2019年11月14日木曜日

律法は神の愛の現れ


安息日に良いことをすることは、正しいのです。

        マタイの福音書1212



イエスが会堂にはいられると、
そこに片手のなえた人がいました。
そこで、パリサイ人たちはイエスに質問して
「安息日にいやすことは正しいことでしょうか」
と聞きました。
これはイエスを訴えるためでした。

イエスは彼らに言われました。
「あなたがたのうち、だれかが一匹の羊を持っていて、
 もしその羊が安息日に穴に落ちたら、
 それを引き上げてやらないでしょうか。
 人間は羊より、はるかに値うちのあるものでしょう。
 それなら、安息日に良いことをすることは、
 正しいのです」
こう言ってから、イエスはその人に
「手を伸ばしなさい」と言われました。
彼が手を伸ばすと、手は直って、
もう一方の手と同じようになったのです。

イエスは、
見せかけだけの形式宗教を嫌われました。
律法は大切なものです。
しかし、それは本来、神の愛の現れなのです。
言葉の表面だけを守って
その最も大切な愛を見失ってしまうとき、
律法主義となり、本当の神の願い、
律法の目的を見失うのです。

イエスは愛をもって律法を全うされ成就されました。

2019年11月13日水曜日

紅海はわれる!


恐れてはいけない。しっかり立って、きょう、

あなたがたのために行なわれる主の救いを見なさい。

あなたがたは、きょう見るエジプト人を

もはや永久に見ることはできない。

主があなたがたのために戦われる。

あなたがたは黙っていなければならない。

         出エジプト記14章13, 14



出エジプトしたイスラエルの民を、
主はモーセを通して紅海の前に導かれます。
すると、エジプトのパロは
イスラエル人が迷っていると思い、
戦車を整え、自分でその軍勢を率い、
えり抜きの戦車六百とエジプトの全戦車を率いて
イスラエル人を追跡してきました。
そして紅海の海辺に宿営している
イスラエルに追いついたのです。

イスラエル人は非常に恐れて、
主に向かって叫び、モーセに向かって言いました。
「こんなことになるなら、
 この荒野で、死んでしまうぐらいなら、
 エジプトにいてエジプトに仕えていればよかった」
そう言ってつぶやいたのです。

しかしモーセは民に言いました。
「恐れてはいけない。
 しっかり立って、きょう、
 あなたがたのために行なわれる主の救いを見なさい。
 あなたがたは、きょう見るエジプト人を
 もはや永久に見ることはできない。
 主があなたがたのために戦われる。
 あなたがたは黙っていなければならない」
主はモーセに仰せられます。
「なぜあなたはわたしに向かって叫ぶのか。
 イスラエル人に前進するように言え。
 あなたは、あなたの杖を上げ、
 あなたの手を海の上に差し伸ばし、
 海を分けて、イスラエル人が
 海の真中のかわいた地を進み行くようにせよ。
 見よ。
 わたしはエジプト人の心をかたくなにする。
 彼らがそのあとからはいって来ると、
 わたしはパロとその全軍勢、戦車と騎兵を通して、
 わたしの栄光を現わそう」と。

モーセが主の言われた通り、
手を海の上に差し伸ばすと、
主は一晩中強い東風で海を退かせ、
海を陸地とされるのです。
あの有名な紅海がわれるシーンです。
イスラエル人は海の真中のかわいた地を、
進んで行きました。
水は彼らのために右と左で壁となったのです。

エジプト人も追いかけて来て、
パロの馬も戦車も騎兵も、
みな彼らのあとから海の中にはいって行きました。
しかし彼らの陣営をかき乱され
「イスラエル人の前から逃げよう。
 主が彼らのために、
 エジプトと戦っておられるのだから」
と言いますが、このとき主はモーセに
「あなたの手を海の上に差し伸べ、
 水がエジプト人と、
 その戦車、その騎兵の上に返るようにせよ」
と言われ、モーセが手を海の上に差し伸べたると、
夜明け前に、海がもとの状態に戻り
エジプト人は全員、
海の真中に投げ込まれ死んでしまいます。
全滅したのです。

