2019年5月24日金曜日

囚人たち全員を解き放たれた神の愛とキリストの恵み

524日(金)

ところが突然、大地震が起こって、獄舎の土台が揺れ動き、たちまちとびらが全部あいて、みなの鎖が解けてしまった。

               使徒の働き1626


パウロとシラスは、
奥の牢の中で真夜中に賛美と感謝を主に捧げ祈ってると、
囚人たちは聞き入っていました。
ところが突然、大地震が起こって、
獄舎の土台が揺れ動き、
たちまちとびらが全部あいて、
みなの鎖が解けてしまったのです。
神の手が動いたのです。
奇跡が起こりました。

目をさました看守は、
見ると、牢のとびらがあいているので、
囚人たちが逃げてしまったものと思い、
剣を抜いて自殺しようとしました。
当時は囚人たちを逃すと
看守が責任を取らされて殺されたのです。

そこでパウロは大声で
「自害してはいけない。
 私たちはみなここにいる」と叫びました。
看守はあかりを取り、駆け込んで来て、
パウロとシラスとの前に震えながらひれ伏しました。

地震が起こったとき、
扉が全部あいて、みんなの鎖が解けました。
こんなことは普通起こりません。
まさにこれは神の御業です。
パウロとシラスの扉があいて
鎖が解けるのはわかります。
しかし、囚人たちの扉も全部開き、
鎖も全員解けました。
これが聖書の神です。
神さまの愛です。

パウロとシラスが
心から賛美と感謝を捧げ祈ったとき、
主である神は、
パウロとシラスだけではなく、
聞き入っていた囚人たちを
全員解放されたのです。
しかも単に鎖が解けたのではありませんでした。
囚人たちの心の鎖、悪の鎖が解けたのでした。
看守が目覚めたとき、
囚人たちは全員逃げたと思いました。
昨日までの囚人たちは、
すきあらば逃げようとしていたからです。
ところが、牢の中に入ると囚人たちは
誰一人逃げていなかったのです。
看守にとっては
地震よりこちらの方が驚きだったでしょう。
囚人たちを一晩で変えてしまった
パウロとシラスに驚きました。
もちろん、それは神様の愛の業、
主イエス・キリストの恵みでした。
度肝を抜かれて
看守はふたりを外に連れ出して
「先生がた。救われるためには、
 何をしなければなりませんか」と聞きました。
その答えと続きは、また明日・・・

2019年5月23日木曜日

最悪の中にある神の救いの計画


真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ

賛美の歌を歌っていると、

ほかの囚人たちも聞き入っていた。

                                    使徒の働き1625



パウロとシラスは若い女奴隷を占いの霊からか解放すると、
その主人たちが儲けることができなくなったので、
彼らに訴えられ捉えられてしまいます。
そして何度も鞭打たれ、
奥の牢に入れられ、足かせをかけられてしまいます。
どうして天使は助けに来なかったのでしょう。
パウロたちは何も悪いことはしていないのです。
当然、パウロたちは
この中でも感謝をし祈っていたと思います。
なぜ、主イエスはすぐに助けられなかったのでしょう。
そこには私たちよりもはるかに高い
主イエスの計画がありました。
パウロとシラスが奥の牢に入れられた時、
彼らは主イエスに向かって
一言も文句を言ったり愚痴を吐いたりしませんでした。
それどころか、彼らは、牢に入れられたその夜、
主イエスに向かって
心から賛美と感謝をささけでいたのです。
聖書にはこう書かれています。
真夜中ごろ、
パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、
ほかの囚人たちも聞き入っていた。
囚人たちが聞き入っているというのは奇跡です。
今日初めて入って来た新人の囚人が
真夜中に歌っているのです。
普通なら
「うるさい、黙れ、静かにしろ、眠れないじゃないか」
と罵声が飛んでくるはずです。
パウロとシラスがとびきり歌が上手かったとは思えません。
でも彼らは、背中から血が出て痛んでいても、
冤罪で牢屋に入れられて足かせをかけられていても、
主イエス・キリストの御名を賛美し
父なる神様をほめたたえていたのです。
心から賛美し感謝して祈っていたのです。
そのとき、この牢屋の中に
主の臨在が深く強く注がれたのです。
囚人たちは生まれて初めて、
神の聖さ、神の愛、
言葉にできない聖なるあたたかさを
全身で感じていたのでしょう。
この後、地震が起こり奇跡が起こります。
囚人たちも看守も救われます。
もしパウロとシラスが奥の牢に入れられなかったら、
囚人たちも看守も
イエス・キリストに出会えなかったのです。
彼らが心から
その最悪と思えるまさに彼らの人生の真夜中の時に、
それでも主イエスに向かって賛美と感謝を捧げ祈った時、
奇跡が起こり囚人たちと看守が救われました。

