2020年10月21日水曜日

大きな豊かな実を結ぶ

 10月21日(水) 大きな豊かな実を結ぶ

そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。その日、三千人ほどが弟子に加えられた。

         使徒の働き2章41節


ユダヤの人々はペテロの説教を聞いて

心を刺され、悔い改めて洗礼を受けました。


その日、三千人ほどが弟子に加えられたのです。


ペテロは、

たった一度の説教で三千人が救われ、

弟子となるのを見ました。


つい先日までユダヤ人を恐れ

イエスを裏切ってしまったペテロが

聖霊に臨まれ「聖霊のバプテスマ」を受けた時、

聖霊の賜物を用い、大胆にみことばを語って、

これほどまでに大きく用いられ、

三千人の救いの実を見ることがだきたのです。



あなたも「聖霊のバプテスマ」を受けて

聖霊に満たされる時、

聖霊の賜物を用いながら、

とても大きな実をつけ、

非常に豊かな実を結ぶものとされます。



イエス・キリストはあなたを愛しておられるからです。


2020年10月20日火曜日

聖霊の力を受け大胆に福音を語り出したペテロ

 10月20日(火) 聖霊の力を受け大胆に福音を語り出したペテロ

ですから、イスラエルのすべての人々は、
このことをはっきりと知らなければなりません。
すなわち、神が、今や主ともキリストともされた
このイエスを、あなたがたは十字架につけたのです。

         使徒の働き2章36節


聖霊のバプテスマを受け、
聖霊に満たされたペテロは
十一人とともに立って、声を張り上げ、
人々にはっきりと
ヨエルの預言の成就のことから初めて、
福音を語りました。

イエス・キリストを
彼らが十字架につけ殺したこと、
しかしイエスは
3日目に復活され甦られたことを、
ユダヤ人に向かって、
大胆に恐れずに語ったのです。


キリストの仲間だと言われることを恐れ、
キリストを知らないと言い、
呪いまでかけたペテロ。

ユダヤ人たちを恐れ、
他の弟子たちとともに
隠れて祈っていたペテロ、

の弱く恐れおののいていたペテロが、
ユダヤ人を恐れずに
彼らに向かって、
大胆に命をかけて福音を語りました。

しかも
十字架につけて殺したのはあなた方だと、
まるで殺してくださいと言うかのように。

ここまで、はっきりと大胆になれたのは、
まさに聖霊の力でした。

ペテロは聖霊の力を受け、新しくされたのです。

あなたも同じように聖霊の力を受ける時、
新しくされます。

そして求めるなら、
必ず聖霊の力を受けることはできるのです。

それが神があなたに
願い望んでおられることだからです。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2020年10月19日月曜日

No.110 あなたを全く新しくする聖霊のバプテスマ

あなたを全く新しくする聖霊のバプテスマ

 10月19日(月) あなたを全く新しくする聖霊のバプテスマ

しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、
あなたがたは力を受けます。
そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、
および地の果てにまで、わたしの証人となります。

         使徒の働き1章8節


イエス・キリストは復活された後、
40日の間、弟子たちに現れ、
それから天に帰っていかれました。

その昇天する時に
弟子たちに約束を語られました。

聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、
 あなたがたは力を受けます。
 そして、エルサレム、ユダヤと
 サマリヤの全土、および地の果てにまで、
 わたしの証人となります。」

聖霊に臨まれるとは
「聖霊のバプテスマ」を受けることで、
聖霊に満たされることです。

聖霊のバプテスマを受けると
弟子たちは力を受け、
エルサレムから地の果てにまで
証人となれると言われたのです。

この「証人」という言葉は
「殉教者」と訳せる言葉です。

この時の弟子たちは
弱さと恐れの中にいました。
その弟子たちが全く新しく変えられ、
キリストの証人、
つまり、たとえ殺されることがあっても、
命をかけてキリストをあかしする証人、
殉教者になると言われたのです。
そして本当にそうなりました。

イエス・キリストの約束は成就しました。

あなたが、今、
どんなに弱さと恐れの中にいるとしても、
「聖霊のバプテスマを」受け、
聖霊に満たされるなら、
あなたは力を受け、全く新しく変えられます。

そして
あなたが聖霊のバプテスマを求めるなら、
必ずあなたは聖霊のバプテスマを受け、
聖霊に満たされることができます。

それは、
神があなたに望んでおられることだからです。

あなたは聖霊に満たされ、
力を受け、全く新しくなれるのです。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2020年10月18日日曜日

No.110 いのちの書に名をしるされる

いのちの書に名をしるされる

 10月18日(日) いのちの書に名をしるされる

いのちの書に名のしるされていない者はみな、
この火の池に投げ込まれた。

      ヨハネの黙示録20章15節


私たちが自分の罪を
イエス・キリストの十字架の前で悔い改めて、
イエス・キリストを信じるとき、
永遠の命が与えられ、いのちの書に名がしるされます。

しかし、
イエス・キリストを信じていない人は、
このいのちの書に名がしるされていません。

ですから、
このいのちの書に名が記されていない者というのは、
イエス・キリストを信じていないで
地上の人生を終え死んだ人のことです。

つまり、
イエス・キリストを信じていなければ、
みな死の後に火の池に投げ込まれてしまうのです。
例外はありません。
もう死んでいるから熱くないと思わないでください。
この地上の身体は焼かれても霊は残り存在しています。