主は、こうしてイスラエルを
エジプトの手から救われました。
イスラエルは
主がエジプトに行なわれた
この大いなる御力を見たので、
民は主を恐れ、
主とそのしもべモーセを信じました。

主はあなたにも同じようにしてください。
目の前に紅海、後ろにエジプト軍、
絶体絶命になったイスラエルのように、
あなたの目の前にも病気や負債、
後ろには困難と問題、
もうどうすることもできない
絶体絶命が許されるかもしれません。

でも神が戦ってくださいます。
神のことばに耳を傾けてください。


手を海に向かって差し伸べてモーセのように、
神のことばに従って、
あなたの手を海に向かって差し伸ばしましょう。

その時紅海が割れたように、
主の奇跡があなたにも始まるのです。

2019年11月12日火曜日

神のことばに従い感謝するとき表される圧倒的な勝利!


この戦いではあなたがたが戦うのではない。

しっかり立って動かずにいよ。

あなたがたとともにいる主の救いを見よ。

           第II歴代誌2017



この言葉は、
アラムとモアブの大軍に攻められて
絶体絶命だったヨシャパテ王とユダヤの民に
神が語ってくださった言葉です。

神が戦ってくださるので、自分で戦うのではなく、
しっかり立って動かずにいれば
主が戦い、勝利を取ってくださるということです。

しかし、ここで間違えてはいけないのは、
しっかり立って動かずにいよということは、
何もするな、ということではありません。
神様の与えてくださった約束の言葉にしっかりと立ち、
その言葉に従っていくということです。
ヨシャパテの場合は
「あす、彼らのところに攻め下れ。
 見よ。彼らはツィツの上り道から上って来る。
 あなたがたはエルエルの荒野の前の谷のはずれで、
 彼らに会う」と指示を与えられ、また
「あす、彼らに向かって出陣せよ」
とも語られたのです。
それでヨシャパテ王とユダのすべての人々と
エルサレムの住民は翌朝早く、
テコアの荒野へ出陣しました。
その時彼は民と相談し、
主に向かって歌う者たち、
聖なる飾り物を着けて賛美する者たちを
任命しました。
彼らが武装した者の前に出て行って
「主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで」
と歌うためでした。
彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、
主は伏兵を設けて、
ユダに攻めて来たアモン人、モアブ人、
セイル山の人々を襲わせたので、
彼らは打ち負かされ最終的には全滅したのです。

神のことばに従い、
感謝と賛美の声を上げた時、
1本の槍も1発の弾も使わずに、
彼らは敵を全滅させたのです。

あなたの前の城壁がどんなに高く大きくて、
あなたの問題がどんなに困難を極めていても、
神が戦ってくださいます。

神のことばに従い、
そして感謝と賛美をささげましょう。
その時必ず、神が勝利を取ってくださいます。

神のことばに従うとき、
神が戦ってくださるのです。
そして圧倒的な完全な勝利を取ってくださるのです。

2019年11月11日月曜日

キリストを信じる者の人生に許されることは、神の戦い


この戦いはあなたがたの戦いではなく、

    神の戦いであるから。

         第II 歴代誌2015



ユダとエルサレムの敵である
モアブ人とアモン人のおびただしい大軍が、
ヨシャパテと戦おうとして攻めて来ました。

絶対勝ち目はありません。
ヨシャパテは恐れて、ただひたすら主に求め、
ユダ全国に断食を布告しました。
するとユダの人々は全員、
幼子たち、妻たち、子どもたちも集まって来て、
共に主の前に立って、主の助けを求めました。
「私たちに立ち向かって来た
 このおびただしい大軍に当たる力は、
 私たちにはありません。
 私たちとしては、どうすればよいかわかりません。
 ただ、あなたに私たちの目を注ぐのみです」と。

