2021年1月26日火曜日

No.210 らい病に触られたイエス

らい病に触れられたイエス

 1月26日(火) らい病に触れられたイエス

イエスは深くあわれみ、

手を伸ばして、彼にさわって言われた。

「わたしの心だ。きよくなれ。」


               マルコの福音書1章41節



らい病は当時、

宗教的に汚れているとされ、

病気であることも治ったことも判断し

宣言するのは、医者ではなく、祭司でした。


神から呪われているとさえ思われていたのです。

ですから、らい病になると

生きていても死んだようなものでした。


社会からも家族からも隔離され、

見捨てられてしまうのです。


ある一人のらい病人が、

イエスのみもとにお願いに来て、

ひざまずいて言いました。

「お心一つで、私はきよくしていただけます。」


彼は必死だったと思います。

どうしても、きよめていただき、

家族のところに帰り、社会に復帰して

人生を取り戻したかったのでしょう。


イエスは彼を深くあわれみ、

手を伸ばして、彼にさわって言われました。

「わたしの心だ。きよくなれ」と。


イエスはすぐに手を伸ばされて、彼に触れられたのです。

つまりらい病の彼に、触れたのです。

神に呪われ汚れているらい病に触れられたのです。


わたしは、あなたを

このらい病のままで愛している。

あなたがらい病でも、

わたしの愛は変わらないと

らい病のままで彼に触られました。


当時らい病の人に触れると

その人も汚れるとされていました。


しかしイエスは「きよくなれ」と言って、

らい病を癒しきよめられる前に、

彼に触られ、らい病にさわられたのです。


イエスは、このらい病人を

そのままで愛しておられました。



あなたが、今、

どんな罪と失敗の中にあっても

主イエス・キリストは

あなたを、そのままで愛しておられます。


あなたの罪を赦し、

失敗をすべて益にして

祝福に変えてくださるのです。



イエス・キリストは、あなたを愛しておられます。

2021年1月25日月曜日

消えたらい病

 1月25日(月) 消えたらい病

すると、すぐに、そのらい病が消えた。


                    ルカの福音書5章13節



イエスがある町におられたとき、

全身らい病の人がいました。


彼はイエスを見ると

「主よ。お心一つで、私はきよくしていただけます。」

ひれ伏してお願いしました。


当時、らい病は汚れた病気と考えられていました。

だから「直してください」ではなく

「きよくしていただけます」と言ったのです。


イエスは手を伸ばして、彼にさわり

「わたしの心だ。きよくなれ。」と言われました。


すると、すぐに、そのらい病が消えたのです。


らい病にかかると汚れた病気なので、

人々から隔離され

宗教的にも汚れたものとされました。

ですから、

らい病が治ったかは医者ではなく

祭司が判断し宣言するのです。


イエスは「わたしの心だ」と言われました。

この人はうれしかったと思います。

そしてイエスが「きよくなれ」と言った瞬間、

らい病は消えたのです。

イエスが語られれば、その通りになります。


さらにイエスは、彼にこう命じられました。

「だれにも話してはいけない。

 ただ祭司のところに行って、自分を見せなさい。

 そして人々へのあかしのため、

 モーセが命じたように、

 あなたのきよめの供え物をしなさい」


祭司に自分を見せ、きよめられたことを

きちんと証明してもらいなさいと。

そして社会に復帰し、

家族のところに帰りなさいと言われたのです。



あなたが病気や悪習慣で

今、どんなに苦しんでいたとしても、

イエス・キリストは

あなたが癒され解放されることを望んでおられます。


そして、あなたがイエスのところに来るなら、

主イエスは、あなたにも語ってくださるのです。

「わたしの心だ。きよくなれ」と。


そしてあなたの病気は消え、問題も消えます。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。


2021年1月24日日曜日

No208 約束を守り、祝福される神

約束を守り、祝福される神

 1月24日(日) 約束を守り、祝福される神

立って、その地を縦と横に歩き回りなさい。

わたしがあなたに、その地を与えるのだから。


       創世記13章17節