あなたにも理解できないことが
許されるときがあります。
冤罪と思いたくなるときがあるでしょう。

神様はあなたを愛しています。
最善以外なさらない方です。
あなたが、
あなたにとって真夜中と思えるその時に、
主イエスに向かって
感謝と賛美をささげ祈るなら、
必ず主イエスは
あなたにも奇跡の御手を伸ばし、
驚くべき恵みと祝福を与えて
救い出してくださるのです。

2019年5月22日水曜日

お金儲けよりもっと大切なこと

522日(水)

彼女の主人たちは、

もうける望みがなくなったのを見て、

パウロとシラスを捕え、

役人たちに訴えるため広場へ引き立てて行った。

                                                   使徒の働き1619


パウロが占いの霊につかれた若い女奴隷から悪霊を追い出すと、
彼女を使って占いをさせお金儲けをしていた主人たちは、
もうける望みがなくなったので、パウロとシラスを捕え、
役人たちに訴えるため広場へ引き立てて行きました。
主人たちにとって、
この女が悪霊から解放されたことよりも、
自分たちが儲けられなくなったことの方が問題でした。
そして、ふたりを長官たちの前に引き出して
「この者たちはユダヤ人でありまして、
 私たちの町をかき乱し、ローマ人である私たちが、
 採用も実行もしてはならない風習を宣伝しております」
と訴えたのです。群衆もふたりに反対して立ったので、
長官たちは、ふたりの着物をはいでむちで打つように命じ、
何度もむちで打たせてから、ふたりを牢に入れて、
看守には厳重に番をするように命じます。
この命令を受けた看守は、
ふたりを奥の牢に入れ、足に足かせを掛けました。

一人の人が解放されて自由になり自分を取り戻し、
人生を取り戻すことは素晴らしいことです。
しかし、サタンが支配する世の中は
そんなことよりも
お金儲けができるかの方が優先されるときがあります。
お金儲けができる商品なら、体に良くなくても、
悪魔はどんどん宣伝して売り出そうとするのです。

イエス・キリストは、
あなたが本当に幸せになることを願っておられます。
この地上で生きていくにはお金は必要でしょう。
でも安心してください。
必要なお金は神様が備えてくださるのです。

もっと大切なもの、
イエス・キリストは、それをあなたに与え、
喜びと平安の中で、あなたが生き
やがて永遠の天に帰っていくことを導かれます。

イエス・キリストは
あなたを悪魔の枷(かせ)から解放し、
この世から自由にしてくださるのです。

2019年5月21日火曜日

イエス・キリストの御名によって命じれば悪霊は出て行く

521日(火)

「イエス・キリストの御名によって命じる。

 この女から出て行け。」と言った。

 すると即座に、霊は出て行った。

           使徒の働き16章18節


パウロはピリピに行ったとき、
祈り場に行く途中で、
占いの霊につかれた若い女奴隷に出会います。
この女は占いをして、
主人たちに多くの利益を得させている者でした。
彼女はパウロと弟子たちのあとについて来て
「この人たちは、いと高き神のしもべたちで、
 救いの道をあなたがたに宣べ伝えている人たちです」
と叫び続けました。
幾日もこんなことをするので、
困り果てたパウロは、振り返ってその霊に
「イエス・キリストの御名によって命じる。
 この女から出て行け」と言うと、
即座に、霊は出て行ったのです。

