2019年12月8日日曜日

イエスはあなたにとって誰ですか


するとイエスは、彼らに尋ねられた。

「では、あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」

ペテロが答えてイエスに言った。

「あなたは、キリストです。」

         マルコの福音書829



イエスは弟子たちと
ピリポ・カイザリヤの村々へ出かけられました。
その途中、イエスは弟子たちに
「人々はわたしをだれだと言っていますか。」
と尋ねられました。彼らが
「バプテスマのヨハネだと言っています。
 エリヤだと言う人も、
 また預言者のひとりだと言う人もいます。」
と答えると、イエスは、彼らに
「では、あなたがたは、
 わたしをだれだと言いますか。」
と尋ねられました。ペテロが答えて
「あなたは、キリストです。」
とイエスに言うと、イエスは、
自分のことをだれにも言わないようにと、
彼らを戒められたのです。

あなたは
イエスのことを誰だと言いますか。
あなたもペテロのように
「キリストです。」と答えられますか。

人々が何と言っているかは
問題ではありません。
あなたにとって
イエスはキリストでしょうか。
キリストとはメシア、
つまり救い主ということです。

あなたが
どんな困難や問題にぶつかろうと、
不治の病気や
大きな悲しみの中に落ち込もうと、
イエス・キリストがいるなら大丈夫と言えますか。

そして最も大きな問題である
「死」に対する解決がここにあります。
イエス・キリストの十字架は
死に永遠の勝利を与えてくれます。

あなたにとって、イエスは、キリストですか。

2019年12月7日土曜日

神が語られたことばは必ず成就する


私のことばは、その時が来れば実現します。

           ルカの福音書120



ザカリヤは、
み使いガブリエルが語った喜びの訪れ、
つまり
「子どもが与えられ、男の子が生まれる。
 名をヨハネとつけなさい。」
と言われたことばを信じられませんでした。

その結果、おしになって、
ものが言えなくなってしまいました。
けれども、
みつかいを通して語られた神のことばは、
その通りになり男の子が与えられたのです。

まさに神のことばは、
その時が来れば実現するのです。
どんなに私たちが
不信仰になったとしても、
神様が約束されたことばは、
約束通りに果たしてくださいます。

神の時が来る時、
神のことばは、
その通りに成就するのです。

あなたに約束されている神のことばは、
必ず成就します。
あなたに語られた神のことばを、
神は決してお忘れにはなっていません。

その時が来れば、
その通りに成就するのです。

2019年12月6日金曜日

あなたの願いは聞かれます


あなたの願いが聞かれたのです。

       ルカの福音書113



イエス・キリストが誕生する半年前に
バプテスマのヨハネが生まれます。
彼はイエス・キリストの道備へをする
特別な使命がありました。
イエスが
「女から生まれた者の中で最も優れた者」
と言われた方です。

バプテスマのヨハネの両親は、
ザカリヤとエリサベツと言いました。
ヨハネが生まれるまで、
ザカリヤとエリサベツは
とてもとても長い間待たされました。
エリサベツが不妊の女だったからです。
彼らは祭司の夫婦で、
ふたりとも、神の御前に正しく、
主のすべての戒めと定めを
落度なく踏み行なっている人でした。
しかし彼らには子がなく、
ふたりとももう年をとっていました。
彼らは子どもが与えられることを
願っていましたが、
もうそれは無理な歳になっていたのです。

なぜ、こんなに忠実に誠実に
神に仕えていたのに、
神様は、彼らに子どもを
与えてくださらなかったのでしょう。
こんなに歳をとるまで
待たされたのでしょう。

それは、
バプテスマのヨハネの両親になり、
バプテスマのヨハネを
育てる使命があったからです。

彼らは長い長い間待たされました。
忍耐の訓練を通りました。

ザカリヤが、主の神殿にはいって
香をたくことになった時、
主の使いが彼に現われて、
香壇の右に立ち、恐れている彼に
「こわがることはない。ザカリヤ。
 あなたの願いが聞かれたのです。
 あなたの妻エリサベツは男の子を産みます。
 名をヨハネとつけなさい。
 その子はあなたにとって
 喜びとなり楽しみとなり、
 多くの人もその誕生を喜びます。」
と語られ、ついに願いが聞かれ、
子どもの与えられる時が来た時でさえ、
彼はそれを素直に受け取れなかったのです。
とても無理だと思いました。
それぐらい長い間、
もう不可能と思えるまで待たされたのです。

でも、神の言葉は真実で、
神は愛の方です。
ザカリヤとエリサベツの忠実を
覚えておられ、見ておられました。
ザカリヤとエリサベツには子どもが、
しかもイエス・キリストの道備へをする
バプテスマのヨハネが与えられたのです。