子どもたちでもわかりました。
明日になれば、みんな殺される。
自分たちも死んでしまうと。
それぐらい絶体絶命だったのです。

彼らが主に祈り叫んだ時、
主からことばがありました。
「ユダのすべての人々とエルサレムの住民およびヨシャパテ王よ。
 よく聞きなさい。
 主はあなたがたにこう仰せられます。
『あなたがたはこのおびただしい大軍のゆえに恐れてはならない。
 気落ちしてはならない。
 この戦いはあなたがたの戦いではなく、
 神の戦いであるから。」と。

そうです。
この戦いは神の戦いなのです。
彼らが自分の力で戦う必要はないのです。
神が戦ってくださるのです。

私たちの人生にも、
絶体絶命、
もうどうすることもできない、
という場面が許されることがあります。
しかし、
それはあなたの戦いではなく
神の戦いなのです。

あなたが神により頼み、
神にすがるなら、
神ご自身が戦ってくださるのです。

ヨシャパテたちは神のことばに従って、
翌日、攻め降りました。
賛美と喜びの声を持って、
その時伏兵が出てきて
圧倒的な完全な勝利を取るのです。

あなたもどんな困難や不可能にぶつかっても、
絶体絶命に陥っても、
自分で戦わないで、
神に戦っていただいてください。

私たちイエス・キリストを信じる者の人生に許されるすべてのことは、
神の戦いだからです。
神の戦いは必ず勝利します。
圧倒的な完全な勝利をします。

2019年11月10日日曜日

イエス・キリストはいやし悪霊を追い出す


イエスはみことばをもって霊どもを追い出し、

また病気の人々をみなお直しになった。

       マタイの福音書816



人々は悪霊につかれた者を大ぜい、
イエス・キリストのみもとに連れて来ました。
そこで、
イエスはみことばをもって霊どもを追い出し、
また病気の人々をみなお直しになられました。
これは、預言者イザヤを通して言われた事が
成就するためでした。
「彼が私たちのわずらいを身に引き受け、
 私たちの病を背負った」

イエス・キリストは、
私たちの罪の身代わりとなって
十字架で呪われたものとなって
裁きを受けられたとき、
同時に
私たちのわずらいを引き受け、
病を背負われたのです。

ですから、
イエス・キリストのみもとに来る人を
イエス・キリストは
いやされ解放することがお出来になるのです。

2019年11月9日土曜日

権威あるイエスのことば


イエスが、律法学者たちのようにではなく、

権威ある者のように教えられたからである。

        マタイの福音書729



イエスが
山上の垂訓と言われるメッセージを
語り終えられると、
群衆はその教えに驚きました。
というのは、
イエスが、律法学者たちのようにではなく、
権威ある者のように教えられていたからです。

イエスのことばには力がありました。
イエスは権威ある者のように教えられたのです。
主イエスが語られる言葉には権威と力がありました。

ある方が言われました。
ある癒しの器の方に祈っていただくと、
不思議なことに祈り終わった時、
きっと直る、これで直ったと信じているそうです。
そして実際に直ってしまうのです。
これが主イエスの御名の権威です。

イエスの御名には、
そしてイエスのことばには
権威と力があるのです。

2019年11月8日金曜日

本当に価値あるもの


自分の宝は、天にたくわえなさい。

マタイの福音書820



イエスは言われました。
 自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。
 そこでは虫とさびで、きず物になり、
 また盗人が穴をあけて盗みます」と。
そして続けてこう言われたのです。
「自分の宝は、天にたくわえなさい。
 そこでは、虫もさびもつかず、
 盗人が穴をあけて盗むこともありません。
 あなたの宝のあるところに、
 あなたの心もあるからです。」と。

あなたは、どこに宝をたくわえていますか。
地上にあなたの宝をどんなにたくわえても、
それを永遠の天国には
持っていくことはできません。
財産も、名声も、栄誉も、
天国には持っていけないのです。