イエス・キリストの御名によって命じるとき、
悪霊は出ていきます。
イエス・キリストの御名には、
力と権威があるからです。

あなたも、
このイエス・キリストの御名によって、
悪霊に命じてください。
悪霊は出ていきます。

2019年5月20日月曜日

神の言葉を告白する


「私たちはぜひとも、上って行って、

 そこを占領しよう。 必ずそれができるから。」

             民数記1330




モーセはイスラエル人のかしらたちを、
カナンの地を探りに遣わしました。
そこで、彼らは上って行き、
ツィンの荒野からレボ・ハマテのレホブまで、
その地を探り、 四十日たって、
その地の偵察から帰って来ました。
そして、ただちにモーセとアロン
およびイスラエルの全会衆に報告をし、
その地の果物を見せました。
彼らはモーセに告げて言いました。
「私たちは、
 あなたがお遣わしになった地に行きました。
 そこにはまことに乳と蜜が流れています。
 そしてこれがそこのくだものです。
 しかし、その地に住む民は力強く、
 その町々は城壁を持ち、非常に大きく、
 そのうえ、
 私たちはそこでアナクの子孫を見ました。
 ネゲブの地方にはアマレク人が住み、
 山地にはヘテ人、エブス人、
 エモリ人が住んでおり、
 海岸とヨルダンの川岸には
 カナン人が住んでいます」
そのとき、カレブがモーセの前で、
民を静めて言いました。
「私たちはぜひとも、上って行って、
 そこを占領しよう。必ずそれができるから。」
しかし、
彼といっしょに上って行った者たちは
「私たちはあの民のところに攻め上れない。
 あの民は私たちより強いから」と言って、
探って来た地について、
イスラエル人に悪く言いふらし
「私たちが行き巡って探った地は、
 その住民を食い尽くす地だ。
 私たちがそこで見た民はみな、
 背の高い者たちだ。
 そこで、私たちはネフィリム人、
 ネフィリム人のアナク人を見た。
 私たちには自分がいなごのように見えたし、
 彼らにもそう見えたことだろう」
と言ったのです。

カレブとヨシュア以外の人々は、
神の言葉ではなく、
目に見える現状を見て
占領できないと言いました。
彼らは神の約束、神の言葉に心を向けず、
自分たちの目で見たもので判断したのです。
彼らは占領できませんでした。

私たちもヨシュアとかレブのように、
神の言葉と約束にしっかりと心を止めて
その言葉を告白し、
その言葉に従っていきましょう。
そのとき、ヨシュアとかレブだけが
約束のカナンの地に入れたように、
私たちも主の約束の成就と
神の言葉の真実を見ることができるのです。

2019年5月19日日曜日

主は、礼拝し断食するとき語ってくださる


「バルナバとサウロをわたしのために聖別して、

 わたしが召した任務につかせなさい。」

           使徒の働き132




アンテオケ教会には、
バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、クレネ人ルキオ、
国主ヘロデの乳兄弟マナエン、
サウロなどという預言者や教師がいました。
彼らが主を礼拝し、断食をしていると、聖霊が
「バルナバとサウロをわたしのために聖別して、
 わたしが召した任務につかせなさい」
と言われたのです。
そこで彼らは、断食と祈りをして、
ふたりの上に手を置いてから、送り出しました。
ふたりは聖霊に遣わされて、セルキヤに下り、
そこから船でキプロスに渡って
福音宣教を続けました。

主を礼拝し断食する時、
聖霊が語ってこられることはよくあります。
もちろん本当に聖霊からの語りかけなのか、
自分の思い込みでないか
吟味しないといけませんが、
確かに主は礼拝の中で、
また断食して弱くされる時に
語られる時があるのです。

