2020年3月31日火曜日

罪を赦し、病気を治してくださるイエス・キリスト


「子よ。あなたの罪は赦されました。」

       マルコの福音書2章5節



イエスがカペナウムに来られると、
イエスがおられた家に
多くの人が集まってきました。

そのため、戸口のところまで
すきまもないほどになりました。

この人たちに、
イエスがみことばを話しておられたとき
ひとりの中風の人が
四人の人にかつがれて、
みもとに連れて来られたのです。

しかし、
群衆のために
イエスに近づくことができません。

それで、その人々は
イエスのおられるあたりの
屋根をはがし、穴をあけて、
中風の人を寝かせたまま
その床をつり降ろしました。

イエスはどうされたと思いますか。

イエスは彼らの信仰を見て、
中風の人に
「子よ。あなたの罪は赦されました」
と言われました。

ところが、
その場に律法学者が
数人すわっていたのですが
「この人は、
 なぜ、あんなことを言うのか。
 神をけがしているのだ。
 神おひとりのほか、
 だれが罪を赦すことができよう」
と心の中で理屈を言い始めました。

イエスはすぐに、
彼らが心の中で
このように理屈を言っているのを、
ご自分の霊で見抜いて、
こう言われました。

「なぜ、あなたがたは心の中で
 そんな理屈を言っているのか。
 中風の人に
 『あなたの罪は赦された』と言うのと
 『起きて、寝床をたたんで歩け』
 と言うのと、どちらがやさしいか。
 人の子が地上で
 罪を赦す権威を持っていることを、
 あなたがたに知らせるために」

こう言ってから、
今度は中風の人に

「あなたに言う。起きなさい。
 寝床をたたんで、家に帰りなさい」

と言われたのです。
すると彼は起き上がり、
すぐに床を取り上げて、
みなの見ている前を出て行きました。

そこにいた人々は、すっかり驚いて
「こういうことは、かつて見たことがない」
と言って神をあがめたのです。

イエス・キリストは
罪を赦し、
病気を治してくださいます。

中風のため歩けなかった人を
立ち上がって歩けるように
してくださった主イエスが、
もし、今あなたが、人生に疲れ傷つき
もう前に進めないと思っていても、
そのあなたに語り、
あなたを、その困難と苦しみの中から
立ち上がらせて
歩けるようにしてくださいます。

イエス・キリストは
あなたを愛しておられるからです。

2020年3月30日月曜日

アガペーの愛が私たちを通して流れるために



すべてをがまんし、すべてを信じ、

すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。

     コリント人への手紙 第一 13章7節



このコリント人への手紙 第一 13章は、
愛の讃歌と言われるところで、
結婚式などでよく読まれる聖書箇所です。

ここに書かれている愛は
ギリシャ語で「アガペー」と言います。
神の愛、あるいは無償で与える愛ですね。
4節から8節には

「愛は寛容であり、愛は親切です。
 また人をねたみません。
 愛は自慢せず、高慢になりません。
 礼儀に反することをせず、
 自分の利益を求めず、怒らず、
 人のした悪を思わず、
 不正を喜ばずに真理を喜びます。
 すべてをがまんし、すべてを信じ、
 すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。
 愛は決して絶えることがありません。」

と書かれています。
残念ながら
私たちのうちには
このような愛はありません。

でも、自分の罪を認め悔い改めて、
イエス・キリストの十字架を信じた時、
私たちのうちに聖霊が宿り、
イエス・キリストが
いつも共に住んで下さるようになりました。

ですから、この方と共にいるなら、
私たちを通しても
このアガペーの愛が流れ出すのです。

あなたも私も自分のことで
一杯一杯になってしまいやすいものです。
でも、しっかりと教会にとどまり、
心から賛美をささげ祈る時、
神の愛が私たちに注がれてきます。

聖書の言葉に耳を傾け聞くときに
主イエスは
愛の言葉、いのちの言葉を
語ってくださいます。

そして、
私たちからアガペーの愛が流れ出すのです。

2020年3月29日日曜日

神の恵みによって



ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。

そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、

私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。

しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。

        コリント人への手紙 第一 15章10節



パウロは、本来、
使徒と呼ばれる価値のないものです。

なぜなら、神の教会を迫害したからです。

ですから、
パウロは、使徒の中でも最も小さい者です。

ところが、
神の恵みによって、パウロは変えられ、
使徒として召され、
ほかのすべての使徒たちよりも
多く働く者となりました。

しかし、
それはパウロの力ではなく、
パウロに注がれた神の恵みなのです。

私たちも、
神の恵みの中で生かされていきましょう。

そのとき、
あなたに用意された
神にある人生を生きることができます。

それは不可能を可能にする神の力を、
神の愛と恵みの中で体験していく
素晴らしい喜びに満ちた人生です。

2020年3月28日土曜日

祈りの原点



求めなさい。そうすれば与えられます。

                           マタイの福音書7章7節



祈りの基本はまず求めることです。
父なる神さまに、
素直に大胆に、
本当の本音で求めることです。

もちろん、
イエス・キリストの御名によって
祈るのですが、御名によってとは、
イエス・キリストの十字架を信じて、
その恵みのゆえに
罪が完全に赦されている者として、
祈るのです。
確かに
主の御心でなければ聞かれませんが、
そう言うと、どうせ、
私の願いは主の御心ではないと、
素直に大胆に祈らなくなる人がいます。
それは間違いです。
主の御心かどうかは
神が決められることです。

