2020年5月26日火曜日

5月26日(火) 天国に行くことは最高の祝福

天国に行くことは最高の祝福


もし、

あなたの足があなたのつまずきとなるなら、

それを切り捨てなさい。

片足でいのちにはいるほうが、

両足そろっていてゲヘナに投げ入れられるよりは、

あなたにとってよいことです。

                              マルコの福音書9章45節


死は終わりではありません。
天国は本当にあります。

誰もが天国に行けるわけではありません。

いえ、それどころ、
人は誰一人として
天国に入ることはできないのです。

死は滅び、地獄、
ゲヘナへの旅立ちなのです。

しかし、イエス・キリストが、
私たちが自分で
どうすることもできない罪の身代わりに、
十字架ですべての罪を背負い、
罰と呪いと病気を身代わりに
引き受けて死んでくださったので、
私たちが自分の罪を悔い改め、
イエス・キリストの十字架を信じたとき、
天国への道が開かれるのです。

イエスは言われました。
「もし、あなたの手が
 あなたのつまずきとなるなら、
 それを切り捨てなさい。
 片手でいのちにはいるほうが、
 両手そろっていてゲヘナの
 消えぬ火の中に落ち込むよりは、
 あなたにとってよいことです。
 もし、あなたの足が
 あなたのつまずきとなるなら、
 それを切り捨てなさい。
 片足でいのちにはいるほうが、
 両足そろっていて
 ゲヘナに投げ入れられるよりは、
 あなたにとってよいことです。
 もし、あなたの目が
 あなたのつまずきを引き起こすのなら、
 それをえぐり出しなさい。
 片目で神の国にはいるほうが、
 両目そろっていてゲヘナに
 投げ入れられるよりは、
 あなたにとってよいことです。
 そこでは、彼らを食ううじは、
 尽きることがなく、
 火は消えることがありません。」と。

片手、片足、片目になっても、
ゲヘナ、地獄に行くよりは
天国に行くことが
はるかにまさっていると。

そうなのです。
天国に行く。
それに勝る喜びと祝福はありません。

もちろん、この地上でも
主イエスは祝福してくださいます。

でも、永遠の祝福、
天にまさるものはありません。

主イエスを信じて永遠の命を得、
天国のものとなりましょう。

イエス・キリストは
あなたを愛しておられます。

2020年5月25日月曜日

5月25日(月) イエスの心は狭くない

イエスの心は狭くない



わたしたちに反対しない者は、

 わたしたちの味方です。


   マルコの福音書9章40節



弟子のヨハネがイエスに言いました。
「先生。先生の名を唱えて
 悪霊を追い出している者を見ましたが、
 私たちの仲間ではないので、
 やめさせました。」

しかし、イエスは言われました。

「やめさせることはありません。
 わたしの名を唱えて、
 力あるわざを行ないながら、
 すぐあとで、
 わたしを悪く言える者はないのです。
 わたしたちに反対しない者は、
 わたしたちの味方です。」

私たちは、自分たちだけが
正当で正しいと思いがちです。
弟子たちは、
自分たちの仲間でない人たちが
悪霊追い出しをしていたのを
やめさせました。

でもイエス・キリストは、
イエスの名を唱えて、
力あるわざを行なっているなら、
やめさせることはないと言われました。

自分たちだけという風に
弟子たちは思いましたが、
イエスは他の人であっても、
イエス・キリストの名によって行い、
キリストに反対しないならば
敵ではなく味方ですと言われました。

気をつけましょう。
私たちも自分たちだけが正しいと思い、
他の人たちを排斥し否定することは
しないようにしましょう。

大切なことは
イエス・キリストを本当に信じ、
このイエス・キリストの名によって
行なっているかどうかです。

イエス・キリストは
心の狭い方ではありません。

イエス・キリストが
宣べ伝えられ
福音が語られているならば、
喜ばれるのです。

イエス・キリストは
人々が救われ、いやされ、
神の愛の中を歩むようになることを、
心から願っておられるからです。

2020年5月24日日曜日

本当に偉い人は・・




「だれでも人の先に立ちたいと思うなら、

   みなのしんがりとなり、

    みなに仕える者となりなさい。」


          マルコの福音書9章35節



イエスは弟子たちに
「人の子は人々の手に引き渡され、
 彼らはこれを殺す。
 しかし、殺されて、三日の後に、
 人の子はよみがえる」
と十字架と復活のことを話されました。

ところが、
弟子たちは、道々、
だれが一番偉いかと論じ合っていました。
そこで家に入ると、
イエスはおすわりになり、
十二弟子を呼んで、言われました。

「だれでも人の先に立ちたいと思うなら、
 みなのしんがりとなり、
 みなに仕える者となりなさい。」

弟子たちは、
神の子であるイエスが、神に捨てられ
最も低くされる十字架を語った直後に、
自分たちの中で、誰が一番偉いかを
論じ合っていたのです。

でも、これは
弟子たちだけの話ではありません。
私たちも神の愛を知り、
イエス・キリストを信じて救われていても、
人と比べ、競争する世の中の生き方から
なかなか抜け出せないでいることが
しばしばあります。

イエスは弟子たちに言われました。
「人の先に立ちたいと思うなら、
 みなのしんがりとなり、
 みなに仕える者になりなさい」

人よりも先に行くのではなく、
しんがりとなり仕える、
まさに、
イエス・キリストが
生きられた歩みです。

愛する者の生き方ですね。

私たちも主イエスに祈り、
聖霊様に助けていただいて、
イエス・キリストに従い、
この世の価値観から解放されて、
人に仕え、しんがりとなって、
歩いていきましょう。

天に宝を積みながら・・・
永遠の価値の中を、
神の愛に満たされて歩いていきましょう。

あなたにも、私にも、きっと出来ます。

イエス・キリストが、
愛してくださっているからです。

2020年5月23日土曜日

2020年5月23日(土)  赦して祈ると答えられる!