アブラムがおいのロトと別れて後、

主はアブラムに仰せられました。

「さあ、目を上げて、

 あなたがいる所から北と南、東と西を見渡しなさい。

 わたしは、あなたが見渡しているこの地全部を、

 永久にあなたとあなたの子孫とに与えよう。」と。


カナンの地を与えるという素晴らしい約束を

神はアブラムに語られます。

そしてさらに

わたしは、

 あなたの子孫を地のちりのようにならせる。

 もし人が地のちりを数えることができれば、

 あなたの子孫をも数えることができよう。」

と子孫が増し加わり地のちりのようになると

祝福の約束が与えられます。


そして

立って、その地を縦と横に歩き回りなさい。

 わたしがあなたに、その地を与えるのだから。」

と命じられるのです。


アブラムは神の命じられたことばに従い、

天幕を移して、ヘブロンにある

マムレの樫の木のそばに来て住みました。

そして、そこに主のための祭壇を築いたのです。



私たちにも神が与えてくださる場所と人々がいます。

神のことばに従い、

そしてアブラムが祭壇を築いたように、

私たちも主の祭壇を築き、

主イエスを礼拝し、

深く生ける神である主と交わりましょう。

主は必ず、約束のことばを守り、

あなたを祝福してくださいます。



あなたはイエス・キリストに愛されています。

2021年1月23日土曜日

No.207 神ことばである聖書を読む。

神ことばである聖書を読む。

 1月23日(土) 神ことばである聖書を読む。

神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、

たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、

心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。


          ヘブル人への手紙4章12節



神のことばは生きています。

そして神のことばには力があります。


その神のことばに日々私たちが触れているなら、

私たちの心と思いは守られます。


神ことばである聖書に、

朝ごとに、夜ごとに、触れ読みましょう。

日々みこばに触れ読んでいるなら、

私たちは聖霊に満たされ、心と思いが守られ、

主イエスの祝福を豊かに受けることができます。


なぜなら、聖書は私たちの霊の糧だからです。


とはいえ、聖書を読むと、

いつも感動するかといえば、そうでない時もあります。

日々聖書に触れていると、

読んでいて、とても感動できる時もありますが、

読み終わったとき、

今、何を読んだっけと思うときもあります。

それでもいいのです。

食事のことを考えてみてください。

昨日何を食べたかすぐ思い出せないこともあります。

いつもいつも「おいしい」と言うわけではありません。

でも肉の糧になっているのです。


それと同じように

神ことばである聖書は霊の糧、命の糧となるのです。

神のことばは、あなたを祝福し、

あなたの人生に勝利を与えてくれます。



イエス・キリストはあなたを愛しておられます。


2021年1月22日金曜日

No.206 朝一番、主イエスとともに、父なる神のみ前に出る

朝一番、主イエスとともに、父なる神のみ前に出る

 1月22日(金) 朝一番、主イエスとともに、父なる神のみ前に出る

さて、イエスは、朝早くまだ暗いうちに起きて、

  寂しい所へ出て行き、そこで祈っておられた。


        マルコの福音書1章35節



イエス・キリストは、

弟子たちが眠っている朝早い、まだ暗いうち起きて、

一人で寂しい所へ出て行き、そこで祈っておられました。


弟子たちが起きてくると、人々も起き、

多くの人たちがイエスのところに

助けと救いを求めてやってくるのです。


イエス・キリストは1日が始まるその前に、

まず父なる神の前に出て祈り、

父なる神と交わりを持ち、

そこで言葉を受け力を受けて、1日を始められました。



私たちも、朝起きた時、

まず一番に父なる神のみ前に出て行き、

主と交わりましょう。


賛美を捧げ、

イエス・キリストの名によって祈り、

深く主と交わり聖霊に満たしていただき、

聖霊の愛と力を受けましょう。


そのとき、

主イエスは必ず祝福してくださいます。



イエス・キリストはあなたを愛しておられるからです。