あなたも導きを求める時、
真実に主を礼拝しましょう。
また示され導かれるときには、
断食して祈りましょう。
主イエスはあなたがわかるように語ってくださいます。

2019年5月18日土曜日

信じられなくても不可能と思っても、教会が祈ると応えられる


ペテロはたたき続けていた。彼らが門を開けると、

そこにペテロがいたので、非常に驚いた。


                                        使徒の働き1216




教会の祈りを通して、
ペテロが厳重な番をされていた牢から、
み使いによって助け出されたとき、
最初ペテロは幻を見ていると思っていましたが、
御使いが外に連れ出した後、
ペテロから離れるとわれに返り、
自分が助け出されたことに、はっきりと気づきます。
そのとき、ペテロは、
教会にみんなが集まって祈っていてくれていると
すぐにわかったのです。
それでペテロは、
マルコと呼ばれているヨハネの母マリヤの家へ行きました。
思った通り、
そこには大ぜいの人が集まって、
祈っていました。
彼が入口の戸をたたくと、
ロダという女中が応対に出て来ましたが、
ペテロの声だとわかると、
喜びのあまり門を開けもしないで、
奥へ駆け込み、
ペテロが門の外に立っていることを
みなに知らせました。
ところが彼らは「あなたは気が狂っているのだ」
と言って信じません。
彼女は本当だと言い張りました。
そこで彼らは「それは彼の御使いだ」
と言ってやはり信じないのです。
しかし、ペテロはたたき続けていました。
彼らが門を開けると、
そこにペテロがいたので、
非常に驚いてしまいました。

熱心に真剣に彼らは祈っていました。
でもまさか、
本当に答えられるとは
思っていなかったのでしょう。
信仰に満ちて祈っていたのではなく、
無理だ、不可能だと思っていたのです。
それでも彼らは祈っていました。
熱心に祈っていました。

神さまは、
彼らが熱心に祈っているその姿を見られ、
その心を見てくださったのです。
ありえない、不可能だと思っても
祈ってもまさか答えられることはないかもしれない、
そう思ったとしても、
それでも祈るとき、
主イエスは不信仰だとは言われず、
その熱心さの中に愛を感じてくださり、
答えてくださるのです。

あなたも、この時の人たちのように、
答えられた時、
すぐには信じられないかもしれません。
でも、
信じられない不可能と思うことに向かって
祈りましょう。
愛する者のために、
不可能と思っても祈りましょう。
教会に集まって、熱心に祈りましょう。
愛なる神は、
その時必ず御手を動かし祈りに応えて、
不可能を可能にしてくださるのです。

神はあなたを愛しておられるからです。

2019年5月17日金曜日

教会が熱心に祈ると、不可能のない神の愛の御手が動く


教会は彼のために、神に熱心に祈り続けていた。


           使徒の働き125




ペテロは、ヘロデ王に捕えられ、
牢に閉じ込められて、
四人一組の兵士四組に厳重に監視されていました。
ヘロデは過越の祭りの後に、
民の前に引き出して殺そうと考えていたのです。
ペテロは殉教する覚悟をしていました。

しかし、教会は彼のために、
神に熱心に祈り続けていました。

そしていよいよヘロデが
彼を引き出そうとしていた日の前夜のことです。
ペテロは二本の鎖につながれて
ふたりの兵士の間で寝ており、
戸口には番兵たちが牢を監視していました。
すると突然、主の御使いが現われて、
光が牢を照らしたのです。
御使いがペテロのわき腹をたたいて彼を起こし
「急いで立ち上がりなさい」と言うと、
鎖が彼の手から落ちました。
御使いが「帯を締めて、くつをはきなさい」
と言うので、彼はそのとおりにすると
「上着を着て、私について来なさい」
と言われ、外に出て、
御使いについて行きました。
彼には御使いのしている事が
現実の事だとはわからず、
幻を見ているのだと思っていました。
彼らが、第一、第二の衛所を通り、
町に通じる鉄の門まで来ると、
門がひとりでに開きました。
彼らは外に出て、ある通りを進んで行くと、
御使いは、たちまち彼を離れました。
そのとき、ペテロは我に返りました。
「今、確かにわかった。
 主は御使いを遣わして、ヘロデの手から、
 また、ユダヤ人たちが待ち構えていた
 すべての災いから、
 私を救い出してくださったのだ。」
そうとわかったので、
ペテロは、マルコと呼ばれている
ヨハネの母マリヤの家へ行きました。
そこには大ぜいの人が集まって、
祈っていました。