私たちは、
もっと大胆に素直になって、
本当の願いを求め祈るのです。

その時、
主は、あなたにとって
最善にして最高のものを
必ず与えて備えてくださいます。

2020年3月27日金曜日

いつでもどこでも神の臨在の中に入ることができる



神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。

      マルコの福音書15章38節



イエス・キリストが
十字架の上で息を引き取られた時、
神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けました。

神殿には聖所と言われる所と
至聖所と呼ばれているところがあり、
その間にはとても分厚い幕がありました。

至聖所というのは
神の臨在されているところでした。

イスラエルでは大贖罪日と言って、
国民が全員一年に1日
断食をして悔い改める日があります。
その大贖罪日に、一年に一度だけ
大祭司がその分厚い幕の中に入り、
至聖所に入ることができたのです。

その幕が上から下まで真っ二つに避けました。
幕が裂かれ至聖所に入ることを
遮っていたものが取り除かれたのです。

いつでも、どこでも、
神の臨在の中に入ることが
できるようになったのです。

イエス・キリストの十字架によって、
神と私たちを遮っていた
罪という分厚い幕が取り除かれました。

私たちが自分の罪を悔い改め、
イエス・キリストを信じるなら、
いつでも、どこでも、
私たちは神の臨在の中に入り、
生けるまことの神さまと
生きた交わりをすることが
出来るようになったのです。

2020年3月26日木曜日

神に捨てられたイエスの叫び



三時ごろ、イエスは大声で、

「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばれた。これは、

「わが神、わが神。

 どうしてわたしをお見捨てになったのですか」

 という意味である。

          

           マタイの福音書27章46節



イエスが十字架にかかったのは午前9時でした。
それから6時間でイエスは息を引き取ります。
普通十字架刑で亡くなる囚人は
10日から1週間かかって狂い死んでいきました。
イエスの十字架が
いかに苦しく厳しいものであったかがわかります。

さて、12時になったとき、
全地が暗くなって、3時まで続きました。
この時は満月の時なので、日食ではありません。
神の特別な介入でした。

神の独り子であったイエス・キリストが、
神である父なる神に捨てられたのです。
霊においても神から断ち切られたのです。
神が神を捨てたのです。

イエスは大声で
「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」
と叫ばれました。
これは
「わが神、わが神。
 どうしてわたしをお見捨てになったのですか」
という意味です。
これはお芝居ではありませんでした。

本当に
神であられるイエス・キリストが
神に捨てられたのです。

私の罪を赦し、あなたを救うために。
イエスはあなたの代わりに
この時、神に捨てられたのです。

私の代わりに
よみである地獄に行かれたのです。

イエスは罪を犯したことはなく
全く罪とは関係のないお方でした。
ですから罪の結果である死とは
無縁だったのです。

でもこの時、
私の代わりに、
あなたの代わりに、
神に捨てられて断ち切られて、
死んで地獄に行かれたのです。

私たちは、あなたも私も
地獄に行かなくてよくなりました。

それどころか、
自分の罪を悔い改めて、
イエスを信じるなら、
天国に、永遠に神の子とされて、
神とともにいることができるのです。

父なる神は、あなたを愛しておられます。
ひとり子イエスを捨てられてまで
あなたを取り戻されたのです。

イエス・キリストは
あなたを愛しておられます。
神に捨てられて
地獄に行くことがわかっていても
十字架から降りて来られなかったのですから・・・

私たちはこの大きな愛で愛されているのです。

2020年3月25日水曜日

汚れたままで愛して、そしてきよめて癒してくださるイエス・キリスト


イエスは深くあわれみ、

手を伸ばして、彼にさわって言われた。

「わたしの心だ。きよくなれ。」

     マルコの福音書141



ひとりのらい病人が、
イエスのみもとにお願いに来て、
ひざまずいて言いました。

「お心一つで、私はきよくしていただけます。」

当時らい病にかかることは、
宗教的に汚れていると考えられていました。
ですから、
この人は「直していただけます」ではなく
「きよくしていただけます」と言ったのです。

それに対してイエスは深くあわれまれて、
その御手を伸ばして、
彼にさわって言われたました。

「わたしの心だ。きよくなれ」と。

すると、すぐに、そのらい病が消えて、
その人はきよくなったのです。

当時、らい病の人に触れると
触れたその人も汚れると言われていました。
イエスであれば、
「わたしの心だ。きよくなれ」と言えば、
それでこのらい病の人は癒されるのです。

