔い改めた後も、
自分を責め続けていたり、
あれさえなかったらと思って後悔していませんか。
神さまはすべてのことを
益とすることがお出来になります。
悔い改めたなら、
イエス・キリストの十字架の赦しを受け取って、
すべてのことを感謝しましょう。
その失敗さえも必ず益になります。
そして自分を攻め立ててくるサタンの偽りの声に、
だまされないようにしましょう。

神は憐れみに満ちておられます。
あなたを憐れみ、
すべてのことを働かせて
必ず益にしてくださるのです。
最善に変えてくださるのです。

神の憐れみは
朝ごとに新しく尽きないのです。
そして、
この神のあわれみは、
さばきに向かって勝ち誇るのです。

2019年8月10日土曜日

えこひいきしない神

810日(土)

神にはえこひいきなどはないからです。

        ローマ人への手紙 211


神は私たち一人ひとりを愛しておられます。
その愛にえこひいきはありません。
だから一人ひとりが
誰よりも神に愛されているのです。

ですから、
その愛を受けている私たちも、
人をえこひいきすることのないようにしましょう。
人をえこひいきすることは罪を犯すことであり、
律法によって違反者として責められます。
(ヤコブ書219節)

とは言っても、
主の助けなしには
えこひいきしないでいることは難しいことです。
神の愛をしっかりと受け、
イエス・キリストを信じて、
主イエスに祈りましょう。
その時、聖霊さまが私たちを助けて、
神の愛の中でえこひいきすることなく、
愛せるようにしてくださいます。

2019年8月9日金曜日

十字架で赦された私たちは赦すことができる


互いに赦し合いなさい。

  エペソ人への手紙432節後半



今日は長崎に原爆が落とされた日です。
その原爆のあと戦争は終わりました。
長崎、特に浦上の人々の死は、
戦争を終わらせ、
もうそれ以上には、
戦争で人が死ぬことを許さなかったのです。

赦すことは簡単なことではありません。
愛するものを誰かに奪われた時、
その奪ったものに復讐を果たす。
恨みを晴らすというのは
悲しいことですが、よくあることです。
以前、必殺シリーズがテレビで、
とても長い人気で高視聴率を上げていました。
また毎年、
年末になると赤穂浪士の仇討ちが
繰り返し放映されます。

あなたにも赦せない人がいるかもしれません。
しかし聖書は言います。
赦しなさいと。
赦し合いなさいと。

イエス・キリストが
十字架であなたと私の罪の全てを
身代わりになって引き受け赦してくださった、
その大きな愛を受けたあなたと私。
その愛の中で、あなたも私も赦すのです。
私たちにはできなくても、
この十字架の愛を信じて受け入れる時、
私たちも赦すことができるようになります。

日本26聖人の中のパウロ三木は、
自分に死刑を命じた太閤秀吉を赦し、
その執行人である旧友の寺沢半三郎を赦し、
自分に槍を向け殺そうとしている役人を赦しながら、
彼は殉教し天国に帰って行きました。
イエス・キリストに赦された喜びを知っていたからです。

あなたも私も
その赦された喜びの中を生き、
赦しながら喜んで生きていきましょう。
天国人として。