赦して祈ると答えられる!



また立って祈っているとき、

だれかに対して恨み事があったら、

赦してやりなさい。

そうすれば、天におられるあなたがたの父も、

あなたがたの罪を赦してくださいます。

       マルコの福音書11章25節



祈りのことが書いてある聖書の箇所には、
すぐ近くに赦しのことが、
しばしば出てきます。

赦さないで、誰かを恨んでいたら・・・
祈りは聞かれなくなるのです。

罪を握ったままでは
祈りは答えられないのです。

また、
二人以上の人が心を一つにすれば
どんなことでも、かなえられると
イエスは言われました。

敵であるサタンは
それを知っているので、
私たちが地上で
心を一つにして祈ろうとすると、
相手に対してカチンときたり、
腹を立てたり、
許せなくなったりして、
一緒に祈れないようにしてくるのです。

一人で祈るときも、
誰かと心を合わせて祈るときも、
恨み言があったら、
どんなことであれ、
主イエスの恵みと
聖霊の助けをいただいて
赦しましょう。

そうすれば、祈りは聞かれます。
天に届き、答えられるのです。

敵である悪魔の策略を見分けて、
許しあって、祈りましょう。

一人で祈り、
夫婦で祈り、
親子で、家族で、
神の家族の教会で、
祈りましょう。

主イエスは
祈りに答えてくださいます。

イエス・キリストは、
あなたを愛しておられるからです。

2020年5月22日金曜日

祈って受ける奇跡



祈って求めるものは何でも、

  すでに受けたと信じなさい。

   そうすれば、そのとおりになります。


        マルコの福音書11章24節



「祈って求めるものは何でも、
 すでに受けたと信じなさい」
とイエスは言われました。

あなたは、
何を、どんなことを、
祈って求めていますか。

医学的にもう治らない病気、
こじれ切ってしまった人間会計、
返済不能の負債や借金、
そういう問題がもし許されているなら、
その現実から目をそらしてはいけません。
その現実から目を離して、
神が何とかして下さるということが
信仰ではありません。
その現実としっかりと向き合い、
治らないことも、
もう解決不可能なことも
認めて受け入れるのです。

その上で、
それでも神には不可能がないことを
信じるのです。

イエス・キリストの愛は、
いやし解放し、
解決と勝利をもたらすことを
信じ期待するのです。

そして大胆に
奇跡に向かって祈り求めましょう。
それが主の御心にかなうなら、
神は必ず答えてくださいます。

私たちの信じている神である主は、
大きな方です。
主の御心は広く深く大きいのです。

主の御心だと確信できたら、
大胆に告白しましょう。
「この病気はいやされた、治りました」と。
「この問題も負債も解決し勝利しました」と。
「どんなにこじれ切った人間関係も、
 お互いに溶かされ許し合い、
 心が通えるようになった」と。
「あの頑なな人も救われ、
 共に礼拝し賛美できるようになった」と。

今そうでなくても
受けたと信じて告白し
幻を描くのです。

神には不可能はありません。
必ずその祈りは答えられ、
あなたの願ったとおりになります。
あるいは、それ以上になります。

イエス・キリストは、
あなたを愛しておられるからです。

2020年5月21日木曜日

【2020年5月21日(木)】山を動かすことば

山を動かすことば



だれでも、この山に向かって、

『動いて、海にはいれ。』

と言って、心の中で疑わず、

ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、

そのとおりになります。

       マルコの福音書11章23節



山というのは、動かないものの代表です。
戦国武将である武田信玄の
「風林火山」は有名ですが、
それは「動かざるごと山の如し」という意味ですね。

その山が動くというのです。
「動いて、海に入れ」と言えば、
つまり、命令する、
声に出して命じ告白すれば動くというのです。

ただ条件があります。
心の中で疑わず、
自分で言った通りになると信じるなら、とあります。

心の中で疑わないでいることは
限りなく不可能に近いでしょう。
特別な聖霊の助けがある時は、
不思議なぐらい信じきることができますが、
普通はそれは難しいことです。

ただ信じる立場に立ち、
自分の言った通りになると、
言葉でも、態度でも、示し続けるなら、
確かに山でさえ動くことはあります。

神を信じて、
つまり神が語られた言葉を信じて、
どんなに不可能だと思っても、
そのことを告白し、
そこに立ち続けるなら、
奇跡は起こるのです。

神はあなたを愛しておられます。
この愛の中で、
あなたの前にある山に向かって
キリスト・イエスの御名によって
祈り命じましょう。

山が動き始めます。
神には不可能はありません。
あなたの前の山は動き、
圧倒的な勝利と解決が与えられます。

イエス・キリストは、
あなたを愛しておられるからです。