イエス・キリストを信じている者は、
新しい朽ちることのない、
強い、完全なからだを頂いて復活するのです。

イエス・キリストの十字架には
私たち人間の罪を贖い赦す力があります。

ですから、
自分の罪を悔い改めて、
このイエス・キリストの十字架を信じれば、
復活の命、復活のからだに預かれるのです。
それ以外に助かる道、救われる道はありません。

信じていなければ
火の池に例外なく投げ込まれてしまうのです。

イエス・キリストを信じて、
あなたの名前を、いのちの書にしるして頂きましょう。

あなたはイエス・キリストに愛されています。

2020年10月17日土曜日

2020年10月17日

赦して忘れてくださる神

 10月17日(土) 赦して忘れてくださる神

わたし、このわたしは、
わたし自身のためにあなたのそむきの罪をぬぐい去り、
もうあなたの罪を思い出さない。

     イザヤ書43章25節


悔い改めるとき、
気をつけなければならないことがあります。

それは同じことを何度も何度も
悔い改める必要はないということです。

もちろん、私たちは弱さがあるので、
同じ罪を繰り返し犯すことがあります。
その度に悔い改めることは大切です。
その度に主である神は赦してくださいます。

でも過去の失敗、自分の犯してしまった罪を、
本当に悪かったと思い、
主の前に心から悔い改めたのに、
その罪を何度も何度も悔い改める方がおられます。
これは不信仰です。

主はあなたが心から悔い改めたとき、
もう完全に赦して下さったのです。

主イエス・キリストの十字架によって
完全に赦されたのです。
その主の赦しを受け取ればいいのです。

でも、どうしても、
その主の赦しを受け取ることができないで、
同じことを、何度も、何度も、
繰り返し、繰り返し悔い改めるのです。

このような方は、いつまでも、
自分を責め続け、罪悪感の中で、
苦しみもがき続けてしまうのです。

こういう方は、
主イエス・キリストが
十字架でなしてくださった完全な赦しを、
信仰をもって、
受け取って行かなければなりません。

自分の感覚や感情ではなく、
御言葉に対する信仰が必要なのです。


子どもが悪いことをして、
お父さんに「ごめんなさい」と謝ると、
お父さんは許してくれました。

翌朝、起きてきて子どもがまた謝ります。
「もういいよ」とお父さんは言います。
学校から帰ってきて、また謝ります。
ご飯を食べる前にも、寝る前にも、
それを何日も続けたら、
お父さんは逆に怒り出してしまうでしょう。

もう許したと言ったのに、
いつまでも謝らなくていい、
そんなにお父さんの言葉が信じられないのかと。


同じことを神様に対してしていませんか、

一度心から悔い改めるなら、
父なる神様は、
イエス・キリストの十字架の故に完全に赦し、
あなたの罪を忘れてくださるのです。
そして、もう思い出さないのです。

あなたは赦されています。
完全に赦されています。
それを信じて受け取りましょう。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。

2020年10月16日金曜日

No.107 あなたも私もキリストの花嫁になる

あなたも私もキリストの花嫁になる

 10月16日(金) あなたも私もキリストの花嫁になる

私たちは喜び楽しみ、神をほめたたえよう。
小羊の婚姻の時が来て、花嫁はその用意ができたのだから。

          ヨハネの黙示録19章7節


聖書の最後に書かれている
ヨハネの黙示録」に「花嫁」という言葉が出てきます。

この「花嫁」と訳されている言葉は、
直訳すると「妻」となります。

この花嫁、「妻」とは教会のことです。

つまり、キリストの花嫁である教会は、
再び来られる、再臨されるキリストを
迎え入れる用意ができたというのです。

用意ができた妻である教会、
これは建物ではなく、
イエス・キリストを信じている私たちのことです。

あなたと私を、私たち一人一人を、
神は、キリストの花嫁として整えて下さるのです。
素晴らしい約束ですね。

でも、今の自分を見ていると、
とても間に合いそうにない、
そう思ってしまうことはありませんか。
罪を繰り返し失敗してしてしまう
こんな私に落胆したり、
どうしようもない自分に
絶望したりすることがあるかもしれません。

しかし、
アガペーの愛で愛してくださる主イエスは、
決して私たちを見捨てることなく、
あきらめることなく、忍耐強く、
愛を持って憐れみの心で
育み建てあげて下さるのです。

主イエス・キリストに目を向け、
この方を信じて、この方に期待しましよう。

は必ずあなたを、
そして私をキリストの花嫁として
用意できた者にして下さるのです。


イエス・キリストはあなたを愛しておられます。