しかし、永遠に残るものがあります。
信仰と希望と愛、
あなたが主イエスを信じて人々に示した愛、
それは天に宝として残るのです。

あなたの宝はどこにありますか。
この地上ですか。
それとも永遠なる天ですか。

あなたの心はどこにありますか。
この地上から目を離して
永遠なる天に目を向けましょう。

そのとき、本当に価値あるものが
はっきりとあなたにも見えてくるはずです。

2019年11月7日木曜日

永遠なる天に目を向けて、主により頼む


自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。

          マタイの福音書544



イエスは言われました。
「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」と。
イエス・キリストは、あの十字架の上でさえ、
私たちを赦し、私たちのために祈られました。

二十六聖人をはじめとする殉教者たちも、
自分を十字架につけ殺そうとする者を赦し、
喜びながら殉教していきました。

だから、私たちにも敵を赦し、
迫害する者のために祈ることができるかというと、
残念ながら、そんな簡単なことではありません。
私たちには感情があり、
簡単に赦すことはできないのです。
迫害する者のために祈ることも
たやすいことではありません。

ではなぜ殉教者たちには、出来たのでしょうか。
それは彼らが天に目を向け、
永遠の価値の中を生きていたからです。
そして主イエスにより頼んで、
聖霊に満たされて生きていたからです。

私たちも、
この地上のことに心を奪われずに、
永遠なる天に目を向け、
主イエス・キリストの愛と恵みに
より頼んで生きる時、
聖霊様が私たちを満たし助けてくださいます。

そのとき、私たちも敵を赦し、
迫害する者のために祈ることが
できるようになるのです。

2019年11月6日水曜日

イエスのもとに来れば必ずいやされ解放される!


人々は、さまざまの病気と痛みに苦しむ病人、

悪霊につかれた人、てんかん持ちや、

中風の者などをみな、みもとに連れて来た。

イエスは彼らをお直しになった。

       マタイの福音書424



イエスはガリラヤ全土を巡って、
会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、
民の中のあらゆる病気、
あらゆるわずらいを直されました。
それで、
そのイエスのうわさはシリヤ全体に広まり、
人々は、
さまざまの病気と痛みに苦しむ病人、
悪霊につかれた人、てんかん持ちや、
中風の者などをみな、
イエスのみもとに連れて来ました。
イエスは彼らをみなお直しになりました。

イエス・キリストのみもとに来た人々は、
どんな病気でも、
悪霊に憑(つ)かれていても、
みんな全員、いやされ解放されたのです。

イエス・キリストは、
ご自分のところに助けを求め、
癒しを求めてくる人を、
そのままにして放っておけなかったのです。
病気のまま、
苦しんでいるままで
帰すことはできなかったのです。

あなたも
イエス・キリストのところに
来てください。

あなたの愛する人、
苦しんでいる人を
イエス・キリストのところに、
イエス・キリストが満ちておられる教会に
連れてきてください。

必ずイエス・キリストは、
その人を癒し解放してくださいます。

2019年11月5日火曜日

バプテスマ(洗礼)の祝福!



「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。」

                                            マタイの福音書317



イエス・キリストは、
バプテストのヨハネからはバプテスマを受けて、
すぐに水から上がられました。
すると、天が開け、
神の御霊が鳩のように下って、
自分の上に来られたのです。
そして、天からこう告げる声が聞こえました。
「これは、わたしの愛する子、
 わたしはこれを喜ぶ」

イエス・キリストは
天の父なる神の愛する子でした。
イエス・キリストが
バプテスマを受けられた時、
父なる神は喜ばれたのです。

私たちも自分の罪を悔い改め、
イエス・キリストの十字架と復活を
信じてバプテスマを受ける時、
神の子とされ、父なる神は喜ばれます。

さぁためらわずに
イエス・キリストを信じて
バプテスマを受け、神の子となりましょう。