ところがイエスは、
わざわざ手を伸ばして、
このらい病の彼にさわって言われたのです。

なぜイエスは
わざわざ触れられたのでしょう。
それは彼に伝えたかったのでしょう。
わたしは
あなたがらい病のそのままで愛していると。

イエスは癒し主です。
もちろん病も、らい病も
いやして、きよめてくださいます。

でもらい病であったとしても、
そのらい病のままで
愛してくださっているのです。

直るから愛しておられのではありません。
汚れていると言われている
らい病のままで愛して下さっているのです。

彼はよほど嬉しかったのでしょう。
イエスから「誰にも言わないように」
と言われたのですが、
彼は出て行って、
この出来事を人々にふれ回り、
言い広めました。

2020年3月24日火曜日

福音を全世界に知らせる!



イエスは彼らに言われた。

「さあ、近くの別の村里へ行こう。

 そこにも福音を知らせよう。

 わたしは、そのために出て来たのだから。」

         マルコの福音書138



弟子たちが朝、目がさめると、イエスはいません。
祈りに寂しいところに行かれているからです。
慌てて弟子たちはイエスを探し、やっと見つけて、
「みんながあなたを捜しております」と言うと、
イエスは彼らに、こう言われたのです。

「さあ、近くの別の村里へ行こう。
 そこにも福音を知らせよう。
 わたしは、そのために出て来たのだから。」


こういった後、
イエスは、ガリラヤ全地にわたり、
その会堂に行って、
福音を告げ知らせ、悪霊を追い出されました。

イエス・キリストは、
一人でも多くの人に福音を告げ知らせるために、
来られました。
彼の時間を使い尽くして、
町々、村々を回り福音を宣べ伝えました。

そのイエスの宣教のスピリットを受け継いで、
全世界に行って
全人類に福音を知らせるために
私たちは救われ召し出されたのです。

2020年3月23日月曜日

人生が劇的に変わる祈り



さて、イエスは、朝早くまだ暗いうちに起きて、

寂しい所へ出て行き、そこで祈っておられた。

         マルコの福音書135



イエスは毎日、
朝早くまだ暗いうちに起きて、
寂しいところへ出て行き、
そこで祈っておられました。

弟子たちは眠りこけていました。
いびきをかいていた者も、
寝相が悪くてすごい格好して
寝ていた弟子もいたと思います。

そんな中で、
イエスは朝早く起きられて、
一人で寂しいところ、
誰にも妨げられず邪魔されずに
父なる神と交わり、祈れる場所に
行かれて祈っておられたのです。

この時間だけが、
イエス・キリストにとって、
父なる神と、
ゆっくりと一対一で
共に過ごすことのできる
時間だったからです。

あなたにも
そんな時間と場所がありますか。

あるなら、あなたは幸せな人で、
父なる神の愛を豊かに受け、
主イエスの恵みをあふれるほどに感じ、
聖霊様との深い交わりの中で
力を受けていることでしょう。

そしてあなたの人生と生活の中には、ど
んな困難が起きても
神の祝福があふれていることでしょう。

もしまだ
そんな時間と場所を持っていないなら、
ぜひ、あなたも
主イエスととともに
父なる神のところに一人で行く
時間と場所を聖別してください。

必ずあなたの人生が劇的に変わります。

2020年3月22日日曜日

病気をいやし、悪霊を追い出されたイエス



イエスは、さまざまの病気にかかっている多くの人を

いやし、また多くの悪霊を追い出された。

そして悪霊どもがものを言うのをお許しにならなかった。

彼らがイエスをよく知っていたからである。

          マルコの福音書134



イエスは、ヤコブとヨハネを連れて、
シモン(ペテロ)とアンデレの家にはいられました。

すると人々が、
シモンのしゅうとめが熱病で
床に着いていると知らせてきました。

イエスは、彼女に近寄り、
その手を取って起こされました。
すると熱がひき元気になって、
彼女は彼らをもてなしました。

夕方になり日が沈むと、
人々は病人や悪霊につかれた者をみな、
イエスのもとに連れて来ました。
こうして町中の者が戸口に集まって来たのです。

そこで、イエスは、
さまざまの病気にかかっている
多くの人をいやし、
また多くの悪霊を追い出されました。
そして悪霊どもが
ものを言うのをお許しにならなかったのです。
彼らがイエスをよく知っていたからです。

イエスは今も生きていて、
あの日と同じように、
手を取って熱をひかせ、
病気をいやし、悪霊を追い出されます。

あなたのうちに
私のうちに住んでおられるイエスは、
あなたが主の導きと声に従って
踏み出し手を伸ばす時、
あなたを通して
今も生きて働かれるのです。

さぁ、主と共に
主に従って一歩踏み出しましよう。