あなたにもきっと
神様からの使命があります。
だから、時として、
いつまで待たなければいけないのだろうか、
と思いたくなるような忍耐を
求められる時があるかもしれません。
もう無理だと
諦めてしまいたくなるようなところまで
追い込まれるかもしれません。

でも忘れないでください。
神はあなたを愛しておられます。
そしてあなたの忠実を
見てくださつています。
必ず報いて答えてくださる方なのです。

あなたには遅いと思える
神の時が来るときに、
あなたの願いは聞かれるのです。
神か語られればそうなるのです。

あなたの願いは聞かれました。

2019年12月5日木曜日

一言も答えずに十字架に進むイエス


イエスは、どんな訴えに対しても

一言もお答えにならなかった。

それには総督も非常に驚いた。

     マタイの福音書2714


イエスは捕らえられ総督の前に立たれた時、
総督はイエスに
「あなたは、ユダヤ人の王ですか。」
と尋ねました。
イエスは彼に「そのとおりです。」
と答えられました。
しかし、祭司長、長老たちから
訴えがなされたときは、
何もお答えにならなかったのです。
そのとき、ピラトはイエスに言いました。
「あんなにいろいろと
 あなたに不利な証言をしているのに、
 聞こえないのですか。」
それでも、イエスは、
どんな訴えに対しても
一言もお答えにならなかったのです。
それには総督も非常に驚きました。

イエス・キリストは
十字架にかかることが
父なる神である主の御心であることを
知っておられました。
そして、
そのためにゲッセマネで
血のような汗を流して祈られました。
それでこの時は、
どんな訴えに対しても、
もう何も言われなかったのです。

私たちを愛して
十字架にかかることに
心が定まっていたからです。

私たちも
主の恵みの中で
自分の十字架を
心を定めて受け取り祈るなら、
周りがどんなに騒ごうと嘲ろうと、
主の特別な恵みの中で、
静かにまっすぐに
主の十字架の道を歩めるようになるのです。

2019年12月4日水曜日

この方イエス・キリストが救い主



「この方はまことに神の子であった」

                            マタイの福音書2754



イエスが十字架の上で
最後にもう一度大声で叫んで、
息を引き取られたとき、
神殿の幕が上から下まで真二つに裂けました。
そして、地が揺れ動き、岩が裂け、
墓が開いて、眠っていた
多くの聖徒たちのからだが生き返ったのです。

そして、イエスの復活の後に墓から出て来て、
聖都にはいって多くの人に現われました。

百人隊長および彼といっしょに
イエスの見張りをしていた人々は、
地震やいろいろの出来事を見て、
非常な恐れを感じ、
「この方はまことに神の子であった。」
と言いました。

キリストを十字架につけた
異邦人のローマ兵でさえ、
イエス・キリストの十字架を
目の当たりにした時
「この方はまことの神の子であった」
とわかったのです。

イエス・キリストの十字架の死は、
神を恐れずにはいれないほど恐ろしく、
しかし同時に、
それほどに深く神の愛が現れていたのでしょう。

2019年12月3日火曜日

神の恵みによって



ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。

そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、

私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。

しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。

          第一コリント人への手紙1510



イエス・キリストは復活された後、
ペテロをはじめ、十二弟子に現われ、
その後、五百人以上の兄弟たちに同時に現われました。
その後、キリストはヤコブに現われ、
それから使徒たち全部に現われました。
そして、最後に、月足らずで生まれた者と同様な私にも、
現われてくださいました。とパウロは語っています。

パウロは自分のことを
「私は使徒の中では最も小さい者であって、
 使徒と呼ばれる価値のない者です。
 なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。」
と言っています。
しかし、そのパウロが
ほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。
しかし、それはパウロに注がれた神の恵みでした。
ですからパウロは言っています。
「ところが、神の恵みによって、
 私は今の私になりました。
 そして、私に対するこの神の恵みは、
 むだにはならず、
 私はほかのすべての使徒たちよりも
 多く働きました。
 しかし、それは私ではなく、
 私にある神の恵みです。」と。

私たちも神の恵みによって、
成長させられ、
主の働きをさせていただきましょう。

2019年12月2日月曜日

福音によって救われる



この福音によって救われるのです。

コリント人への手紙 第一 152



パウロはコリントの教会の人々に向かって
手紙を書いて言いました。
「また、もしあなたがたが
 よく考えもしないで信じたのでないなら、
 私の宣べ伝えたこの福音のことばを
 しっかりと保っていれば、
 この福音によって救われるのです。」と。