教会の祈りは聞かれたのです。
ペテロは救い出されました。

教会が神に熱心に祈るとき、
神は奇跡を起こしてくださるのです。
どんなに不可能と思っても、
もうダメだだと思っても、
あきらめてはいけません。
教会の祈りに神は答えてくださるのです。
教会が神に向かって祈るなら、
不可能のない神の御手が動きます。

さぁ、あなたも教会に集い、
イエス・キリストの御名によって、
不可能に向かって大胆に祈りましょう。
愛なる神は必ず御手を動かし、
奇跡を起こしてくださいます。

2019年5月16日木曜日

主の御手があるなら必ず祝福される


主の御手が彼らとともにあったので、

大ぜいの人が信じて主に立ち返った。

        使徒の働き1121



ステパノの殉教の後、
人々はフェニキヤ、キプロス、アンテオケまで、
散らされていきました。
彼らは、ユダヤ人以外の者にはだれにも、
みことばを語りませんでした。
ところが、
その中にキプロス人とクレネ人が幾人かいて、
アンテオケに来てからは
ギリシヤ人にも語りかけ、
主イエスのことを宣べ伝えたのです。

彼らは主の御心だとわかった時、
異邦人のところに
福音を語りに出て行ったのです。
それは主の御心でした。
だから、その上に
主の御手が彼らとともにありました。
それで、
大ぜいの人が信じて主に立ち返ったのです。
異邦人伝道は、主の御心なので、
その働きの上には、
主の御手があったのです。

主の御手があるとき、
必ず祝福されます。
なぜなら、
主が御手を置いておられるからです。
主の御手が置かれているならば大丈夫です。
必ず祝福されます。
どんな妨げや困難があったとしても、
主が御手を持って勝利を与え、
豊かに祝福してくださるのです。
だから主の御心の道を、進みましょう。
主の御手が置かれ
必ず祝福と勝利が与えられます。

2019年5月15日水曜日

死人をよみがえらせた主イエス・キリストの愛


「ラザロよ。出て来なさい。」

                 ヨハネの福音書1143


主イエスは
「父よ。わたしの願いを
 聞いてくださったことを感謝いたします。
 わたしは、あなたがいつもわたしの願いを
 聞いてくださることを知っておりました。
 しかしわたしは、
 回りにいる群衆のために、
 この人々が、
 あなたがわたしをお遣わしになったことを
 信じるようになるために、こう申したのです」
と言われた後、続いて大声で叫ばれました。
「ラザロよ。出て来なさい。」
すると、死んでいた人が、
手と足を長い布で巻かれたままで出て来ました。
彼の顔は布切れで包まれていました。
イエスは彼らに言わます。
「ほどいてやって、帰らせなさい」と。
マリヤのところに来ていて、
イエスがなさったことを見た多くのユダヤ人が、
イエスを信じました。
主イエス・キリストは、
死んだラザロをよみがえらせ、
生き返らせなさったのです。
ラザロは復活しました。
死んだ人が生きかえってくるなどとは、
誰も考えたこともありませんでした。
思いもしませんでした。

でもイエス・キリストの愛は、
奇跡を起こしたのです。
あなたの人生にも同じことが起こります。
あなたの愛する者にも
同じことをしてくださいます。
主イエスは、
あなたを愛しておられるからです。
主イエス・キリストには
不可能は何一つありません。