そしてその福音とは、
パウロ自身が受けたことです。

「キリストは、聖書の示すとおりに、
 私たちの罪のために死なれたこと、
 また、葬られたこと、
 また、聖書に従って
 三日目によみがえられたこと、
 また、ケパに現われ、
 それから十二弟子に現われたことです。」

イエス・キリストが
聖書に書かれて預言されていた
メシア、救い主であり、
聖書に書かれていた通りに、
私の罪の身代わりに、
十字架にかかり、
三日目によみがえり復活されたこと、
この福音を信じ
悔い改めて告白するとき、
救われるのです。

あなたが信じているのなら、
あなたは救われています。

2019年12月1日日曜日

高い心では主は働けない


「ここまでは来てもよい。

 しかし、これ以上はいけない。

 あなたの高ぶる波はここでとどまれ。」

        ヨブ記3811



ある時、友人からこんな話を聞きました。
彼はキリスト教を禁止している国に
聖書を持ち込んでいたそうです。
ところが何回目かの時に、
持ち込む途中で見つかり、
失敗してしまったそうです。
その時、ガックリした彼が
神様から慰めてもらおうと聖書を開いたら、
このみことばが飛び込んできたのです。
「今までは、
 私の恵みと憐れみで成功しました。
 しかし、今、
 あなたの心は高くなっています。
 それでは私の働きはできません。」と。
彼はベットの前で跪き悔い改めました。
ありとあらゆることについて・・・
気がついたら
疲れて眠ってしまっていました。
彼は朝四時ごろ目が覚めました。
その時、
静かな主イエスのみ声が聞こえました。
「この町であなたは
 福音を語るようになります。
 この国であなたは
 私のことを宣べ伝える日がきます」と。
彼は驚きました。

父なる神は愛の方です。
心が高い時、
働くことができないのです。
しかし悔い改めて低い心になる時、
主イエスはその人を通して
ご自身の愛と業を現してくださいます。

私たちは
すぐに心が高くなってしまいます。
でも何度でも何度でも悔い改めて
主イエスに低い心をいただき、
キリストの愛と恵みを、
流していただきましょう。

2019年11月30日土曜日

賜物と召命は変わらないー神の愛と恵みによって


神の賜物と召命とは変わることがありません。

        ローマ人への手紙1129



神はイスラエルを選ばれました。
しかしイスラエルはイエスを拒み
キリストとして受け入れず
十字架につけて殺してしまいました。
しかし、それによって救いが異邦人、
イスラエル民族以外にも及んだのです。
そして、そのことによって
神はイスラエルに妬みを起こさせ
最後の時に
イスラエルもすべて救われて
救いは完成するのです。
ローマ人への手紙11章には、
このことが書いてあります。

神様はあなたを
恵みによって救われ召されました。
あなたが救われたのは
ただただ恵みによります。

そしてそれは
あなたの人生に対する計画、
召しにおいても同じなのです。
神があなたに立てておられる
計画と召しは変わらないのです。

あなたがどんなに失敗し
罪を犯してしまって、
遠回りをしたとしても、
どんなにふさわしくなかったとしても、
神があなたを召されたなら、決して
神はその召しを変えられはしないのです。

神はあなたを愛しておられるからです。

ひとり子イエス・キリストが
あなたのために十字架にかかられ
復活されたからです。

その神の深く大きな愛の中で、
変わることのない賜物と召しを
しっかりと握って
主の恵みの中を歩んでいきましょう。

2019年11月29日金曜日

聖書の最も大切なメッセージ



『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』

という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。

          マタイの福音書2239



パリサイ人たちの質問に
「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、
 あなたの神である主を愛せよ。』
 これがたいせつな第一の戒めです。」と答えられた後、
さらに続けてイエスは、こう言われました。

『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』
という第二の戒めも、
それと同じようにたいせつです。
律法全体と預言者とが、
この二つの戒めにかかっているのです。」と。

神である主を愛するのと同じくらい、
隣人を自分自身のように愛することが大切なのです。
律法全体と預言者とが、
この二つの戒めにかかっている、
つまり聖書で最も大切なことは
この二つの戒めなのです。

自分自身を大切にしてください。
主イエスが、
その命を捨ててまで愛してくださった
あなた自身を大切にして愛してください。
主イエス・キリストが
愛してくださっているのですから。

そして同じように、隣人を愛しましよう。
あなたにとって愛しやすい人もいれば、
とても愛しにくい人もいるでしょう。
でも、その人も主は愛されたのです。
その主イエスに祈り、
主の恵みの中で愛する力をいただいて、
隣人を自分自身のように愛しましょう。

それこそが、
神である主を愛することと共に、
聖書の最も大切なメッセージなのです。